宇宙産業を育てるには 政府がリスク資金の供給を

本稿は、『日本経済新聞』(2024年6月4日)に掲載された論考を転載したものです。
この論考でわかること
  • 宇宙開発は国家主導から民間主導に移行
  • 日本企業は過当競争避け未開拓市場狙え
  • 政府機関は役割転換し民間に業務委託を
Index 目次

宇宙開発は、かつては米国のアポロ計画やスペースシャトル、米国とソ連による開発競争のような国家主導型の事業だった。現在は通信衛星サービス「スターリンク」を手掛ける米スペースXのように、民間が主導する時代となっている。「民営化」の中心は米国だが、中国でも民間宇宙企業が多く誕生し、インドでも民間企業による宇宙開発の芽が出てきている。

そして日本でも、いくつかのユニークな企業が育ちつつある。人工衛星の開発ではアクセルスペース(東京・中央)やQPS研究所、シンスペクティブ(東京・江東)がある。月面への輸送・着陸サービスを提供しようとするispace(アイスペース)、デブリ(宇宙ごみ)の除去を目指すアストロスケールホールディングス(東京・墨田)なども注目されている。

日本の宇宙産業を育てるために、どのような条件が必要だろうか。宇宙予算や産業規模が全く異なる米国と同等の水準で宇宙産業が育つことはおそらく難しいだろうが、米国企業が支配的なグローバル市場に日本が参入し、生き残るために何をすべきだろうか。

米国で続々と宇宙スタートアップが登場したのは、金融緩和で資金調達コストが下がる中、スペースXの成功を受け、新たな投資先として宇宙に関心が集まったことが背景にある。

しかし日本では、将来の収益性の見通しが定かではないスタートアップに関心をもつ投資家が少なく、宇宙産業を育てるリスクマネーが十分にない。このため、まずは政府がリスク資金の供給者として宇宙産業を育てる必要がある。

2022年度以降、日本の宇宙関連予算は当初予算と補正予算をあわせて年5000億円を超える。これに加えて企業や大学の技術開発を支援する「宇宙戦略基金」も10年間で1兆円用意され、それ以外にも経済安全保障や中小企業関連の手厚い支援がある。過去と比べて多くの資金が投入され、宇宙産業の育成に充てられるようになった。

もっとも金額だけでは十分ではない。政府が支出する宇宙予算には運用の問題がある。日本では公的資金を投入する際「税金を無駄にするのか」といった批判を恐れ、確実に成果が出る事業のみに投資する傾向がある。そうであるなら、独創的な企業はなかなか生まれてこない。

民間の宇宙事業は不確実性を伴い、失敗する可能性も常にある。政府資金を受けながら事業開始にたどり着かない企業も今後は出てくるだろう。事業としてリスクはあっても政府が宇宙産業に積極的に投資する姿勢を見せることで、より多くの起業家が参入し、その中から優れた企業が育つことになる。

宇宙産業を担う人材の土壌を広げる必要もある。スペースXを立ち上げたイーロン・マスク氏、ブルーオリジンという有人宇宙船の開発企業を立ち上げたジェフ・ベゾス氏はもともとIT(情報技術)分野の出身だ。宇宙開発を専業で学んだ人たちではない。しかし宇宙に夢を持ち、宇宙を使ってビジネスを興そうと同分野に参入してきた。

宇宙産業に参入すべき人材は衛星やロケットの開発を進めるエンジニアだけではない。サービスを提供するためのスキルやノウハウを持ち、マーケティングや経営ができる人も必要だ。

これまで、とかく宇宙開発は技術的に高度なものであり、技術を高めれば宇宙産業も自然に育つと考えられてきた。もちろん宇宙開発は現代においても難しい技術である。しかし技術開発を目的とするのではなく、まずどのようなサービスを提供するのかを考え、そのサービスに必要な技術や機器を開発していくという「発想の転換」も産業育成のためには必要だろう。

米国で成功しているスターリンクのように、多数の小型衛星を一体運用して通信網をつくるコンステレーションで、日本がこれから競争するのは難しい。こうしたプラットフォーム型サービスは「ネットワーク外部性」が働く。最初にサービス提供を始め、顧客を獲得した事業者にユーザーが集まり、後発の事業者の参入障壁が高まっていくという性質を持つ。

日本企業はすでにレッドオーシャン(過当競争市場)となった低軌道の通信衛星コンステレーションではなく、まだ市場が開拓されていない合成開口レーダー(SAR)衛星によるコンステレーションなどの分野に参入すべきだ。

SAR衛星は宇宙から地上にレーダーを照射し、反射した波の強弱で地表を観測する。カメラを使う光学衛星と異なり、夜間や雨天時も撮影できる。複数の衛星を連携させて地球を観測するコンステレーションを構築すれば、顧客の需要に応じた頻度や範囲で撮影しやすくなる。先に述べたQPS研究所やシンスペクティブは、SARを使ったサービスを目指している。

ispaceやアストロスケールも、海外勢が手掛けていないサービスを世界に先駆けて事業化しようとしている。宇宙の「民営化」はまだまだ始まったばかりで、手が付けられていない分野はほかにも多い。事業化できそうな新規分野を見つけ、参入していく発想力が求められている。

(Photo Credit: 毎日新聞社 / Aflo)

鈴木 一人 地経学研究所長/経済安全保障グループ・グループ長
立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、英国サセックス大学大学院ヨーロッパ研究所博士課程修了(現代ヨーロッパ研究)。筑波大学大学院人文社会科学研究科専任講師・准教授、北海道大学公共政策大学院准教授・教授などを経て2020年10月から東京大学公共政策大学院教授。国連安保理イラン制裁専門家パネル委員(2013-15年)。2022年7月、国際文化会館の地経学研究所(IOG)設立に伴い所長就任。 【兼職】 東京大学公共政策大学院教授
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研究者プロフィール
鈴木 一人

地経学研究所長,
経済安全保障グループ・グループ長

立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、英国サセックス大学大学院ヨーロッパ研究所博士課程修了(現代ヨーロッパ研究)。筑波大学大学院人文社会科学研究科専任講師・准教授、北海道大学公共政策大学院准教授・教授などを経て2020年10月から東京大学公共政策大学院教授。国連安保理イラン制裁専門家パネル委員(2013-15年)。2022年7月、国際文化会館の地経学研究所(IOG)設立に伴い所長就任。 【兼職】 東京大学公共政策大学院教授

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