イランの戦い方と日本への軍事的教訓:抗堪化された指揮統制とトンネルの効果

イランの戦い方と日本への軍事的教訓:抗堪化された指揮統制とトンネルの効果
年末に予定される安全保障関連の戦略三文書の改定に向けた議論が政府内外で進んでいる。戦後、一度も戦争を経験していない日本は、防衛戦略や戦い方を検討するにあたり、これまで海外の戦争から教訓を学んできた。その多くは米国の経験に基づくものであり、日米共同作戦の必要性や装備品の共通性、情報アクセスの容易さを考えれば当然であろう。しかし、その結果として、遠征軍である米軍の攻勢的な視点に議論が偏るというセレクションバイアスも生じた。今回の戦略改定では、防御側であったウクライナへの関心が高まったことで、こうした偏りは一定程度是正されつつある。

2026年2月に勃発したイラン戦争も、この偏りを補正する機会を提供している。米国・イスラエルという圧倒的な軍事・技術的優位を有する陣営の攻撃に対し、イランは防御側として独自の戦い方で対抗した。中国による先制攻撃を主要な想定の一つとする日本にとっては、AIなどを活用した米国・イスラエルの戦い方だけでなく、防御側として戦ったイランの経験にも目を向ける必要がある。

今回の戦争には依然として不明な点が多く、拙速な結論は避けるべきである。しかし、「新しい守り方」が有識者会議や防衛省で検討されつつある今こそ、規範的評価とは切り離し、イランの戦い方から得られる軍事的示唆を検討する意義は大きい。
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イランの戦い方

今回の戦争において、イランは米国が当初予想していた以上の抵抗を見せた。イランの戦略は、戦場を中東全域へ拡大するとともに戦争を長期化させることで、純粋な軍事力の競争から政治・経済の領域へと拡大し、米国が戦争コストを許容できなくなるまで持久することにあったとされる。そのためイランは、第一に斬首作戦を生き延びて軍及び革命防衛隊の崩壊を回避し、第二にドローンやミサイルによる継続的な攻撃を通じて相手にコストを強い、第三にホルムズ海峡を封鎖することで世界経済に圧力を加えようとした。

この戦略を支えた重要な柱の一つが抗堪性である。イランは、指導部が打撃を受けても組織的な抵抗を継続できる分散型の指揮統制体制と、トンネル網を中心とする消極防御によってこれを支えた。その結果、攻撃を受けても戦闘能力の相当部分を維持し、継続的な反撃を実施できる態勢を整えていた。核戦略になぞらえれば、イランは通常戦力において、先制攻撃を受けた後なお反撃する能力を維持できるという意味で、一種の「第二撃能力」を獲得していたと評価できる。

意思決定の分散化

開戦初日のイスラエルによる攻撃では、多数の軍幹部や政府高官が殺害されたにもかかわらず、革命防衛隊やイラン軍は無力化されなかった。その背景には様々な要因があるが、約20年にわたり斬首作戦への備えとして構築されてきたモザイク防衛ドクトリンが重要な役割を果たしたと考えられる。このドクトリンでは、革命防衛隊の31の地域部隊に大幅な権限と独立した作戦能力が与えられており、中央との通信が途絶しても各部隊が自律的に戦闘を継続できるよう設計されている。そのため、例えばミサイル部隊は、事前に策定された計画に従い、目標情報の継続的な更新を必要としない固定目標に攻撃を実施できたとされる。

ただ、同ドクトリンにも欠点はある。中央統制が弱まることで各部隊の行動を細かく管理できなくなるため、意図しないエスカレーションを招くリスクが高まることが指摘されている。だからこそイランはこれまでイスラエルとの対立において、モザイク防衛ドクトリンを整備しつつも、中央統制の下で比較的、限定的かつ計画的な報復行動を選択してきたと考えられる。

しかし、今回の戦争では指導部そのものが標的となる大規模な斬首作戦が実施されたことで、エスカレーション管理よりも国家の生存が優先された可能性が高い。その結果、これまで抑制されていたモザイク防衛ドクトリンの自律性が発揮され、指導部への打撃後も各部隊が独立して作戦を継続したのだろう。

トンネルを活用した消極防御

地下トンネル網は、隠蔽と防護を通じて、イランが通常戦力による第二撃能力を維持するうえで重要な役割を果たした。隠蔽についていえば、地上施設や地上・海上を移動するプラットフォームの多くは、AIを活用して迅速に意思決定を行う米軍によって発見・破壊されやすい。一方、地下施設に秘匿された戦力は位置の特定が不可能に近く、米国やイスラエルが有する意思決定上の優位を大きく減殺する効果を持つ。実際、激しい攻撃にもかかわらず、イランはミサイル戦力の7割を守り切ることができたと報じられている。

防護の効果はより複雑である。短期的には、米軍の攻撃によってトンネルの出入口が破壊されると、ミサイル発射機は発射地点まで移動できなくなり、任務を遂行できない「戦闘不能」の状態に陥った。しかし、戦闘不能は撃破とは異なる。埋没したミサイルや発射機は、復旧されるまで戦力として機能しないものの、数時間で再び使用可能となるためである。実際、イランは米軍の攻撃が止むと迅速な復旧作業を進め、多くの地下トンネルの出入口を修復しつつある。

戦力回復までの時間を短縮できることは、防御側に非対称的な優位をもたらす。出入口が短期間で修復されれば発射機は再び運用可能となるため、攻撃側は一度攻撃した地下施設であっても最新の状況を継続的に把握し、必要に応じて再攻撃しなければならない。これは攻撃側の資源を拘束し、作戦の自由度を制限する効果を持つ。また、トンネル出入口の修復はミサイル等による再攻撃よりも低コストで実施できるため、この点でも防御側に有利な構図が生じる。

日本への教訓

通常戦力を第二撃能力として設計することは、日本にとっても重要な課題である。中国は、その地理的近接性から、米軍とイスラエル軍がイランに投入したものをはるかに上回る規模の打撃を日本に対して行使し得る。そのため、指揮統制機能や部隊そのものが大規模な攻撃に晒された場合であっても、自衛隊が作戦を継続できる態勢を構築しておくことは、抑止力の強化につながる。

上級司令部が機能を喪失した場合に、事前に策定した計画に基づいて隷下部隊が独自に攻撃を実施するイランのモザイク防衛ドクトリンは、日本には適用しにくい。まず、日本は文民統制を重視するため、日本の防衛に関する基本的な考え方と相いれない。また、日本の防衛の要である地対艦ミサイルによる効果的な攻撃には上級司令部による他部隊とのタイミングの同期が求められる。さらに、イランと異なり、自衛隊が主に想定する標的は移動する水上目標であるため、衛星や無人機等を運用する別の部隊から継続的に情報を入手する必要がある。つまり、イランのように発射部隊が独自の判断で攻撃を実施することは、日本においては現実的ではない。そうであるならば、指揮統制についてイランから抽出すべき最も重要な教訓は抗堪化の必要性にあり、それを自衛隊なりに構築することが求められる。例えば、現行の指揮統制制度を活用し、直接の上級司令部が撃破された場合に隷下部隊を他の上級司令部の指揮下へ柔軟に編入することを、統合対艦攻撃等を想定した指揮所演習等で演練する必要がある。また、有事が迫っている状況においては、政治レベルの意思決定者を地理的に分散させることで、意思決定機能の抗堪性を高める必要がある。

イラン戦争の教訓のうち、自衛隊に最も応用しやすいのは、トンネルを活用した消極防御の有効性であろう。中国軍が強力な偵察・打撃能力を整備しつつあることから、自衛隊の装備品や施設は従来にも増して脆弱になっている。こうしたなか、装備品や部隊を地下化すれば残存性を大幅に向上させることが期待できる。

重要なのは、トンネルの出入り口が破壊された場合でも迅速に復旧できる能力を、各トンネルを活用する部隊に持たせることであろう。そうした態勢を構築できれば、イランが米軍に対して行ったように、中国に継続的な偵察と再攻撃を強いることができる。それは相手に対するコスト賦課の源泉となり、平時には抑止力として機能し、有事には中国の作戦の自由度を制限するだろう。

イランが示した戦い方は、圧倒的な軍事的優勢を持つ相手に対して「勝つ」ための戦略ではなく、「負けない」ための戦略であった。その核心は、第一撃から戦力を守りつつ、戦闘不能となっても再び戦える体制を構築することにある。戦略三文書改定では、AIを駆使した米軍の戦い方から学ぶだけでなく、防御側として戦ったイランの経験にも目を向けることで、日本の戦略環境により適した防衛戦略を作り出していくことができるだろう。

(出典:IRGC/WANA [West Asia News Agency]/ロイター/アフロ)

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国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、地経学研究所の研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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井上 麟太郎 研究員
慶應義塾大学法学部政治学科卒業、同法学研究科政治学専攻修士課程修了。2023年4月より博士課程。専門は、日米豪防衛協力、防衛政策、防衛産業政策。2024年、国際安全保障学会最優秀新人論文賞を受賞。
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研究者プロフィール
井上 麟太郎

研究員

慶應義塾大学法学部政治学科卒業、同法学研究科政治学専攻修士課程修了。2023年4月より博士課程。専門は、日米豪防衛協力、防衛政策、防衛産業政策。2024年、国際安全保障学会最優秀新人論文賞を受賞。

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