「トランプ政権の抑止戦略再設計― 西半球優先と第3の道、日本への示唆」

トランプ政権は2025年12月、「国家安全保障戦略2025(NSS2025)」を発表した。その内容は政策マニュフェスト的な色彩が強く、世界最強の軍事力と核抑止力の維持…(以下に続きます)
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トランプ政権は2025年12月、「国家安全保障戦略2025(NSS2025)」を発表した。その内容は政策マニュフェスト的な色彩が強く、世界最強の軍事力と核抑止力の維持、次世代ミサイル防衛「ゴールデン・ドーム」の構築、台湾防衛の最優先を掲げている。注目すべきは、地域戦略の柱として「西半球の安定」と「敵対勢力の排除」を最優先に位置づけ、中国の南米進出阻止を明確に打ち出した点である。アジアについては、台湾防衛の意思を示しつつ、対中関係を「戦略的競争」から「経済的競争」へ移行させ、安定的な関係を模索する姿勢も見える。

翌日の「レーガン国家防衛フォーラム(RNDF)」でのヘグセス国防長官の演説は、この戦略の核心を示唆した。長官は、対中抑止強化と戦略的安定の両立を語り、レーガン政権時代の対ソ戦略を踏襲する構想を示した。すなわち、前期の戦略防衛構想(SDI)推進(核優位追求)と後期の軍備管理政策の融合である。特に核抑止については、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、戦略爆撃機の「核三本柱」の近代化と「抑止・エスカレーション管理のための追加選択肢」の開発を強調し、「二つの主要な核保有国と対峙する世界であっても、米国が核脅迫に脆弱になることは許さない」と断言した。

ただし、トランプ政権の新たな核抑止戦略は、現時点で「核態勢見直し(NPR)」文書が未公表であり、不透明な部分が多い。他方、米国の論壇では、中国の核戦力増強を受けて、核戦略の再検討が議論されている。その焦点は、米国が中国との「核パリティ(均衡)」を前提とする戦略的安定を受け入れるのか否かにある。また、それはロシアと中国という二つの核同等国に同時に対処するという新たな課題(「二核同等国」問題)を突きつける。

本稿は、NSS2025とRNDFでのヘグセス国防長官の演説を手がかりに、米国の新たな抑止戦略を読み解く試みである。とりわけ、政権が掲げる「西半球優先」が抑止戦略上どのような意味を持つのかを考察し、日本として活用しうる同盟戦略再構築の方向を仮説的に提示する。

中国の核戦力増強・核戦略転換が突きつける課題

中国は近年、核戦力を質・量ともに急速に拡張している。2030年までに核弾頭が1000発を超える可能性が指摘され、ICBM・SLBM・空中発射弾道ミサイル(ALBM)の整備、地下サイロ群の建設、低出力核弾頭や核・通常両用ミサイルの配備が進む。背景には、台湾有事における米軍介入を阻止する狙いがある。従来の「最小限抑止」から脱却し、核による強制や限定的先制使用を視野に入れつつあるとの見方も強まっている。

米中が核均衡に近づけば、大規模な核戦争は起きにくくなる一方、通常兵器による限定戦のリスクは高まる。これが「安定・不安定のパラドックス」である。冷戦後、米露が核均衡を維持する中で、ロシアの周辺侵攻を米国が止められなかった事例は、この逆説の典型である。中国も同様に、台湾への軍事行動に対して米国の介入を抑え込めると認識する恐れがある。

核優位か均衡かの択一ではない第3の道を模索するトランプ政権の新たな抑止戦略

米国の核アーキテクチャは、冷戦期のソ連、そしてその後も核パリティを維持してきたロシアという単一の核大国を前提に設計されてきた。中露「二核同等国」時代の到来は、拡大抑止の信頼性、危機安定の制度化、軍備管理の成立可能性に対して、従来の理論・制度・技術を超えた再設計を迫る。

米国内の議論は大きく二つに分かれる。第一は「核優位追求」の主張である。抑止の幅を広げる柔軟な核オプションを整え、配備数を大幅に増やすべきだとする立場で、強い勝利志向が相手の冒険主義を抑止するという論理である。第二は「核均衡」を前提とした「戦略的安定優先」の主張である。透明性の向上、危機時の連絡窓口、限定的な軍備管理など、衝突の誤算を避ける仕組みを強化し、競争を管理可能にするという考え方である。しかし、単純な二者択一では、複雑化する戦略環境に対応できない。核優位を求めれば、相手も対抗的に増強し、コストは膨張する。逆に均衡を受け入れるだけでは、冷戦期の軍備管理が結果的にソ連の侵攻を抑止できなかった失敗を繰り返す恐れがある。

トランプ政権が模索するのは、核優位か均衡受容かの二項対立を超える「第3の道」である。NSS2025とRNDF演説を総合すると、その柱は次の4つに整理できる。①戦略防御優位(ゴールデン・ドーム)、②縦深打撃能力(敵の前線だけでなく、その奥深くにある指揮中枢や補給線を精密攻撃できる能力)による限定戦・拡大抑止の信頼性強化、③西半球覇権維持による地理的非対称性優位の固定化、④核抑止近代化と危機管理メカニズムの併設、である。これらは、米国が直面する「二核同等国」時代において、従来の「脆弱性」に依拠しない複合的抑止アーキテクチャを構築する試みといえる。

もっとも、費用・技術成熟度・戦略安定への影響という課題は残る。セキュリティ・ジレンマを緩和するための透明性措置や危機管理制度化は不可欠だが、具体策はまだ示されていない。縦深打撃能力の運用も、中露のような拮抗する相手には容易ではない。一方で、戦略爆撃機の巡航は、平時から柔軟な抑止手段として活用されており、必要に応じて拡大抑止の意思を示すシグナルとなり得る。さらに、危機が深刻化した場合には、抑制的な限定攻撃(例えば洋上目標への射撃)を段階的なエスカレーション手段として設定することも可能である。戦略防御優位の新たな抑止態勢を確立するには時間がかかる。その間のリスクを最小化するためにも、中国との戦略的安定を確保する必要がある。ヘグセス長官の発言は、そのメッセージを含んでいる。しかし、戦略的安定を拙速に追求する姿勢は、米中露核大国による「三つの勢力圏分割」を是認する戦略転換と受け取られ、中露の拡張行動をさらに誘発する恐れがある。

「西半球優先」方針の抑止戦略、東アジア地域安全保障への示唆

米中の核均衡は、戦略核レベルの安定を高める一方、台湾海峡や南シナ海での限定戦リスクを増幅させる。これを抑えるには、米国の段階的エスカレーション管理と同盟国の拡大抑止発動のトリガー手段を連接させる必要がある。抑止の信頼性は、同盟国に対する防衛保証の言葉だけでなく、実際の能力と共同作戦運用に依存する。相手に「勝利は得られない」と認識させることが不可欠である。

その意味で、トランプ政権が古典的な「モンロー主義」に回帰する「西半球覇権維持」は、米国の基本戦略を復活させるものであり、米ソ冷戦時代、ソ連をして米国に勝利できないと認識させた米国の「西半球覇権」という地理的非対称性優位を改めて中露に認識させる戦略的メッセージとなり得る。

しかし、今の「アメリカ・ファースト」主義政策は、その利点を相殺させてしまい、同盟分断の情報戦・心理戦に利用される恐れもある。そうした前提に立っても、この優位性を拡大抑止に結びつけるためには、同盟国、特に日本のような前方拠点国家が、拒否力の自律的整備を進めるとともに、拡大抑止発動のトリガー戦略を制度化し、危機時の迅速な意思決定と共同作戦の実効性を担保することが求められる。日本が決定的拒否力として長距離対艦打撃能力を保有し、豪州・米国等において米軍の縦深打撃部隊と連携する構想は、抑止の信頼性を高める可能性を秘めている。

結局、「二核同等国」時代の抑止戦略は、核優位か均衡受容かという二項対立を超え、能力・制度・同盟協働を三位一体で設計することが不可欠である。

(出典: ロイター/アフロ)

 

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柿原 国治 国際安全保障秩序グループ・グループ長/主任客員研究員
1964年生まれ。元空将。防衛大学校卒、筑波大学大学院地域研究研究科地域研究修士、米国防大学(National War College)国家安全保障戦略修士。米国ハーバード大学ケネディ・スクール上級幹部国家及び国際安全保障課程修了。外務省国際情報局分析第一課出向、財団法人世界平和研究所主任研究員、北部航空警戒管制団司令、航空総隊司令部幕僚長、航空自衛隊幹部学校長、航空開発実験集団司令官等を歴任。2024年に退官。著作に、『弾道ミサイル防衛入門』(金田秀昭著、執筆参加、かや書房)、「安定の鍵としての対中カウンター・バランス―柔軟抑止・同盟抑止の実効性向上に向けての一考察」(『アジア研究』Vol60(2014)NO.4)、「米国の戦略岐路と新相殺戦略」(『海外事情』2015年2月号)等。 【兼職】 富士通ディフェンス&ナショナルセキュリティ株式会社 安全保障研究所 プリンシパル・リサーチ・ディレクター
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研究者プロフィール
柿原 国治

国際安全保障秩序グループ・グループ長,
主任客員研究員

1964年生まれ。元空将。防衛大学校卒、筑波大学大学院地域研究研究科地域研究修士、米国防大学(National War College)国家安全保障戦略修士。米国ハーバード大学ケネディ・スクール上級幹部国家及び国際安全保障課程修了。外務省国際情報局分析第一課出向、財団法人世界平和研究所主任研究員、北部航空警戒管制団司令、航空総隊司令部幕僚長、航空自衛隊幹部学校長、航空開発実験集団司令官等を歴任。2024年に退官。著作に、『弾道ミサイル防衛入門』(金田秀昭著、執筆参加、かや書房)、「安定の鍵としての対中カウンター・バランス―柔軟抑止・同盟抑止の実効性向上に向けての一考察」(『アジア研究』Vol60(2014)NO.4)、「米国の戦略岐路と新相殺戦略」(『海外事情』2015年2月号)等。 【兼職】 富士通ディフェンス&ナショナルセキュリティ株式会社 安全保障研究所 プリンシパル・リサーチ・ディレクター

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