日本の半導体戦略は何を目指すのか
過去の半導体戦略はなぜ失敗したのか
1980年代には、日本の半導体は世界市場の半分のシェアを占めていたが、現在では10%以下である。日本は半導体製造装置や素材の分野で国際競争力を持ち、世界市場において大きなシェアを占めているが、それでも完成品である半導体の市場占有率がここまで下がったのはなぜであろうか。
その理由はおそらく複数あり、それらが複合的に組み合わさったことで日本の半導体産業は衰退の道を歩んだことになるが、現在の半導体戦略を考える上でも、過去の失敗を分析しておく必要はあるだろう。
日本の半導体戦略が失敗したのは、第一にIDM(Integrated Device Manufacturer)というモデルに固執したことがある。日本の半導体産業の多くは日立や東芝といった総合電機メーカーであり、巨大な企業の一部門として位置づけられ、その部門は設計から製造、パッケージングまで一貫して行っていた。半導体は装置産業であり、市場での競争に勝つためには巨額の投資を継続的に行わなければならず、資金力のある巨大企業とはいえ、一部門に多額の投資を継続することは困難であった。
他方、そうしたIDM企業の設備投資負担を軽減し、半導体製造を専業として行うファウンドリ事業を起こしたのが、台湾のTSMCである。半導体メーカーの多くは開発や設計といった付加価値の高い事業に集中し、TSMCは複数の企業から受託生産を行うことで、生産を一手に集中させ、高い技術力で歩留まりを改善して収益性を高め、それを更なる設備投資に回すという戦略を取った。つまり、半導体産業は国際的な水平分業に移ったにもかかわらず、日本企業はIDMにこだわったため、資金力と技術力に勝るTSMCなどのファウンドリに勝てなかったのである。
第二に、産業再編が出来なかったことが挙げられる。日本の半導体製造にかかる資産は複数の企業に分散され、人材も設備も各社が抱え込んだため、規模の経済が重要となる半導体製造において、その規模を拡大することが出来なかった。政府は「オールジャパン」プロジェクトとして、各社の人材や製造能力を集約し、産業再編を目指したが、競合する企業が手の内をさらけ出すことを避け、トップの人材を提供しなかったことで、結果として、これらのプロジェクトが成功することはなかった。他方、ファウンドリとして、生産能力を集中させたTSMCは、瞬く間にグローバル企業として成長していったのに対し、日本はグローバルな競争の前に、国内での競争で疲弊する結果となった。皮肉なことに、半導体製造各社が疲弊し、継続的な投資が出来なくなった結果、ルネサスエレクトロニクスのような、産業再編が進み、ナショナルチャンピオンが誕生することとなったが、時すでに遅し、であった。
しばしば1986年に締結された日米半導体協定の結果、日本はアメリカ市場への進出が阻まれ、その結果、半導体産業が衰退したと議論されるが、上述したように、半導体協定はあくまでも一つのきっかけでしかなく、より構造的な問題が原因であったと考えるのが妥当であろう。
現在の半導体戦略は何を目指すのか
こうした過去の失敗を踏まえて、日本は経済安全保障政策の一環として、半導体戦略を再起動させている。この半導体戦略は何を目指しているのだろうか。
まず、経済安全保障政策における「戦略的自律性」の確保が挙げられる。新型コロナのパンデミックの前後で、テキサス州の寒波やルネサスエレクトロニクスのひたちなか工場の火災などが重なり、半導体の供給が滞る状況が生まれた。その結果、自動車はおろか、給湯器やSUICAなどの非接触ICカードの供給まで止まることとなり、半導体の安定供給が重大な問題として認識されるようになった。そこで政府は自国企業を支援するのではなく、日本国内での半導体の生産を確保し、外国で生産される半導体の供給が止まっても、国内で安定供給できる体制を作ることを目指し、工場建設費用の約半分を政府が支援することを条件に、台湾のTSMCを誘致することに成功した。これにより、28ナノメートルという車載半導体やデジタルカメラのイメージセンサーなど、日本での需要が多い半導体の安定供給が可能になると期待されている。ここでは「オールジャパン」といった、企業の国籍にとらわれることなく、日本国内で生産するのであれば、外国企業であっても支援するという点が重要なポイントとなる。
また、2ナノメートルの半導体を生産するラピダスの創設を政府が支援するのは「戦略的不可欠性」を確保することを目的としている。ChatGPTに代表される生成AIの技術が飛躍的に向上し、一般に普及することによって、AI半導体の需要が長期にわたって高まることが想定されるが、AIに適した半導体(GPU)を生産できるのはTSMCなど限られた企業に過ぎず、需要を満たす供給が得られない状況にある。そのため、ラピダスが2ナノ半導体の製造に成功すれば、グローバル市場において不可欠な存在になることが出来る。ここで重要なのは、日本にはこれまで40ナノ半導体が最先端であり、2ナノ半導体を作るノウハウは持ち合わせていない、という点である。その問題を乗り越えるため、ラピダスは米国のIBMと協力し、先端半導体製造に適した人材の育成を行っている。また、ベルギーのIMECという半導体研究開発機関と協力し、2ナノ半導体を作るための研究を進めている。このように、日本国内のノウハウにこだわることなく、国際的な協力を通じて国際分業の一部を担うという認識の元で半導体のファウンドリに特化することで、IDMへのこだわりを捨てている。
新たな半導体戦略の課題
過去の失敗を教訓とし、新たな半導体戦略を進める日本ではあるが、その戦略が成功するためには、様々な課題を乗り越えなければならない。
課題の一つは、いかにして資金調達を行うか、という点である。JASMの熊本第一、第二工場に1兆2千億円の補助金を提供し、ラピダスには総額で9200億円の補助金を注入している。JASMの場合はTSMCやソニー、DENSOからの出資があるため、資金調達はそれらの企業が行うが、ラピダスの場合、出資する企業は8社であるが、その出資額の合計は73億円であり、政府の補助金と比較するとかなりの少額である。今年9月に入り、メガバンク三行と政策投資銀行が合計で250億円の出資をする方針であることが報じられているが、これでもラピダスが事業を継続していくには十分とは言い切れないであろう。半導体産業は装置産業であり、継続的な設備投資を行うことで、最先端の生産能力を維持していかなければ、国際的な競争で生き残ることが出来ないことは、過去の失敗からの教訓である。その教訓を踏まえれば、継続的な投資を可能にする資金のサイクルを作っていかなければならない。量産が開始され、収益が出るようになれば、それを投資に回すことが出来るが、そこに至るまでの資金調達に成功するかどうかが課題である。岸田政権の下で、ラピダスに対する出資に政府保証をつけるための法案作成が計画されていたが、総選挙となったため、一時的にその作業は停止している。今後は、この法案を成立させ、民間からの投資を誘致することで解決することが期待されている。
第二の課題として挙げられるのは、人材の問題である。コア業務を担う人材はすでにIBMでの研修などを受けて、一定程度の水準を確保できていると思われるが、半導体産業は、様々なサプライヤーも含めた広範な人材の供給が必要となる。ラピダスはすでに北海道大学などと協定を結び、人材育成と供給を期待しているが、実際の量産が始まるまでに、そうした人材が十分に集められるかどうかが大きな課題となる。こうした半導体人材の不足は台湾や米国でも見られており、世界的に人材供給不足の状況にある。国際的な人材獲得競争に勝ち残ることも課題と言えよう。
これらの課題を乗り越え、日本が半導体製造の中心地となることで、戦略的自律性と戦略的不可欠性を獲得することになれば、その戦略は成功と言えるだろう。しかし、カギとなる資金と人材の確保に関しては、政府の継続的な支援とコミットメントが不可欠である。新たに発足した石破内閣が、その前の政権と同様の熱量をもってコミットできるかどうかが問われている。
(Photo Credit: 毎日新聞社/アフロ)
地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
地経学研究所長,
経済安全保障グループ・グループ長
立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、英国サセックス大学大学院ヨーロッパ研究所博士課程修了(現代ヨーロッパ研究)。筑波大学大学院人文社会科学研究科専任講師・准教授、北海道大学公共政策大学院准教授・教授などを経て2020年10月から東京大学公共政策大学院教授。国連安保理イラン制裁専門家パネル委員(2013-15年)。2022年7月、国際文化会館の地経学研究所(IOG)設立に伴い所長就任。 【兼職】 東京大学公共政策大学院教授
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