ハンガリー選挙制度ガイド:与党に有利な選挙制度の構築と今後の可能性

2026年4月、ハンガリーにて4年ぶりの総選挙が実施される。今回の総選挙は、マジャル・ペーテル率いる新興野党のティサ党が、15年間政権を維持してきた与党フィデスに接戦を強いていることから、日本でもしばしばメディアで取り上げられるようになっている。しかし、ハンガリーの総選挙とはそもそもどのような仕組みなのか。オルバーン政権下での統治による変化に着目しながら、そのポイントを解説したい。
Index 目次

ハンガリー選挙制度の概要

ハンガリーの国会は一院制で、任期は4年、定数は199議席である。内訳は小選挙区が254議席、比例代表が46議席となっている。

首都ブダペストの国会議事堂を訪れると、左右に二つの議場があることからもわかるように、ハンガリーは1945年にソ連軍に占領されるまで、数世紀にわたって二院制を維持してきた。しかし、周辺国のチェコやポーランドとは異なり、ソ連崩壊後もハンガリーでは二院制は復活せず一院制が続いている。

世界で3番目に大きい国会議事堂を擁するハンガリーでは、1990年から2014年までは386議席が設けられていた。しかし、オルバーン首相が自身にとって2期目となる政権を2010年に樹立した後、①人口比の観点から議員の数を調整する、②単純でわかりやすい制度にする、③一票の格差を是正するという名目で、2011年に選挙法を改正し、議席数をおよそ半分に削減した。しかし、それは下記で述べるように、様々な形で与党に有利な形を作る改革であった。

2011年選挙法(Act CCIII of 2011):大幅に改変された数々の仕組み

第一に、小選挙区の比重が高められた。改正前は約46%であった小選挙区により選出される議席数の割合が改正により53%に増加し、票の比例配分の比率が下がった。

第二に、選挙区の区割りが大きく変更された。プリンストン大学のキム・レーン・シェッペル教授などは、オルバーン政権がこの区割り変更を通じて、野党が優勢な地域を広域の1選挙区にまとめ、逆にフィデスに有利な地域を分割することで、与党に不利な選挙区の数を減らしたと論じている

なお、こうした変更はその後も繰り返されており、例えば2024年末にはブダペストの定数が2つ減らされ(18→16)、代わりに近郊のペスト郡で2議席増加(12→14)となった。この変更について、独立系メディアのTelex、そしてハンガリーのシンクタンク「ポリティカル・キャピタル」の選挙アナリストであるロベルト・ラースローは、人口動態を踏まえればペスト郡の定数の増加とブダペストの定数削減という方針自体は理解できるとしつつも、人口は減少しているがフィデスへの支持が強い地域で定数の削減が行われなかった点を挙げ、一貫性の欠如とゲリーマンダリングの可能性を指摘している

第三に、従来の二回投票制、すなわち過半数を得られなかった場合、上位候補による決選投票[1]を行う制度は廃止され、首都ブダペストなどフィデス支持が比較的弱い地域でも、わずかに得票で上回るだけで議席を獲得できる単純選挙区制へと変更されたのである。この改革の結果、法改正後初の総選挙となった2014年では、フィデスが小選挙区の約85%を制することに成功した。実際、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの山野井茜は「伝統的に支持基盤の弱いブダペスト市選挙区で勝利したフィデス候補者の得票率はすべて5割未満であ」ったことを指摘し、旧制度で選挙が行われていた場合、当選には至らなかった候補もいたのではないかと当時論じている

さらには、法改正以前のハンガリーでは、死票をできるだけ減らすため、小選挙区で敗北した候補者の得票を比例代表に加算するという「敗者補償(loser compensation)」制度が存在したが、その仕組みを小選挙区で勝利した政党にも適用し、勝利に必要な得票を超えた票を比例代表に移転できるようにする制度が導入された。ドイツの憲法学者によるブログ「Verfassungsblog」のアンナ・フォン・ノッツ副編集長などが論じるように、「勝者補償(winner compensation)」とも呼べるハンガリー独自の仕組みとなっており、勝者総取りの要素を際立たせている。

脚注
[1]制度上は最大3候補が進出可能だが、通常は1候補が辞退し、2候補による決選投票となることが多かった

その後の制度改革:選挙権拡大と各種要件の変更

2011年の改正以降も複数の修正が行われた。国外ハンガリー人への選挙権付与、政党設置要件の緩和、政党が立候補するための要件の厳格化などである。

第一に、オルバーン政権が国外に住むハンガリー系少数民族の支援に向けた政策を進める中、2012年にはハンガリーに住所を持たない者、すなわち国外居住のハンガリー系少数民族に比例代表選挙での投票権が与えられ、郵便投票も認められた。一方、ハンガリーに住所を持ちながら一時的に国外に居住する国民には、現在も大使館または領事館での投票しか認められておらず、複数のメディアやシンクタンクにより「差別的だ」等との批判を受けてきた。なお、2024年には「国外居住のハンガリー系少数民族向けに、比例代表のみならず、小選挙区を国外に設けるのではないか」との報道が
Válasz Online など一部メディアでなされたが、現時点では実現していない。

第二に、2013年に実施された選挙手続法(Act XXXVI of 2013)をはじめとする一連の選挙制度改革により、政党の設立要件が緩和された。この措置により、政党補助金を目的とした新党設立のインセンティブが高まり、活動実態を持たない偽の政党が急増したとされる。OCCRPの調査によれば、2014年には100以上の政党が誕生し、2018年には約250の政党が登録されていたという。前述のキム教授は、フィデス寄りの勢力が野党の名称に類似した政党を設立し(例:リベラル系野党「Momentum Mozgalom(モメンタム)」に対し「Megoldás Mozgalom(メモ)」を設立)、有権者を混乱させる狙いがあったとも解釈できると指摘している

第三に、この「偽政党」に対処するという名目で、2020年には選挙法が再度改正され、全国政党名簿の作成要件が一層厳格化された。しかし、従来は27選挙区に候補者を擁立すれば比例代表のための名簿を作成できた制度が、改正後は全選挙区のおよそ3分の2にあたる71選挙区に候補者を立てるとともに、ブダペストで少なくとも1人、さらに19の郡のうち14以上でそれぞれ最低1人の候補者を擁立することが求められるようになり、野党にとって一層厳しい条件となった。

さらなる「改革」はあり得るのか:制度からみた総選挙の焦点

はたして2026年の総選挙の前にさらなる制度変更はあり得るのだろうか。前述の選挙アナリストのロベルト・ラースローは、選挙前の制度変更は依然としてあり得るとして昨年から警鐘を鳴らし続けている。想定される具体的な変更としては、①ティサ党の勝利が確実視される場合に「勝者補償」を廃止し、敗北を最小限に抑える、②現在5%に設定されている閾値を引き下げる(小規模政党も議席を獲得できるように変更する)ことで、ティサ党への票を分散させる、③より大きな敗北が見込まれる場合に小選挙区制を廃止し、比例代表制のみに移行するといったシナリオである。とりわけ③の場合、いずれの政党も3分の2を獲得することはほぼ不可能となり、憲法改正は困難になる。やや極端な制度変更案と言えるかもしれないが、いずれも可能性として考慮しておくべき重要な指摘といえよう。

加えて、マジャル党首の立候補を何らかの罪に問うことで阻止する、あるいはルーマニア大統領選挙になぞらえて選挙そのものを無効化する、といった究極の手段に言及する声もある(例えばアントン・シェホフツォフ 中央ヨーロッパ大学(CEU)客員教授による論考)。制度上の変更のみならず、選挙が滞りなく実施されるかどうかについても、注視が必要であろう。

(Photo Credit: Alain Rolland / European Union)

参考文献

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https://www.occrp.org/en/feature/fake-parties-real-money-hungarys-bogus-party-problem
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・Magyari, Péter. “Keresi a Fidesz a biztosítékot – létrehozhatják a határon túli egyéni körzeteket.” Válasz Online, August 26, 2024. https://www.valaszonline.hu/2024/08/26/valasztas-torveny-hataron-tuli-magyar-kisebbseg-valasztojog-egyeni-listas-torveny-korzet/
・Maškarinec, Pavel, and Jakub Charvát. “On the Way to Limited Competitiveness: Political Consequences of the 2011 Electoral Reform in Hungary.” Swiss Political Science Review 29, no. 1 (June 16, 2022): 37–57.
https://doi.org/10.1111/spsr.12535
・Political Capital. “A short guide to the Hungarian election system.” March 30, 2022.
https://politicalcapital.hu/news.php?article_read=1&article_id=2980
・Political Capital. “Választásirendszer-ráncfelvarrás n+1: fuss az életedért.” November 19, 2024.
https://politicalcapital.hu/konyvtar.php?article_read=1&article_id=3469
・Political Capital. “Hogyan akadályozhatja meg az Orbán-rendszer Magyar Péter választási győzelmét?.” March 12, 2025. https://politicalcapital.hu/hirek.php?article_read=1&article_id=3505
・Rutai, Lili. “A Tale Of Two Diasporas: The Battle For Hungarian Voters Abroad.” Radio Free Europe, February 21, 2022. https://www.rferl.org/a/hungary-election-diaspora-orban-marki-zay/31712662.html
・Scheppele, Kim Lane. “How Viktor orbán wins.” Journal of Democracy 33, no. 3 (July 2022): 45-61.
https://doi.org/10.1353/jod.2022.0039
・Shekhovtsov, Anton. “How Orbán plans to survive 2026.” EUObserver, August 26, 2025.
https://euobserver.com/news/ara3f747c3
・Tanács-Mandák, Fanni, and Attila Horváth. “The ‘Hacking’ of a Mixed Electoral System: A Case Study of Hungary.” Public Choice 204, no. 1–2 (June 20, 2025): 75–99. https://doi.org/10.1007/s11127-025-01296-z
・Tiszta szavazás. “Miért van lehetőség visszaélésekre a magyar választásokon?.” March 11, 2021.
https://politicalcapital.hu/pc-admin/source/documents/Visszaelesek-okai-jegyzet-Tiszta-Szavazas.pdf
・von Notz, Anna. “How to Abolish Democracy: Electoral System, Party Regulation and Opposition Rights in Hungary and Poland.” Verfassungsblog, January 16, 2019. https://verfassungsblog.de/how-to-abolish-democracy-electoral-system-party-regulation-and-opposition-rights-in-hungary-and-poland/
・寺西和男「ハンガリー政権に「最大の挑戦者」 来春総選挙、16年ぶり交代は?」(朝日新聞、2025年8月27日)https://digital.asahi.com/articles/AST8V2S62T8VUHBI00KM.html
・山野井茜「外交・国際 ハンガリー総選挙の衝撃 : 与党フィデス圧勝の要因と今後」『金融財政business』 (10739)、
16-19。https://www.murc.jp/wp-content/uploads/2018/06/global_1806_2.pdf

石川 雄介 研究員/デジタル・コミュニケーション・オフィサー
専門はハンガリーを中心とした中・東欧比較政治、民主主義の後退、反汚職対策。明治大学政治経済学部卒業、英国・サセックス大学大学院修士課程修了(汚職とガバナンス専攻)、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学大学院政治学研究科修士課程修了。埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師、EUROPEUM欧州政策研究所アソシエイト・リサーチ・フェロー(チェコ)、国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)外部寄稿者も兼職。 TIハンガリー支部でのリサーチインターンなどを経て、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)に参画。API/地経学研究所でのインターン、リサーチ・アシスタント、欧米グループ研究員補(リサーチ・アソシエイト)やEUROPEUMでの訪問研究員を経た後、現職。APIでは、福島10年検証、CPTPP、検証安倍政権プロジェクトに携わった。シンクタンクのデジタルアウトリーチ推進担当として、財団ウェブサイトや SNSの活用にかかる企画立案・運営に関わる業務も担当。 主な著作に『偽情報と民主主義:連動する危機と罠』(共著、地経学研究所、2024年)、『EU百科事典』(分担執筆、丸善出版、2024年)、Routledge Handbook of Anti-Corruption Research and Practice(分担執筆、Routledge、2025年)などがある。 【兼職】 埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師(秋学期担当、欧米経済事情、2単位) Visiting Research Fellow, EUROPEUM Institute for European Policy External contributor, Anti-Corruption Helpdesk, Transparency International Secretariat (TI-S)
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石川 雄介

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専門はハンガリーを中心とした中・東欧比較政治、民主主義の後退、反汚職対策。明治大学政治経済学部卒業、英国・サセックス大学大学院修士課程修了(汚職とガバナンス専攻)、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学大学院政治学研究科修士課程修了。埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師、EUROPEUM欧州政策研究所アソシエイト・リサーチ・フェロー(チェコ)、国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)外部寄稿者も兼職。 TIハンガリー支部でのリサーチインターンなどを経て、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)に参画。API/地経学研究所でのインターン、リサーチ・アシスタント、欧米グループ研究員補(リサーチ・アソシエイト)やEUROPEUMでの訪問研究員を経た後、現職。APIでは、福島10年検証、CPTPP、検証安倍政権プロジェクトに携わった。シンクタンクのデジタルアウトリーチ推進担当として、財団ウェブサイトや SNSの活用にかかる企画立案・運営に関わる業務も担当。 主な著作に『偽情報と民主主義:連動する危機と罠』(共著、地経学研究所、2024年)、『EU百科事典』(分担執筆、丸善出版、2024年)、Routledge Handbook of Anti-Corruption Research and Practice(分担執筆、Routledge、2025年)などがある。 【兼職】 埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師(秋学期担当、欧米経済事情、2単位) Visiting Research Fellow, EUROPEUM Institute for European Policy External contributor, Anti-Corruption Helpdesk, Transparency International Secretariat (TI-S)

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