保守新党が塗り替えたハンガリーの政治地図:支持の理由と政権交代へのハードル

2010年から長期政権を維持する与党フィデスへの対抗勢力として急速に存在感を増してきた保守系新興野党「ティサ」。党首のマジャル・ペーテル氏は政権の失政を批判しつつ、支持開拓の戦略にはフィデスの模倣も取り入れるなど、ティサは単純な色分けが難しい面を持っている。各種のSNSをその特性に合わせて使い分ける手法は、フォロワー数ではオルバーン首相に劣るものの、エンゲージメントでは逆に上回っている。他方、政策についてフィデスとの差別化は場当たり的で、マジャル氏の「ワンマンショー」からの脱皮に課題は多い。EUの異端児ハンガリーの内なる変化を追う。

※本稿は、新潮社フォーサイトからの転載です。
(上):マジャル・ペーテルに集まる支持の理由を紐解く (下):ティサ党の特徴と政権交代へのハードル
Index 目次

与党フィデス政権のスキャンダルを契機に、マジャル・ペーテル党首が率いるハンガリー保守系新興野党「ティサ(TISZA、Tisztelet és Szabadság=尊重と自由)」の勢いが止まらない。昨年11月に実施された独立系世論調査機関Mediánの世論調査によれば、オルバーン・ヴィクトル首相率いる与党フィデスの支持率は36%にとどまり、一方でティサ党の支持率は47%に達した[1]。欧州議会選挙後の昨年7月の支持率がそれぞれ43%と31%であったことを踏まえると、その躍進は顕著なものとなっている。また、政府系メディアを含むすべての世論調査の平均においても今年1月にティサ党がフィデスを上回っている[2]。ティサ党が選挙後もハンガリー国民の支持を維持し続けている理由は何か。また、2026年に議会選挙を控えた現在、ティサ党が直面する課題は何であろうか。

フィデスのかつての地方戦略を模倣する

ティサ党が選挙後も支持を維持している大きな理由の一つは、マジャル党首が地方都市や農村を巻き込んで相次いで展開する政治キャンペーンであろう。欧州議会選挙の投票日前日の6月8日、マジャルは「キャンペーンの前半部分が終了した」と述べ、選挙期間中に行っていた全国ツアーを選挙後にも実施することを表明し、秋から実行に移している。

さらに、マジャルは単に同じキャンペーンを繰り返すのではなく、時にオルバーン首相がかつて用いた手法を模倣し、また時には与党が使っていない手段を取り入れることで、次々と新たな活動を展開している。欧州議会選挙が終わり、ハンガリー国内が選挙モードから選挙の空白期間へと移行する中、マジャルはオルバーン政権のスキャンダルや外交政策への批判だけでは支持を維持できないと判断したのだろう。

例えば、地方でのコミュニティ構築の取り組みとして、7月下旬にマジャルは自身のFacebookで「ティサ・アイランド(TISZA Sziget)」と名付けた[3]、地方のティサ党支持者による緩やかなコミュニティの創設を呼びかけた。「ティサ・アイランド」は党組織の一部ではないとされており、この動きは2002年の議会選挙で敗北した際、オルバーン党首がフィデス支持者に呼びかけた「市民サークル(polgári körök)」を彷彿とさせる。

ハンガリーの独立系メディアÁtlátszóの調査によれば、創設から半年で208の「島」(地域コミュニティ)が構築され、メンバー数の合計は約2万人に達している。同調査によると、第二の都市であるデブレツェンや西部ヴェスプレームといった地方都市や、人口5000人未満の小規模な地方自治体にも多くの「島」が設立されており、フィデスの長年の支持基盤であった地域にも浸透し始めているという[4]。他方、ハンガリーで最も経済的に貧しい同国北東部のロマ人居住区であるチェニェテ(Csenyéte)などではフィデスの支持が依然として強く、「ティサ・アイランド」の構築は苦戦している。しかし、マジャルはそういった場所にも訪れて支援物資の配布を行うなど、各地方での認知度向上と関係構築に努めている[5]

ハンガリーのリベラル系野党が都市部では一定の支持を得ながらも、地方ではフィデスの支持基盤を崩せず支持拡大に苦戦してきたことを踏まえると、ティサ党への支持がフィデスの支持基盤に浸透しつつあることは注目すべき進展であるといえる。

オルバーン政権の「政策の失敗」を訴えるキャンペーン

さらに、マジャルは、病院を次のキャンペーン対象に選び、新たな政治キャンペーンを開始した。2024年の夏は1901年の統計開始以降で最も暑い夏となり、猛暑により病院の空調設備の故障や手術の延期が深刻な問題となっていた。ハンガリーは、少子化対策などにおける各種給付が手厚い一方で、保育や幼児教育、医療、福祉などへの設備投資は不足しているとの批判が多い。公立病院のトイレにはペーパーがないことが一般的であるなど劣悪な医療環境は広く知られているところであり、設備投資の不足というマジャルのキャンペーンは政府にとっても痛いところを突かれる形となった。8月には、オルバーン首相の夏休み期間中に首都ブダペストのセント・ヤーノシュ病院を訪れ、数週間にわたってエアコンが故障している現場を「中世のような環境」と形容したうえで、内務大臣と国務長官の辞任を要求し、オルバーン首相に対して臨時閣議の開催を求めた[6]

秋から冬にかけては、地方での選挙活動(全国遊説)にあわせて、児童養護施設の劣悪な環境を告発する取り組みを開始し、地方の施設におけるゴミだらけの部屋やカビの生えたバスルームの写真を公開することで、児童養護施設の現状を訴えた。ハンガリー北東部ニーレジハーザの児童養護施設の写真を公開した際には、マジャルが「重度のトラウマを負った子供たちが、このような容認できない環境で暮らしている」と強調するなど、政府の怠慢を厳しく批判することで国民の関心を集めた[7]

こうした動きに対し、政府はマジャルの施設訪問を阻止することで対抗しようとした。12月3日、ハンガリー南部の小都市ペーチ(陶磁器メーカー「ジョルナイ」の本拠地としても知られる)の児童養護施設を訪問しようとした際、政府当局は当初許可していた入所を直前で拒否し、施設前ではフィデス広報部長のメンツェル・タマスが待ち構えていた。メンツェルは、マジャルからの握手を拒否し、マジャルに対して「チビ」「嘘つき」などの暴言を浴びせ、両者の口論に発展した[8]。この様子は各種メディアで報道されるとともにSNSで瞬く間に拡散され、数多くのミームが作成されるなど国内で反響を呼び、かえってティサ党への寄付金やSNSでのフォロワーの増加につながる結果となった[9]

この口論について、政治学者トゥルク・ガーボルは、メンツェルの狙いについて「マジャルを挑発し、ミスを犯させ、泥沼に引きずり込む意図があったのではないか」と分析する一方で、その効果はなく、むしろフィデスにとって「巨大なオウンゴール」となったと指摘する[10]。欧州議会選挙前の昨年4月、中欧のシンクタンクVisegrad Insightの編集長であるヴォイチェフ・プリビルスキは、オルバーン政権は国内対応において「防御」に終始し、「攻め」の対応ができていないと指摘していたが[11]、この構図は現在も変わっていないようにみえる。

その他、2025年の年明けからマジャルは、いわゆる「ミニ・ドバイ構想」(ブダペスト西駅近くの土地をアラブ系不動産開発会社に売却し、120億ユーロ以上を投じてオフィスや商業施設を含む高層ビルを建設する計画)に反対し、手頃な賃貸マンションの建設を通じた住みやすい都市計画が必要だと主張した[12]。オルバーン政権はこうした反対を無視できず、アラブ系不動産会社への販売を取りやめ、ブダペストが開発を担うことをのちに容認した。

ブダペストでは住居費の高騰が激しく、過去1年間で価格が11.8%上昇している[13]。ハンガリーの他の都市でも全国平均で7.8%上昇しており、手頃な賃貸マンションの建設の訴えは必ずしもブダペストだけにとどまる話でもない。新たな話題づくりと迅速なキャンペーン活動をかかさないマジャルの行動によって、市民の注目を維持し続けられているのであろう。

SNSでのフィデス「模倣」と「新規開拓」:有料広告、定期配信、新興SNS

マジャルは、こうしたハンガリー全土の現場での「地上戦」に加え、SNSを活用した「空中戦」にも注力している。2024年夏には、ティサ党として初めてSNSの有料広告を導入した。6月の欧州議会選挙では有料広告を活用せずとも多くのユーザーを魅了したことで、「フェイスブックを征服した」とハンガリーの独立系メディアHVGに評されたが、さらに夏以降は有料広告も積極的に取り入れることで、ティサ党の勢力拡大を図った[14]。8月には、政府寄りのメディアOgigoに次ぐ350万フォリント(約140万円)をFacebook広告に投入した。

2020年に設立された政府寄りのSNSインフルエンサー支援センター「メガフォン(Megafon)」は、欧州議会選挙に際して、Facebook広告費として1カ月間で2億6000万フォリント(約1億500万円)を投じており、それと比較するとティサ党の支出額は限られている。しかし、メガフォンは欧州議会選挙後の広告費投入をほとんど行っておらず、マジャルはハンガリー国内が「選挙モード」から「夏休みムード」へと移行するタイミングを狙いすましてオルバーン政権の手法を模倣したようにみえる。ティサ党が秋以降に大規模な有料広告を展開したとの報道はないが、今後も随所で活用される可能性は十分に考えられる。

また、オルバーン首相が毎週ラジオ番組で発信していることを意識してか、マジャルは、これまでの各地での集会のライブ配信に加え、YouTubeチャンネル登録者向けの週次のライブ配信も始めた。目的は、オンライン上でのコミュニティ構築のために「現在起きている出来事と今後の課題について、より非公式な形で毎週話し合う」ことにあるという[15]。マジャルが保有する主要SNSのフォロワー数やチャンネル登録者数は、依然としてオルバーン首相には及ばないものの、YouTubeに限ってはオルバーンの3倍強の登録者数を獲得している。

オルバーン首相とマジャルが保有するSNSの一覧とそのフォロワー・チャンネル登録者の一覧は、表1に示されるとおりである。

表1:オルバーン首相とマジャルの各SNS登録者に関する比較

出典:2025年1月末時点での各SNSのデータをもとに著者作成。記載がない限り発信言語はハンガリー語。

フォロワー数ではなく、読者のエンゲージメントという観点から見ると、マジャルの影響力はさらに大きい。ハンガリーで最も人気のあるSNSであるFacebookを例にとると、オルバーン首相のフォロワー数はマジャルの約3倍に達しているものの、投稿へのいいね数を比較すると、マジャルのほうがより高いエンゲージメントを獲得している。

また、2025年1月の両者の投稿の平均「いいね」数を比較すると、オルバーン首相が約1万1700件であるのに対し、マジャルは約2万6300件と、2倍以上の差がある。最大の「いいね」数を比較しても、オルバーン首相の1月で最も反響があった投稿は年頭挨拶の投稿であり、約6万4000件の「いいね」を獲得した。その次に反響があった投稿は突如として始めたコロナ対応の優位性を強調するドキュメント動画であったが、3万件の「いいね」にとどまった(なお、ハンガリーの人口当たりの死亡率は世界ワースト5カ国に入っている)。

一方、マジャルはフィデス所属の欧州議会議員の英語能力を揶揄した動画を投稿し、それだけで約4万5000件の「いいね」を獲得している。また、「私には夢があります」と題して将来のハンガリー政治に向けた抱負を語った投稿には、約8万1000件の「いいね」がついた(表2)。マジャルが「ネタ」的な投稿から真面目な政策メッセージまで多様なコンテンツを組み合わせることで、読者の積極的な関与を生み出していることがうかがえる。

表2:Facebookにおけるマジャルとオルバーンの「いいね」数の比較


出典:2025年1月1日〜28日のデータをもとに1月末に筆者作成。

主要な各種SNSに加えて、マジャルは、双方向型のSNSで若年層を中心に人気が高まっているDiscordや、米国発の掲示板型ソーシャルサイトであるRedditも駆使している(ただし、Redditのアカウントは現在停止されている[16])。こうした新興SNSの利用について、HVGは、双方向型という特徴を活かしたオンライン上でのコミュニティ形成が可能であること、および有料広告やアルゴリズムの影響を受けにくいことの二つの利点を指摘している[17]。また、この記事の執筆者は別の記事でも、YouTubeには仕事に関する動画や各種演説を投稿する一方で、TikTokには料理動画などのよりカジュアルで「かわいい」とも思える動画を投稿することでコンテンツの差別化を図ろうとしていると分析している[18]

その他、X(旧Twitter)に関しては、オルバーン首相が英語で国際向けに発信しているのに対し、マジャルは国内向けにハンガリー語で発信を続けている点にも違いが見られる。マジャルは、新興SNSへの展開とSNSごとのコンテンツの差別化を通じて、オルバーン政権とは異なる独自のひねりを加えたSNS戦略も展開している。

以上をまとめると、新興政党であるティサ党の支持が与党・フィデスの伝統的な支持基盤にも浸透し始めているのは、マジャルが地方でのコミュニティ形成と巧みなSNS戦略を同時に駆使しているからであるといえる。​マジャル率いるティサ党は、フィデスの戦略を一部模倣しつつも、対フィデスの政治キャンペーンを相次いで実施し、各SNSの特性に応じて使い分けてオンラインでの発信を行うことで、支持者を飽きさせないようにしている。​

しかし、ハンガリー国民のティサ党への支持はどの程度強固なものであろうか。​また、そもそもティサ党はどのような政策を掲げているのであろうか。​これからの課題は何なのであろうか。​

ティサ党への支持とその特徴:「若者の党」はフィデスからティサへ

ハンガリーの世論調査は、リベラル系から保守系まで多様な調査会社が存在し、調査機関によって結果に大きな差が生じることも少なくない。そこで、比較的中立的で信頼度が高いとされる独立系世論調査機関Mediánの調査結果を参照する。これまで議席を獲得していた政党のほとんどが議席獲得最低ラインの5%条項を満たしていない点も興味深いが、それと同時に与党フィデスの支持率低下とティサの支持率の急増という傾向が鮮明に表れている(図1)。

図1:ハンガリーの主要与野党の支持率の変遷

出典:Mediánのデータをもとに著者作成

ティサ党の支持拡大は依然として持続的に伸びている一方で、フィデスの支持は低下し続けている。オルバーン政権のラーザール・ヤーノシュ建設運輸大臣が2024年12月に「奇跡をもたらしたのはマジャル・ペーテルではない。我々(フィデス)が誤ったのだ」と述べたように、ティサ党の支持拡大の背景にはフィデスへの信頼の揺らぎがある[19]。大統領の辞任に発展した児童性的虐待関連の恩赦をめぐるスキャンダルや、近年のインフレ対応への不満に対し、フィデスは約1年が経過した現在もこうした懸念を払拭できていない。そのような状況の中で、マジャルは本稿の前半で述べた戦略を駆使し、2022年総選挙で野党統一候補の敗北に失望した有権者層をも取り込みつつある。

もっとも、ティサ党には積極的な支持者も一定数存在するものの、与党でも既存野党でもない政党を選択する消去法的な要素が強い点は指摘すべきである。マジャルは時折、オルバーン首相を、2006年に失言によって国民の強い反発を招き、のちに退陣に追い込まれたジュルチャーニ・フェレンツ首相と対比させる。しかし、独立系メディア444.huが指摘するように、現在のマジャルの台頭はオルバーン首相自身の言動によるスキャンダルが直接の要因ではなく、オルバーンの支持基盤も依然として残っていることを踏まえると、マジャルへの支持は不安定なものである[20]

よりミクロに見た場合、誰がマジャル率いるティサ党を支持しているのか。Mediánのマネージングディレクターであるハン・エンドレは、まず若年層の支持の厚さに注目する。Mediánの調査によれば、ティサ党は40歳未満の層で過半数を占め、40~49歳の層ではフィデスと拮抗している[21]。若年層が野党を支持する傾向は以前から見られていたため、この流れ自体は新しいものではない。しかし、ティサは従来の20~30代にとどまらず、40代まで支持を広げている点が新たな動向であると、ハンは分析する。かつて青年活動家による民主同盟であったフィデスは、党の主要政治家の高齢化[22]とともに支持基盤が中高年から高齢者層へと移行し、「若者の党」とは言えなくなりつつある。そうした中で、ティサが若年層の支持を集める新たな受け皿となっている。

加えて、ハンは、ティサが従来の野党とは異なり、女性、とりわけ30代や40代の女性からの支持が少ない点を指摘する。HVGが論じるように、政権交代を希望する割合に男女差は見られない[23]。マジャルのSNS戦略が30代や40代の女性にあまり訴求していない可能性や、オルバーン政権によるDV疑惑をはじめとする積極的な個人スキャンダル攻撃によって、この層にはマジャルのイメージがあまりよく映っていない可能性などが考えられる。

ティサ党の政策:オルバーン政権との相違

若者を中心に幅広い層と地域から支持を獲得しつつあるティサ党であるが、同党はどのような政策を掲げているのだろうか。欧州議会選挙の公約やこれまでのマジャルの発言を勘案すると、ティサ党は対EU(欧州連合)関係や国内の設備投資においては重要な政策の方針転換を掲げる一方で、ウクライナ支援やLGBTQ+(性的少数者)に関する施策などにおける変更は最小限に留めるか曖昧な態度をとっている。

まず、マジャルは汚職防止、公共メディアの独立および法の支配の回復を通じてEUと緊密な関係を築いていく必要があると述べ、「今日のハンガリーは家族経営の有限会社だ」とオルバーン政権の姿勢を強く批判している[24]。昨年の欧州議会選挙に際して発表されたティサ党の公約には、「我が国に支払われるべき(だが、オルバーン政権の法の支配に関する懸念から支払いが一時停止されてしまっている)EUの何兆ドルもブリュッセルから取り戻す」と記載されている[25]。また、ハンガリーのNGO「K-Monitor」の調査によれば、対ロシア制裁の維持やユーロ導入についても賛成しており、オルバーン政権とは異なる姿勢を示している(表3)[26]。国内政策では、夏以降のマジャルの政治キャンペーンから容易に推測できる通り、医療施設や児童施設に関する設備投資が掲げられている。オルバーン政権下での設備投資の不足が指摘されている中で[27]、フィデスとの差別化を図りたいとのマジャルの思惑が透けて見える。

他方、与党フィデスとティサ党の政策的な立ち位置が近い、もしくは政策の違いがはっきりとはしていない分野も多い。ロシア・ウクライナ戦争に関して、両党はともにウクライナのNATO(北大西洋条約機構)加盟や武器援助に反対している。ウクライナのEU加盟については、フィデスが反対する一方でティサは加盟そのものには賛成だが、バルカン諸国が先に加盟すべきだという留保もつけている[28]

また、ティサ党は、労働基本権及び社会権のEUレベルの規制に反対しており、オルバーン政権がとる反LGBTQの姿勢についても、政権からの批判を避けるためか、「現時点で最も重要な問題ではない」として曖昧な態度をとっている。独立系メディア444.huがマジャルへのインタビューを「マジャルはオルバーンとどう違うのかと尋ねられ、オルバーンのように話し始めた」と表現したように、フィデスとティサの違いがはっきりとしない政策は少なくない。

表3:フィデスとティサの主要論点の比較

(出典:K-Monitorの分析および最新の声明に基づき筆者作成)

ティサ党が抱える課題:立候補選定、党組織の拡大、与党による選挙区改正

ティサ党が今後も党勢を維持し続け、政権交代を成し遂げる可能性はどの程度あるのだろうか。支持が低迷しているとはいえ、2010年から15年近く続いてきたオルバーン政権の存在感は依然として大きい。現在のティサ党には少なくとも大きな課題が3つあると考えられる。本稿の締めとして、そうした課題を整理したい。

第一の課題は、立候補者の選定である。欧州議会選挙で躍進したティサ党であるが、ハンガリー議会では現時点で議席を有していない。政権交代を目指す場合、大量の候補者を擁立する必要がある。2024年10月23日に次回総選挙にティサ党から出馬する候補の募集を始め、まもなく候補者が発表される予定となっている。欧州議会選前には、与党からの引き抜きが報道されていたが、公募では政治家や過去の立候補者を除外し、コミュニケーション能力やカリスマ性、財団や協会、地方自治体でのリーダーシップ経験を持つことが求められているため、候補者の選定は容易ではないだろう。独立系メディアTelexは候補者選定を「これまでで最も困難な任務」と指摘する[29]

関連して、ティサの党支援コミュニティ「ティサ・アイランド(TISZA Sziget)」と地元住民の架け橋となるような党組織の強化は、第二の課題となる。2025年以降、マジャルは選挙において中核となる人材の確保を進めてきた。今年2月には、ティサ党のオペレーション・マネジメント業務がラドナイ・マールク副代表からポーシュファイ・ガーボル(これまでは世界最大のスポーツ用品店「デカトロン」のハンガリー事業部長を務めていた)に引き継がれ、ラドナイ副代表は党のコミュニティ形成やイベント運営に注力することが発表された。

また、社会党所属の政治家を父親に持つトート・ペーテルが選挙対策本部長に着任した。野党の無力さを痛感して「6年間政治に関わっていなかった」と述べたトート本部長は、経済学者としての経歴とともに、無所属の政治家を中心に選挙活動を長年支援してきた経験を持つ[30]。さらに、最近ティサ党への支持を表明したハンガリー国防軍元参謀総長のルシン=センディ・ロムルスに対しては、党の国防担当のポストが検討されているとの政府寄りのメディアの報道もある[31]

政治は一人では担えず、大臣や副大臣候補、党組織の各役員を揃えなければ、仮に政権交代を成し遂げたとしても政治を動かすことは難しい。マジャルが国民から広く支持を得るだけでなく、選挙や政策形成の核となるポジションにおいて優秀な人材を確保し、党運営の一部を委ねることで「ワンマンショー」から脱することができるかどうかが、今後の一つの鍵となる。

最後に、ティサ党自身でコントロールできない話ではあるが、与党による選挙区改正も課題となる。国政選挙においては、ゲリマンダリング(政権与党による恣意的な選挙区割りの決定)により野党が優勢な選挙区が減らされる一方で、与党に有利な選挙区が増やされている。最近ではブダペストの選挙区割りが結果としてフィデスに有利となる形で変更された。このため、2026年に予定されているハンガリー議会選挙において、ティサ党は欧州議会選挙と比較して不利な戦いを強いられる可能性が高い。

マジャルの戦略はこれからも効果的であり続けるのか。そして、フィデスはそれに対してどのような対抗策を講じるのであろうか。マジャルの台頭とフィデスの苦戦という構図は明確になってきたものの、2026年の総選挙まで残り約1年となったハンガリー政治の行方はまだわからない。

(Photo Credit: Shutterstock)

石川 雄介 研究員/デジタル・コミュニケーション・オフィサー
専門はハンガリーを中心とした中・東欧比較政治、民主主義の後退、反汚職対策。明治大学政治経済学部卒業、英国・サセックス大学大学院修士課程修了(汚職とガバナンス専攻)、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学大学院政治学研究科修士課程修了。埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師、国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)外部寄稿者も兼職。 TIハンガリー支部でのリサーチインターンなどを経て、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)に参画。API/地経学研究所にて、インターン、リサーチ・アシスタント、欧米グループ研究員補(リサーチ・アソシエイト)を経た後、2024年8月より現職。APIでは、福島10年検証、CPTPP、検証安倍政権プロジェクトに携わった。シンクタンクのデジタルアウトリーチ推進担当として、財団ウェブサイトや SNSの活用にかかる企画立案・運営に関わる業務も担当。 主な著作に『偽情報と民主主義:連動する危機と罠』(共著、地経学研究所、2024年)、『EU百科事典』(分担執筆、丸善出版、2024年)、Routledge Handbook of Anti-Corruption Research and Practice(分担執筆、Routledge、2025年出版予定)などがある。 【兼職】 埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師(秋学期のみ、欧米経済事情、2単位) External contributor, Anti-Corruption Helpdesk, Transparency International Secretariat (TI-S)
プロフィールを見る
研究活動一覧
研究活動一覧
研究者プロフィール
石川 雄介

研究員,
デジタル・コミュニケーション・オフィサー

専門はハンガリーを中心とした中・東欧比較政治、民主主義の後退、反汚職対策。明治大学政治経済学部卒業、英国・サセックス大学大学院修士課程修了(汚職とガバナンス専攻)、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学大学院政治学研究科修士課程修了。埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師、国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)外部寄稿者も兼職。 TIハンガリー支部でのリサーチインターンなどを経て、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)に参画。API/地経学研究所にて、インターン、リサーチ・アシスタント、欧米グループ研究員補(リサーチ・アソシエイト)を経た後、2024年8月より現職。APIでは、福島10年検証、CPTPP、検証安倍政権プロジェクトに携わった。シンクタンクのデジタルアウトリーチ推進担当として、財団ウェブサイトや SNSの活用にかかる企画立案・運営に関わる業務も担当。 主な著作に『偽情報と民主主義:連動する危機と罠』(共著、地経学研究所、2024年)、『EU百科事典』(分担執筆、丸善出版、2024年)、Routledge Handbook of Anti-Corruption Research and Practice(分担執筆、Routledge、2025年出版予定)などがある。 【兼職】 埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師(秋学期のみ、欧米経済事情、2単位) External contributor, Anti-Corruption Helpdesk, Transparency International Secretariat (TI-S)

プロフィールを見る