第1章 ハンガリー: メディアへの影響力強化と偽情報

本章では、オルバーン政権での民主主義の後退とメディアへの制約強化の歴史を振り返ることで、ハンガリー政府がいかに段階的にメディアへの統制を強めていったかを振り返る。また、ロシア発の偽情報とハンガリー発の偽情報および陰謀論と指摘されるものが、政権幹部および政府の支配下に置かれたメディアから発信・拡散されるという、ハンガリーに特有の偽情報の「輸入」と「輸出」双方の現象を、経緯をまとめつつ定量分析も用いながら紹介する。
Index 目次

第1章では、ハンガリーの偽情報についての分析を行う。序章で指摘した通り、ハンガリーにおける民主主義の後退は深刻な問題である。例えば、野党が強い選挙区を一つの選挙区にまとめることで与党に有利な選挙区割りへ恣意的に変更を行い、中央ヨーロッパ大学(Central European University、CEU)も事業継続を米国からの認定を受けていることを理由に認めないなど、ハンガリーの民主主義が後退しているとの指摘がある[1]

こうした中、オルバーン・ヴィクトル(Orbán Viktor[2])政権は国営メディアや保守系メディア、そして独立系メディアへの影響力強化を、国内法改正やオーナーの買収を通じて段階的に進めているとの報告がなされている[3]。例えば、メディア多元主義・自由センターが発表する欧州メディアに関する年次報告書「メディア多元主義モニター(Media Pluralism Monitor)」は、ハンガリーの国営メディアや民間メディアにおいて、与党が「コンテンツ制作や編集の意思決定に強い影響力を持っている」と指摘する[4]。欧州委員会の「法の支配」報告書も、ハンガリーの国営メディアの機能面(functional)と編集面(editorial)、財政面(financial)における独立性に懸念を示している[5]

また、法律改正やオーナーの買収により、かつては独立していたメディアの多くを政府の影響下に置き、より間接的かつ巧妙な形で、偽情報を含めた情報の発信・拡散を行っているという報告、さらには、政権の中枢にいる政治家から偽情報が発信されているという指摘もなされている[6]。例えば、2021年、欧州議会の要請を受けた研究者らは、ハンガリーの偽情報の多くが「政府にコントロールされたメディア」から発信されていると報告した[7]

政府からの偽情報の発信・拡散についても、欧州デジタル観測所 European Digital Media Observatory)の2020年の報告書が「政府自身が偽情報を増幅させている」、EUディスインフォラボ(EU DisinfoLab)の報告書がハンガリーの「偽情報の主要な情報源のひとつは政府そのものである」と指摘している[8]。こうした報告書によると、EUにおいてはデジタルプラットフォームに対する規制が強力かつ包括的に制定され実施に向けた準備が進んでいる中で[9]、ハンガリーでは偽情報対策が機能しているとはいえず[10]、むしろ伝統的なメディアにおいても偽情報が多く確認され、政権の中枢にいる政治家からも偽情報が発信されている。

本章ではオルバーン政権における民主主義の後退と偽情報について取り上げる。まず第1節では、オルバーン政権での民主主義の後退とメディアへの制約強化の歴史を振り返ることで、ハンガリー政府がいかに段階的にメディアへの統制を強めていったかを紹介する。第2節では、ロシア発の偽情報[11]とハンガリー発の偽情報および陰謀論と指摘されるものが、政権幹部および政府の支配下に置かれたメディアから発信・拡散されるという、ハンガリーに特有の偽情報の「輸入」と「輸出」双方の現象を、経緯をまとめつつ定量分析も用いながら紹介する。最後に第三節では、それらがもたらす悪影響について概観する。偽情報の事例としては、ハンガリーにおいて広く偽情報が拡散された欧州難民危機およびロシア・ウクライナ戦争の2つを取り上げる[12]

第1節|民主主義の後退:買収によるメディアへの影響力強化

ハンガリーのメディアをめぐる環境について、親政府系シンクタンク「21世紀研究所(XXI. Század Intézet)」のリサーチャーであるビーロー・アンドラーシュ(Bíró András)は「2010年から2020年にかけて政府に批判的なメディアの中で消滅したメディアは4社に過ぎず […] 合計では [33から] 48に増加した[13]」と主張する。このように聞くとハンガリーの言論空間は十分に自由競争的で、バランスが取れているかのように見える。オルバーン首相も2015年に「インターネットを見れば、報道の自由があることはすぐ分かる」と主張したことがある[14]

しかしハンガリーにおける「報道の自由」は大きな制約に直面している。次項では、オルバーン首相率いる政党フィデス(Fidesz)や政府寄りの実業家らによる、国営メディア、保守系メディア、独立系メディアに対する影響力について分析する[15]

第一段階:公共メディアの支配

ソ連崩壊から8年後の1998年に当時野党だったフィデスのオルバーン党首は、与党社会党を破って政権を発足させた。オルバーン政権は、政権初期から「メディアは野党の仕事をしている」と公共メディアを含む国内メディアを批判し[16]、自党に有利な世論形成のための法規制を強めた。

例えば、放送法(1996年制定)に基づき設立された国営メディアを束ねる全国ラジオ・テレビ委員会(ORTT)のメンバーを、1999年に、法律で想定されていた与野党半数ずつではなく、与党フィデスが指名したメンバーのみで構成するという方針を打ち出した[17]

この試みは2002年総選挙において、フィデスが社会党に僅差で敗北して政権の座から降りたことで失敗に終わったが、2010年に二期目となる政権を樹立した直後にメディア規制法を成立させることで構成メンバーや権限に関する規定の改正に成功した。その結果、公共メディアを束ねる国営ハンガリー通信(MTI)のディレクターの指名は、ORTTの代わりに新たに設立されたメディア評議会(NMHH)において、オルバーン首相から指名を受けた同評議会の議長が行うこととなり、資金も同評議会が全て管理することとなった[18]

但し、オルバーン政権のメディアへの影響力強化は法律改正だけでなく、買収などを通じたアプローチによってさらに強化されている[19]。次項で紹介するように、例えば、保守系メディアのヒールTV(Hír TV)は政府筋からの買収により徐々に政権側の意見を代弁するメディアへと変化していったと指摘される。

第二段階:保守メディアの設立と統合

オルバーン党首は2002年総選挙の惜敗を「メディアと資金が対立候補に集中したこと」が原因だと捉え、政治におけるメディアの影響力を痛感した[20]。以後、オルバーン党首やフィデス、そしてオルバーンと親しい実業家は保守派メディアの設立と既存の保守派メディアの統合によりメディアへの影響力強化を図っていった。

2002年末、第一次オルバーン政権にて政府広報官を務めたボローカイ・ガーボル (Borókai Gábor)をCEOとして、保守派のテレビ局であるヒールTV(Hír TV)が設立された。その後、ヒールTVは2004年に実業家シミチカ・ラヨシュ(Simicska Lajos)によって買収されたが[21]、シミチカは第一次オルバーン政権下で税務局長を務め、首相とはかつて大学寮のルームメイトであり、その後しばらくは政府と緊密な関係を築いた。2006年にハンガリー各地で起こった大規模な反政府デモの様子をヒールTVだけが生中継し、野党党首であったオルバーン党首による演説のライブ配信も複数回行うなど、ヒールTVを頼るフィデスという関係性が見て取れる[22]

両者の関係の一つの見方として、ハンガリー―生まれのジャーナリストであるポール・レンドヴァイ(Paul Lendvai)は、第二次政権を発足させた直後のオルバーン首相は、フィデスのメディアでの発信力を強化するために、まずは自身と親しいシミチカが築き上げた巨大な保守系「メディア帝国」を頼ることにしたと分析する[23]

シミチカは、政権には近かったものの政府に批判的な記事も許容していた。この方針は、1938年に創刊された歴史ある保守系の日刊紙であったマジャル・ネムゼト(Magyar Nemzet)[24]など、彼が保有していた数多くの保守系メディアでも同様であったとされる[25]

しかし、オルバーン政権が2014年のハンガリー総選挙を終えてから政府の意見に忠実なメディアを求めるようになったことにより両者の関係性に亀裂が生じはじめた[26]。2014年の総選挙では、選挙制度の恣意的な改正により、フィデスは52.73%の得票率で2/3を超える議席を獲得した[27]。こうして、再度与党となった彼らは、5%の広告税の導入をメディアへちらつかせた。ハンガリーのメディアは財政基盤が弱く、広告収入への依存度が高いことが多い[28]。広告税の導入はハンガリーのメディアに大きな財政負担を強いることになり[29]、メディアの財政に影響する。これに対して、シミチカは「全面的なメディア戦争になる」「民主主義への新たな攻撃である」と厳しく批判し[30]、両者の関係は急激に悪化した。

その結果、シミチカが保有するメディアは報道メディアとして厳しい立場に立たされ、経済的にも苦況に陥った[31]。広告税が導入されたことに加えて、彼が保有するメディアに対する政府からの広告出稿も減らされた[32]。さらには、オルバーン首相に「フェイクニュース」と呼ばれ、政府への取材は拒否された[33]

こうした「体力」を奪われたシミチカのメディアは、最終的にはオルバーン首相およびオルバーン率いる与党フィデスが「印刷物や、ラジオ、テレビ、オンラインメディアの価値創造活動を促進し、ハンガリーの国民意識を強化すること」[34]を目的として2018年に創設した「中央ヨーロッパ・プレス・メディア財団」(KESMA)の傘下に組み込まれることとなった。ヒールTVのみならず、マジャル・ネムゼトも2018年に廃刊に追い込まれ、翌年2019年にはフィデスと関係が深くKESMAをオーナーとする日刊紙マジャル・イドゥーク(Magyar Idők)に新聞名を「奪われた」などと評された[35]

KESMAは、戦略的な国家資産であることを理由に、競争法における不当な競争や独占の審査対象から免除されており[36]、設立当初から多くのメディアを吸収し、現在KESMAがオーナーとして束ねるメディアの数は400を超える。吸収の狙いについて、国際新聞編集者協会(IPI)副ディレクターのスコット・グリフィン(Scott Griffen)は、「政府寄りのメディアを一つの屋根のもとに集めることで、「オリガルヒの暴走」のリスクを排除し、[…] 関係メディア間での検閲とコンテンツ統制の調整を容易に」することが目的だと分析する[37]

第三段階:独立系メディアへの圧力と買収

買収によるコントロールの対象は、保守系メディアにとどまらず、リベラル寄りの独立系メディアにも及んだ。その一つがハンガリーにおけるオンラインメディアの草分け的な存在であったオリゴ(Origo)であった。1998年に立ち上げられたオリゴは、かつてはハンガリー国内で最も人気があったメディアの一つであり、調査報道機関としての役割も担っていた[38]

しかし、2014年の総選挙を控えたオルバーン政権は、政権に批判的なオリゴの報道に対して、親会社であるマジャル・テレコムを通じて圧力をかけるようになった。例えば、2013年の周波数ライセンスの更新に関する議論の際には、直接的に見返りを求めたわけではなかったとされるものの、ラーザール・ヤーノシュ(Lázár János)首相府長官はマジャル・テレコム(Magyar Telekom)に対して、オリゴの編集者と政府高官の間の連絡手段の開設を提案し、同年秋にはオルバーン政権に近いメディアコンサルティング会社との契約が結ばれた。ニューヨークタイムズ紙のパトリック・キングスリー(Patrick Kingsley)らは、この契約によりオリゴの報道について実質的に政府が口出しできるようになったと論じた[39]

それでも、シャーリング・ゲルグー(Sáling Gergő)編集長を中心とする報道チームはオルバーン政権への追及を続けた。同年にはラーザール首相府長官の海外出張費が高額であったことも明らかにした[40]。しかし、こうした報道はオルバーン政権にとって容認しがたいものであった。2014年4月のハンガリー総選挙の後は親会社への圧力がさらに強まり、ついにはシャーリング編集長が2014年6月3日に解任された[41]。解任後は、介入がさらに強くなり、報道テーマの制限や記事の削除を命じられるようになったと、ジャーナリストのオーラ・バリー(Orla Barry)は分析する[42]。オリゴはその後、2015年にオルバーン政権に近い2つの銀行が管理している企業に買収され[43]、2018年には前述のKESMAの傘下に入ることとなった(図1)。

オルバーン政権は、メディアへの検閲を行う中国やロシアとは異なり、政府に対する批判を一掃する段階までは達していない。しかし、政府に批判的なメディアに対し様々な手段で影響力を行使し、大手のメディアに対しては政治的な圧力や経済的な「制裁」はもとより買収すら厭わない。このような体制が構築されつつあった2010年代後半に起こったのが欧州難民危機である。

図1:ハンガリーにおける主な民間メディアと買収に関する動き

(出典:著者作成)

 

第2節|メディアを通じた偽情報とその影響:欧州難民危機

2015年春から急増した中東・北アフリカから欧州への難民や移民の流入は欧州に大きな混乱をもたらした。ハンガリーも例外ではなく、セルビアからドイツへと向かういわゆる「バルカンルート」の通過点となったことからハンガリーには多くの難民や移民が押し寄せた。ハンガリー政府は、欧州外からの移民や難民の流入を国家の危機ととらえ、同年9月には「移民の大規模流入による非常事態宣言」を発令した[44]

難民や移民の流入[45]を巡っては様々な陰謀論や偽情報が飛び交ったと指摘される[46]。オルバーン首相のかつての支援者であったジョージ・ソロス(George Soros)は、政府の影響下にあるメディアによる陰謀論や偽情報拡散を通じた「攻撃」対象の一人となった[47]

ハンガリー系ユダヤ人であるソロスは、投資家であるとともに民主主義の積極的な推進者としての顔も持つ。オルバーン政権からの圧力により拠点を国外に移さざるを得なくなった中央ヨーロッパ大学(CEU)やオープン・ソサエティ財団(Open Society Foundations)の設立者はいずれもソロスであった。ソロスに対しては米露を始めとして世界各国で右派の政治家やメディアから数々の陰謀論が構築されてきたが、ジャーナリストのパトリック・ストリックランド(Patrick Strickland)は、難民危機に際して、オルバーン政権も民主主義や人権問題を批判するソロスをオルバーン首相の政敵とみなし、自身の言動を正当化するとともに政府への支持を確保するために陰謀論を利用したと分析する[48]

一例が、ソロスが「自身の経済的利益拡大および国民国家の解体を狙って大量の移民を欧州に移住させようとしている」という陰謀論、いわゆる「ソロス・プラン」であった。

フィデスは、野党時代の2005年から自国民に対して国民協議アンケートを行っている。国民協議アンケートは、アンケート用紙が全世帯に郵送され、回答者が「はい」「いいえ」の選択肢で意見を表明する形で実施される。このアンケートはこれまでに12回実施されており、特定の政策に対する国民の意見を吸い上げる目的とされているが、実質的には政府としての考えを宣伝し、すでに決まっている方針を正当化するための手段や政敵を攻撃するためのネガティブキャンペーンとして使用されているという指摘がなされている[49]

オルバーン政権は2017年に自国民に対して行った「ソロス・プラン」についての国民協議アンケートの説明に「ソロスは異なる文化的背景を持つ人々を大量 [欧州に] 移住させることで [欧州の社会を変えるという] 目標を達成したいと考えている」(角括弧は引用者による補足、以下同様)[50]という一文を加えた。中央ヨーロッパ大学のバートリー・アーグネス(Bátory Ágnes)らは、ソロスが欧州における難民・移民政策の黒幕であるという政権の考えを、アンケートを通じて国民に正当化する目的があったと指摘する[51]

こうしたキャンペーンに対しては、例えば、ジャンクロード・ユンケル(Jean-Claude Juncker)前欧州委員会委員長が、2018年12月のEU首脳会合後に「欧州理事会に座っている何人かの首相がフェイクニュース[偽・誤情報]の発信源であることをはっきりと伝えたい」と述べ、オルバーン首相を発信源の1人としてあげるなど、欧州委員会から批判があがった[52]

加えて、ソロス自身に関する偽情報と見られる記事も拡散された。例えば2018年には、フィデスと関係の深い日刊紙マジャル・イドゥークにより「欧州委員会と国連難民高等弁務官事務所が移民に対して何万枚もの匿名のクレジットカードを配布した」「ジョージ・ソロスもこの資金調達に関与している」と報じられた[53]。クレジットカードを使って国連から最低限の支援を受けるプログラムは実在するものであり、難民危機前の2011年からソロスが出資しているマスターカードの(事前に入金されたカードの配布を通じて)物資を支援するプログラムがあったことも事実である。しかし、両者は無関係であるとされ[54]、マジャル・イドゥークの記事のタイトル(「移民に発行される匿名の銀行カードがテロ行為に利用されている」)からは、両者を混同させることで「ソロス主導でEUの資金がテロリストに使われている」というレッテルを貼る意図があった可能性がある。

これらの発信源は前述のスロベニアの保守系ニュースメディアであるノヴァ24TV(Nova24TV)であったとされている[55]。国内の主要メディアを影響下に置いたオルバーン政権は、近年、海外メディアの買収に力を注いでおり、スロベニアでは2017年頃からハンガリー系企業によりメディアの買収が行われている。2017年に起きたスロベニア保守系メディアであるノヴァ24TVの、ハンガリー企業による買収には、かつてハンガリーのラジオ局だったダヌビウス・ラジオ(Danubius Radio)のディレクターを務めた親オルバーン派のシャッツ・ペーテル(Schatz Péter)が関わっていた[56]

スロベニアの保守派は、反移民という点でオルバーン政権と近い立場にあり、オルバーン政権と緊密な関係を築いてきた。フィデスをはじめとするハンガリーの保守派の間では「偏向した国際メディアがハンガリーを否定的に報じることで、ハンガリーの評判を落としている」という考えが広がっている[57]。元ロイター通信特派員記者のドゥナイ・マールトン(Dunai Márton)は、オルバーン首相をはじめとしたハンガリーの保守派が、国際的なハンガリーの評判を高めることを目的として、海外においてもこの線に沿った発信が強化されるよう、国外のメディアにも焦点を当てて、自国に有利な情報を広める基盤を作ろうとしていると指摘する[58]

第3節|ロシア・ウクライナ戦争:偽情報の「輸入」と「輸出」

2020年代、欧州では危機が立て続けに起こっている。2020年には、新型コロナウイルス(COVID-19)が流行し、各国政府による対応が求められた。そして、2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻した。

2020年代、欧州では危機が立て続けに起こっている。2020年には、新型コロナウイルス(COVID-19)が流行し、各国政府による対応が求められた。そして、2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻した。

オルバーン政権は、国連総会や、EUにおける欧州理事会やEU理事会などで、ロシアによる国際法に反する侵略に対して政府として反対の意を表明している。しかし、戦争が始まって以後、ハンガリー政府は曖昧な姿勢を示しており、政府寄りのハンガリー系メディアの報道にはロシア寄りのナラティブに基づいた報道が目立つ[59]

例えば、2018年にKESMAの傘下に入ったオリゴにおいて、2022年に行われたハンガリー議会選挙前の2022年3月の報道を例に共起ネットワーク分析(どのような言葉がどの言葉と共に頻出したか図式化)を行うと、かつては政府に対する批判を厭わなかったオリゴであったが、近年は「オルバーンは平和を欲している」(サブグラフ3:紫)という政権のナラティブにそった趣旨の報道を行っている(図2)。

また、同分析により現れたテーマを詳しく見ていくと、政府の影響下にあるメディアが拡散した情報には偽情報も含まれていたことがわかる。例えば、シーヤールトー・ペーテル(Szijjártó Péter)外務貿易大臣による野党統一首相候補マールキ・ザイ・ペーテル(Márki-Zay Péter)への批判を積極的に紹介しているが(サブグラフ4:赤)、この中には「左翼がウクライナに兵士を送り込もうとしている」「光熱費削減を廃止しようとしている」という偽情報と見られる主張も含まれていた[60]。同社が政府に近い報道を行うメディアへと変貌を遂げた様子が改めて浮かび上がる。

図2:2022年3月から4月選挙までのオリゴによるウクライナ報道

(出典:著者作成)

また、公共テレビM1において、あるゲストがロシア兵の行動を「プロ」「冷静に仕事をした」と評するとともに、ゼレンスキー政権をナチス・ドイツになぞらえ、さらにはウクライナが核兵器の開発を進めてきたという、論拠を示さない主張を述べることもあった[61]。このゲストは、元西ドイツ警察官のゲオルク・シュペトル(Georg Spöttle)という人物であり、近年、ヒールTVやマジャル・ネムゼトといったメディアにも度々出演している。親政府系シンクタンクであるネーズーポント(Nézőpont Intézet)でアナリストを務めた経歴も持つ。ゲオルクによる発言は、ハンガリーの保守系「専門家」がロシア政府による「ウクライナの核・生物兵器保有論」に基づいた偽情報を広げていることを示している。専門家がロシアの偽情報を発信するという事例はハンガリーに限った話ではないが[62]、EUディスインフォラボが指摘するように、こうした偽情報の拡散が国営・政府寄りのメディアを通じて行われているのはハンガリーに特有の現象と言える[63]

ハンガリーにおけるもう一つの特徴は、一部のハンガリー発の報道がロシアのメディアに「輸出」され、ロシアが発信するナラティブの信ぴょう性を強めることに利用されていることである。

その一例として、ウクライナ・トランスカルパチア地方におけるハンガリー系少数民族の「強制徴用」説がある。大きく話題となった報道としては、2023年1月に保守系オンラインメディアのペシュティ・シュラーツォク(Pesti Srácok、KESMAには属していないが親オルバーン政権寄りのメディアとして知られる)による記事が挙げられる。捏造との指摘もある同記事は、多数のウクライナ兵士と警官がトランスカルパチア地方を訪れ、「戦争の喧噪から遠く離れた地域から何万人もの人々を集めるのが任務だ」として、ハンガリー系少数民族を強制的に徴用したと報道した[64]。この報道に対してウクライナのEspreso TVは、警察と軍による囲い込みが行われたとされる店はペシュティ・シュラーツォクが取材したBerehove地区には実在せず、インタビューの回答者も素性不明かつ感情的な発言が多いことなどを挙げ、偽情報キャンペーンであるとしている[65]

この報道は、マジャル・ネムゼトやオリゴ、そして国営メディアM1においても引用され、恐怖をセンセーショナルにあおる形で拡散された[66](図3)。

図3:マジャル・ネムゼト(赤)とオリゴ(緑)の見出しにおける感情分析(「強制徴用」説が報道された2023年1月22日から2週間後の2月4日まで

(出典:著者作成)

また、この捏造報道をめぐっては、ロシアのタス通信(TASS)が同メディアの表現をそのまま引き継ぐ形で取り上げたことが指摘されている。ワルシャワを拠点とするプラットフォームであるヴィシェグラード・インサイト(Visegrad insight)のドルカ・タカーチ(Dorka Takacsy)はペシュティ・シュラーツォク記事の拡散について以下のように論じる。

この捏造記事はロシアの大手通信社タスによって取り上げられた。興味深いことに、彼らはロシア語のмобилизация(動員)の代わりに「принудительный призыв」(「強制徴用」)を使い、斬新な表現も引き継いだ。TASSから、このニュースは最大手を含む多くのロシアのニュースポータルに転載された。それゆえ、ウクライナはロシアの読者に対して侵略者として紹介され、ロシア民族だけでなくハンガリー民族もその弾圧の犠牲者であることが強調された(ロシアの一般的な偽情報シナリオが主張するように)(括弧内は引用元の注記)[68]

タス通信(TASS)がペシュティ・シュラーツォクの記事を報道した影響は大きく、1月27日にはロシア政府系メディアRTが[69]、翌月2日にはBRICSの情報サイトであるインフォブリックス(infobrics)が「強制徴用」説を紹介した[70]。また、同じくロシア国営でノーボスチ通信社やスプート二ク社を率いるロシア国営通信社(Rossiya Segodnya)において、ハンガリー語を話せるエディターの採用を2022年秋に検討されたとの指摘もあり[71]、ハンガリーから発信される偽情報が今後ロシアに利用される可能性は決して低くはないといえよう。

第4節|偽情報がもたらす悪影響

では、欧州難民危機とロシア・ウクライナ戦争――これらの危機における二大偽情報はどのような影響を与えたのであろうか。ハンガリーでの偽情報の影響を整理すると、次の2点にまとめられるだろう。

第一に、ハンガリーにおける偽情報はメディアへの信頼を低下させ、国内の分断を助長している。2016年にすでに31%と低かったメディアへの信頼度は年々悪化し、2022年には25%まで低下した[72]。これは、第2章で論じている米国(32%、2022年)と第3章の英国(33%、2022年)と比較しても低く、一方で政権を支持するハンガリー有権者の間(正確には保守系の国民)では33%と有権者全体の信頼度よりもやや高い数字を示している[73]。また、国内の政治的分断についても、2014年に「政治とは究極的には善と悪の闘いである」という主張に賛同したハンガリー人の割合は25%に留まっていたが、2022年には39%まで上昇しており、分極化の傾向が顕著に現れている[74]

第二に、ロシア・ウクライナ戦争における偽情報やロシア寄りのプロパガンダの拡散は、ロシアをはじめとする権威主義国家への支持を高めると同時に、民主主義や法の支配を掲げる米国やEU加盟国といった西側諸国への支持を低下させている[75]。ロシアを米国よりも重視するフィデスの支持者の割合は39%から55%まで増加したのに対し、米国をロシアよりも重視する与党支持者の割合は39%から24%まで低下した[76]

結論

本章で見てきたように、ハンガリーのオルバーン政権は、1998年に第一次政権を樹立して以降、徐々に報道機関に対する制約を強めてきた。2010年に第二次オルバーン政権が発足してからはその方針を一段と強め、近年は国内のみならず国外のメディアにも影響力を行使するようになってきている。2024年に実施された欧州議会選挙においても、移民やロシアによるウクライナ侵攻に関する政府寄りの情報や見解が政府系メディアを中心に発せられ、これを偽情報とする指摘がなされている[77]

こうしたハンガリーの特徴は日本を含めた他の国々にとって、偽情報と見られる報道に接した際に内外メディアの報道内容を鵜呑みにしないことの重要性を示唆している。民主主義の後退が進む国家においては、かつては独立したメディアであったとしても、現在もその独立性を維持しているとは限らず、一見独立しているように見えても実態は異なる可能性がある。ロシア・ウクライナ戦争などにおいて様々な偽情報の流布が指摘される中、ハンガリーの事例はメディアの政治的・経済的背景や独立の度合いを常に検証することの重要性を示している。

本章では、民主主義の後退を指摘されるハンガリーの事例について概観した。民主主義の危機にある(もしくは危機にあった)国家に対して偽情報がもたらしうる影響と対応について、次章以降において明らかにしていく。

脚注

(Photo Credit: Shutterstock)

偽情報と民主主義 連動する危機と罠:目次

序章:偽情報と民主主義

偽情報の定義と目的 / 民主主義の後退 / なぜ偽情報を気にしなければならないのか / 偽情報のイネイブラー / 報告書の構成

全文はこちら

第1章 ハンガリー: メディアへの影響力強化と偽情報

買収によるメディアへの影響力強化 / メディアを通じた偽情報とその影響 / ロシア・ウクライナ戦争 / 偽情報がもたらす悪影響

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第2章 米国:不信が事実に勝るとき

米国の偽情報の黎明期 / 米国の文脈:不信、過去と現在 / ニュースルームへの課題 / 拡散者と消費者を通じた偽情報の管理

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第3章 英国:『エンゲージメントの罠』と偽情報

出遅れた偽情報対策 / エンゲージメントの罠 / 民主主義に降りかかる新たな脅威 / 対偽情報戦略

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終章:日本における偽情報と提言

選挙における偽情報とその対応 / 災害・有事における偽情報 / 政策提言

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おことわり:報告書に記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことを御留意ください。記事の無断転載・複製はお断りいたします。

石川 雄介 研究員/デジタル・コミュニケーション・オフィサー
専門はハンガリーを中心とした欧州比較政治、民主主義の後退、反汚職対策。明治大学政治経済学部卒業、英国・サセックス大学大学院修士課程修了(汚職とガバナンス専攻)、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学大学院政治学研究科修士課程修了。トランスペアレンシー・インターナショナル本部にて外部寄稿者も務める。 トランスペアレンシー・インターナショナル ハンガリー支部でのリサーチインターンなどを経て、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)に参画。API/地経学研究所にて、インターン、リサーチ・アシスタント、欧米グループ研究員補(リサーチ・アソシエイト)を経た後、2024年8月より現職。APIでは、福島10年検証、CPTPP、検証安倍政権プロジェクトに携わった。シンクタンクのデジタルアウトリーチ推進担当として、財団ウェブサイトや SNSの活用にかかる企画立案・運営に関わる業務も担当。
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石川 雄介

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