中国の国際戦略 ーー経済、軍事、価値の領域から人工知能(AI)ガバナンスへ

中国の国際戦略 ーー経済、軍事、価値の領域から人工知能(AI)ガバナンスへ
2023年11月1日から2日にかけて英政府主催の国際会議「AI安全性サミット(AI Safety Summit)」が開催され...(以下、本文に続きます)
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「AI安全性サミット」の開催と各国の取り組み

2023年11月1日から2日にかけて英政府主催の国際会議「AI安全性サミット(AI Safety Summit)」が開催され、カマラ・ハリス米副大統領、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長、ジョルジャ・メローニ伊首相、ジャスティン・トルドー加首相を始めとする各国首脳に加え、新たな生成AI「Grok」を発表したxAIのイーロン・マスク氏の出席が注目を集めた。オンライン参加した岸田文雄首相は、G7広島サミットを受けて立ち上げた「広島AIプロセス」に関するG7首脳声明を10月30日に発出したことに触れ、年末にかけて「広島AIプロセス包括的政策枠組」およびその作業計画を策定する方針を示した。
これに先立ち、6月14日には欧州議会が「AI規則案」を採択して2024年施行を予定、7月10日は中国も「生成人工知能サービス管理暫定弁法」を制定・交付した(8月15日施行)。またバイデン政権も10月30日に「人工知能の安心、安全で信頼できる開発と利用に関する大統領令」を発令して法的拘束力のある規制を導入し、新たな安全性評価の基準や公平性と公民権の推進に関するガイダンスなどを示した。
世界的にAI規制の検討が進む背景には、AIは社会にとってのチャンスであると同時にリスクであることを早急に議論しなければならない、という深刻な危機意識の共有がある。また軍事領域でのAI導入が米中対立の焦点の1つとなるなか、経済と軍事・安全保障のいずれにおいてもゲーム・チェンジャーとなるAIに関するルール形成をリードしたい各国の思惑も透ける。

中国におけるAIガバナンス

翻って中国国内でのAI開発は2010年代から急速に進展してきた。2016年3月に承認された「第13次5ヵ年計画(2016〜20年)」にAI技術の振興が明記されてより、政策が急速に拡充された。2017年7月に示した「次世代人工知能発展規劃(計画)」では、2020年、2025年までの目標を踏まえて2030年までに人工知能の基礎理論、技術及び応用能力で世界をリードすると掲げた。また2019年に北京市を初めての次世代AIイノベーション発展国家試験区に定めてより、北京市、広東省、浙江省、上海市などを中心に地方レベルでの振興策も数多く打たれており、各地での社会実装化も進んでいる。
中国政府はAI振興策と共に規制も打ち出しており、例えば「生成人工知能サービス管理暫定弁法」には以下のような生成AIサービスの使用・提供に関する規定がある。
〔第1章総則 第4条(一)〕 社会主義の核心的価値観を堅持し、国家政権転覆や社会主義体制転覆を煽動したり、国家の安全や利益に危害を与えたり国家イメージを損なったり、国家分裂を煽動したり、国家統一・社会安定を破壊したり、テロ・過激主義を宣伝したり、民族憎悪・民族差別や暴力・わいせつポルノや虚偽有害情報等の法律・行政法規で禁止されているコンテンツを生成してはならない。
この規制は政治体制危機や社会混乱を抑止する目的において「サイバーセキュリティ法」第12条2項や「ネットワーク安全法」第12条と同様であるが、「社会主義の核心的価値観を堅持」という文言はイデオロギーに関わる世論統制の根拠ともなり得る。
先の「AI安全性サミット」について実は英国内に中国の参加に反対する声があり、リズ・トラス前首相も中国はAIを「国家統制の手段や国家安全保障の道具」として見ていると批判していた。サミット開催中には、ハリス副大統領が会場から離れたロンドンの米国大使館で演説し、AIを使った顔認証システムの悪用や偽情報、誤情報の流布は「民主主義の存亡に関わる脅威だ」と暗に中国を牽制した。だがスナク政権はAI大国である中国を招待することを選択し、中国科学技術省の呉朝暉次官が出席した。中国政府は国際協力の維持・拡大を謳う「ブレッチリー宣言」にも合意し、中国国内ではAI大国である中国が国際協力に参加した成果と論じている。

「グローバル人工知能(AI)ガバナンスイニシアティブ」とは

中国はなぜ英国主導の協力枠組みに歩調を合わせたのだろうか。中国の外交戦略を占う上で重要なのは、10月に開催された第3回「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラム(以下、「一帯一路」フォーラム)で示された「グローバルAIガバナンスイニシアティブ(Global AI Governance Initiative)」である(以下、GAI)。
これまで、習近平政権は3つのイニシアティブを示してグローバル・ガバナンスに積極的に関与する意図を明らかにしてきた。2021年に示したグローバル発展イニシアティブ(Global Development Initiative: GDI)、22年のグローバル安全保障イニシアティブ(Global Security Initiative: GSI)そして23年3月に提起されたグローバル文明イニシアティブ(Global Civilisation Initiative: GCI)である。さらに今回の「一帯一路」フォーラムの開幕式ではGAIを提起した。これは何を意味するのか。
従来、習政権が思い描いてきた国際ビジョンの構造は、GDI、GSI、GCIという外交戦略の3本柱の上に「人類運命共同体」という目標を掲げ、中国がこの実現をリードするというものであった。「人類運命共同体」とは、全人類のための素晴らしい未来、すなわち「持久的平和、普遍的安全、共同繁栄、開放的・包容的、クリーンで美しい世界」を構築しようと呼びかけるフレーズであり、習近平時代の中国はそのために尽力しているという国家イメージを強調している。言うなればGDI、GSI、GCIという3つのイニシアティブは、経済、軍事、価値の3領域におけるパワー(権力)を発揮することで国際秩序を変容させるための戦略論である。
そして、その具体的な施策と位置付けられるのが、もう一つのイニシアティブである「一帯一路」構想(Belt and Road Initiative: BRI)である。中国政府はBRIを発表してから10年の節目の年である2023年に、杜撰なプロジェクト管理や「債務の罠」への批判を覆し、小規模プロジェクトの推進などBRI関連プロジェクトの質的変化を印象付けようと試みた。それが10月17~18日に開催された「一帯一路」フォーラムのテーマ「質の高い『一帯一路』を共に建設し、協力して共同の発展・繁栄を実現」の含意である。フォーラム前の10月10日には「一帯一路の共同建設:人類運命共同体構築の重大な実践」白書を発表し、これまでのBRIプロジェクトの成果と共に、刷新を強調していた。
こうした理解に従えばGAIの発表は、習政権が科学技術という第4の領域でのパワー獲得と、国際経済の発展を支える中国イメージの一挙両得を狙ったものと考えられる。なお、GDI、GSI、GCIおよびGAIは、いずれも習近平本人が国際会議の場で提起したことに留意しておきたい。2020年9月に王毅国務委員兼外相(当時)が「グローバルデータ安全イニシアティブ」を提起したことがあったが、その後はあまり言及されず、GDI、GSI、GCIよりも下位に位置づけられている。

AIガバナンスにおける中国との協力可能性

中国政府が発表したGAIは、文書としては短く深みもない。ただし中国語と併記して英語表記で発表されたことには、迅速に国際社会にアピールする思惑があるだろう。GAIの冒頭では、AI技術の急速な発展は「経済・社会の発展や人類文明の進歩に大きな影響を及ぼし、世界に莫大なチャンスをもたらす」と同時に、「予見し難いリスクと複雑な課題ももたらす」と、AI開発のチャンスとリスクを指摘する。その上で「対話と協力を通じてコンセンサスを形成し、オープンで公正かつ効果的なメカニズムを構築」することを訴える。また「他国にAI製品やサービスを提供する際には、その国の主権を尊重し、法律を厳守し、法的管轄を受け入れるべきである。AI技術の優勢を利用して世論を操作し、虚偽の情報を流布し、他国の内政、社会制度、社会秩序に干渉し、他国の主権を害することに反対する」との文言があるように、これを内政干渉と関連づける解釈が示される。結論部には「途上国のAIグローバル・ガバナンスにおける代表制と発言権を強化する」という表現もあり、発展途上国の立場からこの提案を行ったことは明らかである。
習政権はAI技術を重視し、国内での振興策を促進すると共に国際的なルール作りに積極的に乗り出した。そしてGAI発出において「一帯一路」フォーラムという開発協力の会合を舞台とし、技術的な弱者である途上国の立場から発信をしたという点に着目すべきである。これは中国が、先進技術を有する国でありながら先進国と一線を画す立場に利益を見出していることの表れであり、発展途上国の立場を維持することにより国際社会で有利な立場に立とうとしている事を意味する。いわば西側諸国と中国の差別化であり、筆者が過去の地経学ブリーフィング(「 激化する国際社会における「正しさ」をめぐる争い - 〝発信力〟を高める中国にどう対峙するか」)で指摘した国際的「ディスコースパワー」の競争ともリンクする戦略である。
習政権はおそらくAIに関するルール構築のプロセス自体を競争と位置づけている。国内のAI規制は内政不干渉を盾に維持し、途上国の支持を取り付ける働きかけも織り込んでいくだろう。他方で、関係国は中国を国際的な枠組みに巻き込む必要があるうえ、実際に、例えばAIが生成した画像や音声の「ディープフェイク」を判別するウォーターマーク(電子透かし)を義務付けるなどのルールの共有は可能かもしれない。11月15日に予定される習近平国家主席とバイデン大統領による首脳会談にて、AIについて何らかの議論が進むことを期待したい。
(Photo Credit: AFP/ Aflo)
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地経学ブリーフィング

コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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江藤 名保子 上席研究員/中国グループ・グループ長
学習院大学法学部教授。専門は現代中国政治、日中関係、東アジア国際情勢。スタンフォード大学国際政治研究科修士課程および慶應義塾大学法学研究科後期博士課程修了。博士(法学)。人間文化研究機構地域研究推進センター研究員、日本貿易振興機構アジア経済研究所副主任研究員、シンガポール国立大学東アジア研究所客員研究員、北京大学国際関係学院客員研究員などを経て現職。 [兼職] 学習院大学法学部政治学科教授
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研究者プロフィール
江藤 名保子

上席研究員,
中国グループ・グループ長

学習院大学法学部教授。専門は現代中国政治、日中関係、東アジア国際情勢。スタンフォード大学国際政治研究科修士課程および慶應義塾大学法学研究科後期博士課程修了。博士(法学)。人間文化研究機構地域研究推進センター研究員、日本貿易振興機構アジア経済研究所副主任研究員、シンガポール国立大学東アジア研究所客員研究員、北京大学国際関係学院客員研究員などを経て現職。 [兼職] 学習院大学法学部政治学科教授

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