造船超大国化する中国の地経学リスク

中国造船業の存在感が、国際市場でますます強まっている。中国工業・情報化部が公表した2024年の統計によれば…(以下に続きます)
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中国の造船業の圧倒的プレゼンス

中国造船業の存在感が、国際市場でますます強まっている。中国工業・情報化部が公表した2024年の統計によれば、同国は造船完工量、新規受注量、保有受注量の全てで世界一を記録し、その世界シェアはそれぞれ55.7%、74.1%、63.1%に達した。造船大国の韓国や日本を大きく引き離しながら、高付加価値な船種でも製造能力を高め、名実ともに「造船超大国」としての地位を固めようとしている。

船は、日常的な物資の国際輸送から防衛用途の艦艇に至るまで、経済と安全保障の両面にまたがる基幹インフラである。防衛用艦艇の建造に必要な技術者や熟練工の育成も、平時の商船建造基盤を土台としている側面があり、造船業の発展は経済成長だけでなく、防衛体制の持続可能性とも密接に関係している。この分野で中国が圧倒的なプレゼンスを築いているという事実は、世界経済と安全保障双方に対して無視できない戦略的意味合いを帯びている。

中国造船の強さの背景

中国製造業の強みは、巨大な内需市場に支えられたスケールメリットと多様な人材基盤にある。新興分野では、国内競争を通じて価格競争力のある企業が早期に台頭し、グローバル市場でも通用する競争力を備える。加えて、広範なサプライチェーンへの深い関与により、国際的にも不可欠な生産拠点としての地位を維持している。造船業の発展においても、同様の強みが発揮された。

2000年代初頭、当時の朱鎔基総理が「2015年までに世界最大の造船国となる」と宣言して以降、中国は造船業を国家戦略の柱とし、包括的かつ持続的な支援体制を整えてきた。2009年には「造船産業調整・活性化計画」を策定し、グリーン造船やスマート造船への転換が図られた。こうした政策の累積が、量と質の両面における飛躍につながっている。そして、2008年には日本を、2010年には韓国を造船量で追い抜き、朱総理の目標を前倒しで世界大の造船国となった。質の面においても、中国はLNG輸送船用設備の国際標準での主導権や高品質な製品により、韓国の独占的地位を脅かしつつある。

中国の海運・造船業の国際競争力を押し上げた要因の一つが、国有大手の戦略的合併である。2016年、海運大手の中国遠洋運輸集団(COSCO)は中海集団と統合し、世界最大規模の海運企業となった。一方、造船分野では、旧「南船」と「北船」に分かれていた国有造船集団が2019年に統合され、巨大国有持株会社中国船舶工業(CSSC)が再編された。これにより誕生した中国船舶工業と中国船舶重工の合併体は、2024年時点で世界市場の3分の1を握るグローバル最大の上場造船会社となっている。効率化と寡占の徹底が、中国の産業戦略の根幹に位置づけられていることを示す象徴的事例といえる。

近年、二酸化炭素(CO2)の排出削減に向けた世界的なエネルギー・シフトが続く中、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻に伴う世界のエネルギー貿易の再編が重なり、LNGの需要が拡大した。造船業界はLNGタンカーの建造ブームに沸くことになる。

しかし、既に飽和状態にあった日韓の造船キャパシティでは、急増した需要を吸収しきれなかった。一方で、圧倒的な物量の生産能力を持つ中国は、ここ数年の受注急増に対しても、柔軟かつ迅速に対応し、需要を取り込んできた。民営の新時代造船や揚子江船業集団も数十億元規模の設備投資を次々と決定し、生産体制の強化を急いでいる。こうして中国は、世界的に縮小していた造船能力を一手に吸収してきた。さらに、民間の化学品大手である恒力集団も造船業に参入し、業界の注目を集めている。

中国の造船業の発展は、国家主導という制度的枠組みに加え、旺盛な利潤追求を体現する企業のアントレプレナーシップが交錯しながら進展してきたものと言える。ただし、他のセクターでは、こうした急成長が過剰生産や価格競争の激化につながる例も多い。造船に関しては、現時点ではグローバル市場での旺盛な需要に俊敏に呼応しつつ生産能力を拡大しており、その勢いが中国の圧倒的な受注シェアや建造能力の増強に直結している。とはいえ、中国造船業が今後も順調に発展を続けるとは限らない。さらに、経済安全保障上のリスク意識の高まりが、中国製船舶の採用判断に影響を及ぼす可能性もあり、そうした不確実性が今後の展開に対する不透明感を一層強めている。

俄かに高まる米国の警戒

とりわけ警戒感を強めているのが米国である。第二次世界大戦後には世界最大の造船国であった米国だが、1970年代以降、日本、韓国、そして中国に市場シェアを奪われ、民間造船分野は著しく衰退してきた。原子力空母や原子力潜水艦などのハイエンド軍用艦艇の分野では、依然として米国が中国に対して技術的優位を保っているものの、商船建造力の弱体化によって造船業全体の規模が限定されており、結果として技術者、溶接工、艤装工といった熟練人材の裾野も極端に細ってきている。このことが軍用造船分野への負の波及をもたらすのではないかとの懸念が高まっている。

米国の戦略コミュニティでは、中国の巨大な商船建造基盤が、平時には輸送船や商業船の建造に用いられつつ、有事には軍用輸送船や補助艦艇への転用が可能である点を、かねてより安全保障上の懸念として指摘してきた。それにもかかわらず、ここ1年ほどの間に米国内では、「自国の商船建造能力そのものを再興すべきだ」とする産業政策寄りの議論が前面に出てきており、脅威認識の焦点がすり替わってきている。

米国は2020年以降、CSSC傘下企業の実体リスト追加や金融取引制限を通じ、中国の造船優位を牽制してきた。2025年に発足したトランプ政権は、造船・港湾・海運人材育成を柱とする「海事行動計画(MAP)」を発表。加えて、対中制裁関税の強化や港湾使用料引き上げ、米国建造船の利用義務化といった対抗措置も視野に入れている。

米国通商代表部(USTR)は、中国の不公正な造船・海運慣行を認定し、米国向け貨物輸送に米国建造船の利用を義務付ける措置や、中国製・中国籍船舶の米国港湾利用時に高額な入港料を課す制裁案を推進している。さらに、港湾で使用される中国製大型クレーン等にも追加課税を検討し、サプライチェーンの脱中国化を加速させている。これらの措置は、米国造船業の復興と海運分野での中国の市場支配力低下を同時に狙うものであり、同盟国との協調や規制緩和、産業投資の優先順位付けも政策パッケージに組み込まれている。

中国造船に関する地経学リスク

中国は、自由貿易体制のもとで外資や技術を取り込みながら経済力を蓄え、国家資本主義の枠組みの中で、造船を含む戦略産業の生産能力を圧倒的に強化してきた。こうした構造的優位に対し、米国は強い安全保障上の警戒感を抱いており、造船分野でも対中対抗措置を強化しつつある。今や造船業は、米中競争の最前線の分野の一つとなり、地経学リスクが顕在化しつつある。

中国造船に関する地経学リスクは、大きく二つの軸で整理できる。第一は中国由来のリスクである。近年、日本を含む多くの船主企業が、中国の高いコスト競争力を背景に同国への発注を増やしてきた。しかし、中国企業には自国優先の姿勢や政策リスクが存在し、過度な依存は将来的に中国政府の政策変更や有事の際の供給制限など、サプライチェーンの脆弱性を高める要因となり得る。

一方、第二のリスクとして、米国由来のリスクも看過できない。米国は中国造船業の不公正慣行を理由に対抗措置や制裁を強化する動きを見せており、中国で建造された船舶に対する入港料の賦課や、今後は輸出管理・入港制限などの追加措置も検討されている。さらに、中国企業が建造した船舶を購入・運用する第三国の企業に対しても、何らかの波及的措置が検討される可能性がある。こうした措置は、新たなコストや運用リスクをもたらす懸念がある。これらの地経学的リスクをコストとして適切に評価・織り込む視点は、今後いっそう重要になる。

もっとも、新たなリスクはチャンスにもなり得る。米国の造船業の再建は一朝一夕には進まず、実際、米国が独力で総合的な造船能力を回復するのは現実的に困難である。このような状況下において、高度な技術と生産力を持つ日本は、韓国と並び、米国の造船基盤を補完するうえで一層重要な戦略的パートナーとなり得る。日本が得意とする砕氷船やLNG運搬船といった高付加価値船の輸出や、米国内での建造を支援する目的での比較的単純なタンカー建造技術の供与・協力、さらにはエンジン、推進装置、センサー等の重要部品の安定供給など、多様な協力の選択肢があり得る。造船セクターにおける中国の圧倒的プレゼンスを前に高まる構造的リスクに対しては、同盟・友好国との分業と連携による「フレンドショアリング」を通じたリスク回避と新たな供給網の構築が現実的な対応となる。「造船超大国」化する中国を前に高まるリスクとともに、同盟・友好国との分業・協力に伴う機会も戦略的に捉える必要がある。

(Photo Credit: Future Publishing / Getty Images)

 

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地経学ブリーフィング

コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

土居 健市 主任研究員
地経学研究所中国グループ主任研究員。北京大学公共政策学博士。専門は、中国と世界(開発金融、新興技術等の地経学分野)、教育・保健等、社会開発分野でのグローバル・ガバナンス。北九州市立大学国際関係学科(現代中国研究)卒業、東京大学公共政策大学院専門職修士課程修了。NGO・シェア=国際保健市民の会で、国内保健事業アシスタントを務める。2008年国際協力機構(JICA)に入構。JICAでは、中国事務所にて中国政府・シンクタンクとの日中協力事業の実施業務や、アフリカ部等にて経済社会インフラ投融資業務、ソブリン信用リスク審査や中国の対途上国協力の研究に従事。2018年より、北京大学教育経済学専攻に博士留学、2022年に博士号を取得。その後、中国ベースの国際開発コンサルタント企業Diinsider Co., Ltdシニア・リサーチャー兼アドバイザー、早稲田大学国際教育協力研究所招聘研究員を経て、2024年8月より現職。
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研究活動一覧
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研究者プロフィール
土居 健市

主任研究員

地経学研究所中国グループ主任研究員。北京大学公共政策学博士。専門は、中国と世界(開発金融、新興技術等の地経学分野)、教育・保健等、社会開発分野でのグローバル・ガバナンス。北九州市立大学国際関係学科(現代中国研究)卒業、東京大学公共政策大学院専門職修士課程修了。NGO・シェア=国際保健市民の会で、国内保健事業アシスタントを務める。2008年国際協力機構(JICA)に入構。JICAでは、中国事務所にて中国政府・シンクタンクとの日中協力事業の実施業務や、アフリカ部等にて経済社会インフラ投融資業務、ソブリン信用リスク審査や中国の対途上国協力の研究に従事。2018年より、北京大学教育経済学専攻に博士留学、2022年に博士号を取得。その後、中国ベースの国際開発コンサルタント企業Diinsider Co., Ltdシニア・リサーチャー兼アドバイザー、早稲田大学国際教育協力研究所招聘研究員を経て、2024年8月より現職。

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