日中関係は構造的停滞関係のままなのか

日中関係は構造的停滞関係のままなのか
習近平政権の「微笑み」が日本にも始まった。韓国での首脳会談で李強・国務院総理は岸田総理と和やかに握手し、訪日した劉建超・党対外連絡部長は、日本の各界に笑顔を振りまいた。だが、中国と欧米との間の対話と比べて、日中間の意思疎通はレベルも頻度も心許ない。また、ハイレベル交流が始まっても、日中間の懸案には具体的進展はない。中国外交部定例会見では、報道官が台湾や福島第一原発の処理水で日本に注文をつける場面が多い。日中関係はどうなっているのか、習近平政権の構造的な問題に着目して考えたい。
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ネット世論に縛られる中国

習近平政権でなくても、中国にとって、日本との関係は難しい。日本はかつての「侵略者」であり、日本への融和的な態度は時に中国国内で政治的に問題視される。かつて、胡耀邦党総書記(当時)は、親日的であることを理由の一つとして失脚させられた。過去に中国で発生した反日デモは、一部が反政府デモに発展したりもした。

以前周恩来に仕えていた中国人に、1972年の日中国交正常化は中国共産党だから出来たと言われたことがある。反日感情がまだ根強かった当時、共産党は大局的観点から日本に賠償請求を求めないことを決め、党組織を使って中国国民に対して日本の一般国民と軍国主義者を区別するように繰り返し教育し、国交正常化を実現したと。共産党統治の長所は世論に流されずに大所高所から政策を決定・実施できることだ、と彼は強調していた。

だが、中国社会にインターネットやSNSが普及すると、多くの中国人は新聞やテレビなどの公式報道を見ず、ネット記事やWeiboなどのSNSから情報を得るようになった。党の教育宣伝は、以前ほど国民に浸透しなくなっている。また、中国のネット空間は一定の制約があるものの、その制約の中で意見が言えるので、当局はSNS上にある意見のトレンドを「民意」として敏感になる。中国国内のネットやSNS上では、日本について否定的な反応が多い。中国当局はネット上の「民意」を意識して、また時にこれを利用して、日本との関係で強い対応を取りがちになる。

日中関係の懸案に変化

日中関係の懸案も変化してきた。長い間、中国共産党は統治の正統性を、旧日本軍から中国を解放し新中国を建国したという歴史に求め、経済成長により生活水準を向上させることに求めてきた。歴史の扱いは機微な問題であり、戦後日中関係の懸案は歴史認識と台湾が中心だった。

しかし、中国は高度経済成長で自信をつけ、自国の権益についての主張を強めた。2000年代後半以降、日中関係の懸案として、東シナ海資源開発や尖閣諸島などの主権をめぐる問題が目立つようになった。主権のからむ問題は安全保障に直結する。東シナ海における中国の一方的な資源開発や、尖閣諸島周辺海域での中国公船の挑発は、日本の安全保障に対する危機意識を高めた。日中関係は、海の問題が前面に出てくることで常に対立的になってきた。

習近平によってどう変わったのか

もともと難しい日中関係は、習近平の統治によってどう変わっただろうか。習近平は、統治の正統性を中国の強さに求め始め、2017年の第19回党大会で、中国は「立ち上がり、豊かになるから、強くなることへの飛躍」を遂げたと宣言した。外交面でも、習近平は自国の権益のための闘争を求めた。中国は主権に関する主張を強め、南シナ海でベトナムやフィリピンと頻繁に衝突するようになり、日中間でも海をめぐる対立が固定化した。

また、「強い中国」のため、習近平政権は、大国外交を進めて国際社会における影響力の向上を求め、自国の価値観を広めて国際秩序の変革を目指すようになった。これに対して、日本は「法の支配」を掲げて既存の国際秩序を擁護し、欧米とともに普遍的価値を推進する。日本は、習近平の打ち出した「一帯一路」構想や「人類運命共同体」構想に対して警戒を隠さない。日本は中国の外交戦略上の協力が難しくなり、中国外交における対日関係の優先度が下がってしまう。

米中対立も日中関係にマイナスの影響を与えている。米国は中国の台頭に警戒を抱き、同盟国とともにこれを抑えようとする。日本は、米国の同盟国として先端技術の対中輸出制限などで協力するので、中国にとって日本は対抗する相手にすらなってしまう。

さらに、習近平政権は、外交に対する共産党の指導を強め、党内でも党総書記に権限を集中させた。習近平が外交面で果たす役割が大きくなり、二国間関係を進める上で習近平と対話することが重要になる。しかし、日本との関係はそもそも政治的リスクが大きい上に、東シナ海の問題など難しい問題が多い。中国の外交当局は、習近平を日本と対話させることに慎重になる。両国間の政治レベルのパイプも細っており、首脳外交を進めにくい。習近平と対話できない日中関係は、なかなか進展しない。

構造的停滞のなかで何が出来るか

現在、日中関係はいわば構造的停滞関係とも言うべき状態にある。両国間では対立が基調になり、前向きな案件は進めにくい。日中首脳会談が一回行われても懸案は進展しないし、対話もすぐには活発にならない。しかし、このような状況は放置しておいていいのだろうか。中国には14億の巨大市場があり、優秀な人材や先進的な技術もある。中国と賢く付き合い、中国をうまく活用してこそ、日本は継続的な成長を実現できる。

日中両国がまず目指すべきは、いろいろな懸案はあっても、安定的に対話できる関係の構築である。中国側から見ると、米中対立のなかで日本の顔が見えにくくなっている。2020年から2年間勤務した北京では、中国人有識者から、「日本との関係をよくするには米国との関係を改善すればいい」「中国外交における日本の重要性が落ちている」といった意見を多く聞いた。

中国は欧米との関係でも対立が目立つが、対外関係全体のマネージと衝突回避のため、米国との意思疎通は続けようとする。欧州は米国に近い存在だが、EUとしての存在感や米国との立場の違いもあるので、中国は欧州とも対話を続ける。日本外交の独自性を見せることで、中国に日本との意思疎通の必要性を感じさせる必要がある。

また、構造的な停滞のなかにあっても日中間の経済活動は進めていけるのが望ましい。中国は日本にとって最大の貿易相手であり、多くの日本企業が中国市場で利益を得ている。経済安全保障のため、中国との経済活動を見直したりする動きもあるが、同時に、日本の産業界はリスクに備えつつ、中国のイノベーション力などを活用しようとしている。中国も、多くの地方政府幹部や中国企業が日本を訪問するなど、日本との経済面での関係強化に積極的である。

日中関係における不確定要素も減らしていくことが望ましい。特に、台湾問題は中国にとっては国の一体性に関わる問題であり、台湾独立には理屈ではなく感情的に反応する。台湾の民意も、台湾独立ではなく現状維持にある。台湾海峡の緊張は、日本にとっても有益ではない。台湾に関する言動には慎重な対応が求められる。

習近平政権だから出来ること

習近平政権は日中関係にとって有利な面もある。習近平の国内政治基盤は比較的強く、大胆な政策決定ができる。新型コロナウイルス対策では、厳格な隔離措置を全国で実施させ、隔離が不要になればゼロコロナ政策を一気に廃止した。政治的に強い習近平は、必要だと判断すれば、日本に批判的な世論を抑えて対日関係を進めることができる。

実際、第二次安倍政権後半の日中関係は、協力分野の広さとハイレベル往来の頻繁さで、戦後最高とも言える状態まで発展した。当時の安倍政権は、インフラの開放性や対象国の財政健全性などへの配慮といった条件が満たされれば「一帯一路」構想で協力すると踏み込んだ。「一帯一路」構想に前向きな姿勢を見せることで、日中間では、金融から第三国での民間経済協力まで、数多くの協力が打ち出された。

最近の中国も、日本との関係を少しでも良くしたいというシグナルを送っている。昨年11月の日中首脳会談で、日中両国は「戦略的互恵関係」の構築を確認し、建設的・安定的な日中関係を目指すことで合意した。5月の日中首脳会談では、李強国務院総理は、安定的な日中関係構築のために日本側が中国側とともに努力することを望むと述べ、中国側も努力する姿勢を見せた。

日本との関係が重要だと習近平に思わせるような「仕掛け」を作れれば、習近平政権は日本との対話により積極的になり、国内を抑えて懸案の解決に真剣になるだろう。中国の提唱している構想をそのまま支持することはできないが、一定の条件の下で前向きに検討するとか、問題点を指摘しつつその精神は共有するといった姿勢を見せられないか。中国側が日本に期待している養老・介護分野で、象徴的な案件ができないか。日中関係はなかなか前には進まないが、習近平政権だからこそ出来ることもある。

(Photo Credit: Xinhua / Aflo)

 

 

地経学ブリーフィング

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コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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町田 穂高 主任客員研究員
東京大学法学部卒業後、2001年4月に外務省入省。中国・南京大学及び米国・ハーバード大学(修士号取得)を経て、在中国大使館において勤務。その後、中国・モンゴル課において、4年間に10回の首脳会談、12回の外相会談などのハイレベル会談の準備に従事した他、「日中高級事務レベル海洋協議」の立上げや「日中海上捜索・救助(SAR)協定」の原則合意に関する交渉を担当・主導した。また、日米地位協定室首席事務官として、「軍属補足協定」の締結や沖縄の負担軽減政策に関する日米交渉を総括した。在外勤務では、国連代表部において、安保理改革に関する各国との調整や世界的な働きかけを担当した他、在中国大使館において、中国経済や米中経済対立に関する情報収集・分析に従事。その他、二度の人事課勤務において、組織マネージメントも経験。2022年4月に外務省を退職。
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町田 穂高

主任客員研究員

東京大学法学部卒業後、2001年4月に外務省入省。中国・南京大学及び米国・ハーバード大学(修士号取得)を経て、在中国大使館において勤務。その後、中国・モンゴル課において、4年間に10回の首脳会談、12回の外相会談などのハイレベル会談の準備に従事した他、「日中高級事務レベル海洋協議」の立上げや「日中海上捜索・救助(SAR)協定」の原則合意に関する交渉を担当・主導した。また、日米地位協定室首席事務官として、「軍属補足協定」の締結や沖縄の負担軽減政策に関する日米交渉を総括した。在外勤務では、国連代表部において、安保理改革に関する各国との調整や世界的な働きかけを担当した他、在中国大使館において、中国経済や米中経済対立に関する情報収集・分析に従事。その他、二度の人事課勤務において、組織マネージメントも経験。2022年4月に外務省を退職。

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