【解説コラム】3文書における経済安全保障

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2022年12月16日、岸田政権が閣議決定した3文書、なかでも国家安全保障戦略には新たに経済安全保障の観点が盛り込まれた。その主なポイントは以下のとおり。
1.経済安全保障を「我が国の平和と安全や経済的な繁栄等の国益を経済上の措置を講じ確保すること」と定義した。2022年5月に国会で成立した経済安全保障推進法、そして同年9月に閣議決定された基本方針(経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する基本的な方針)のいずれも、経済安保の定義付けを行ってこなかった。国家安保戦略における経済安保の定義は、自民党が2020年12月に発表した「『経済安全保障戦略』策定に向けて」の定義をほぼ踏襲した。

2.経済安保政策のアプローチは、おおむね既存の方向性を踏まえたものとなった。国家安保戦略は、我が国の自律性を向上し、優位性、不可欠性を確保すべく、サプライチェーン強靭化、重要インフラ、先端重要技術に関する措置に言及した。そのうえで、「セキュリティ・クリアランスを含む我が国の情報保全の強化の検討」を進めると明記した。

3.経済安保政策について、「取り組んでいく措置は不断に検討・見直しを行い、特に、各産業等が抱えるリスクを継続的に点検」することとした。経済安保をめぐる脅威はダイナミックに変わるため、リスクは「継続的に点検」し、措置も「不断に検討・見直」すことが極めて重要となる。その指針が、国家安保戦略で明記された。

4.経済安保と密接不可分なサイバーセキュリティについて、「サイバー安全保障分野での対応能力の向上」を掲げた。対応能力を欧米主要国と同等以上に向上させるべく、能動的サイバー防御を導入し、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)を発展的に改組し、サイバー安全保障分野の政策を一元的に総合調整する新たな組織を設置する。この政策の対象は、国のみならず「重要インフラ等」の安全等となっている。これは経済安保推進法で取り組む、基幹インフラ役務の安定的な提供の確保と、直結している。サイバー攻撃を仕掛けてくる、あるいは、その兆候が見られるサーバを検知するためには、国内の通信事業者の情報も必要となる。経済安保政策とサイバー安保政策を統合するため、法制度整備や運用強化がこれから課題となる。

5.「エネルギーや食料など我が国の安全保障に不可欠な資源の確保」は、「経済安全保障政策の促進」と別のセクションで論じた。経済安保政策、エネルギー安保政策、そして食料安保政策の統合は、今後の課題である。

6.「総合的な国力」を構成する要素として外交力、防衛力、経済力、技術力、情報力の5つをあげ、技術力を含めた。ただし、技術力に関する指針は抽象度の高いものに留まっており、今後の運用に課題を残した。技術力については岸田首相が2022年9月から11月まで開催した「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」において、マルチユースという概念が提唱されていた。マルチユースとは、民間、学術、防災、治安、安全保障など幅広い分野で利用可能な、技術の多義性を意味する。これまで民間と安全保障の両方で用いられる技術、つまりデュアルユース技術については、その是非について民軍の二項対立での議論を惹起し、また先鋭化した論争を巻き起こしてきた。
3文書においては、国家防衛戦略が有識者会議の提言を受け止め、マルチユース技術に言及した。他方で、最上位の戦略である国家安保戦略は、経済安全保障重要技術育成プログラム(K Program)を含む研究開発の成果を安全保障分野へ積極的に活用すると定めたが、マルチユースには言及しなかった。5,000億円もの予算が計上されているK Programは無人航空機(UAV)、衛星通信、AI、量子、ロボット工学、先端センサー、バイオ領域などの重要技術を支援対象とする。この中から防衛基盤技術に貢献するものも出てくるかもしれない。本来であれば、マルチユースという包摂的な概念が、最上位の国家安保戦略にこそ書き込まれるべきであったろう。内閣府が進める経済安保のK Programと、防衛省・自衛隊が進めていく防衛基盤技術の強化について、今後の運用において政策の統合が求められる。

 

(おことわり)解説コラムに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

相良 祥之 主任研究員
国連や外務省など経て現職。慶應義塾大学法学部卒、東京大学公共政策大学院修了。国連ではニューヨークとスーダンで勤務しアフガニスタンやコソヴォでも短期勤務。 2005年から2011年まで株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)にて事業開発を担当。 2012年から2013年まで国際協力機構(JICA)農村開発部にて農村・水産開発案件を担当。 2013年から2015年まで国際移住機関(IOM)スーダンにて選挙支援担当官を務めたのち、事務所長室にて新規プロジェクト開発やドナーリレーションを担当。ダルフールなど紛争影響地域における平和構築・人道支援案件の立ち上げや実施に携わる。 2015年から2018年まで国連事務局(NY本部)政務局 政策・調停部。ナイジェリア、イラク、アフガニスタン等における国連平和活動のベストプラクティス及び教訓の分析・検証、ナレッジマネジメントを担当。国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)が展開するカブールでも短期勤務。 2018年から2020年まで外務省アジア大洋州局北東アジア第二課で、北朝鮮に関する外交政策に携わる。対北朝鮮制裁、サイバー、人権外交、人道支援、国連における北朝鮮政策など担当。 2020年からアジア・パシフィック・イニシアティブ主任研究員。日本のコロナ対応を検証した「新型コロナ対応・民間臨時調査会(コロナ民間臨調)」で事務局を務め、『調査・検証報告書』では水際対策、国境管理(国際的な人の往来再開)、官邸、治療薬・ワクチンに関する章で共著者。2022年から地経学研究所 主任研究員を兼務。
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相良 祥之

主任研究員

国連や外務省など経て現職。慶應義塾大学法学部卒、東京大学公共政策大学院修了。国連ではニューヨークとスーダンで勤務しアフガニスタンやコソヴォでも短期勤務。 2005年から2011年まで株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)にて事業開発を担当。 2012年から2013年まで国際協力機構(JICA)農村開発部にて農村・水産開発案件を担当。 2013年から2015年まで国際移住機関(IOM)スーダンにて選挙支援担当官を務めたのち、事務所長室にて新規プロジェクト開発やドナーリレーションを担当。ダルフールなど紛争影響地域における平和構築・人道支援案件の立ち上げや実施に携わる。 2015年から2018年まで国連事務局(NY本部)政務局 政策・調停部。ナイジェリア、イラク、アフガニスタン等における国連平和活動のベストプラクティス及び教訓の分析・検証、ナレッジマネジメントを担当。国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)が展開するカブールでも短期勤務。 2018年から2020年まで外務省アジア大洋州局北東アジア第二課で、北朝鮮に関する外交政策に携わる。対北朝鮮制裁、サイバー、人権外交、人道支援、国連における北朝鮮政策など担当。 2020年からアジア・パシフィック・イニシアティブ主任研究員。日本のコロナ対応を検証した「新型コロナ対応・民間臨時調査会(コロナ民間臨調)」で事務局を務め、『調査・検証報告書』では水際対策、国境管理(国際的な人の往来再開)、官邸、治療薬・ワクチンに関する章で共著者。2022年から地経学研究所 主任研究員を兼務。

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