解説 カナダ下院総選挙:“51番目の州”への反発と経済危機の経験が導いた逆転勝利

解説 カナダ下院総選挙
2025年4月28日、カナダで下院総選挙(定数343、小選挙区制)が実施され、マーク・カーニー党首率いる与党・自由党(中道左派)が15議席増の169議席を獲得し、過半数には3議席及ばなかったものの、第一党の座を維持した。
この選挙にはトランプ大統領の関税政策が強く影響した。トランプ米大統領は、第二次政権発足後、カナダに対して追加関税を課し、「カナダはアメリカの51番目の州になるべきだ」と発言するなど、カナダへの対決姿勢を強めていた。それに対し、3月に新たに首相に就任したカーニー氏は、報復関税も辞さないという毅然とした対応を打ち出し、国民の支持を集めた。また、カーニー首相は、リーマン・ショック時にはカナダ銀行総裁、ブレグジット時にはイングランド銀行総裁として経済危機対応を主導した実績を持っており、世界経済がトランプ政権の政策によって混乱する中、国民による同氏の経済面での実務能力への期待も急速な支持拡大の大きな要因となった。
他方、最大野党で中道右派の保守党は144議席を獲得した。前回選挙から24議席を増やしたものの、小さな政府や減税といった方針を掲げて2022年から党を率いてきたピエール・ポワリエーブル党首が落選。この結果を受けて、石油資源が豊富で保守党の牙城でもあるアルバータ州の選挙区で当選した議員が辞職し、ポワリエーブル党首がその補欠選挙に出馬して議席獲得を目指すという異例の展開となっている。また、カナダでは小選挙区制を採用しているにもかかわらず地域主義を背景に多党制となることもあるが、今回の選挙では二大政党制への回帰傾向が比較的強く見られた。地域政党のブロック・ケベコワ(33議席→23議席)、左派の新民主党(24議席→7議席、党首も落選)、緑の党(2議席→1議席)は、いずれも議席を減らす結果となった。
自由党は、トルドー前首相の辞任直前には保守党と30ポイント近い支持率の差をつけられていたが、今回の選挙ではこれを覆して逆転勝利を収めた。一方で、保守党も議席を伸ばしており、今後の政権運営において無視できない勢力であること、そして自由党が少数与党であるという構図に変わりはない。国内でいかにして政治的合意形成を図るか、またトランプ政権への対応をめぐって、カナダとしてどのようにリーダーシップを発揮していくのか。カーニー首相の政治手腕が今後大きく問われることになるだろう。

選挙は世界を変えるのか:岐路に立つ民主主義
選挙による国内政治のダイナミクスの変化は世界政治に影響を与え、地政学・地経学上のリスクを生じさせる可能性があります。また、報道の自由の侵害や偽情報の急増など、公正な選挙の実施に対する懸念が高まっているなか、今後の民主主義の行方が注目されています。本特集では、各国の選挙の動向を分析するとともに、国内政治の変化が国際秩序に与える影響についても考察していきます。
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研究員,
デジタル・コミュニケーション・オフィサー
専門はハンガリーを中心とした中・東欧比較政治、民主主義の後退、反汚職対策。明治大学政治経済学部卒業、英国・サセックス大学大学院修士課程修了(汚職とガバナンス専攻)、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学大学院政治学研究科修士課程修了。埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師、国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)外部寄稿者も兼職。 TIハンガリー支部でのリサーチインターンなどを経て、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)に参画。API/地経学研究所にて、インターン、リサーチ・アシスタント、欧米グループ研究員補(リサーチ・アソシエイト)を経た後、2024年8月より現職。APIでは、福島10年検証、CPTPP、検証安倍政権プロジェクトに携わった。シンクタンクのデジタルアウトリーチ推進担当として、財団ウェブサイトや SNSの活用にかかる企画立案・運営に関わる業務も担当。 主な著作に『偽情報と民主主義:連動する危機と罠』(共著、地経学研究所、2024年)、『EU百科事典』(分担執筆、丸善出版、2024年)、Routledge Handbook of Anti-Corruption Research and Practice(分担執筆、Routledge、2025年出版予定)などがある。 【兼職】 埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師(秋学期担当、欧米経済事情、2単位) External contributor, Anti-Corruption Helpdesk, Transparency International Secretariat (TI-S)
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