非対称戦力による抑止は可能か: イラン戦争とウクライナ戦争から得られる抑止力への示唆

しかし、このような非対称戦力の軍事的有効性に対する認識が広く浸透する一方、その抑止への効果については、十分な議論が行われているとは言いがたい。各国による非対称戦力への注力は、抑止にどのような影響をもたらすのか。本稿は、各国が新たな能力の獲得とその戦力への組み込みに注力する中、イラン戦争など直近の戦争から得られる教訓を題材として、このような見過ごされがちな問いに焦点を当てる。
非対称戦力の系譜
安価なドローンを用いて軍事技術的に優位にある敵に非対称な費用賦課を行うという戦略は、近年突如現れたものではない。その系譜としては、中国が2000年代以降、長射程ミサイル戦力の増強に注力し、米国の空母打撃群による戦力投射をより安価で効率的に拒否しようとする接近阻止・領域拒否(A2/AD)があった。もちろん、弾道ミサイルはドローンよりはるかに高額であるが、例えば数億から数十億円の対艦弾道ミサイルで数兆円の空母を無力化できるのであれば、非対称戦力として十分な効果が得られると言えよう。航空領域においても、ウクライナがロシアの対地攻撃機や攻撃ヘリを携帯式防空ミサイル(MANPADS)によって撃墜した事例などは、非対称戦力の有効性を示している。このような「費用賦課型」の戦略は、米国等の軍事大国が制海権/海上優勢や制空権/航空優勢を獲得することを困難なものとしている。
同様の状況の生起を見越し、イラン戦争の緒戦において、米軍はイランの主要戦力を空爆やミサイル攻撃により一気呵成に無力化する作戦を実行した。しかしながら、当該作戦の前提として、山岳地帯にミサイルやドローンの在庫や工場を隠匿し、地上又は海上の主要軍事アセットが無力化された後もその供給を受けて戦い続けるというイランの継戦基盤が考慮に入っていたとは言い難い。敵がミサイル・ドローンを生産し続ける限り、一旦目に見える目標を打撃したとしても、その後湧いて出る兵力をしらみつぶしにするのは難しい。
このように考えると、ミサイル・ドローンを用いた費用賦課型の戦略とは、実は米国が冷戦期から苦戦し続けてきた反乱軍の戦術と大きく変わるものではない。その違いは、反乱軍が自爆テロなど敵正規軍との間における人命の軽重の差を活用する一方、現代の費用賦課戦略が火力投射技術の高度化に依拠している点にある。こうした違いはあれども、彼我における人命、政治的コストを含む広義の費用の差を活かす戦略であることに、両者の共通点がある。
こうした状況を踏まえ、優位側の当事者も非対称戦力の取り込みに注力している。例えば、米軍自らがウクライナ戦争からの教訓を得て、LUCASといった安価な自爆型ドローンをイラン戦争に投入するようになった。敵の脅威下においては、単に標的となる高額な有人プラットフォームを運用するよりは、無人アセットを有機的に運用する方が費用対効果に優れるという判断がある。
つまり、今後は軍事的に劣位にある側のみならず、優位にある側も敵からの費用賦課を避けるため、より安価で大量配備可能な手段によって高価値目標を無力化することを志向している。これにより、敵対する当事者が相互に非対称的な優位を獲得しようと試みるだろう。
「見えにくい戦力」
このような戦力設計が実際の軍事作戦において有効であることは、近年の戦争の帰結から明らかである。しかし、問題はその平時の抑止力への示唆である。
第一に、抑止は敵の意思決定に影響を与えるものでなくてはならない。それには、明確に目で見える軍事的脅威が効果を持つ。1995-96年の第三次台湾海峡危機で米国は空母打撃群を台湾海峡に派遣し、軍事介入の意図を示すことにより中国を抑止した。近年の台湾海峡や南シナ海での航行の自由作戦、また北朝鮮を念頭に置いた米韓合同演習も、軍事的プレゼンスの誇示により抑止効果を期待するものと言える。
しかし、ミサイルやドローンは、分散配備して敵の攻撃で無力化されることを避けることに作戦上の意義がある兵器である。また、より時間軸を長く取れば、長期間一定の烈度で戦い続けることに資する兵器であるとも言い得る。つまり、危機における軍事プレゼンスの急速な誇示と真逆の隠匿性と遅効性に意味を持つ。そのような非対称戦力を多数持つことが抑止メッセージの強化につながるかは分からない。
敵の戦力評価の不確実性
第二に、敵対する当事者が非対称戦力の増強を互いに試みる場合、互いの脅威の見積りにおいて不確実性が高まる可能性がある。平時において敵が戦争でどのくらいの能力を発揮するのか正確に見積もることはそもそも難しい。とは言え、海上戦闘において相手方艦艇に対抗するためどの程度の艦艇が必要なのか、あるいは航空戦闘においてどの程度の航空機が必要なのかの見積りは、容易ではないものの、不可能ではない。
一方、自国のミサイルが相手のミサイルを標的とするとは限らず、敵の艦艇や航空機などが標的である場合、互いのミサイル数量を比較したところで、有意な含意が導かれるとは限らない。もちろん、どの程度敵から迎撃されずに命中するのか、その前に敵から先制的に無力化される確率はどの程度あるのかなど、複雑な条件を整えれば一定の積算は可能かもしれない。しかし、このような試算は、戦争を決断する意思決定者にとって必ずしも分かりやすい指標ではない。ましてや、安価なドローンに至っては、その試算自体がほとんど不可能だろう。ドローンの性能は日進月歩であり、その能力のイネーブラーであるAIの進歩、さらにはそれらへの対抗手段の発展をも加味すると、彼我の能力差の推定はますます困難となる。
このようなことから、相手の非対称戦力の脅威の見積りには大きな不確実性が伴い、過大評価や過小評価がなされる可能性が高い。過大評価されれば抑止の成功に近付くが、過小評価の場合は、相手に「戦争が割に合わない」と思いとどまらせる拒否的抑止が破れる可能性がある。
抑止失敗事例としてのウクライナ戦争とイラン戦争
これらの要素が組み合わさった場合、抑止にどのような意味をもたらすのか。それを端的に表したのが、ウクライナ戦争であり、イラン戦争であると言える。ウクライナ戦争については、米国やNATO(北大西洋条約機構)の拡大抑止の失敗として言及されることが多い。しかし、米国もNATOもウクライナに対してそもそも拡大抑止を明示しておらずその失敗事例として捉えるのは無理がある。むしろ単純に、ウクライナ自身がその軍事力によりロシアの侵攻を思いとどまらせることができなかったという拒否的抑止の失敗事例の側面がある。ロシアのみならず、その他の全ての国の中で、ウクライナがMANPADSやドローン、AIを用いてロシアの大規模侵攻を阻止することができる能力があることを予測できた者はほとんどいない。逆に言えば、いかにウクライナが自らの軍事的能力を開戦前にロシアに対し示せていなかったかということを意味している。もちろん、ウクライナの能力は実戦からのフィードバックを得て改善された側面もある。一方、例えば戦場アプリ「デルタ」は2014年のクリミア併合後に開発が着手されたものだ。ウクライナの先進的な研究開発能力は、2022年以前の段階で注目されていなかった。
同様の問題はイランにもある。イランが米国の想定以上に継戦能力を維持できたことは、イランの軍事戦略の有効性を示すものである一方、それを抑止のメッセージとして分かりやすい形で伝える困難さを同時に示している。
侵略者にその能力を過信させ、誤認を生じさせるような「見えにくい戦力」は、明確な政治的メッセージとしての抑止力を見せるのには必ずしも適していない。つまり、非対称戦力の増強がそのまま平時の抑止に寄与するとは考えない方が良いだろう。
これらを踏まえると、現代では、平時における軍事プレゼンスの誇示に寄与する「見せる抑止力(対称戦力)」と有事において隠匿性や残存性、継戦能力を担保する「見えにくい実戦戦力(非対称戦力)」の乖離が広がりつつあるように思われる。そのような中で、平時と有事に共に最適な軍事態勢を築くことがますます難しくなっている。
このジレンマは、日本の安全保障関連の戦略三文書見直しにも難問を突き付けている。日本としても、長射程ミサイルやドローンを用いた「新しい戦い方」といずも型護衛艦などの分かりやすい軍事アセットを用いた平時の抑止活動の間の最適なバランスを探らなければならない。もちろん、これまでの日本の防衛力整備は平時の抑止偏重で、ミサイルやドローンなど、有事に軍事的有効性のある戦力が圧倒的に足りていなかった。したがって、まずはミサイル・ドローンを抜本的に強化することが不可欠だ。
その上で、非対称戦力を「見せる」演習を実施し、革新的な研究開発を柔軟・迅速に行うプロセスを適時に発信していくこともある程度は必要だ。もちろん、抑止には相手の認識も重要である以上、抑止力と軍事的有効性を両立させる最適解を導くことは難しい。しかし少なくとも、近年の戦争が投げかけた非対称戦力の強みと弱みは、明示的に認識しなければならないだろう。
(出典:CENTCOM/SWNS/アフロ)
地経学ブリーフィング
国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、地経学研究所の研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。


主任研究員
防衛省で16年間勤務し、2022年9月から現職。2014年から2016年まで外務省国際法局国際法課課長補佐、2016年から2019年まで防衛装備庁装備政策課戦略・制度班長、2019年から2021年まで整備計画局防衛計画課業務計画第1班長をそれぞれ務める。2021年から2022年まで防衛政策局調査課戦略情報分析室先任部員として、国際軍事情勢分析を統括。 2007年東京大学教養学部卒、2012年米国コロンビア大学国際関係公共政策大学院(SIPA)修士課程修了。
プロフィールを見る











