EUの「ウクライナ支援」継続に立ちはだかる課題 - 国家間の世界観の相違と市民の間で進む関心低下

EUの「ウクライナ支援」継続に立ちはだかる課題 - 国家間の世界観の相違と市民の間で進む関心低下
【特集・G7サミットでのウクライナ支援(第3回)】

2023年3月21日、岸田文雄首相はウクライナを訪問しゼレンスキー大統領との会談を行った。会談後には「ウクライナに平和が戻るまで日本は支援を続ける」と表明し、「G7広島サミットで、G7として一致して明確なメッセージを発することができるよう準備を進めていきたい」と述べた。岸田首相は、G7としてのウクライナ支援における結束の重要性を改めて強調した。

5月に開催されるG7サミットは日本が議長国として主催することになるが、開催にあたっては欧州の立場を理解しておくことが重要となる。G7には7カ国の首脳に加えてEU首脳(欧州委員会委員長と欧州理事会議長)も参加しており、彼らを含めると首脳9人のうち6人は欧州からの指導者だからである。

欧州におけるウクライナ支援の重要な担い手として、欧州連合(EU)は継続的にウクライナへの支援を続けている。しかし同時に、EUはあるべき国際秩序観についての指導者の結束の乱れや欧州市民のロシア・ウクライナ戦争への関心の低下といった脆さも抱えている。本稿では、そうしたEUのウクライナ支援における光と陰の両方を踏まえたうえで、EUの今後の舵取りのあり方について考えてみたい。
Index 目次

ウクライナ支援の継続とその理由

昨年2月24日、ロシアはウクライナに対して侵略戦争を開始した。この「違法でいわれのない侵略」に対してEUは直後からロシアを非難し矢継ぎ早に制裁を実施するとともに、ウクライナへの支援も継続的に行ってきた。
また、EUとEU加盟国をあわせて18億ユーロの人道援助、緊急支援、危機対応支援を実施した。武器の調達についても金銭面で総額36億ユーロの支援を行った。これまでウクライナ支援を牽引してきたイギリスに加えて、このようにEUおよびEU加盟国の立場が、今後の国際社会によるウクライナ支援、さらにはロシア・ウクライナ戦争の今後の趨勢を大きく左右するといえるだろう。
対ロ制裁や巨額の支出がもたらすEUおよび加盟国各国の負担は、決して小さいものではない。はたして、これからもEUとEU加盟国は継続的な支援を続けることができるのだろうか。それを考えるうえで慶應義塾大学の鶴岡路人准教授は、『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書、2023年)において、「情」と「理」がウクライナ支援の継続を左右すると指摘する。
ロシアによるウクライナでの残虐な行為を目の当たりにして支援をしなければいけないという「情」と、ウクライナへの侵略を今ここで止めなければEU加盟国へ侵略されるという、より大きなコストを払う危険性が生じるという「理」の2つの側面を考慮に入れることが重要だ。

支援策に対する不満の蓄積?

戦争開始から1年が経過した現在でもEUおよびEU加盟国によるウクライナへの支援は継続しており、さらにいくつかの側面ではむしろ支援は強化されている。しかし、その一方で、戦争が長期化する中で、欧州におけるウクライナ支援への不満も一部で溜まり、EUにおいて揺らぎが生じていることにも目を向ける必要がある。
その中でも注目すべき動向として、ハンガリーによるEUの対ロ制裁とウクライナ支援策への不満の表明が指摘できる。2月に行われた年頭演説において、ハンガリーのオルバーン首相は「制裁はハンガリー国民の懐から4兆フォリントを奪い取った」と言い放ち、その不満を表明した。
EUに対してこれまでしばしば批判を繰り返してきたオルバーン首相のこのような反発は、戦争開始直後から少なからずみられたものである。また、ハンガリー経済のEUへの依存度の高さを考慮すれば、その批判の実態はウクライナ支援において自国に有利な条件を引き出すための交渉材料として利用するに留まり、EUによる追加的な対ロ制裁やウクライナへの支援に関する決議は、実際にはこれまで継続的に採択されてきた。
オルバーン首相がEUの方針に対して対決的な姿勢を示す一方で、昨年5月にハンガリー大統領に就任したノヴァーク・カタリン大統領は、権限は限られてはいるもののロシアの侵略を公然と批判し、ウクライナのEU加盟を支持している。オルバーン政権としてのEUによる対ロ制裁やウクライナ支援に対する否定的な姿勢に変わりはないが、EUに対して一定の配慮をしているようにもみえる。
他方で、ハンガリーのこうした言動の背後には、世界観を巡る重要な問題を孕んでいることにも留意しなければならない。すでに触れた年頭演説において、オルバーン首相は「ウクライナの戦争は、善と悪の軍隊の間の戦争ではない」「われわれは友を作り続けたいのであり、敵を作ることは望んでいない」と述べた。自国の目先の利益を最優先に置いたオルバーン首相の「親ハンガリー」(ハンガリー・ファースト)の考えによる発言であろうが、それは明らかにEUが示す世界観とは異なるものである。
ロシアは、国際社会が戦後築き上げてきた国際法や国際的規範に基づいた国際秩序を崩そうとしている。それゆえ、ロシア・ウクライナ戦争はこれまでの他の戦争と比べても、善悪が極めて明確な戦争である。また、「法の支配による秩序」から「力による秩序」へ国際秩序が変わってしまうことについては、欧州の中小国にとっては歓迎すべきことではない。それにもかかわらず、EU加盟国の中でロシアの侵略に対して、まるで「黙認」するかのような発言をする指導者がいることは、懸念すべき問題だ。

市民の戦争への関心低下も

加えて、侵略側のロシアと侵略されたウクライナの双方の条件が折り合わず戦争終結の見込みが見えない中で、欧州市民の戦争に関する関心の薄れとそれに伴うウクライナ支援の気運の低下も、今後深刻な問題となるであろう。
市民の関心低下を示す傾向は徐々に現れ始めており、例えば、仏調査会社IPSOSが昨年11月末から12月上旬にかけて28カ国(うちEU加盟国は9カ国)を対象に実施した調査によると、「ロシアのウクライナ侵攻に関するニュースを詳細に追っている」と回答した人の割合が、ドイツとフランスでそれぞれ5%減少、ポーランドも2%減少と各地で減少傾向がみられた(世界28カ国では2%減少)。世論の関心低下が指摘されて久しいグローバルサウスのみならず、欧州でも減少傾向がみられることは注目に値する。
また、欧州各国が受け入れを行ってきたウクライナ難民への支援についても、全EU加盟国を対象としたユーロバロメータ調査の結果では、「戦争から逃れてきた人々をEUに迎え入れる」という主張に賛成した回答を合わせた数値は88%であった。依然として高い数値ではあるが微減(-2%)という結果になっている。
これらの結果は、直接の影響を受けていない国々の国民の間ではウクライナでの戦争を自分事ととらえて積極的に支援する意識が少しずつ薄れていることを示唆している。
しかし、欧州市民の関心の低下や疲労感の蓄積は、EUからのウクライナ支援のテンポや追加制裁の発動が遅くなり規模の拡大を妨げる一因となりかねない。ゼレンスキー大統領は昨年6月、フランスのカンヌ映画祭におけるオンライン演説にてこのように強調した。

「戦争の終結と国際情勢は、世界が注目してくれるかどうかにかかっている」

求められる「丁寧」かつ「大胆」な政策決定と共同声明

このように、ロシア・ウクライナ戦争における欧州としての結束と、その結束の脆さと、その双方が、国家間のレベルでも、市民のレベルでも存在することに目を向けねばならない。国家間レベルで言えば、すでに見たような世界観についての認識に揺らぎが見られる。また、市民レベルで言えば、戦争への関心低下と疲労感の蓄積が、今後の結束のほころびとなるかもしれない。脆さを抱えながらも、今後も対ロシア制裁を続け、ウクライナ支援を続けることについて、EUとEU加盟国がどのような方向性を示していくか、注目していく必要がある。
EUのリスボン条約の第2条・3条に記載されているとおり、「民主主義」や「法の支配」といったEUの中核的な価値、そして平和を推進することにかけるEUの思いは強い。しかし、価値観や理念を振りかざすことに対しては、ハンガリーをはじめとした国々の反発を招きかねない。それぞれの立場や価値観に耳を傾けながら、ルールに基づく国際秩序をともに構築していくべく対話を続け、ウクライナ侵略の長期的なコスト(「理」)についての認識を丁寧にすり合わせていくことが重要である。
ウクライナへの支援をより強固なものにするために、ウクライナ支援に対する結束を示し、支援の必要性を欧州市民の「情」に訴え続けることも重要となってくる。5月に開催される広島G7サミットを始めとして、EUおよびEU加盟国が関わる声明・宣言においてどの程度強い言葉でロシアを非難し、具体的なウクライナへの支援を打ち出し続けるかが改めて問われている。つねにインパクトのある新しいメッセージを出し対策を打ち出し続けなければ、世論の関心は少しずつ離れていく可能性が高くなってしまうからである。
ウクライナ戦争が長期化する中、EUには「丁寧」かつ「大胆」なかじ取りが求められている。
(Photo Credit: AP / Aflo)
経済安全保障100社アンケート

地経学ブリーフィング

コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

詳細を見る

おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

石川 雄介 研究員/デジタル・コミュニケーション・オフィサー
専門はハンガリーを中心とした欧州比較政治、民主主義の後退、反汚職対策。明治大学政治経済学部卒業、英国・サセックス大学大学院修士課程修了(汚職とガバナンス専攻)、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学大学院政治学研究科修士課程修了。トランスペアレンシー・インターナショナル本部にて外部寄稿者も務める。 トランスペアレンシー・インターナショナル ハンガリー支部でのリサーチインターンなどを経て、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)に参画。API/地経学研究所にて、インターン、リサーチ・アシスタント、欧米グループ研究員補(リサーチ・アソシエイト)を経た後、2024年8月より現職。APIでは、福島10年検証、CPTPP、検証安倍政権プロジェクトに携わった。シンクタンクのデジタルアウトリーチ推進担当として、財団ウェブサイトや SNSの活用にかかる企画立案・運営に関わる業務も担当。
プロフィールを見る
研究活動一覧
研究活動一覧
研究者プロフィール
石川 雄介

研究員,
デジタル・コミュニケーション・オフィサー

専門はハンガリーを中心とした欧州比較政治、民主主義の後退、反汚職対策。明治大学政治経済学部卒業、英国・サセックス大学大学院修士課程修了(汚職とガバナンス専攻)、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学大学院政治学研究科修士課程修了。トランスペアレンシー・インターナショナル本部にて外部寄稿者も務める。 トランスペアレンシー・インターナショナル ハンガリー支部でのリサーチインターンなどを経て、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)に参画。API/地経学研究所にて、インターン、リサーチ・アシスタント、欧米グループ研究員補(リサーチ・アソシエイト)を経た後、2024年8月より現職。APIでは、福島10年検証、CPTPP、検証安倍政権プロジェクトに携わった。シンクタンクのデジタルアウトリーチ推進担当として、財団ウェブサイトや SNSの活用にかかる企画立案・運営に関わる業務も担当。

プロフィールを見る