トランプ政権が変えた世界

それでは、政権成立からすでに一年以上が経過して、中間選挙を控える現在の段階で、トランプ政権はどのように世界を変えたのであろうか。それ以前の世界と、政権成立後の世界では何が変わったのだろうか。まだ第二次政権も大統領任期半ばで、中間選挙を控えるこの時期、これからどのように推移していくか明らかではない。だが、すでに多くの変動が見られる中で、世界全体を俯瞰して、どのような変化が見られたのか、それらを俯瞰して世界秩序の変容の方向性について適切に理解することは重要な意味を持つであろう。
「米中競争」から「米中ディール」へ?
トランプ政権の対外政策を考える際に、その中心に位置するのは中国との関係をどのように構築するかである。米中関係は、2017年1月に成立した第一次トランプ政権から現在の第二次トランプ政権に至るまでの間、大きく変化していった。
第一次トランプ政権時の2017年12月に公表された「国家安全保障戦略」において、「大国間競争(Great Power Competition)」という概念がはじめて用いられた。それまでの「対テロ戦争」としての非対称戦略を強いられていたアメリカは、中国やインド、さらにはロシアといった大国の浮上を受けて、「大国間競争」、とりわけその中でも「米中競争」を戦略の中心に位置づけた。そのような米中間における「大国間競争」の時代は、2021年1月に成立したジョー・バイデン民主党政権でも引き継がれ、経済安全保障をめぐる対中警戒感の強まりも加わって、軍事と経済との両面において米中対立が熾烈化していった。
ところが、第二次トランプ政権成立とともに、そのようなアメリカの対中戦略に修正が加えられるようになった。たとえば、政権成立を前後して、トランプ大統領はしばしば、「習近平は私の友人だ」と述べ、さらには「中国とはすばらしい取引ができる」とも発言している。トランプ大統領は、「すべては交渉可能だ」という言葉を繰り返し用いており、そのことは頭越しの米中ディールによって自らの死活的な利益が損なわれることを懸念する台湾、韓国、そして日本に対して不安をもたらしている。これまでの「米中競争」の時代から「米中ディール」の時代に移行するのであろうか。
そのような「米中ディール」をめぐるアメリカの同盟国や友好国が抱く不安は、2026年5月14日から北京で開催された習近平国家主席とトランプ大統領との米中首脳会談において増幅した。これは、2017年11月以来となる、約9年ぶりのアメリカ大統領による訪中となった。その前の2025年12月に公表されたアメリカの国家安全保障戦略でも、従来のように中国を「最も重大な地政学的挑戦」と位置づけることはなく、中国を「脅威」と見なす文言は削除された。
とはいえ、中国がアメリカにとっての最大のライバルであり、その優越性を脅かす存在であることからも、アメリカ政府内では依然として対中強硬路線は色濃く残っている。いわば、これまでの「大国間競争」としての米中対立に、トランプ大統領流の「米中ディール」が加わることで、米中関係の将来への不透明性が高まっているというべきであろう。
「リベラル」から「ポストリベラル」へ
第二次トランプ政権の成立後にそれまでの伝統的な対外政策が修正される上で、イデロオギー的な側面も留意するべきであろう。すなわち、リベラリズムの後退と、ポストリベラルな思想の浮上である。これはいくつかの側面で見られることである。
第一には、自由貿易の後退である。たとえば、2025年4月2日にトランプ大統領は、いわゆる「相互関税」を導入するための大統領令に署名して、すべての国・地域に対する関税を大幅に上げる結果となった。そして、トランプ大統領はホワイトハウスの庭園「ローズガーデン」で演説し、自由貿易を批判し、保護貿易を擁護する新しい貿易政策を発表した。いわば、時計の針を一世紀戻して、自由貿易を擁護する政策を批判して、保護主義の時代に回帰しようとしている。そのことを、BBCニュースでは、「アメリカは今のところ、自らが作り上げた世界貿易体制から脱退しようとしている」と表現している。それにより、時代は経済ナショナリズムの時代に移行しつつある。
さらには、第二に、それまでアメリカ社会に浸透していたリベラリズムの規範を批判し、否定し始めたことである。たとえば、大統領就任の2025年1月20日に、トランプ大統領は「過激で無駄の多い政府DEI(多様性、公平性、包摂性)プログラムと優遇措置を終了させる大統領令」に署名した。これは、バイデン政権によって推進されたDEIに関するあらゆるプログラムを、各行政機関において廃止することを命じたものである。それまでの民主党政権下の政策を根本から転換して、人権やジェンダー、環境などの分野でのリベラルな政策は否定される結果となった。
これらのことは、アメリカがそれまで対外政策で擁護してきたリベラルな規範を大きく損なう結果となり、いわゆるリベラルな国際秩序は第二次トランプ政権下で大きく衰退していくことになるであろう。トランプ大統領は、移民政策における寛容さを批判し、軍事力行使への好意的な発言をするとともに、権威主義体制への親和的な姿勢を示しており、他の自由民主主義諸国とは価値や規範をめぐっても政策での距離が開いてしまっている。むしろ、中国やロシアのような権威主義的な指導者と、価値や規範の面でもリベラリズム批判として距離が近くなったというべきであろう。
「プライマシー」から「勢力圏」へ
第二次トランプ政権の対外政策として大きく注目されたのが、2025年12月に発表された前述の「国家安全保障戦略」文書に示された、南北アメリカ大陸へのアメリカの関与を縮小する西半球重視主義、いわゆる「ドンロー・ドクトリン」である。これは、19世紀のモンロー・ドクトリンの、21世紀におけるドナルド・トランプ版ともいえるものであり、20世紀に見られたアメリカのグローバルなリーダーシップを大きく修正するものである。そのことは、トランプ大統領がしばしば言及するNATO(北大西洋条約機構)からの離脱の可能性と結びついて、アメリカ外交に関しての大きな不透明性をもたらしている。
これはまた、19世紀の帝国主義の時代における「勢力圏」の構想とも親和性の高いものである。いわば、西半球でアメリカが、ヨーロッパでロシアが、そして東アジアで中国が優越的な地位を確立して、相互の「勢力圏」を承認するような、帝国主義的な思考もその背後に浮かび上がってくる。ロシアのウクライナ侵攻をめぐって、トランプ大統領がしばしばプーチン大統領の側に立ってウクライナを批判する際には、そのような「勢力圏」的な発想が透けて見えることもある。それはまた、中小国の利益を犠牲にした、大国主義的な世界秩序構想とも言い換えることができるだろう。
それとともに、従来のアメリカの圧倒的なパワーの「プライマシー(優越性)」に基づいたグローバルなリーダーシップの時代から、アメリカが中国やロシアと同様に自らの「勢力圏」を確立するために軍事力行使をする時代へと移行しつつある。それは、2026年1月のアメリカによるベネズエラでの軍事作戦や、2月のイスラエルと共同でのイラン攻撃によって端的に示されることになった。
「二重戦略」を推進する日本
それでは、このような第二次トランプ政権において従来のアメリカの対外政策が大きく修正され、世界秩序が変容する中で、日本はそれにどのように対応すれば良いのだろうか。
日本はこれまで、そのような世界秩序の変容に適応するために、「二重戦略」を強いられている。それは、そのようなアメリカの政策に対応して、唯一の同盟国であるアメリカとの緊密な協力を維持する戦略と、価値や規範などの面でアメリカとの距離を置いて、価値を共有する同志国との連携を強化する戦略の両立である。
中国のパワーがよりいっそう大きくなり、パワー・バランスの変化が日本を取り囲む地域における戦略環境を不安定化させる中で、日本は引き続きアメリカが提供する拡大抑止に依存を続けざるを得ないのがリアリティーである。だとすれば、現在の日本にとっては、リアリズムの観点から、完全な「戦略的自律」を実現することはきわめて困難である。
他方で、日本はそのような理由からも、国際社会における「法の支配」を擁護して、大国が自らの利益に基づいて恣意的に、ルールや国際法を無視して行動するような状況を防がなければならない。アメリカが、自ら国際社会でルールや規範を破壊する行動をとったさいには、それを擁護するような立場を日本政府は示すべきではない。それゆえ、2026年2月28日にアメリカがイスラエルとともに、国際法を無視してイランへの軍事攻撃を開始した際に、日本政府はそのようなアメリカの軍事行動を明示的に支持することはなかった。むしろ、そのような際には、価値を共有する他の自由民主主義諸国との連携が大きな意味を持つであろう。
すでに、第二次トランプ政権が成立してから一年ほどの間に、世界は大きく変わってしまった。しばらく、過去の世界に回帰することはないだろう。だとすれば、日本はそのような世界の変容の性質を適切に理解するとともに、「二重戦略」として、自国の利益を擁護するためのアメリカとの協力と、アメリカからの自律という、二つの相対する路線を整合させる努力を続けなければならない。
(出典: Nathan Howard / Getty Images)

地経学ブリーフィング
国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、地経学研究所の研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。


欧米グループ・グループ長
立教大学法学部卒業、英国バーミンガム大学大学院国際学研究科修了(MIS)、慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程および博士課程修了。博士(法学)。北海道大学法学部専任講師、敬愛大学国際学部専任講師、プリンストン大学客員研究員(フルブライト・フェロー)、パリ政治学院客員教授(ジャパン・チェア)などを経て現職。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員(2013年)、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員(2013年-14年)、国家安全保障局顧問会議顧問(2014年-16年)を歴任。自民党「歴史を学び、未来を考える本部」顧問(2015年-18)。 【兼職】 公益財団法人国際文化会館理事 アジア・パシフィック・イニシアティブ研究主幹 慶應義塾大学法学部教授
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