「衛星コンステレーション」がもたらす新たな価値

【連載第2回:技術と国際政治】

2022年から始まったロシア・ウクライナ戦争は、「デジタル時代の総力戦」と表現されることもあるように、「古さ」と「新しさ」が入り混じった戦争となっている。この新しさの代表例として取り上げられるのが、ウクライナ軍が通信インフラとして活用しているスターリンク衛星である。

これは多数の人工衛星を1つのシステムとして運用する「衛星コンステレーション」の一種であり、今回の戦争で多くの注目を集めることになった。一方で、アメリカ軍も、運用する衛星を含む宇宙システムのアーキテクチャーを衛星コンステレーションにシフトし始めようとしている。

日本の防衛省・自衛隊においても、今年3月からスターリンク衛星を使う実証実験を始めているなど、衛星コンステレーションの活用自体はウクライナ政府に限ったことではない。

では、衛星コンステレーションとは何なのか、どのように活用可能で、国家の安全保障戦略にどのようなインパクトをもたらす可能性を有しているのかを考えたい。
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衛星コンステレーションとは

従来の宇宙開発においては、1機の人工衛星の(通信・観測などの)能力をいかに向上させていくかに主眼が置かれており、時代を経るにつれて、より大型で高い能力を有する衛星が開発されてきた。しかし、電子部品の技術進歩等により、2000年代以降、主に商業宇宙の世界で、より小型で低コストな小型衛星が開発および利用されるようになってきた。

そして、アメリカでは宇宙スタートアップの勃興とともに、2015年前後から、数百機、あるいは数千機といった大量の小型衛星を地球低軌道(一般的には高度1000キロメートル程度までの軌道)に打ち上げ、それらの衛星群が一体となって通信や地球観測などのサービスを提供する、「大規模衛星コンステレーション」の計画が次々と発表された。

たとえば、OneWeb社は648機、SpaceX社は4000機の小型衛星(後に「スターリンク」と命名)を打ち上げ、世界中にインターネットを提供する計画を明らかにした。これらの計画が利点としてアピールしたのは、通信の遅延解消と全世界への通信サービスの提供であった。

伝統的な通信衛星は、高度約3万6000キロメートルの静止軌道と呼ばれる軌道に配置され、地球の自転と同期して回るため、1つの衛星が地球上の同じ地域に、継続的に通信サービスを提供することが可能である一方、地上から衛星までの距離が遠いため、伝送遅延が発生することが課題であった。

しかし、高度1000キロメートル以下の低軌道からであれば、伝送遅延が解決できる。逆に低軌道衛星の場合には、1つの衛星が同じ地域を短時間しかカバーできない課題を抱えていたが、大量の衛星を同時に運用することでそれを解消しようとしたのが、大規模な衛星コンステレーション計画であった。

この時期、アメリカでは通信以外にも、地上の観測による情報収集サービスなども含めて、次々と大規模な衛星コンステレーション計画が出現し、商業宇宙業界の地殻変動が始まっていたところ、軍事宇宙の世界では異なる変化が起こっていた。

戦闘領域となった宇宙

宇宙システムの軍事利用は、偵察衛星の利用をはじめとして冷戦初期から始まっており、必ずしも新しいことではない。しかし、湾岸戦争以降、アメリカ軍は、GPS衛星による巡航ミサイルの精密誘導や、衛星通信による無人機の運用の本格化など、戦術レベルでの宇宙システムの利用を大幅に拡大させた。現在アメリカの軍事作戦において、宇宙システムは不可欠なものとなった。

他方、2000年代以降、アメリカをはじめとする西側諸国と中国およびロシアとの地政学的な対立関係が再び深まってくると、中露両国は、アメリカ軍が作戦運用上で依存を高めていた宇宙システムに狙いを定めるようになった。

2007年には、中国が地上からミサイルを発射し、低軌道にある自国衛星を破壊したほか、両国は、地上配備型レーザーや、軌道上で他国の衛星に接近する衛星の開発・実験など、他国の宇宙システムを攻撃する能力を向上させているとたびたび報じられてきた。

このような状況を受けて、2010年代の半ば以降、アメリカ政府では宇宙における脅威が強く意識されるようになり、2018年に公表されたアメリカ国家防衛戦略においては、初めて宇宙が「戦闘領域」であると位置づけられた。

ここでアメリカ軍にて重要視されたのは、宇宙システムのレジリエンス(抗たん性)を高めることであった。レジリエンスとは、仮に敵対的な行動が生起しても、自軍のミッション成功に必要な機能を提供する能力のことを指し、その手段としては、たとえば衛星本体の物理的防御力の強化や、衛星の機能の分散、冗長化などがある。

しかし、当時のアメリカ軍の宇宙システムは、過去の環境を想定して開発、運用されており、2017年に戦略軍司令官のハイテン空軍大将が、これらを「巨大で格好の標的」(large, big, fat, juicy targets)と形容したように、十分なレジリエンスを有しているとは言いがたい状況であった。

宇宙開発庁の衛星コンステレーション計画

この問題への革新的な解決策を提示したのが、2019年3月に創設された宇宙開発庁(Space Development Agency、以下SDA)であった。

SDAは国防総省内に設置された機関であり、その特徴は、①伝統的な宇宙システムの開発モデルではなく、既存の商業技術をベースとして調達要求を設定し、可能な限り迅速に独自の宇宙システムの配備を目指したこと、②それによって低軌道に数百機の小型衛星の大規模コンステレーションを構築し、通信や弾道ミサイル早期警戒等の機能をアメリカ軍に提供することを提唱した、という点にある。

これが実現すれば、仮に数機の衛星が(物理攻撃や通信妨害等で)機能不全に陥っても、残りの衛星でシステム全体の機能維持が可能となり、宇宙システムのレジリエンスを高めることができる。

SDAが設置されたのと同じ2019年には、「OneWeb」およびスターリンクの試験衛星の打ち上げが始まっており、SDAは商業宇宙の世界での新たなコンセプトをタイムリーに取り込み、それを軍事宇宙の世界で活用しようとしていた、と言えよう。

ただし、SDAも商業サービスを単純に利用するのではなく、政府のシステムとして衛星コンステレーションの構築を進めているのは、アメリカ軍独特の要求事項を含め、国家として管理すべき部分があるためと考えられる。

SDAは、2022年10月に、アメリカ軍の宇宙能力の整備全般を担う宇宙軍に統合されたが、統合後も一定の独立性を保ちながら、彼らの計画を進めている。これを受けて、アメリカ宇宙軍の宇宙システムのアーキテクチャーも、伝統的な大型衛星から、SDAの衛星コンステレーションに重点をシフトし始めている。

日本の防衛戦略における活用可能性

このようなアメリカの状況を受けて、日本においても衛星コンステレーションに注目が集まっている。2023年6月に政府で決定された「宇宙安全保障構想」においては、通信や情報収集の分野で衛星コンステレーションを活用することがうたわれた。

これは衛星コンステレーションを含めた宇宙システムの活用が、「より早期かつ遠方で我が国への侵攻を阻止・ 排除できるように防衛力を強化する」という昨年12月に決定された「国家安全保障戦略」の目標を実現するために、不可欠な手段だと認識されているためだと考えられる。

たとえば、同戦略で提唱された「スタンド・オフ防衛能力」の構築にあたっては、衛星コンステレーションは、遠方の目標の識別および位置情報の高頻度な取得、(攻撃後の)迅速な目標の被害評価を可能とする情報収集能力や、巡航ミサイルを含めた広域に展開するアセット間の冗長かつ高速な通信能力など、根幹となる機能を、従来不可能だったレベルで提供できる。

特に情報収集の頻度においては、衛星の機数の多さゆえに、衛星コンステレーションは、従来の宇宙システムと比べて桁違いに高い能力を有する。
ただし、衛星コンステレーションを含む宇宙システムは、地上での作戦運用に必要な機能をすべてカバーできるものではない。

重要なのは、地上での作戦運用コンセプトをいかに具体的に立案するかであり、その一部として宇宙システムに求められる機能が導き出されるべきという点であろう。

衛星コンステレーション導入の課題

また、衛星コンステレーションの導入にあたっては、高頻度な打ち上げ機会の確保、全体のコストの不透明さ、大規模な衛星群の運用管制やデータ処理、宇宙デブリ発生の懸念など、数々の課題が想定される。

その他にも、政府が商業サービスをどれだけ利用し、逆にどこまでを政府のシステムとして構築するのか、アメリカ等の同盟国・同志国との相互運用性の確立や役割分担など、さまざまな論点も存在する。

しかし、防衛省・自衛隊が作戦領域をより遠方に拡大させていくのであれば、衛星コンステレーションは非常に有用な能力を提供可能であり、その活用は避けては通れないものと考えられる。

したがって、この新しいシステムを活用するためにも、上記の課題への対処とともに、国家安全保障戦略にて提唱された各種能力の運用コンセプトの具体的な立案が急務であると言えよう。

(Photo Credit: Ministry of Defence)

地経学ブリーフィング

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コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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梅田 耕太 客員研究員
関西学院大学総合政策学部卒業、京都大学大学院法学研究科修了。 2010年に防衛省に入省し、主に海外の軍事動向調査に従事するとともに、軍備管理・軍縮にかかわる政策の省内とりまとめ担当等も経験。 2015年に防衛省を退職した後、宇宙業界にて、米国をはじめとする海外の宇宙政策及び技術開発動向の調査・分析や、それを基にした戦略立案を担う。また、駐在員としてワシントンDCでの勤務時には、米国の行政機関や民間企業等との関係構築を通じて日米宇宙協力の推進を担った経験もあり。
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梅田 耕太

客員研究員

関西学院大学総合政策学部卒業、京都大学大学院法学研究科修了。 2010年に防衛省に入省し、主に海外の軍事動向調査に従事するとともに、軍備管理・軍縮にかかわる政策の省内とりまとめ担当等も経験。 2015年に防衛省を退職した後、宇宙業界にて、米国をはじめとする海外の宇宙政策及び技術開発動向の調査・分析や、それを基にした戦略立案を担う。また、駐在員としてワシントンDCでの勤務時には、米国の行政機関や民間企業等との関係構築を通じて日米宇宙協力の推進を担った経験もあり。

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