強権化進むEUの「異端児」ハンガリーに変化の兆し

本稿は朝日新聞「にじいろの議」からの転載記事です。
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強権化進むEUの「異端児」ハンガリーに変化の兆し

「ウクライナのEU(欧州連合)加盟は、私たちを差し置いて決めさせてはならない」

私が研究する中欧のハンガリーでは、最近、そんな内容の与党の宣伝ポスターが街中に貼られている。初めて訪れる者には、異様な光景に映るだろう。

オルバーン・ヴィクトル政権はこれまで、反移民や反LGBTQ等、「敵」を絶えず作り続ける政治を進めてきた。ハンガリーは、EU加盟国であり、ウクライナとも一部で国境を接するが、EUのウクライナ支援に対してたびたび拒否権を発動してきた。直近では、ウクライナへの敵意を強め、冒頭のように「ハンガリーかウクライナか」と、同国のEU加盟に反対するよう世論を誘導するキャンペーンを実施している。

また、トランプ大統領に倣い、「欧州を再び偉大に」と自国ファーストを掲げ、EU統合に懐疑的だ。一方で、権威主義的なロシアや中国との関係を重視する。4月にはEUで唯一、国際刑事裁判所(ICC)からの脱退を表明した。

第2次オルバーン政権が発足してから、すでに15年。次回の総選挙は来年4月に予定されており、残すところ1年を切った。「敵か味方か」で支持を固めるポピュリズムが広がる中、その先駆けといえるハンガリーの選挙は、ポピュリズムの行方を占う重要な試金石となろう。

オルバーン政権の「敵」を作り出す政治手法は、ハンガリーの有権者に今も響いているのだろうか。実は近年、オルバーン首相による政権運営は順調とは言いがたい。特に昨年以降、内政では苦戦が続いている。保守系の新興野党「ティサ」を率いるマジャル・ペーテルへの支持が急速に拡大しているためだ。ティサ党はオルバーン政権にとって脅威となっている。

ティサ党が躍進したのは、与党のスキャンダルに加え、同党の戦略によるところが大きい。ティサ党は民主主義と親EUを掲げて、前回選挙に失望した層の支持を得ると同時に、保守的な価値観を打ち出し、与党以上に地方を訪れてはSNSで発信するという「合わせ技」で、現政権が重視してきた地方の有権者の支持を奪いつつある。

また、病院の設備投資など、政権が積極的に扱ってこなかった政策を扱うことで、論点を自らの土俵に引き込む。他方、政権側の争点に立つ場合も、皮肉や論点の転換で主導権を握ろうとする。ティサ党のアジェンダ・コントロールは巧みだ。

しかし、来年の選挙の結果を見通すのは容易ではない。オルバーン政権はこれまで、選挙区割りやしきい値、メディア規制などの制度を自党に有利となるよう段階的に改正し、「自由ではあるが公正ではない」国家を築いてきた。今後も法改正が行われる可能性は高く、極端な場合にはマジャル党首の出馬を禁じるような措置が講じられる可能性も完全には否定できない。

EUの「異端児」とも称される現政権の強権的な路線がより一層加速するのか、それとも転換するのか。来年のハンガリー総選挙は、同国の民主主義の方向性を決定付けるとともに、EU加盟国の結束にも少なからぬ影響を及ぼすだろう。

オルバーン政権により国外に追放された中央ヨーロッパ大学(CEU)がウィーンへ移転した年、私は同大学の修士課程で政治学を学んだ。ハンガリーの建国記念日(8月20日)は私の誕生日でもある。そんな不思議な縁を感じながら始めたハンガリー研究だが、今後もシンクタンクの立場から現地情勢の分析を深めていきたい。

(画像出典:Shutterstock)

石川 雄介 研究員/デジタル・コミュニケーション・オフィサー
専門はハンガリーを中心とした中・東欧比較政治、民主主義の後退、反汚職対策。明治大学政治経済学部卒業、英国・サセックス大学大学院修士課程修了(汚職とガバナンス専攻)、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学大学院政治学研究科修士課程修了。埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師、国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)外部寄稿者も兼職。 TIハンガリー支部でのリサーチインターンなどを経て、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)に参画。API/地経学研究所にて、インターン、リサーチ・アシスタント、欧米グループ研究員補(リサーチ・アソシエイト)を経た後、2024年8月より現職。APIでは、福島10年検証、CPTPP、検証安倍政権プロジェクトに携わった。シンクタンクのデジタルアウトリーチ推進担当として、財団ウェブサイトや SNSの活用にかかる企画立案・運営に関わる業務も担当。 主な著作に『偽情報と民主主義:連動する危機と罠』(共著、地経学研究所、2024年)、『EU百科事典』(分担執筆、丸善出版、2024年)、Routledge Handbook of Anti-Corruption Research and Practice(分担執筆、Routledge、2025年出版予定)などがある。 【兼職】 埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師(秋学期担当、欧米経済事情、2単位) External contributor, Anti-Corruption Helpdesk, Transparency International Secretariat (TI-S)
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研究者プロフィール
石川 雄介

研究員,
デジタル・コミュニケーション・オフィサー

専門はハンガリーを中心とした中・東欧比較政治、民主主義の後退、反汚職対策。明治大学政治経済学部卒業、英国・サセックス大学大学院修士課程修了(汚職とガバナンス専攻)、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学大学院政治学研究科修士課程修了。埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師、国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)外部寄稿者も兼職。 TIハンガリー支部でのリサーチインターンなどを経て、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)に参画。API/地経学研究所にて、インターン、リサーチ・アシスタント、欧米グループ研究員補(リサーチ・アソシエイト)を経た後、2024年8月より現職。APIでは、福島10年検証、CPTPP、検証安倍政権プロジェクトに携わった。シンクタンクのデジタルアウトリーチ推進担当として、財団ウェブサイトや SNSの活用にかかる企画立案・運営に関わる業務も担当。 主な著作に『偽情報と民主主義:連動する危機と罠』(共著、地経学研究所、2024年)、『EU百科事典』(分担執筆、丸善出版、2024年)、Routledge Handbook of Anti-Corruption Research and Practice(分担執筆、Routledge、2025年出版予定)などがある。 【兼職】 埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師(秋学期担当、欧米経済事情、2単位) External contributor, Anti-Corruption Helpdesk, Transparency International Secretariat (TI-S)

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