トランプ2.0政権の戦力態勢見直し -「力による平和」を実現できるか-

「国防総省全体の仕事は、軍隊を強力に保ち、選択肢を作り出すことだ」。これは、本年5月25日、シンガポールで開かれたアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)での…(以下に続きます)
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「国防総省全体の仕事は、軍隊を強力に保ち、選択肢を作り出すことだ」。これは、本年5月25日、シンガポールで開かれたアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)での米国のピート・ヘグセス国防長官の発言である。ヘグセス国防長官は、エルブリッジ・コルビー国防次官に対し、8月31日までに「2025年国家防衛戦略」草案の提出を求めており、世界中が米軍の戦力態勢見直しがどうなるのかに注目していた。戦力態勢見直しとは、米軍の戦力構成や世界規模で展開している米軍の配備を見直すものである。約130万人の兵力のうち、欧州に6.7万人、インド太平洋地域に12.8万人が前方展開しており、これらの配置に対する見直しが焦点の1つになっている。しかし、今回のヘグセス長官の発言は、国防総省の検討の方向性を示したものであり、まだトランプ大統領の承認が得られたものでないことが却って浮き彫りとなった。

現政権下では、大統領の意思決定までの「デシジョン・スペース」が不透明であり、同盟国を含む諸外国を不安にさせている。戦力態勢の見直しは、単に軍事的な配置変更にとどまらず、同盟国との関係性や協力体制、共同作戦計画などにまで影響を及ぼす可能性がある。米国が目指す「力による平和」を実現するための抑止態勢の確立が、地域レベルでの対処能力の低下につながるおそれはないのか。同盟国側としては、予測不可能性が高いトランプ大統領の意図を読み解き、先行的かつ戦略的対応を準備しておく必要がある。

本稿ではまず、トランプ大統領の政策優先順に整合を図ろうとしている米国防総省が、どのような戦力態勢を目指そうとしているのか、前政権下で進めてきた検討の方向性との違いは何かを明らかにしていきたい。その上で、トランプ大統領が自賛したイランの核施設攻撃の成功体験が、トランプ大統領の意思決定にどのような影響を及ぼすのか、その思惑と課題について考察してみたい。

国防総省の戦力態勢見直しの方向性

「アメリカ・ファースト」を標榜するトランプ大統領の政策優先順位は、①米本土防衛、②対中抑止、③同盟国・パートナー諸国の戦力強化促進、と「暫定国防戦略指針」の中で明示されている。ヘグセス国防長官は、トランプ大統領から託された使命である「力による平和」の実現達成のために、就任翌日に発したメッセージから一貫して、米軍再編ビジョンを語り続けてきたが、3つの重点施策も、トランプ大統領の政策優先順に整合が図られ、①米本土防衛による抑止の再確立、②脅威に合致した戦力再構築、③戦士の精神復活と軍に対する信頼回復、と記載順が入れ替わっている。

これまでのヘグセス国防長官の発言等から、戦力構成に関しては、トランプ大統領が表明した米本土ミサイル防衛のための「ゴールデン・ドーム」構想の実現が最優先事項となっており、次に、比類なき最先端技術を駆使した高性能な高級装備を備えた世界最強の軍隊構築を目指す方針が読み取れる。その一方で、資源配分の最適化のため、陸軍が主な削減、効率化の対象となっていると推察される。

グローバルな戦力配備に関しては、脅威の対象として共産主義の中国による侵略を抑止することを優先することを明示し、その他の地域については、域内の国々が主体的に防衛を担う方向に役割分担の転換を求めている。地域における防衛の主導権を同盟国に委ねるという動きは、国際関係における米国の戦略思想の変化を象徴していると言える。

また、中国の脅威に直接さらされているインド太平洋の同盟国・友好国に対しても、自助防衛力を強化することで同盟抑止力を強化していく方向性を明確にしており、防衛に対する負担の均等化を求めている。

各軍の戦力設計の継続と変化

各軍の戦力設計の方向性について前バイデン政権時代までの構想・検討状況等と比較した場合、海軍・海兵隊は、大きな変更は見られない。

一方、陸軍は、司令部の統廃合や将官削減など組織の大幅な効率化を強く求められている点が大きく異なっており、欧州や韓国などにおける海外駐留陸軍兵力の削減の方向性ともリンクする可能性がある。

空軍は、進む方向性を大きく再転換させている。バイデン政権下で空軍改革を牽引してきたケンドール前米空軍長官は、次世代戦闘機プログラム(NGAD:Next Generation Air Dominance)は、モザイク戦の概念を取り入れたネットワーク化された能力分散型になる可能性を示唆し、バイデン政権末期に第6世代戦闘機の開発を一時中断させ、次政権に継続の判断を委ねた。しかし、ケンドール前空軍長官の意図に反してトランプ政権は、発足後、直ちに第6世代機としてF-47戦闘機の正式採用を発表し、従来型の高価格で高性能な戦闘機の保有継続方針に舵を戻すことに決した。B-21戦略爆撃機の予算も3割増しとなっている。これは、ウクライナ戦の教訓から安価なドローン・シフトの趨勢に反して、従来型の航空アセット投資の必要性を説いてきた高性能戦闘・爆撃機重視派の空軍OBらの巻き返しと見ることもできる。ミッチェル研究所のガンジンガー将来戦研究部長は、近距離で攻撃できる小型無人機の軍隊にお金を費やすのではなく、空軍は、「紛争地域の奥深くを攻撃する能力に投資すべき」と主張していた。

さらに大きな変化は、宇宙軍にもたらされる。トランプ大統領が発表した米本土ミサイル防衛のための「ゴールデン・ドーム」構想は、ミサイルなどを探知して衝突し、破壊する超小型衛星などのキネティック兵器のほかに、レーザーや電磁波などを使用したノン・キネティック兵器を宇宙空間に配備し、弾道ミサイルの初期段階(ブーストフェーズ)での迎撃を目指すものであり、レーガン政権時代のSDI(戦略防衛構想)を彷彿とさせる。予算規模は3年間で1750億ドルとされ、国防予算の大幅な投入が計画されている。

新たな「トランプ・ドクトリン」

2025年6月21日、トランプ大統領はイランの核施設に対する限定攻撃を命令し、B-2爆撃機による長距離縦深爆撃が成功を収めた。米国のみが保有する地中貫通型のバンカーバスターが使用され、核施設への精密打撃が衛星画像で確認されたが、完全破壊の有無には依然として評価が分かれている。

攻撃の成功を自賛するトランプ政権は、イランへの「レジーム・チェンジ」は意図していないと発表し、報復攻撃を受け入れる形で紛争終結を誘導した。この一連の行動は、軍事力を限定的かつ迅速に使用し、最短で戦闘終結を目指すという新たな「トランプ・ドクトリン」とも言える原則となる可能性がある。新たなドクトリンとなれば、①米国の利益を侵害する行為には、迅速かつ厳正に対処すること、②軍事力の使用目的を明確化し、米国にしかできない役割を担うこと、③紛争を早期に解決させ、長期化・泥沼化させないこと、という3つが武力行使の基本原則となる。ネオ・コン的な政権交代を目的とした介入とは一線を画すことで、「米国第一」を掲げ、他国の戦争に巻き込まれることを嫌うMAGA派の支持も得やすくなっている。

また、今回の限定目標に対する縦深空爆作戦の成功体験は、戦力態勢見直しにおいて、F-47戦闘機やB-21戦略爆撃機といった高性能で高価格な戦闘機・爆撃機の必要性を正当化する材料ともなり得る。

トランプ大統領の思惑と課題

トランプ大統領は、まずは米本土の防衛を固め、如何なる外敵脅威からも守ることができる態勢構築を最優先する方針である。しかし、「ゴールデン・ドーム」構想には、ウクライナ軍が成功させた「蜘蛛の巣」作戦型の近距離ドローン攻撃に対する防御態勢の構築は含まれていない。国内工作員等からもたらされる新たな脅威への対応については、課題が残る。

また、中国との戦略的競争においては、比類なき高性能兵器を装備することで軍事バランスの優位を確立し、戦わずして勝つ「抑止」が実現できると考えているようである。しかし、「ゴールデン・ドーム」構想の実現も、高性能兵器の大量保有も莫大な費用が必要であり、国防費の資源配分を考えた場合、どこかを更に削らざるを得ない。その対象となっているのが世界中に展開する米軍の前方展開戦力であり、その戦力と主体的役割を同盟国に肩代わりさせることで、トランプ大統領は、自国の装備に投資を集中し、世界最強の軍隊を構築する思惑である。他方、東アジア地域の同盟諸国等に対しては、対中抑止の信憑性を損なわないために、域内国に主体的役割の転換要請を公言できないもどかしさもあり、その戦略的曖昧性が同盟国側を戸惑わせてもいる。しかし、同盟国側も、米国の戦略思想が変化している認識に立ち、これまで前提としてきた対米依存の甘えを脱していく必要がある。米国の戦略転換を前提に、小規模な限定紛争に対しては、主体的役割を担う対処態勢の見直しを図らなければ、同盟抑止力が低下し、脅威対象国につけ込まれることとなる。態勢転換期の軍事バランス変化が地域の新たな不安定材料になりかねないことに留意が必要である。

(Photo Credit: ロイター/アフロ)

 

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柿原 国治 国際安全保障秩序グループ・グループ長/主任客員研究員
1964年生まれ。元空将。防衛大学校卒、筑波大学大学院地域研究研究科地域研究修士、米国防大学(National War College)国家安全保障戦略修士。米国ハーバード大学ケネディ・スクール上級幹部国家及び国際安全保障課程修了。外務省国際情報局分析第一課出向、財団法人世界平和研究所主任研究員、北部航空警戒管制団司令、航空総隊司令部幕僚長、航空自衛隊幹部学校長、航空開発実験集団司令官等を歴任。2024年に退官。著作に、『弾道ミサイル防衛入門』(金田秀昭著、執筆参加、かや書房)、「安定の鍵としての対中カウンター・バランス―柔軟抑止・同盟抑止の実効性向上に向けての一考察」(『アジア研究』Vol60(2014)NO.4)、「米国の戦略岐路と新相殺戦略」(『海外事情』2015年2月号)等。 【兼職】 富士通ディフェンス&ナショナルセキュリティ株式会社 安全保障研究所 プリンシパル・リサーチ・ディレクター
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研究者プロフィール
柿原 国治

国際安全保障秩序グループ・グループ長,
主任客員研究員

1964年生まれ。元空将。防衛大学校卒、筑波大学大学院地域研究研究科地域研究修士、米国防大学(National War College)国家安全保障戦略修士。米国ハーバード大学ケネディ・スクール上級幹部国家及び国際安全保障課程修了。外務省国際情報局分析第一課出向、財団法人世界平和研究所主任研究員、北部航空警戒管制団司令、航空総隊司令部幕僚長、航空自衛隊幹部学校長、航空開発実験集団司令官等を歴任。2024年に退官。著作に、『弾道ミサイル防衛入門』(金田秀昭著、執筆参加、かや書房)、「安定の鍵としての対中カウンター・バランス―柔軟抑止・同盟抑止の実効性向上に向けての一考察」(『アジア研究』Vol60(2014)NO.4)、「米国の戦略岐路と新相殺戦略」(『海外事情』2015年2月号)等。 【兼職】 富士通ディフェンス&ナショナルセキュリティ株式会社 安全保障研究所 プリンシパル・リサーチ・ディレクター

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