「情報通信」インフラから見た日本成長戦略

「情報通信」インフラから見た日本成長戦略
高市政権が掲げる日本成長戦略の戦略17分野において、「情報通信」インフラが戦略分野の一つに選定され、その中の「主要な製品・技術等」として、「オール光ネットワーク(APN)」、「海底ケーブル」、「次世代ワイヤレス」が挙げられた。官民投資ロードマップ資料の中で、情報通信インフラは「他の16分野の発展を支える基盤」「インフラの中のインフラ」と表現されている通り、日本成長戦略全体にとっても非常に重要な分野である。本論考においては、経済安全保障の考え方を意識しながら、情報通信インフラの視点から日本成長戦略を考えていきたい。
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情報通信インフラはなぜ重要か

情報通信インフラはなぜ重要で、なぜ他分野の発展を支える基盤か、この理由を知るためには、情報通信インフラを、単体技術だけでなく、エコシステム全体で捉える必要がある。

たとえば、デジタルの世界において、各国・各企業がしのぎを削る人工知能(AI)の性能を最大限に引き出すには、単に大規模言語モデル(LLM)とAI半導体が高性能であれば良いわけではなく、データセンター間、データセンター内、或いは、データセンターとエッジ端末(法人や個人などの利用者)を結ぶ通信網などで、通信のさらなる大容量化・低遅延化・低消費電力化を実現する必要がある。ここでゲームチェンジャーとなり得るのが、「オール光ネットワーク(APN)」であり、その中核技術の光電融合技術である。

具体的には、数千~数万のAI半導体を束ねた現在の大規模AIデータセンター内では、電気信号で動くAI半導体同士が通信する際の光電変換がボトルネックとなるため、次世代の半導体は光電融合技術を取り入れる方向に進んでいる。また、データセンター間やデータセンターとエッジ端末の通信も、既に多くの区間で光ファイバーが使われているものの、途中のルーターやスイッチなどで光電変換が必要となる箇所も残っているため、APNにより、光電変換をできるだけ減らして、光のまま通せる区間を増やすことが重要となる。このことは、「次世代ワイヤレス」や「海底ケーブル」の場合も同様で、基地局或いは陸揚げ局とデータセンターの間のAPN化により、日本列島全体をAI基盤とすることで、海外のAI需要を取り込むことも可能となる。また理論的に解読不能とされる通信技術である「量子暗号」通信をAPNなどと組み合わせることも経済安保上重要となる。

さらに先の世界においては、「量子センサー」が収集したデータを「量子コンピューティング技術」によりデータセンターで高度に処理するようになり、光ネットワーク技術と量子通信を統合した「オール光・量子ネットワーク(APQN)」も重要になる将来を成長戦略では見据えている。

以上は、他16分野のうちデジタル領域に限定した内容だが、デジタル領域以外でも、ワット・ビット(電力・情報通信)連携なども含めて業界同士の垣根が低くなる時代において、単体技術だけでなく、エコシステム全体で成長戦略を捉えることがますます重要となる。経済安全保障推進法上、「電気通信」が基幹インフラに指定されていることからもわかる通り、日本が戦略的自律性を保つ上でも重要である。

海外連携の必要性

世界的なデジタル競争が激化し、業界の垣根が低くなる中で、一つの企業がエコシステムの全ての技術で競争優位を持つことは現実的ではなく、一か国で全てを有することも容易ではない。特に海外とのビジネスを通じて経済を発展させてきた日本のような国において、日本企業は海外企業との連携や相互補完を進め、日本政府は経済安全保障上、有志国との連携を強化することが求められるだろう。

これを情報通信インフラのビジネス視点からみると、米国は需要家が集積する巨大市場を有する上に、豊富なリスクマネーを持つことから、特に社会実装を加速させる仕組みに強みを持つ。このため、先端技術を持つ日本企業の中には、米国市場において米国企業と連携し、ビジネスを行うことに魅力を感じる企業も多い。実際、日本成長戦略の官民投資ロードマップ資料では、APNは日本市場以外では、北米市場も有力な候補として挙げている。そして水平分業が広く進む情報通信インフラの世界において、日本企業はその強みとする技術や製品・サービスで、米国企業などと連携し、相互補完関係を築くことが必要となる。たとえば、IOWN Global Forum(NTT、インテル、ソニーが創設メンバー)ではAPNの技術仕様の標準化に加えて、産業化に向けた国際的な連携が進められている。

一方で、ゲームチェンジャーとなり得るような最先端技術をめぐっては、当然ながら、巨額の投資を伴う世界規模の競争が繰り広げられる。光電融合技術においても、今年3月に米大手6社(AMD、Broadcom、Meta、Microsoft、NVIDIA、OpenAI)がIOWNとは別に、光電融合技術の標準化を進める団体(OCI MSA)を設立しており、競争が激化している。こうした中、日本企業が如何に世界的な競争の中で不可欠な価値を示せるか、高いハードルに挑むこととなる。

ただ日本の成長戦略を考える場合、全ての技術分野の対象を、メガ市場規模が期待されるこうした市場に置く必要は必ずしもなく、日本が強みを持ち、経済安全保障の戦略的自律性や戦略的不可欠性を持つような分野にも注目する必要がある。情報通信インフラ分野では、海底ケーブルがわかりやすい例かもしれないが、そのほかでも、日本企業が強みを持つ部品や装置産業など、関連産業にも目を向ける必要があるだろう。

社会実装に向けての難所

日本成長戦略の官民投資ロードマップ資料全体では「社会実装」との言葉が繰り返し用いられており、情報通信インフラも例外ではない。この背景を考えると、日本は様々な技術分野において、研究開発力で世界的な強みを持つ一方で、その研究開発力の強みを生かすほどには、世界レベルで十分に事業化や市場化・産業化につなげられていないとの問題意識があるのかもしれない。

一般的に、技術の研究開発から社会実装に至る過程を説明する際には、「魔の川(研究と製品開発の間の難所)」、「死の谷(製品開発と事業化の間の難所)」、「ダーウィンの海(事業化と市場化・産業化の間の難所)」といった概念がしばしば用いられる。今回の成長戦略で取り上げられた情報通信インフラの技術は、一部の量子技術などを除き、その多くは、「死の谷」を越えている段階であり、今後、「ダーウィンの海」へ本格的に挑戦するような技術が多いとも捉えられる。

そして各国・各企業の競争が激しい情報通信インフラやデジタル領域の社会実装に向けては、特に「ダーウィンの海」が最も資金を要するところであり、これを日本単独で実施しようとしても限界が出てくる。日本成長戦略の官民投資ロードマップ資料の中で、官民投資に加えて、ハイパースケーラー(大規模クラウド事業者)等による北米での需要を意識した言葉が盛り込まれているのはそのためであろう。

ここで重要なことは、日本で社会実装された「出来上がったビジネス」を海外展開するのではなく、その前段階から、米国などの海外市場において、海外企業等と一緒に、技術標準化を進め、資金調達を行い、製品・サービスを作り上げて、「死の谷」「ダーウィンの海」をともに乗り越えていくことである。日本の情報通信業界は、かつて、日本独自の技術や製品・サービスを作り上げて海外に展開しようとした結果、「ガラパゴス問題」に直面したことは良く知られており、現在ではこれを教訓としている。ただこの話は、何も特殊な話ではなく、どの業界、さらにはどの国でも起こり得る話ではないだろうか。

経済安全保障を意識した日米技術連携の可能性

2000年頃のグローバル企業は、国境の壁を現在ほど意識することなく、ビジネス効率を重視した経営を行っていた。しかし現在では地政学・地経学をめぐる環境の変化により経済安全保障を意識せずにグローバルビジネスを行うことは難しくなっている。このような中、グローバル企業としては、経済安全保障の規制面だけでなく、ビジネス促進面からも、政府との連携が重要になっている。たとえば、日米関係では経済安全保障を意識した技術連携の強化が継続的に議論されてきたが、今後は研究面での協力に加えて、社会実装面での連携をさらに強化する必要があるだろう。具体的には、次世代ワイヤレス分野では、米国企業(AT&T、ベライゾン)が主導し、日印企業(NTTドコモ、リライアンス・ジオ)と共同で設立したコンソーシアムであるACCoRD (日米欧韓などの多数の企業が参加)に対し、米商務省がOpen RANの相互接続性等の検証事業を助成対象として採択した実績がある。また日米両国政府は第三国でのOpen RANの展開を支援してきた。今後はAPN等の他の技術も含めて、日米両国政府が技術標準化を支援し、実証実験への資金提供を強化し、さらに事業化や市場化・産業化に向けて日米5500億ドルのフレームワークを活用すること等を改めて積極的に議論をしても良いのではないだろうか。これは米国企業にとっても、日本を含めた米国外市場へのアクセスを考える際に重要となるだろう。また日米両国政府だけでなく、他の有志国とも連携できる話である。

今回、官民で重要技術分野での課題を共有し、成長戦略を議論したことは意味のあることと考える。今後は日本政府が海外政府との技術連携を考えるに際してもこの成長戦略を念頭に置くことが重要となるだろう。

(写真:metamorworks/iStock)

経済安全保障100社アンケート

地経学ブリーフィング

国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、地経学研究所の研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

山田 哲司 主任客員研究員
2022年10月より現職。その前は日本企業に長年勤務(1996年入社)。直近では2018年から2022年6月にかけて、ワシントンDC駐在員として政策渉外チームの立ち上げに従事。産業界の立場から米業界団体や米シンクタンクなどともに、米政府(トランプ政権、バイデン政権)や議会向けに各種の政策提言を実施。 2018年以前は各国政府向けの社会インフラ事業に従事。新興国向け事業にも長年携わり、国際開発金融機関、援助機関などとも協働。 マサチューセッツ工科大学・スローン経営大学院修了(MBA)。 タフツ大学フレッチャー法外交大学院留学。
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山田 哲司

主任客員研究員

2022年10月より現職。その前は日本企業に長年勤務(1996年入社)。直近では2018年から2022年6月にかけて、ワシントンDC駐在員として政策渉外チームの立ち上げに従事。産業界の立場から米業界団体や米シンクタンクなどともに、米政府(トランプ政権、バイデン政権)や議会向けに各種の政策提言を実施。 2018年以前は各国政府向けの社会インフラ事業に従事。新興国向け事業にも長年携わり、国際開発金融機関、援助機関などとも協働。 マサチューセッツ工科大学・スローン経営大学院修了(MBA)。 タフツ大学フレッチャー法外交大学院留学。

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