解説 ポーランド大統領選挙:自国ファースト派の勝利

2025年6月1日、ポーランドで大統領選挙(任期5年・3選禁止)の決選投票が実施された。保守ナショナリスト系政党の野党「法と正義(PiS)」が支持した無所属の…(以下に続きます)
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解説 ポーランド大統領選挙

2025年6月1日、ポーランドで大統領選挙(任期5年・3選禁止)の決選投票が実施された。保守ナショナリスト系政党の野党「法と正義(PiS)」が支持した無所属のカロル・ナブロツキ候補が50.89%の得票を獲得し、僅差でドナルド・トゥスク首相が率いる中道右派の与党「市民プラットフォーム(PO)」に所属するラファウ・トシャスコフスキ候補(ワルシャワ市長、49.11%)を破って当選した。決選投票の投票率は71.63%と過去最高になった。

5月18日に行われた初回投票では、トシャスコフスキ候補が約31%の得票で首位に立ち、ナブロツキ候補が約30%で続いたが、その差はごくわずかだった。2024年末時点では、両者の支持率には15ポイント近い開きがあったものの、選挙戦が進むにつれて急速に差が縮まっていた。加えて、一時はナブロツキ候補との差を5ポイント以内にまで詰めた極右政党「同盟」のメンツェン候補が、初回投票で約15%を獲得して第3位に入っており、決選投票はトシャスコフスキ候補にとって厳しい展開が予想された。

トシャスコフスキ候補は、自身の曖昧な情報発信や政治スタンス、そしてトゥスク政権に対する支持率の低さから、前回選挙で自らを支持した若年層や女性の支持を十分に集めきれず、当選を果たすことはできなかった。

他方、ナブロツキ候補は、当初は比較的無名の候補であったが、地方を含めて積極的に現地を訪れ演説や討論会に臨むことで支持を拡大し、最終的には極右政党の支持者に加え、若年層や農村部の有権者からの支持も固め、勝利を収めた。「ポーランド第一」主義(”Poland first, Poles first”)を訴えたナブロツキ氏の当選は、米国トランプ大統領の就任以降、カナダやオーストラリア、ルーマニアやブルガリアなどの各地で敗北が続いていた自国ファースト派にとって、久々の勝利となった。

2023年総選挙と欧州議会選挙2024での与党「連勝」

背景をより詳しく見てみると、ポーランドでは、2015年から2023年までPiSが政権を担ったものの、司法の独立への介入や「ロシアの影響を受けて国の安全保障を損なう決定を下した」政治家や裁判官を公職から追放する法案を提出するなどの動きがあり、国内外から強い批判を浴びていた。そのため、2023年の総選挙では、POが政権を奪還するか、PiSが引き続き政権を維持するかどうかが大きな注目点となっていた。

2023年の総選挙では、「国民を分断させる強権政治を終わらせなければならない」と訴えたPOが、棄権していた幅広い野党支持層を投票所に呼び戻すことに成功したことに加え、新型コロナウイルス対応の不手際や汚職疑惑によるPiSへの支持低下による追い風をうけて、中道の「第3の道」および「新左派」と連立を組むことで、8年ぶりの政権奪還を果たした。

翌年の2024年欧州議会選挙においても、POが21議席(改選前25議席)を獲得し、PiSを中心とした「統一右派(ZP)」の20議席(改選前27議席)をわずかに上回ることで、欧州議会選挙でも国内第一党の座を奪還し、総選挙に続くPOの連勝となっていた。

外交で存在感、内政は停滞:選挙戦のネガキャンは逆効果に?

POのトゥスク党首率いる連立政権は、連勝の勢いを背景に、EUやNATOとの連携を強化すべく、外交面において主導権を発揮しようとしてきた。西欧諸国との軍事関係を強化し、キーウにもたびたび訪問し、ロシア・ウクライナ戦争の停戦協議に向けても積極的に関与をしてきた。また、EU議長国として、経済安全保障や食糧安全保障、偽情報への対抗策を含む幅広い安全保障分野に焦点を当て、欧州の安全保障の強化を呼びかけるとともに、ウクライナのEU加盟プロセスを加速させるように取り組んでいる。

しかし他方で、国内改革はほとんど進展しなかった。POは、政権交代後100日以内に100の政策を実現すると約束していたが、実際に100日で達成されたのは、EU基金の資金獲得などわずか6項目にとどまった。ポーランドでは大統領が法案の拒否権や憲法裁判所への付託権限を有しているものの、現時点での行使は限定的であり、むしろ連立政権の基盤の弱さが徐々に浮き彫りとなった。たとえば、PiS政権下で成立した、ほぼすべての人工妊娠中絶を禁止するという厳格な中絶法は、国内でとりわけ若年層を中心に強い反発を招いた。しかし、その見直しについては、連立政権内の意見対立により、2024年7月には法案が否決され、その後は本格的な議論が進んでいない状況である。「前任者の権力乱用疑惑を追及する以外、何もしていない」── こうした不満の声が有権者の間で徐々に広がり、政権への評価は次第に厳しさを増していた。

そのような中、トゥスク首相やトシャスコフスキ候補は、対立候補であるナブロツキ候補に対し、ギャングや売春婦との関係疑惑や不透明なマンション取引をめぐる問題を取り上げ、ネガティブ・キャンペーンを展開する戦略をとった。しかし、政権への不信感が高まり、国内の分極化が進むなかで、こうした戦略は火に油を注ぐ結果となり、かえって逆効果だったのではないかとの指摘もなされている。

政権の不安定化と「レームダック」化の危機

今回の大統領選挙で勝利した元ボクサーのナブロツキ候補は、地元のグダニスク(バルト海に面する港湾都市)で歴史学の博士号を取得し、第二次世界大戦博物館の館長などを経て、現在は国民記憶院の院長を務めている。ナブロツキ候補は、ウクライナ人を含む移民よりも、ポーランド人が優先的に公共サービスを受けるべきだと主張するなど、ナショナリズム色の強い政策を掲げる。一方で、PiSの党員ではないことから、歴史問題を理由にしたウクライナのNATOへの加盟反対をはじめとして、同党とは一線を画す立場も時折見られる。

半大統領制を採用するポーランドにおいては、欧州理事会(EU首脳会議)での代表は首相が担う一方、NATOにおける役割は軍の最高司令官である大統領が担っている。また、大統領は、首相の指名・任命権に加え、大臣、裁判官、大使などの任命権も有している。さらに、前述の通り、大統領は議会で可決された法案(予算案を除く)に対し、拒否権を行使するか、憲法裁判所に付託する権限も有する。拒否権が行使された法案を再可決するには、議会において5分の3以上の賛成が必要だが、現在の連立与党はその要件を満たしていない。

これまでに政治経験はなく、政治手腕は未知数なナブロツキ新大統領であるが、選挙戦では対決的なスタイルを用い、タフな候補としてのイメージを有権者に醸成していったとされている。また、PiSも早期の政権奪還に向けて、現政権の退陣とテクノクラート(技術官僚)内閣の樹立を求めており、今後、与野党間の対立が一層先鋭化する可能性が高い。ナブロツキ新大統領が法案に対して頻繁に拒否権を行使したり、憲法裁判所への付託を多用したりする事例も想定され、現政権が「レームダック化」する可能性も否定できない。

そして、何よりも、今回の大統領選挙は、トゥスク首相率いる連立政権の正統性を著しく傷つける結果となった。この事態を打開すべく、11日には議会で信任投票が予定されている。過去に否決された例はないものの、野党側は与党議員の切り崩しを図っており、予断を許さない状況である。信任が得られたとしても、有権者の間に広がる不信感を払拭できる見通しは立っていない。国外でイニシアティブを発揮してきたトゥスク政権だが、国内の政権基盤を立て直すことができるのだろうか。また、今後の政権運営が不安定さを増す中で、国際的に主導権を発揮し続けられるのだろうか。トゥスク政権の今後の舵取りが注目される。

画像出典:Shutterstock

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石川 雄介 研究員/デジタル・コミュニケーション・オフィサー
専門はハンガリーを中心とした中・東欧比較政治、民主主義の後退、反汚職対策。明治大学政治経済学部卒業、英国・サセックス大学大学院修士課程修了(汚職とガバナンス専攻)、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学大学院政治学研究科修士課程修了。埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師、国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)外部寄稿者も兼職。 TIハンガリー支部でのリサーチインターンなどを経て、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)に参画。API/地経学研究所にて、インターン、リサーチ・アシスタント、欧米グループ研究員補(リサーチ・アソシエイト)を経た後、2024年8月より現職。APIでは、福島10年検証、CPTPP、検証安倍政権プロジェクトに携わった。シンクタンクのデジタルアウトリーチ推進担当として、財団ウェブサイトや SNSの活用にかかる企画立案・運営に関わる業務も担当。 主な著作に『偽情報と民主主義:連動する危機と罠』(共著、地経学研究所、2024年)、『EU百科事典』(分担執筆、丸善出版、2024年)、Routledge Handbook of Anti-Corruption Research and Practice(分担執筆、Routledge、2025年出版予定)などがある。 【兼職】 埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師(秋学期担当、欧米経済事情、2単位) External contributor, Anti-Corruption Helpdesk, Transparency International Secretariat (TI-S)
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研究者プロフィール
石川 雄介

研究員,
デジタル・コミュニケーション・オフィサー

専門はハンガリーを中心とした中・東欧比較政治、民主主義の後退、反汚職対策。明治大学政治経済学部卒業、英国・サセックス大学大学院修士課程修了(汚職とガバナンス専攻)、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学大学院政治学研究科修士課程修了。埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師、国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)外部寄稿者も兼職。 TIハンガリー支部でのリサーチインターンなどを経て、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)に参画。API/地経学研究所にて、インターン、リサーチ・アシスタント、欧米グループ研究員補(リサーチ・アソシエイト)を経た後、2024年8月より現職。APIでは、福島10年検証、CPTPP、検証安倍政権プロジェクトに携わった。シンクタンクのデジタルアウトリーチ推進担当として、財団ウェブサイトや SNSの活用にかかる企画立案・運営に関わる業務も担当。 主な著作に『偽情報と民主主義:連動する危機と罠』(共著、地経学研究所、2024年)、『EU百科事典』(分担執筆、丸善出版、2024年)、Routledge Handbook of Anti-Corruption Research and Practice(分担執筆、Routledge、2025年出版予定)などがある。 【兼職】 埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師(秋学期担当、欧米経済事情、2単位) External contributor, Anti-Corruption Helpdesk, Transparency International Secretariat (TI-S)

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