脚光を浴びる中小企業とスタートアップ ―防衛産業における期待と経済安全保障上の意義―
2023年10月に防衛生産基盤強化法が施行され、中小企業を対象とした金融支援が規定された。本年10月には米国のDARPA(国防高等研究計画局)やDIU(国防イノベーションユニット)を参考に防衛イノベーション科学技術研究所が開設され、スタートアップあるいは大学等の研究機関と連携してブレークスルー技術研究を推進する体制が整備された。この他にも、防衛産業参入促進展や経産省と連携してスタートアップ活用に向けた合同推進会を開催するなど、自衛隊ニーズと企業等の技術シーズをマッチングさせる取組を通じて、中小企業やスタートアップの新規参入を促進している。他省庁においても、諸外国においても、中小企業やスタートアップに対する各種支援プログラムが実施されている。
ではなぜ、昨今の防衛産業政策において、これまでキープレーヤーとしてあまり認識されて来なかった中小企業やスタートアップを支援する諸施策が講じられているのか、その意義と課題について考察する。
2つの意味合い
防衛産業政策において、中小企業やスタートアップを支援する意味合いは、大きくサプライチェーンの強靭化と防衛装備品への先端技術の取り込みの2つがある。
多くの製品と同様に防衛装備品の製造においても、プライム企業(主契約企業)が全ての工程を自社で完結できるケースはなく、主要装備品を例に挙げれば、戦闘機は約1,100社、戦車は約1,300社、護衛艦に至っては約8,300社もの関連会社が存在する。専門技術を有する中小企業に、精密部品や専用治工具の製造、あるいは金属加工や熱処理といった特定の工程を外注することは多々ある。しかし、特に代替不可能な特殊技術を要する工程で当該工程を請け負うことのできる中小企業が1社しかない場合、廃業・事業撤退は完成品の品質に大きな影響を及ぼすだけでなく、国内での製造が不可能になることもある。また、防衛装備庁の調査によると、総売上に占める防衛需要の割合が50%を超えるような事業構造の企業のほとんどは中小企業となっている。代替不可能な固有の技術を有する中小企業は、防衛装備品のサプライチェーンを構成する重要な要素であり、戦略的自律性の観点からも無視できない存在である。
近年民生技術は高度化しており、世界各国で民生の先端技術を防衛装備品に取り込むことを目的として、企業や研究機関と共同してゲームチェンジャーとなり得るブレークスルー技術の研究開発が推し進められている。旧来の装備品開発は、火砲、艦船、航空機といったプラットフォームの射程、速力及び隠密性といった物理的な性能向上に指向していた。しかし、AIや通信技術等の民生技術の発達により、ハードウェアからソフトウェア、有人アセットから無人アセットへと装備品の研究開発の基軸が変容しており、先端技術やシステムインテグレーション能力を有するスタートアップとの連携が不可欠となっている。ウクライナ紛争では、戦時において先端技術を導入した装備品を研究開発から実戦投入まで極めて短期間に実施し、実戦を通じて適宜必要な改良を加えることで戦況を一変させた例がある。このように民生先端技術を迅速に装備品やシステムに取り込み、いち早く実戦に投入することが雌雄を決することとなるのだ。そして、ゲームチェンジャーとなる技術・システムを構築することで、将来的な防衛装備品の国際共同開発や売り込みにおいてもバーゲニングパワーを手にすることができる。その意味で先端技術の装備品への取り込みは、戦略的不可欠性の確保につながる。
ここで期待される役割が異なる旧来の中小企業とスタートアップを並列で論じることに疑問を呈されるかもしれないが、両者の役割に截然とした区別があるわけでない。例えば、3Dプリンタ等の最新機器を駆使して生産能率を革新的に高めたスタートアップがサプライチェーンの強靭化へ貢献すること期待はできるし、秀逸な精密加工技術を有する中小企業がイノベーションの担い手になることもあり得る。
立ちはだかる課題
他方で、このような中小企業やスタートアップを支援し、防衛産業基盤の強化を図るに当たっては課題がある。
まず、サプライチェーンの強靭化を図るためには、各防衛装備品のサプライチェーンの全貌を把握し、どの装備品のどの部分にサプライチェーンの脆弱性が潜んでいるのか、を特定することが必要となる。防衛生産基盤強化法では指定装備品等に係るサプライチェーン調査について規定されており、防衛省の要請があった場合はプライム企業等が製品に係るサプライチェーンを調査・報告する努力義務がある。大企業の防衛産業からの撤退は注目される一方で防衛省との直接契約がない中小企業の廃業・撤退については、その実態があまり把握されていないのが実情だ。また、少子高齢化が加速する我が国では防衛産業に限らず、産業界全般において中小企業の後継者問題が顕在化している。
次に、企業の新規参入に当たっては様々な参入障壁が存在する。法令や入札資格、セキュリティークリアランス等の各種認証は参入障壁となるが、この点は防衛装備庁に新規参入に係る一元化された相談窓口が開設されており、伴走支援の態勢が整備されている。また、各種設備投資についても財政・金融支援の枠組みが整備されており、新規参入を後押しする制度が設けられている。しかし、支援体制が整備されても、収益性の有無が事業参入上の最も重要な判断要素であることは言うまでもない。また、対策を講じるのが困難な参入障壁としてレピュテーションリスクがある。防衛予算の増大を受けて、商機を見出そうと展示会等を通じて積極的にプライム企業や防衛装備庁へアプローチする企業もある一方で、収益性への懸念や殺傷につながる防衛装備品の製造への関与を忌避する考え方により躊躇する企業もある。特に、スタートアップにとっては事業の収益性と社会的評価は資金集めの重要な要素であり、VC等の出資者にとっても重大な関心事となる。
中小企業とスタートアップへの期待
防衛装備品には複雑なサプライチェーンが形成されており、盲点となっているチョークポイントがある可能性は高く、当該部分を担っているのは大抵の場合、中小企業である。代替不可能な技術は中小企業の付加価値である一方で、サプライチェーンにおいて脆弱な部分でもある。中小企業の廃業理由の約7割は「後継者不在」あるいは「事業を後継させる意思なし」であり、収益性向上に加えて事業承継に取り組むことも事業継続性を確保する上で欠くことができない。また、民生技術の進歩に伴い、防衛産業はもはや旧来的な重厚長大産業とは趣を異にしている。AI、情報通信技術等が、最新の防衛装備品開発には欠くことのできない技術分野となっており、防衛産業のサプライチェーンやネットワークは広がりを見せている。この潮流の中で、先端技術やシステムインテグレーション能力を有する中小企業とスタートアップへの期待は高まっている。
サプライチェーンの強靭化や先端技術の取り込みに当たっては、多様な企業の新規参入が必要となる。参入障壁はあるものの、防衛産業参入促進展の参加者や安全保障技術研究推進制度への応募数からは、防衛産業への興味・関心が高まっていることが窺える。他方、収益性は新規参入を決定する最大の要素であり、長期契約やPBL等の包括契約の拡大あるいは随意契約の要件見直し等により、事業者に長期的な予見性を高めるあらゆる努力を継続しなければ、支援体制を整えても新規参入の拡大にはつながらないであろう。また、中小企業やスタートアップの多くは強固な財政基盤を有しておらず、参入に当たっては債権者や出資者等の意向に左右される可能性が高い。それ故、それら利害関係者の防衛産業への理解は必須であり、今後プライム企業と中小企業等のマッチングを企図した参入促進展示会にVC等の出資者を招待する試みも必要であると考える。加えて、参入促進の一環として事業承継のマッチングを展示会の趣旨に包含させれば、中小企業の後継者問題への対策の一助になり得るのではないか。
最後に、中小企業やスタートアップを支援する制度が一定程度整備されたが、今後の制度運用と効果を注視しつつ、適切な運用と改善によりサプライチェーンの強靭化と先端技術活用が推進されることが望まれる。今後の中小企業やスタートアップの活躍が我が国の防衛産業基盤強化のキーファクターとなる。
(Photo Credit: 新華社/アフロ)
地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人
地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
客員研究員
2006年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、航空自衛隊入隊。 会計調達幹部として防衛装備品等の調達業務を経験した後、F-35Aのプロジェクト管理や航空機エンジン部品やレーダー部品等の防衛装備移転の担当業務に従事。2019年に指揮幕僚課程修了の後、渉外業務及び予算編成に従事。
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