アメリカにパワーをもたらす技術と「想像力」 - 新興技術はいかにしてパワーになりうるのか
2023.09.11
現在、AIや量子情報科学(QIS)など、いわゆる新興技術と呼ばれる技術群が国際政治の中心的な争点の1つとなっている。それは軍事や経済社会のあり方を大きく変えるものとして期待される一方、社会的影響が依然として明確ではないものも多く、各国政府が新興技術を保有し、使用することの意味を考えさせられるようになっている。
そうした中でもアメリカが先駆けて、一連の新興技術の発展を前提に安全保障政策や産業政策の再構築を進め、ときに懸念国に対して、場合によっては同志国に対してすらパワーを行使してきたことは確かであろう。
こうした技術をパワーに転じる手続きにはいくつかのパターンがあるが、本稿では新興技術について考えるための視座の1つとして、ハードパワーとしての技術利用とそれをめぐる「想像力」の影響に焦点を当ててみたい。
ここでは「想像力」を、新たな科学技術を背景にこれまでにないシステムや戦略を構想・提示する力、また、その想像に基づいて競争の土俵を設定し、他国の想像を掻き立てて対応を強制する力と定義しておこう。
もちろん、こうした想像が実現可能性を予感させるだけの強固な科学技術基盤に裏打ちされていることも重要である。では、こうした視点から見たとき、新興技術をめぐるアメリカの取り組みはいかなるかたちで国際関係におけるパワーとして作用してきたのだろうか。
そうした中でもアメリカが先駆けて、一連の新興技術の発展を前提に安全保障政策や産業政策の再構築を進め、ときに懸念国に対して、場合によっては同志国に対してすらパワーを行使してきたことは確かであろう。
こうした技術をパワーに転じる手続きにはいくつかのパターンがあるが、本稿では新興技術について考えるための視座の1つとして、ハードパワーとしての技術利用とそれをめぐる「想像力」の影響に焦点を当ててみたい。
ここでは「想像力」を、新たな科学技術を背景にこれまでにないシステムや戦略を構想・提示する力、また、その想像に基づいて競争の土俵を設定し、他国の想像を掻き立てて対応を強制する力と定義しておこう。
もちろん、こうした想像が実現可能性を予感させるだけの強固な科学技術基盤に裏打ちされていることも重要である。では、こうした視点から見たとき、新興技術をめぐるアメリカの取り組みはいかなるかたちで国際関係におけるパワーとして作用してきたのだろうか。
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目次
アメリカの技術戦略に見るパワー
アメリカの新興技術が戦略的な文脈で注目されるようになったきっかけの1つは、オバマ政権が提唱した「サードオフセット戦略」であった。
この戦略は、AI、ロボティクス、自律型システム、サイバー、ビッグデータ解析、3D造形等、アメリカ側に当時著しく優位性があると考えられていた技術分野に投資を集中し、あるいはそれをもとにした新たな作戦コンセプトを導入し、敵対国との間で能力の非対称性を作り出すことで、全体的な戦略的優位を維持することを狙うものであった。
一連の新興技術を軍事力に転換することで他国との関係に影響を与えようとするこうした取り組みは、最もわかりやすい技術利用のあり方といえる。同様に、経済産業の文脈においても、新興技術は新たな市場を生み出す、あるいは市場構造の変革をもたらすものと期待されてきた。
たとえば、2018年10月にアメリカ政府が発表した「先進製造分野におけるアメリカのリーダーシップに向けた戦略」では、新たな市場が一連の新興技術によって創出されていくことが予想された。そこで例示された技術分野には、スマート・デジタル製造システム、産業用ロボット、AI、3D造形、高機能材料、ハイブリッドエレクトロニクス、バイオマニュファクチュアリング、食料・農産物製造など多岐にわたる。
これらの新興技術を経済力・産業競争力へと転化することは、軍事応用と同様にハードパワーの形成につながる。
科学技術をパワーに転換する「想像力」
ここで注目したいのは、一連の新興技術には、徐々に実装が進んでいるものもあれば、依然として構想段階にとどまるものも含まれることである。
現在、飛躍的に実装が進んでいるAIですら、オバマ政権期にはその戦略的重要性を明示したアメリカ自身が、「依然として汎用型はおろか特化型のAIすら未熟」と認識しており、十分な運用レベルに達しないまま戦略に組み込まれていた。
それにもかかわらず、AIは軍事面においては兵器の自律化や作戦・組織運用の効率化に寄与するものになるとの見通しに基づいて、また、経済社会面でも企業経営や行政の仕組みを大きく変えるものと認識されるようになり、アメリカだけでなく世界各国がそのような能力の獲得に向けて競争的に資源を投入することになったのである。
近年急速に注目度が高まっているQIS分野も好例である。QIS分野は量子センシング、量子コンピューティング、量子ネットワークといった領域を中心に研究開発が進んでいるものの、ハードパワーとして国際政治に影響する段階には至っておらず、とりわけ軍事セクターでは実用化の判断には慎重であるべきとの論調も見られる。
しかし「国家量子イニシアティブ法」(2018年12月)の成立を経て、より戦略的なQISへの取り組みが進められるようになると、すでに中国がQIS分野に注目していたこととも相まって、米中の量子競争は加速した。さらにバイデン政権期になると、アメリカと同志国との間のQIS研究をめぐる協力も多角的に展開されるようになった。
こうしてみると、QIS分野においても、アメリカが軍事、経済の両面における応用のあり方を示すことで、各国がのるべき(あるいは、のることを強いられるようなかたちで)新たな土俵を作り上げることにつながったようにも見える。
想像をめぐる競争、実証された技術をめぐる競争
もちろん、新たな技術を獲得した国家が先行者利益を得つつ、それを見た他の国々がキャッチアップを目指すというのはこれまでにも繰り返されてきた。しかし、過去に生じた技術競争のパターンを見ると、実証された技術をめぐって進む競争と、「戦略的な想像」をめぐって展開される競争は異なるものとして捉えることができそうである。
前者のわかりやすい例が核戦力であり、アメリカが先行して開発した核爆弾が広島・長崎に投下されたことによって各国は核戦力の重要性を強く認識し、冷戦期の核軍拡競争が加速した。それとは別の例として、湾岸戦争では情報通信技術の発展を基礎としたアメリカ軍のネットワーク化が戦力の大幅な向上につながることが証明され、各国はその模倣に努めることにもなった。
これに対して、後者の、想像を介して技術が他国に影響を与えた過去の事例としてわかりやすいのは、レーガン政権期の「戦略防衛構想(SDI)」であろう。宇宙空間に配備したミサイルやレーザーで大陸間弾道弾を迎撃しようとしたSDIは、スターウォーズ構想とも呼ばれ、実現可能性に大きな疑念が寄せられていた。
にもかかわらず、SDIはソ連の反発とともに外交姿勢の変化をもたらしたともいわれるし、同盟国にも共同研究などを通じて構想への参加を促すなど、各国に少なからぬ影響を与えた。今日の新興技術をめぐる国家間競争は、必ずしもはっきりと技術の実用性が実証されないままに加速している点ではSDIに似ている。
ただし、アメリカの想像力に由来する戦略が、すべて狙いどおりに他国に影響を与えるとは限らない。サードオフセット戦略に話を戻せば、アメリカの狙いはあくまでもAIや宇宙といった分野で非対称な技術的優位を維持することに置かれていたはずである。
しかしそれは、他国の想像力を掻き立て、コストを賦課するようなかたちで対応を強制するという点では影響力として作用したものの、現実の帰結としては中国の急速な技術的キャッチアップにつながり、米中間の競争はむしろ対称的なものに近づいてきている。想像力を発揮することと、その帰結が想像通りになることは同じではなく、そこには当然ながら現実的な各国の力関係や利害も作用することになる。
技術をめぐる想像には何が必要なのか
このように、アメリカが新興技術をめぐって示した戦略的な「想像力」は、しばしば「現段階では用途が必ずしも明確ではない」ともみなされ、ときに基礎研究と応用が同時に展開されるかたちで実装が進む新興技術の特性とも相まって、それ自体が各国に対応を強制してきた。
こうしたことをふまえつつ今日の国際関係を考えるにあたり、次なる問題は、このような想像力が他国にとってもパワーとなりうるのかという点であろう。新興技術をめぐる国際競争が徐々に対称性を見せるようになるなか、中国やロシアといった国々がいかにしてキャッチアップから創造的なアイデアを通じて他国に影響力を与えようとする段階へと移行するのか(できるのか)といった点に注目することも重要なポイントの1つとなる。
もっとも、アメリカの想像力の背景には政治制度や自由主義的な文化の影響があるといわれ、さらにDARPA(国防高等研究計画局)のように想像を具現化する仕組みが存在してきたことはよく知られている。
だとすれば、中ロのような権威主義体制下でアメリカと同様に技術をめぐる想像力を発揮し、他国に受容させる仕組みを構築するのは容易ではない。
その一方で、中国が新興技術をめぐって発揮する想像力というものがあるならば、それがアメリカと同じようなものである必然もなく、そこに生じる固有の政治的、文化的、制度的影響を丹念に観察していく必要はあるだろう。
日本ができること、すべきこと
では、日本はどうだろうか。まず指摘すべきは、日本でも市場創出的な技術戦略の重要性はしばしば議論されてきたことである。それは実際に、内閣府がDARPAのマネジメントを取り入れ、ImPACT(革新的研究開発推進プログラム)を実施することにつながった経緯もある。
しかしImPACTは十分な成果をおさめたとは言えず、多くの批判も受けている。その一因が文化や社会構造に由来するのだとすれば、乗り越えるべきハードルは高いのかもしれない。
それでも、自国の戦略に照らし合わせて想像力を発揮すべき分野とそうでない分野を特定する努力を続ける必要はあるし、少なくとも他国の想像を予測し、キャッチアップするための基盤形成は無駄にはならないだろう。そのためには、日本独自の想像力の源を常に探り続けていかなければならない。
齊藤 孝祐 主任客員研究員
上智大学総合グローバル学部教授。専門は国際政治学、安全保障論。筑波大学大学院人文社会科学研究科国際政治経済学専攻修了、博士(国際政治経済学)。横浜国立大学研究推進機構特任准教授等を経て、現職。
[兼職]
上智大学総合グローバル学部教授
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齊藤 孝祐
主任客員研究員
上智大学総合グローバル学部教授。専門は国際政治学、安全保障論。筑波大学大学院人文社会科学研究科国際政治経済学専攻修了、博士(国際政治経済学)。横浜国立大学研究推進機構特任准教授等を経て、現職。 [兼職] 上智大学総合グローバル学部教授
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