EUは戦略的自律を高めることができるのか ~欧州半導体法と反威圧措置(ACI)の視点から~

EUでは「戦略的自律(Strategic Autonomy)」に関する議論が活発である。元々はフランスが戦後の米国との関係で唱えてきた考え方であるが、近年はフランスがEUの舞台でも度々この言葉を持ち出し議論されるようになった。その定義は明確に定まっていないものの、EUが自身の政策を決定するプロセスにおいて他国からの影響を受けずに政策決定を自律的に行なうという考え方である。

派生形としては、「開かれた戦略的自律(Open Strategic Autonomy)」という用語が、EUの経済安全保障の文脈で使われる。EUが多国間での公正な自由貿易等を推進する立場にあることは変わらないものの、世界貿易機構(WTO)の上級委員会が機能不全に陥る中、EUの自律性が失われそうな場合にはEUが自ら必要な行動をとるという考えである。

この前提に立って、前回の論考でも取り上げられた、EUの経済安全保障戦略の「3つのP」である「①推進(Promotion)」を実行するための重要法である「欧州半導体法(European Chips Act)」、「②保護(Protection)」の重要規則にあたる「反威圧措置(Anti-Coercion Instruments: ACI)」について概観した上で、これら政策によりEUは戦略的自律を高めることができるのかを見ていきたい。最後に「③協力(Partnering)」の観点からEUの日本との連携についても述べたい。
Index 目次

欧州半導体法の成立とその背景

2021年2月、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は「一般教書演説2021」において、2020年に世界的な半導体の供給不足が発生し、EU経済も大きな影響を受けた中で、EUが東アジアの半導体サプライチェーンに大きく依存していることを問題点としてあげた。そして「欧州の技術主権(European Tech Sovereignty)」を守るために欧州半導体法案を起草することを表明した。

背景として、EUの成長戦略の2つの柱であるグリーン政策とデジタル政策を実現するために次世代半導体の供給は不可欠であるが、現状EUの半導体世界生産シェアは約10%まで減少し、加えてEU域内では汎用半導体しか製造していないことから、EUの成長戦略が他国に大きく依存し、EUの自律性が失われていることへの強い危機感が表れていた。

2022年2月、欧州委員会は欧州半導体法案を発表した。内容としては現状10%のEUの世界半導体生産シェアを2030年までに20%以上に倍増させる目標を掲げるもので、そのために官民合わせて430億ユーロの投資(EU予算から33億ユーロ、残りは加盟国予算及び民間投資を想定)を見込むものである。法案は3つの柱から成り、第1の柱は、「半導体のための欧州イニシアティブ(Chips for Europe Initiative)」を創設するもので、官民コンソーシアムを通じEUが強みとする研究開発力を製品化につなげる等の取り組みである。第2の柱は、「半導体の安定供給」のために、EUで原則禁止される加盟国から企業への補助金等の規制を一部緩和する政策である。第3の柱は、「モニタリングと危機対応(Monitoring and Crisis Response system)」で、EUが自ら半導体の需給ギャップをモニタリングし、供給不足が予想される場合の早期警戒システムを立ち上げることである。法案は2023年4月にEU理事会と欧州議会が政治合意し、7月25日にEU理事会が採択し成立に至った。

欧州半導体法は、半導体工場の設立等に補助金をつけるといった産業政策の観点から見ると米国のCHIPS法(CHIP and Science Act of 2022)と似ているが、経済安全保障の観点からは違いが出ている。前者はEUの戦略的自律を達成するために「デリスキング」の考えの下、EU自身に目が向いているのに対して、後者は米国の競争相手国にも目が向く「デカプリング」の考え方を取っている。具体的には、米国CHIPS法の「ガードレール条項(Guardrails Provision)」は、半導体企業が米国政府から補助金を受け取る条件として、中国などの「懸念国」において半導体製造能力を10年間実質的に拡張しないこと等を挙げている。ここに米・EU間の考え方の違いが顕著に表れている。

 

反威圧措置とは何か

次にEUの経済安全保障戦略の「保護(Protection)」の観点から、EUの「反威圧措置」の規則案策定への動きを見ていきたい。

2020年9月、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、EUの戦略的自律を侵すような外国からの経済的威圧に対して、EUが対抗措置を取れるよう新たな規則案を検討することを表明した。

2021年12月に、欧州委員会は「反威圧措置」の規則案を発表した。規則案では、「経済的威圧」の定義として、外国が「EUや加盟国に対し、貿易や投資に影響を及ぼすような行動をとるか、またはそのような行動をほのめかして脅すことで、特定の政策選択を実施するように圧力をかける状況」と規定した。その上で、反威圧措置の具体的な事項として、追加関税措置の適用、輸出規制、輸入規制、公共調達からの除外、外国直接投資の規制など、多岐に渡る対抗ツールを設けた。

一方、規則案は抑止が目的であるとも記載され、外国によるEUに対する経済的威圧を思いとどまらせること、また仮に外国が経済的威圧を実施した場合にもこれをやめさせることが目的であるとしている。このため規則案ではEUは外国と十分に協議を尽くす必要があり、反威圧措置の適用は最終手段であることが述べられている。

2023年6月に欧州委員会、欧州理事会、EU議会の3者間での政治合意がなされて、早ければ年内にも規則が施行される予定である。

なお欧州委員会は、地政学リスクが高まる中で、WTOが経済的威圧を想定した仕組みになっていないことが反威圧措置の規則案を検討する要因になったと述べている。今回の規則導入には、経済的威圧に対してはEUが一体となって対応し、加盟国を「保護」するとの加盟国に向けてのメッセージも含まれており、EUは戦略的自律を高めようとしていることがうかがえる。

 

EUは戦略的自律を高めることができるか

ここまで「欧州半導体法」と「反威圧措置(ACI)」を見てきたが、これら施策の実施により、果たしてEUは戦略的自律を高めることができるのだろうか。この答えとしては、EUは戦略的自律を高めることができるが、EU単独での目標達成には限界があり、むしろ同志国等との連携を強化する方が目標を達成しやすくなると言えるのではないか。以下にその理由を述べたい。

まず半導体のサプライチェーンはよく知られている通り、製造工程が多くの国々にまたがるため、仮にEUが半導体の世界生産シェア20%以上を達成したとしても、EU域内で全ての製造プロセスを完結させることはできないであろう。従って、サプライチェーンの上流から下流までの工程において公正な競争を確保するためにEUは同志国等との連携が必要となるだろう。また経済的威圧を行なう国が出てきた場合、EU単独で対応するよりも同志国等と連携して対応した方が当該国へのプレッシャーは大きくなるだろう。

ではEUは日本と連携すべきであろうか。実は日本における経済安全保障の議論においても、「戦略的自律性」というEUのそれと類似した専門用語が出てくる。これは政権与党である自民党が2020年12月に「『経済安全保障戦略策定』に向けて」と題する提言書の中で取り上げたものであり、この戦略的自律性は、日本の基盤産業を強靭化することで「他国に過度に依存すること」を避けるという考え方である。EUの戦略的自律は、自らの政策決定プロセスを自律的に行なうといったプロセス論なのに対して、日本のそれはサプライチェーン強靭化に主眼を置いた実用的な考え方であり、力点の置き方が異なる。ただし、サプライチェーン上で、他国に過度に依存することを避ける点では、EUも日本と同じ目標を持ち得るため連携がしやすいとも言える。

このような考え方は既に日・EU間の政策合意にも表れている。例えば、欧州半導体法の第3の柱において半導体の早期警報システムの構築が定められたが、2023年7月に、日・EU間でも同じような早期警報システムを構築することが合意されている。今後は2023年5月にEU・米国間で合意されたように、過度な補助金合戦を避けるために互いの補助金政策の情報共有の仕組みを日・EU間で構築することも必要であろう。また緊急時には半導体を供給しあうような仕組みの検討も必要かもしれない。

サプライチェーン強靭化や経済的威圧への対処については、今年6月のG7広島サミットで合意された内容でもあり、今後、具体的な政策の落とし込みに入るものと見られる。そのため今まさに日・EU間での連携が重要となるタイミングの中で、EUが日本をはじめとする同志国等との連携を強化することは、EU自身の戦略的自律を高めるだけでなく、日本の戦略的自律性を高めることにもなるだろう。

(Photo Credit: Reuters / Aflo)

地経学ブリーフィング

地経学ブリーフィング

コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

詳細を見る

おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

山田 哲司 主任客員研究員
2022年10月より現職。その前は日本企業に長年勤務(1996年入社)。直近では2018年から2022年6月にかけて、ワシントンDC駐在員として政策渉外チームの立ち上げに従事。産業界の立場から米業界団体や米シンクタンクなどともに、米政府(トランプ政権、バイデン政権)や議会向けに各種の政策提言を実施。 2018年以前は各国政府向けの社会インフラ事業に従事。新興国向け事業にも長年携わり、国際開発金融機関、援助機関などとも協働。 マサチューセッツ工科大学・スローン経営大学院修了(MBA)。 タフツ大学フレッチャー法外交大学院留学。
プロフィールを見る
研究活動一覧
研究活動一覧
研究者プロフィール
山田 哲司

主任客員研究員

2022年10月より現職。その前は日本企業に長年勤務(1996年入社)。直近では2018年から2022年6月にかけて、ワシントンDC駐在員として政策渉外チームの立ち上げに従事。産業界の立場から米業界団体や米シンクタンクなどともに、米政府(トランプ政権、バイデン政権)や議会向けに各種の政策提言を実施。 2018年以前は各国政府向けの社会インフラ事業に従事。新興国向け事業にも長年携わり、国際開発金融機関、援助機関などとも協働。 マサチューセッツ工科大学・スローン経営大学院修了(MBA)。 タフツ大学フレッチャー法外交大学院留学。

プロフィールを見る

このレポートPDFを ダウンロード