解説 ルーマニア大統領選挙:極右の波を退けつつも、なお残る国内の課題

解説 ルーマニア大統領選挙
2025年5月18日、ルーマニアで大統領選挙(任期5年・3選禁止)の決選投票が行われた。中道派の無所属でブカレスト市長を務めるニクショル・ダン候補が約55%の得票を獲得し、極右政党「ルーマニア人統一同盟(AUR)」のジョージ・シミオン党首を破って当選を果たした。投票率は64.72%に達し、決選投票としては1996年選挙以来の高水準となった。
今回の大統領選挙は、2024年11月に実施された前回の大統領選挙(初回投票)にて、泡沫候補と見なされていた親ロシア・反NATO派のカリン・ジョルジェスク候補が第一位となったものの、憲法裁判所がロシアによる大規模な介入の可能性が示唆されたとして選挙結果を無効とし、選挙のやり直しを命じたことに端を発するものである。
やり直し選挙の初回投票は2025年5月3日に実施され、シミオン党首が約41%の得票で首位に立った。これに続き、ダン市長が21%の得票率を獲得し、連立与党が支持していたクリン・アントネスク元国民自由党党首(20.1%)を僅差で破り、決選投票に進んだ。なお、前回選挙で首位となったジョルジェスク氏は、「民主主義を守る義務そのものに違反」していることを理由に、2025年3月に今回のやり直し選挙への出馬を禁じられている。
シミオン党首は、ロシアに対しては対立的な姿勢を取る一方で、「ルーマニアを再び偉大に」というスローガンを掲げるなど、EUやウクライナ支援に懐疑的な立場をとり、モルドバとの統合を掲げる超国家主義(ultranationalism)的な主張でも知られている。また、憲法裁判所による昨年の選挙無効化およびジョルジェスク氏に対する大統領選出馬禁止の決定に強く反発し、選挙戦では自身が大統領に就任した際にはジョルジェスク氏を首相に任命すると公言していた。こうした急進的な主張は、既存政党への根強い不信感や、コロナ禍における反ワクチン運動とも結びつき、反エスタブリッシュメントの受け皿としての同氏への支持につながっていた。
他方、ダン市長は、親EU・親NATOの立場を掲げつつも、無所属という立場を活かし、既存の政治エリートに代わる「改革者」としてのイメージを積極的に打ち出した。ダン市長は、フランスのソルボンヌ・パリ・ノール大学で数学の博士号を取得した元数学者であり、ブカレスト高等師範学校の創設にも関わり、2011年まで同校で教授を務めた。その後、ブカレスト市議会議員、ルーマニア下院議員を経て、2020年からブカレスト市長を務めていた。
18日の決選投票は、初回投票での得票差に加え、与党・社会民主党(PSD)内部の対立も続いていたことから、中道派にとって極めて厳しい選挙戦になると予想されていた。しかし、結果としてはダン候補がシミオン党首を破り、決選投票での逆転勝利を収めた。
有権者の投票行動をより詳しく見ていくと、初回投票では、国内のみならず、約97万票(前回選挙と同水準)の在外投票においてもシミオン党首が首位の得票率を獲得していたものの、決選投票では在外投票が約160万票にまで増加し、ドイツやイタリアなど一部の西欧諸国を除き、隣国のハンガリーやモルドバをはじめとした多くの国でダン候補が優勢に立ち、勝利を後押しした。
ルーマニア国内では、都市部の有権者や無党派層に加え、シミオン党首のナショナリズムに反発するハンガリー系少数民族などからの支持もダン候補に集まった。ハンガリー系少数民族との関連では、決選投票の10日ほど前にハンガリーのオルバーン・ヴィクトル首相が、それまでの中立的立場を転じて(政策的立場の近い)シミオン党首への支持を一時表明していた。しかし、これがルーマニア国内のハンガリー系住民から強い反発を招き、ハンガリー系少数民族によるダン候補への支持をかえって拡大させる結果となった。
ルーマニアの大統領は、首相の任命権に加え、EUやNATOの首脳会議への参加や軍の最高司令官としての権限を含む国防・外交の要として重要な役割も担っており、クラウス・ヨハニス前大統領は、2015年にロシアのクリミア併合を受けて国際サミット「ブカレスト・ナイン(Bucharest Nine)」を共同設立したほか、2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降も、2023年10月にルーマニアを訪問した際に両国関係の格上げに合意するなど、積極的な外交活動を展開してきた。今回の親EU派による逆転勝利は、EUやNATOにとっては胸をなでおろす結果となった一方で、各国で「自国ファースト」や「主権主義」を掲げる政党にとっては、オーストラリアやアルバニア総選挙に続く敗北となった。
とはいえ、ダン新大統領による今後の国内政治のかじ取りには多くの困難が予想される。初回投票実施まで首相を務めていた国民自由党のマルチェル・チョラク党首は、初回投票で与党候補が決選に進めなかったことを受けて首相の辞任および同党の連立政権からの離脱を宣言している。現在、ルーマニア議会では極右政党が全体の3割強の議席を占めており、国民自由党抜きでは他の中道政党をすべて合わせても過半数には届かない。さらに、極右勢力の台頭を後押しした政治不信や経済的困窮、国民の疎外感といった根本的な要因は、今回の選挙で解消されたわけではない。ダン新大統領の誕生は、国際社会に対してはルーマニアの政治的安定を示すものとなったが、ルーマニアの民主主義が試される本当の試練はむしろこれから始まる。
画像出典:Nicusor Dan’s X account (https://x.com/NicusorDanRO/status/1924209930040447036/photo/1)

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研究員,
デジタル・コミュニケーション・オフィサー
専門はハンガリーを中心とした中・東欧比較政治、民主主義の後退、反汚職対策。明治大学政治経済学部卒業、英国・サセックス大学大学院修士課程修了(汚職とガバナンス専攻)、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学大学院政治学研究科修士課程修了。埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師、国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)外部寄稿者も兼職。 TIハンガリー支部でのリサーチインターンなどを経て、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)に参画。API/地経学研究所にて、インターン、リサーチ・アシスタント、欧米グループ研究員補(リサーチ・アソシエイト)を経た後、2024年8月より現職。APIでは、福島10年検証、CPTPP、検証安倍政権プロジェクトに携わった。シンクタンクのデジタルアウトリーチ推進担当として、財団ウェブサイトや SNSの活用にかかる企画立案・運営に関わる業務も担当。 主な著作に『偽情報と民主主義:連動する危機と罠』(共著、地経学研究所、2024年)、『EU百科事典』(分担執筆、丸善出版、2024年)、Routledge Handbook of Anti-Corruption Research and Practice(分担執筆、Routledge、2025年出版予定)などがある。 【兼職】 埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師(秋学期担当、欧米経済事情、2単位) External contributor, Anti-Corruption Helpdesk, Transparency International Secretariat (TI-S)
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