解説 オーストラリア連邦議会総選挙

解説 オーストラリア連邦議会総選挙
2025年5月3日、オーストラリアで連邦議会総選挙(下院全150議席および上院の半数にあたる40議席)が実施され、中道左派として知られ、与党・労働党を率いる現職のアンソニー・アルバニージー首相が圧勝した。労働党は、事前の予想を覆して、改選前の77議席から93議席へと大幅に議席を増やし(5月13日時点)、単独での政権維持に成功した。一方、最大野党である保守連合(自由党・国民党)は下院で議席を減らし、自由党党首ピーター・ダットンは自身の選挙区で敗北した。加えて、改選前に下院で4議席を有していた緑の党も、3議席を労働党に奪われる見通しとなっている。同様の結果は上院選でも見られた。
オーストラリアの選挙制度には、二つの特徴がある。第一に、有権者が複数の候補者に対して順位を付けて投票する方式である優先順位付連記投票制が採用されている点である。この制度は、死票を減らす一方で、最終的な選挙結果が確定するまでに一定の時間を要するという側面もある。第二に、義務投票制があり、不投票には罰金が科される。これらの制度は、二大政党制の定着を促し、政党の政策や有権者の選好を中道志向へと収斂させる傾向があり、今回の選挙結果にも一定の影響を与えたと考えられる。
選挙では、物価高対策が主要な争点となった。労働党は、これまで実施してきた減税措置や補助金政策の継続を訴えるとともに、住宅問題への対応を重点課題として掲げた。他方、自由党も物価対策を前面に打ち出し、エネルギーコストの低減策として原発建設を盛り込んだ。保守・革新ともに2050年までのカーボンニュートラル達成をめざしている一方で、革新派である労働党と緑の党は反原発感情や原発の稼働が2035年に予定してある石炭火力発電所の閉鎖までに間に合わない懸念などから、再生可能エネルギーを重視している。
4月28日のカナダ下院総選挙と同様に、オーストラリアでもトランプの影響が見られた。アルバニージーは昨年秋から、トランプ陣営・政権において大きな影響力を持っていたイーロン・マスクに対し、オーストラリアの選挙に介入しないよう牽制するなど、トランプとその周辺から距離を置いていた。他方で、ダットンは、政府効率化策の一環としてトランプ政権が掲げるDOGEに倣った政策を打ち出し 、トランプの政治手法を模倣して多様性・公平性・包摂性(DEI)政策を批判するなど、「文化戦争」を前面に出した。また、自身こそがトランプと良好な関係を築けると主張し、外交面での優位性もアピールした。
当初、ダットンは優勢であったが、3月にトランプがウクライナのゼレンスキー大統領を公然と批判したことや4月に「相互関税」を実施したことを契機に、「安物のトランプ」と揶揄されるようになった。この頃から与野党の支持率は拮抗し始め、次第に世論は与党を支持するようになった。ダットンの支持率低下は、トランプへの反感を反映していると考えられる。
もっとも、こうした対米感情の悪化が米豪同盟の軽視し、中国との関係強化へと転じるかといえば、必ずしもそうではない。世論の大勢は依然として米国との関係を重視しており、中国との関係深化には否定的な見方が強い。オーストラリアの論壇においても、対中接近よりむしろ、米国以外の西側諸国との関係強化を模索すべきだとの声が主流である。また、世論調査では、国民の大半が国防費増額に対して否定的な見方をしていない。今回の選挙で圧勝したアルバニージーが、強固な国内政治基盤をいかに活かし、米国との関税交渉や対中戦略において主導的な立場を確保していくのかが注目される。

選挙は世界を変えるのか:岐路に立つ民主主義
選挙による国内政治のダイナミクスの変化は世界政治に影響を与え、地政学・地経学上のリスクを生じさせる可能性があります。また、報道の自由の侵害や偽情報の急増など、公正な選挙の実施に対する懸念が高まっているなか、今後の民主主義の行方が注目されています。本特集では、各国の選挙の動向を分析するとともに、国内政治の変化が国際秩序に与える影響についても考察していきます。
(Photo Credit: ロイター/アフロ)


研究員補
アジア・パシフィック・イニシアティブ/地経学研究所国際安全保障秩序グループ 研究員補。慶應義塾大学法学部政治学科卒業、同法学研究科政治学専攻修士課程修了。2023年4月より博士課程。専門は、アメリカ安全保障政策史、米豪同盟、日本の防衛政策。アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)でのインターン(日米軍人ステーツマンフォーラム(MSF))を経て現職。国際安全保障秩序グループにて、諸外国の防衛産業政策について調査中。
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