トランプ政権は米軍の多正面資源分散を解消できるか
大国間競争の中で対中シフトが進んでいないのには、どのような要因が隠れているのだろうか。第二次トランプ政権が成立する中で、4回のシリーズにおいて米国の軍事戦略を具体的に掘り下げる。
進まない対中シフトの背景
第一次トランプ政権が敷いた路線を引き継ぎ、バイデン政権が中国を「最も包括的かつ深刻な課題」と位置付けたにもかかわらず、中国に対応する戦域であるインド太平洋正面への米軍の戦力シフトは順調と言えない。ウクライナ戦争勃発を受けた即応性強化のため、欧州での米軍プレゼンスは2.5万人増加して10万人を超え、アフガニスタン撤退により底を打った中東でのプレゼンスも再度増加に転じ、5万人に達する勢いとなった。一方、インド太平洋地域展開兵力は常に10万人を下回っており、微増基調のハワイ所在兵力を合わせても、14万人をわずかに超える規模である(図1)。東部及び南部戦区に限っても42万人の陸上兵力、257隻の艦船、1,240機の作戦機を有するとされる中国軍と比較して、多いとは言えない数字である。控え目に言って、米国を除くNATO欧州加盟国兵力が190万人を超え、戦争で疲弊するロシアと対峙する欧州正面と、世界最大規模の戦力を温存する中国と対峙するインド太平洋正面が同程度の規模というのはバランスを欠く。
4つの要因
なぜこのようなことが生じたのか。そこには単なる防衛資源の食い合いを超えた4つの複雑な事情が絡んでいる。第一に、米国防予算は各軍種における下からの予算積上げの結果、変化に乏しい軍種間の予算配分を維持してきた(図2)。その中で、陸軍予算は維持微減傾向、海軍・空軍予算は微増傾向にあるが、対中作戦の多くが海空領域を想定する中、陸上領域から海空領域への戦力シフトを大胆に進めるような取組が進められているとは言い難い。この状況に寄与する一因が、軍種間の協調的棲み分けである。例えば、米軍各軍種は、それぞれが対中作戦を念頭に、長射程の精密打撃力やセンサーを備え、無人アセットを多く活用した分散的な戦力態勢を志向している。そこでは中国の圧倒的な物量に量的に均衡するだけでなく、海上を中心にこれを非対称的に拒否する能力を組み合わせた作戦が望まれてきた。一方、台湾での地上作戦を想定しない限り、対中作戦において出番が多くないであろう米陸軍も、陸上領域にとどまらない領域横断作戦を旗印に対中競争に参画している。このことについて他軍種から疑義が呈されているわけではなく、協調的な関係が維持されている。一方で、陸軍は伝統的作戦基本部隊である旅団戦闘団(BCT)の規模(31個)を過去5年以上に亘って維持しており、海空戦力と比較して、現下の作戦上の必要性に柔軟に応える余裕がある。防空部隊等の酷使される希少アセットを除き、海空アセットと比較して複数正面に渡って取り合いとなることが少ないので、ウクライナ戦争を受けて、欧州への3個BCTの追加派遣や第5軍団前方司令部の設置などが遅滞なく行われ、態勢が維持されてきた。空母機動部隊等の希少なアセットの振り回しを巡る綱引きとは対照的な対応である。各軍種に対する資源配分の現状維持バイアスが、三正面における兵力構成の固定化に寄与しているのである。
第二に、地域別統合軍の強い兵力要求圧力も、三正面における均衡的な兵力配置に寄与している。1986年のゴールドウォーター・ニコルズ法は、各軍種の作戦に対する権限を抑え、地域別統合軍司令官の権限を強めることを通じ、統合作戦の発展に貢献してきた。一方で負の側面もある。地域における脅威対処を最優先に掲げる各統合軍司令官としては、それぞれの正面における脅威への対処に必要十分な資源を要求することが既定路線となったこともその一つである。歴代中央軍司令官が、自らの戦域が緊張する都度に空母機動部隊の展開を求めるのも、恒例行事と化した。それぞれの司令官が議会証言において直接自らの要求事項を効果的に訴えることができるので、その結果成立する予算は結局のところ総花的なものとなってしまう。国防省文民幹部や議会がそのことに疑義を呈することも難しい。
第三に、近年特に、「現在の脅威」へ対処するため即応性を高めることを、「将来の脅威」に対処するための能力投資より優先させてしまうメンタリティ(「今」の専制)が顕在化している。いかに米国家防衛戦略(NDS)が、中国を長期的だが最優先の課題、ロシアを最優先ではないが短期的脅威であると机上では綺麗に整理しても、現在の脅威への対処が優先され、その脅威を抱える正面に多くの資源が投入されてしまうのは常である。結果、欧州軍司令官や中央軍司令官の声が大きくなり、インド太平洋軍司令官は少しでも過激な発言をしなければ注目を集めることができない。こうしたバイアスは、米国防予算における「即応性(readiness)」予算(運用、訓練、維持整備)重視にも表れている。軍隊が作戦を遂行して抑止力を担保する以上、即応性の確保が必要であることは言うまでもないが、それは将来の能力への投資(調達や研究開発、人材育成等)と常にトレードオフにあることを忘れてはならない。しかし例えば、国防予算の2025年度要求概要資料では、「即応性(readiness)」という単語は225回使用され、「近代化(modernization)」や「革新(innovation)」という単語の登場頻度(それぞれ76回、37回)を大きく上回っている。実際の予算配分でも、過去5年に渡って「運用維持」予算は調達や研究開発を大きく上回って推移してきた(図3)。これに対し、海兵隊トップのデイヴィッド・バーガー総司令官と空軍トップのチャールズ・ブラウン参謀総長でさえ、短期的な即応性強化に過度な資源を投下することに警鐘を鳴らしたことがある。即応性の強化は、現在の兵力構成を前提とした能力の維持につながるので、三正面間の動態的な資源配分見直しには寄与しづらい。また、旧式のものを含め、現在の装備を維持する方が即応性の強化にはつながるので、選挙区に防衛生産基盤を抱える議員もそうした雇用を維持する政策を支持する建前を得やすい。
第四に、現状維持を求める同盟国の姿勢がある。欧州とインド太平洋の同盟国間では、これについての暗黙の了解があるかのようにも見える。すなわち、米軍のプレゼンス維持を図りたい欧州の同盟国と、長射程ミサイルなど政治的に機微なアセットの追加配備に消極的な日本との間で、現状の米軍の態勢や規模を追認するような協調関係が存在しているのだ。その結果、対中抑止の文脈が濃かった米陸軍のマルチドメイン任務部隊(MDTF)の初の海外拠点がドイツとなるという逆説的な状況も生じている。2026年には同部隊に長射程ミサイルを備えることが米独間で合意される一方、世論への影響も懸念して、在日米軍への配備は見送られたとされる。バイデン政権下での米軍世界態勢見直し(GPR)が現状追認により極めて評価の低いものとなったことの責任の一端は同盟国にもある。
日本が行うべきこと
米軍の三正面資源分散は、米軍、米政府高官・議会、同盟国政府の間の複雑な協調関係の帰結である。その多くが米国内の事情に由来するため、より動態的な対中シフトに向けて、日本が貢献できることはあまり多くはない。それでもいくつか正攻法はある。
まず日本は、米国の最重要同盟国の一つとして、自らの防衛力強化を加速させる必要がある。そのような取組を通じ、インド太平洋シフトを進めようとする米国防省内の改革派将校・文民幹部の主張に外部からも客観的な正当性を与え、同様の動きを米国内部から促進することに資するはずだ。
第二に、長射程ミサイルなどの米軍の新アセット配備提案を、その内容を精査しつつも可能な限り積極的に受け入れることが望まれる。インド太平洋正面では、軍縮や負担軽減が地域の平和と安定に必ずしもつながらないという厳しい現実がある。この現実を踏まえ、政府と米軍基地を抱える地方自治体間の前向きな取組が求められる。これらに加え、在欧米軍兵力をウクライナ戦争前の水準に段階的に戻していく方向性を日本としても支持すべきである。
軍人・文民合わせて400万人を擁する米国防省において下からのボトムアップで最適な意思決定に結実させることは不可能に近い。その意味で、確立された官僚機構の意思決定を嫌うトランプのエネルギーが、皮肉にも資源制約下の今こそ求められている。振り返れば米国のインド太平洋シフトに本格的に旗を振ったのも第一次トランプ政権であった。その成果を今こそ刈り取り、ミッションの大胆な優先順位付けを行わなければならない。その成否に果たす日本の役割も小さくはない。
(Photo Credit: Kyodo News)
地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
主任研究員
防衛省で総合職事務系職員として16年間勤務し、2022年9月から現職。2007年防衛省入省。2009年から防衛政策局国際政策課で米国以外の国では初となる日豪物品役務相互提供協定(ACSA)の国内担保法を立案。2014年から2016年まで外務省国際法局国際法課課長補佐として、平和安全法制の立案や武力行使に関する国際法の解釈を実施。2016年から2019年まで防衛装備庁装備政策課戦略・制度班長として、防衛装備品の海外移転の促進、ウクライナへの装備支援でも活用された外国軍隊への自衛隊の中古装備品の供与を可能とする自衛隊法規定の立案、防衛産業政策などを主導。2019年から2021年まで整備計画局防衛計画課業務計画第1班長として、陸上自衛隊の防衛戦略・防衛力整備、防衛装備品の調達を統括。2021年から2022年まで防衛政策局調査課戦略情報分析室先任部員(室次席)として、ロシアのウクライナ侵略、中国の軍事動向を含む国際軍事情勢分析を統括。 2007年東京大学教養学部卒、2012年米国コロンビア大学国際関係公共政策大学院(SIPA)修士課程修了。
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