中国の「人類運命共同体」構想にどう向き合うか - 真の「責任ある大国」に導く好機として活用を
先般行われたG7広島サミットの隠れたテーマは、台頭する中国をどう扱うかだったといえる。
G7共同声明は、中国との建設的かつ安定的関係の構築を呼びかけ、中国の発展を妨害しないとしつつ、中国に国際的ルールに従うよう求め、非市場的政策や人権、台湾問題などについて牽制した。
では、中国に国際的ルールの順守を求める意義は何か。さらに、中国にとって国際的なルールとは何か。本稿では、習近平外交のキーワードの1つである「人類運命共同体」に焦点をあて、中国と国際秩序との関係を考えたい。
言葉が先行する「人類運命共同体」
「人類運命共同体(a Community with a Shared Future for Mankind)」には明確な定義はない。2012年の中国共産党第18回大会の報告で初めて提起されたが、その内容の説明はなかった。その名前のとおり、「地球は1つであるから人類は運命を共にしている、全人類の平和や安全、繁栄のために協力しよう」といった趣旨なのであろう。
中国では、構想が先に打ち出され、後から行動が結び付けられることが珍しくない。2013年に提唱された「一帯一路」構想がよい例である。かつて存在した陸と海の商業路(シルクロード)に沿って、周辺諸国と中国との経済関係を発展・強化する構想とされたが、当初より、プロジェクトの該当基準や地理的範囲などは明確ではない。
ただ、同構想が打ち上げられると、中国政府や企業はさまざまな場面で「一帯一路」を繰り返し述べ、経済プロジェクトには「一帯一路」の看板が次々と掲げられた。これまで3000以上のプロジェクトが行われ、1兆米ドル近い投資が実施されたとされるが、内訳は不明である。
中国は、2017年頃から、具体的な内容を欠いたまま「人類運命共同体」という言葉を前面に押し出し始めた。2017年3月に採択された国連安保理決議2344に「人類運命共同体」の文言が入った。また、同年6月の国連経済社会理事会(ECOSOC)の決議に「a shared future, based upon our common humanity」との文言が加わった。
当時の中国メディアは、「人類運命共同体」が初めて国連文書に書き込まれたと宣伝した。2018年3月の全国人民代表大会は憲法を改正し、憲法前文に「人類運命共同体の構築を進める」と明記した。
2012年に提起された「人類運命共同体」は、習近平主席が2013年に提唱した「一帯一路」と、2021年以降に提唱した発展・安全・文明に関するイニシアティブにより具体化されると整理されている。
「グローバル発展イニシアティブ(Global Development Initiative(GDI))」は、2021年9月に提起され、経済支援や国際協力を通じた経済発展の重要性などを強調し、途上国を意識した内容である。ただ、具体的な中身が乏しいため、当初は途上国からも国連「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の書き換えではないかとの疑義を招いた。
「グローバル安全イニシアティブ(Global Security Initiative(GSI))」は、2022年4月に提唱された。一方的な制裁や自国法の域外適用等に反対し、各国の権利を平等に尊重し、「真の多国間主義」を実践することで、国際社会の平和・安全を実現するといった内容で、アメリカ外交へのアンチテーゼの色彩が強い。
また、本年3月に提案された「グローバル文明イニシアティブ(Global Civilization Initiative(GCI)」は、特定の価値観の押しつけでなく、多様な文明・価値観を尊重し、平和や民主、自由を全人類共同の価値として広めるとする。既存の欧米の価値観だけが国際社会で認められるのではない、というメッセージである。
「人類運命共同体」の狙い
中国は何故「人類運命共同体」を強調し始めたのか。2015年の国連総会一般討論演説で、習近平主席は、「中国は終始国際秩序の擁護者であり、途上国が国際社会で代表権や発言権を増すことを支持する」旨述べた。また、傅瑩(FU Ying) 元駐英大使は、2016年の講演で、「国際秩序とアメリカ主導の世界秩序とは別物であり、中国は国連憲章を中心とする国際秩序に帰属するが、アメリカ主導の世界秩序をすべて受け入れることはない」とした。
改革開放以降、中国は、欧米中心の戦後国際秩序の下で高度経済成長を遂げた。しかし、2008年のリーマンショックやアメリカに次ぐ経済大国に成長したことで中国は自信を強め、国際社会での自己主張が目立ち始めた。2013年には、「一帯一路」やアジアインフラ投資銀行(AIIB)といった「国際公共財」を提供するようになった。
同じころ、アメリカはオバマ大統領が「世界の警察官ではない」と述べる等、国際問題から身を引き始めた。だが、アメリカは、中国の人権や自由の欠如を批判し続け、南シナ海の「航行の自由」を問題にし、中国を対等な仲間とは認めなかった。
中国は、中国の成長がアメリカの覇権的地位を脅かし始めたので、アメリカは国際的なルールや価値観を使って中国の発展を妨害し始めたと理解した。中国は、アメリカの妨害を排除し、最優先課題である経済発展を続けたい。そのため、既存の国際秩序の恩恵を被っていない途上国を味方につけ、アメリカに対抗する必要がある。また、中国の新しい国際的な構想を提示し、途上国の賛同を得て浸透させ、国際ルールを使った圧力をかわしたい。
人権や民主主義を振りかざし、国内問題に「説教」する欧米に反感を持つ途上国も少なくない。「人類運命共同体」は、欧米中心の世界秩序に代わる中国のナラティブ(物語)を国際社会に提示するものである。
「人類運命共同体」は、全人類は運命を共にするという包摂的な構想のはずだが、それを構成するGSIやGCIの内容は欧米への攻撃になっており、矛盾している。また、中国は「責任ある大国として、国連を中心とする国際体系と、国際法を基礎とする国際秩序を堅持する」と一貫して主張するが、国連海洋法裁判所(UNCLOS)の不利な判決を無視しており、言動が一致していない。
それでも、中国と周辺国との2国間文書に「人類運命共同体」が反映されることが増えている。最近では、「中国キルギス運命共同体」や「中国中央アジア運命共同体」のように、個別の国や地域との間の「運命共同体」まで生まれている。
途上国は、自国の経済成長のために中国を必要とし、「人類運命共同体」を受け入れている。中国は、国連を中心とした国際体系を堅持するとしており、国連システムで「人類運命共同体」を推進する動きは続くだろう。
また、中国の構想は内容が曖昧なためさまざまな行動と結びつけやすく、「実践」を演出しやすい。
昨年1月、中国は国連でGDIフレンズグループを立上げ、100余りの国・国際機関が参加した。同9月、王毅国務委員(当時)は、中国の実施したワクチンの共同開発や人材育成支援をGDIの実践だとし、先進国にGDIへの参加を求めた。
世界平和にも努力する姿勢を見せ、「世界平和の建設者」「国際秩序の擁護者」を演出している。
本年2月、中国はウクライナ情勢に関する文書を公表した。同文書は中国のポジションペーパーにすぎないが、中国は和平案のように扱い、特使を派遣したりしている。3月のイランとサウジアラビアの和平合意は、中国の関与の程度が不明なまま、GSIを推進する素晴らしい実践だとされた。
このような「人類運命共同体」の「浸透」と「実践」を通じて、中国は、欧米の秩序を相対的に弱め、自らの影響力の拡大を狙っている。
「人類運命共同体」との向き合い方
中国の影響力拡大に対し、日本やG7としては、国際社会の平和や発展に関する構想を明確にし、発信することで国際秩序を守らねばならない。特にグローバルサウスとされる途上国の国々は、経済発展や食糧、エネルギー、気候変動などを喫緊の課題としており、これらで協力し、共に解決する姿勢を示すことが重要である。そして、提案した協力を迅速・着実に実施しなければならない。
同時に、中国は「人類運命共同体」を通じ、途上国支援や国際紛争調停等、国際的な課題により関与し始めている。日本は、中国の構想に基づく活動をすべて排除するのでなく、中国の個別の具体的な活動をよく観察し、国際的ルールに合致するか、国際社会の安定と繁栄に資するかを判断していけばよい。
そして中国の活動に独善さや言動不一致があれば、矛盾や問題点を指摘し、改善を働きかける必要がある。日本およびG7に求められているのは、自らの国際的責任を明確かつ着実な形で果たしつつ、中国に関与し、真の「責任ある大国」に導くことである。
地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
主任客員研究員
東京大学法学部卒業後、2001年4月に外務省入省。中国・南京大学及び米国・ハーバード大学(修士号取得)を経て、在中国大使館において勤務。その後、中国・モンゴル課において、4年間に10回の首脳会談、12回の外相会談などのハイレベル会談の準備に従事した他、「日中高級事務レベル海洋協議」の立上げや「日中海上捜索・救助(SAR)協定」の原則合意に関する交渉を担当・主導した。また、日米地位協定室首席事務官として、「軍属補足協定」の締結や沖縄の負担軽減政策に関する日米交渉を総括した。在外勤務では、国連代表部において、安保理改革に関する各国との調整や世界的な働きかけを担当した他、在中国大使館において、中国経済や米中経済対立に関する情報収集・分析に従事。その他、二度の人事課勤務において、組織マネージメントも経験。2022年4月に外務省を退職。
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