国家安全保障をめぐる依存・自律・連携の装備戦略

【連載第1回:防衛装備・技術協力を通じた国際安全保障秩序の変化】

国家の安全保障政策の根幹をなすのは武力行使をめぐる力学の管理=防衛力である。その中核となる防衛装備品は安全保障上の脅威に対する予防・抑止・強制・抵抗といった国家防衛の基本機能を担保し、国家にとって望ましい安全保障環境を創出するための外交の地歩を固めるものとなる。

セオドア・ルーズベルトの「棍棒を携え、穏やかに話す(speak softly and carry a big stick)」外交政策は、防衛力の最終的な担保があってこそ、積極外交が可能になるという考え方だった。
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兵器輸入の割合と特定国への依存

防衛力の基盤を整える防衛装備品の整備に必要な要素技術は世界に偏在しているが、先進的な装備品を生産できる防衛産業基盤は限られた国々に集中する。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI、2022)によれば、世界の軍事関連企業上位100社のうち、総売上高の上位を占めるのはアメリカ(51%)、中国(18%)、英国(6.8%)、フランス(4.9%)、ロシア(3.0%)となっている。

アメリカやロシアを例外として、世界の主要国といえど国産兵器だけで自己完結型の防衛力を形成することは難しい。多くの国々は、海外の兵器市場からの完成品の調達に頼り、国内生産をする際にも海外企業との共同開発やライセンス生産を行うことが多い。

現代の安全保障を考える重要な視座は、各国が防衛力整備において特定国にどの程度依存しているか、という指標である。集団防衛を担保する同盟関係が外国との制度的な依存関係だとすれば、兵器輸入(ライセンス生産含む)の比率は特定国への内なる依存関係といってよい。

ある国が防衛力を構成する兵器調達の多くを特定の国からの輸入に依存する場合、輸入元の国と無関係の外交関係を展開することは困難となるからだ。

図1:インド太平洋諸国の輸入兵器の割合と供給国

(出所)ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)各種資料を筆者修正

図1からわかることは、インド太平洋地域において輸入兵器の割合と最大供給国の割合がいずれも50%以上の「高依存・特定国集中」国は、オーストラリア(アメリカ)、インド(ロシア)、韓国(アメリカ)、パキスタン(中国)、ベトナム(ロシア)である。

逆に輸入兵器の割合は50%以上だが最大供給国の割合は50%未満の「高依存・輸入元分散」国に位置付けられるのは、インドネシア、マレーシア、シンガポール、タイで、ASEAN諸国が特定の大国との関係形成に慎重な配慮をしていることがわかる。

他方で国内の防衛産業基盤が整備され、輸入兵器の割合が30%以下の「低依存度」国は、わずかに中国(8.4%)と日本(26.2%)のみとなる。

輸出した兵器が母国に刃を向けることも

もちろん輸入兵器の割合や特定国への依存が国家戦略のすべてを拘束するわけではない。

たとえば、冷戦終結後の中・東欧諸国が、旧ソ連製兵器を主体とした装備体系を維持しながらNATO加盟を果たした過程や、ウクライナ戦争でウクライナ側に中・東欧諸国の旧ソ連製兵器が投入されていることにもみられるように、輸出した兵器が巡り巡って、母国に刃を向けることも歴史的には稀ではない。汎用性が高い小型兵器であれば尚更である。

しかし現代の主要装備である戦闘機、戦車、艦艇、潜水艦、防空システムなどの調達、訓練、整備、更新を特定の国に依存する場合において、特定供給国が有する交渉力(バーゲニングパワー)は絶大である。究極的には、供給国が輸出を制限もしくは遮断する威嚇をすることにより、輸入国の安全保障を脅かすことが可能となるからだ。

こうした依存関係の軛(くびき)がもっとも先鋭化したのが、ロシアのウクライナ侵攻後のインドだった。

インドは冷戦期のソ連との緊密な友好関係を基盤として、ソ連製兵器を主体とした装備体系を構築した。2000年から2020年の間に、インドが外国から調達した兵器のうち66.5%がロシア製で、修理部品や弾薬の補給の大部分もロシアに依存していた。

直近の2017~2021年の5年間でもロシア製兵器の依存度を減らす努力にもかかわらず、最大の調達先はロシア(46%)で、フランス(27%)、アメリカ(12%)を大きく上回っている。インド陸軍の主力戦車は依然としてソ連製のT-72/T-90であり、空軍の主力戦闘機はSu-30MKIである。インドがロシアからS-400地対空ミサイルを購入し、同時期に購入したトルコと同様にアメリカを苛立たせたのはほんの数年前のことだ。

インドがロシアのウクライナ侵略に対し、旗幟を鮮明にすることができなかった理由の筆頭に、ロシアとの依存関係があることは自明である。2022~2023年の国連総会におけるウクライナ関連の6回の決議に対して、インドはすべて棄権票を投じた。

欧米諸国と同志国がロシアに対する厳しい経済制裁を実施する中で、インドの中立的な立場は目立つものとなった。インドが欧米諸国と価値を共有する国なのか、地域大国として秩序を牽引する国となりうるのかという疑念が浮上したことは無理もない。

ロシア依存からの脱却にも動くインド

インドも一方では欧米一辺倒の世界観には共鳴せず、多極化世界を目指す論調を吹聴しながら、他方では自身の戦略的自律性を拘束しているのがロシアへの過度の依存であることも認識していた。

本年6月のモディ首相の訪米と、米印首脳会談における軍事分野の協力強化は、このような文脈で捉えるべきである。アメリカ同盟国以外の軍事協力としては異例ともいえる合意の中身には、インド空軍の次期戦闘機エンジンの共同生産、無人航空機シーガーディアンMQ-9Bの売却、アメリカ海軍艦船のインド国内の造船所での修繕、半導体や人工知能での協力を含む。

アメリカにはインドとの戦略的関係を重視し、軍事分野のアメリカ依存比率を増やすことにより、長期的関係の構築につなげる対印戦略がうかがえる。インドにとっては軍事分野での依存関係の分散化こそが、戦略的自律性につながるという考え方が重視されている。

インドの事例にみられるように、防衛力整備において国産/輸入比率と特定装備や技術をどの国に依存するかは、国家戦略に重大な影響を与える。

そして重要なのは、現代の先進的な防衛装備・技術開発の国際共同開発の推進と、新興輸出国の台頭、民生技術のスピンオンという3つの潮流が、国家に国際装備協力の新たな選択肢をもたらしているということだ。

現代の先進的な防衛装備・技術開発の多くは国際共同開発の形態をとり、先進技術の取り込みや研究・開発・生産コストの合理化を図っている。たとえば、現代の第5世代主力戦闘機F-35は、アメリカを中心に英国、イタリア、オランダ、トルコ、カナダ、オーストラリア、デンマーク、ノルウェーが加わった9カ国での共同開発が進められた。

これら国際協力では出資額と貢献の度合いに応じた階層がつけられ、開発・生産における下請けおよび調達の優先権が付与されるモデルとなった。

兵器の国際共同開発という新しい安全保障モデル

防衛装備の国際共同開発は、国家間の戦略提携の新しいモデルともなっている。

その典型例といえる米英豪AUKUSは、2030年代初めまでに米バージニア級原子力潜水艦のオーストラリアへの供給をするとともに、英米豪が共同で次世代の原子力潜水艦を設計・建造することを合意した。

オーストラリアの原子力潜水艦導入は、オーストラリア海軍の作戦範囲がインド太平洋広域に広がることを意味するのみならず、アメリカとの海中領域における協力や、英国のインド太平洋への関与を位置付けることともなった。

さらにこれまで国際兵器市場において主要なプレーヤーとは言えなかった、新興兵器輸出国の台頭も著しい。その筆頭は韓国である。

韓国は2022年にポーランドと戦車980両、自走砲648両、戦闘機48機、多連装ロケット288門など、総額2兆円超の取引を成立させた。韓国製兵器は価格と納期で競争力があり、対象国の要求に柔軟に応じるカスタマイズ能力が高いとされる。

欧米製兵器との親和性も高く質も保証されたジェネリック的な位置付けで、国際兵器市場のシェア拡大が見込まれている。実際、SIPRIによると2017~2021年の5年間の兵器輸出はその前の5年間から2.8倍に増え、兵器輸出での国別順位は世界14位から8位に上昇した。

さらに民生用の新興技術を含めれば、国際的な技術協力のスコープは大きく広がる。日本政府も防衛装備移転三原則が採択されて以降、アメリカとの関係に加えて、英国、イタリア、フランス、イスラエル、オーストラリア、インドなどとの協力を深めている。

とりわけ無人化システム、ロボティクス、指向性エネルギー、人工知能、宇宙、サイバーといった分野において、民生技術のスピンオンを狙う国際技術協力の地平線はかつてなく広がっている。

日本に求められる総合戦略

こうした防衛装備・技術協力に関する新しい潮流の中で、日本自身が望ましい安全保障秩序の構築に積極的に踏み出す戦略が必要だ。

これまで主力装備の共同開発のほぼすべてをアメリカに依存してきた日本が、航空自衛隊・F-2戦闘機の後継としての次期戦闘機を、日本・英国・イタリアと3カ国で共同開発すると決定したことは、アメリカ国防産業との一方的な依存関係の脱却と、日本自身の自律性の確保の双方から意義を認めることができる。

もっとも、中国の軍事的台頭によって厳しさの増す安全保障環境と、米中間の先端技術の防衛装備への実装をめぐる競争が熾烈になるなかで、日米両国が装備・技術面での協力を深化させ、日米同盟の技術的優位性を確保することは喫緊の課題といえる。

新興技術開発と装備実装化で対中優位性を確保しつつ、こうした装備・技術を同志国と共有し、さらには新興国とのパートナー関係の構築(特定国への依存を脱却する支援を含む)や、途上国の能力構築支援などに結びつける総合戦略こそが求められている。

(Photo Credit: Reuters / Aflo)

地経学ブリーフィング

地経学ブリーフィング

コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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神保 謙 常務理事(代表理事)/APIプレジデント
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了(政策・メディア博士)。専門は国際政治学、安全保障論、アジア太平洋の安全保障、日本の外交・防衛政策。 タマサート大学(タイ)で客員教授、国立政治大学、国立台湾大学(台湾)で客員准教授、南洋工科大学(シンガポール)客員研究員を歴任。政府関係の役職として、防衛省参与、国家安全保障局顧問、外務省政策評価アドバイザリーグループ委員などを歴任。 【兼職】 慶應義塾大学総合政策学部教授
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神保 謙

常務理事(代表理事),
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慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了(政策・メディア博士)。専門は国際政治学、安全保障論、アジア太平洋の安全保障、日本の外交・防衛政策。 タマサート大学(タイ)で客員教授、国立政治大学、国立台湾大学(台湾)で客員准教授、南洋工科大学(シンガポール)客員研究員を歴任。政府関係の役職として、防衛省参与、国家安全保障局顧問、外務省政策評価アドバイザリーグループ委員などを歴任。 【兼職】 慶應義塾大学総合政策学部教授

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