経済安全保障協力の深化に向け、日本が直面する米国とのずれ

日本はこの数年、国家安全保障局内での経済班の設置、経済安全保障担当大臣の設置、経済安全保障推進法の施行など、経済安全保障分野で世界に先行する取り組みを進めるとともに、国際的な協力体制の構築に向けてイニシアティブを取ってきた。

特に昨年は、5月のG7広島サミットで初となる経済安全保障に関する首脳声明を取りまとめ、8月のキャンプ・デービッドでの日米韓首脳会談では経済安全保障対話を設立するなど、多くの成果を残す一年となった。さらに、経済産業省が10月に公表した「経済安全保障に係る産業・技術基盤強化 アクションプラン」にて、産業支援(Promotion)、産業防衛(Protection)とともに、改めて国際枠組みの構築(Partnership)の重要性を改めて強調した。政治的な要請も強く、11月には自民党が、同志国と経済安保分野の協議を行う「経済安保対話」の創設を提言している。

こうしたミニラテラル、マルチラテラルな経済安全保障連携で要となってきたのが、日米二国間における経済安全保障協力だ。
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前進する日米経済安全保障協力?

日本がここ数年で最も経済安全保障協力関係を深めた国の一つが、米国だ。日米経済政策協議委員会(経済版「2+2」)や日米商務・産業パートナーシップ(JUCIP)といった二国間の枠組みに加え、インド太平洋経済枠組み(IPEF)や日米豪印(QUAD)首脳会談などのミニラテラルの枠組みも、日米経済安全保障協力の推進の場として存在している。また、民間も巻き込んだ先端半導体分野での技術協力も着実に進んでいる。

一見、前進する日米経済安全保障協力だが、二国間の経済安全保障上の利益は必ずしも一致しているわけではない。対中政策、経済構造、競争力の所在、そして何より自由貿易への姿勢や拡大する安全保障概念などの経済安全保障を構成する要素一つ一つのずれが、両国の経済安全保障政策の相違として現れ始めている。今後、国際的な経済安全保障協力を深化させていくためには、まずは日米間での「経済安全保障」のずれを直視する必要があろう。

 

先端半導体製造装置の輸出規制で露呈した、日米の経済安全保障のずれ

日米間で経済安全保障上の利益のずれが露呈した最たる例が、米国による中国向け先端半導体や製造装置、技術に関わる包括的な輸出規制措置と、それを受けた日本の輸出規制措置だ。

2022年10月、米商務省は、先端半導体や製造装置、技術に関する対中輸出に加え、米国人の中国での半導体の開発や生産への関与を許可制とし、事実上、先端半導体製造に必要なモノ、ヒトを包括的に輸出禁止とした。また、第三国の企業についても、米国の技術を使用していれば対中輸出を認めないことを定めた。

米政府からの要請を受けた日本政府は、翌2023年7月に、新たに23品目を輸出管理の規制対象に加えた。具体的には、包括許可対象国を除く国や地域向けの、成膜や露光装置など先端半導体の製造に必要な6種23品目の輸出について、政府の個別許可が必要となった。この日本政府の対応は、米政府に同調・追随するものと指摘する報道もなされた。

この点、日米二国間で先端半導体製造の輸出規制という方向性は一致しているものの、規制の実態は大きく異なっている。例えば、日本の2023年7月の輸出規制強化は、中国を念頭に置いているものの特定国に規制を限定するものではない。規制の内容も、日本の措置は外国企業や人材に関する規制は含まれないといった点で、米国の措置とは異なっている。また、日本の対象品目には、非先端半導体製造にも用いられる装置も含まれており、運用の裁量が広いものとなっている。

 

日米間であっても難しい、経済安全保障協力

そもそも、経済安全保障分野における協力は、本質的に容易ではない。経済安全保障のための輸出規制が機能するためには、供給国間の連携が必須である一方で、輸出規制は自国企業の市場シェアを低下させることに直接繋がるからだ。国ごとにエクスポージャーや自国企業の強みが異なる以上、同じ規制がもたらす損失や意味合いには違いがあり、経済合理性を完全に擦り合わせることは、日米間であっても至難の業だ。

包括的な半導体製造装置関連輸出規制は、米国にとっての経済合理性が相対的に高い(対中半導体製造装置売上額は相対的に小さい)一方で、日本にとっての経済合理性は相対的に低い。日本の半導体製造装置輸出のうち、対中輸出は約4割程度を占め、包括的な半導体製造装置関連輸出規制は、経済合理性の低い措置と言える。

従って、一見、米国からの要請を受けての同調・追随と見られた今回の日本の措置は、自国の利益を考慮し、日本にとっての経済合理性が低くなることを回避できるよう設計された独自の措置である。基本的な安全保障上の利益が一致している日米間でさえ、いかに経済安全保障協力が一筋縄ではいかないかを物語っていよう。

 

自由貿易への立場と安全保障概念の拡大という、それぞれの経済安全保障政策の背景

今回の日米の対中輸出規制の違いをより深く理解するためには、経済安全保障協力の擦り合わせのそもそもの難しさに加え、さらに二つの点を考慮する必要がある。

一つ目は、自由貿易に対する立場の違いだ。米国は、自由貿易こそが米国経済が中国依存を高めた原因であり、従来の自由貿易体制を過去のものとし、新しい貿易秩序を志向している。一方、日本は、自由貿易体制に立脚したうえで、その枠内で、安全保障上の利益のため米国と足並みを揃えるために、今回の措置を講じた。出発点の異なる両国が、同じ方向に動いた結果であり、日米間の措置の違いは必然的な違いと解釈できる。

二つ目は、安全保障概念のずれに起因する輸出規制の目的の違いだ。米政府は2022年10月の規制について、軍事用途の先端導体の購入・製造を制限することとしており、日本政府も「軍事転用の防止」を目的とした省令改正をしている。表面上、足並みは揃っているが、米国の同規制は、軍事転用の防止というワッセナー・アレンジメントを補完する目的を超え、中国の半導体産業の成長を遅れさせる意味合いが強いものである。米国の「デリスキング(de-risking)」や「スモール・ヤード、ハイ・フェンス(small yard, high fence)」という言葉に見られる、中国との選択的競争とは裏腹に、民主主義対権威主義の「体制間競争」という包括的な競争が、半導体政策にも見られ始めている。一方で、日本の措置は、運用に依拠する部分はあるものの、中国の産業の成長自体を遅れさせることは意図していない。根本的な安全保障上の利益は一致する日米だが、安全保障概念拡大の範囲とペースについては、必ずしも一致しているわけではない。

つまり、今回の日米両国の一連の輸出規制措置は、そもそも経済安全保障政策における経済合理性の擦り合わせが難しい中で、自由貿易体制や拡大する安全保障概念に関し立場がずれ始めている日米が、異なる立場ながら連携しようとする意思を示した一方で、その限界も露呈する事案であったと言える。

 

米国の単独行動を想定しつつ、日本は幅広い国や地域とも連携を

2024年は、米国大統領選挙が控える。選挙に向け、バイデン政権の対中姿勢が軟化することは想定しづらく、より一層保護主義的特色の強い産業政策が、経済安全保障の名の下に展開されることが予想される。現に、同盟国との協調を重視するとされている現政権下ですら、単独で対中規制の網を広げる一方だ。2023年8月には、半導体やAI、量子技術等の先端分野の対中直接投資を制限し、2023年10月には、2022年10月の対中先端半導体関連輸出規制を改定し、規制対象を拡大するとともに第三国経由の迂回を防ぐ措置を講じた。また、2023年12月には、米商務省は中国からのレガシーチップ調達を調査すると発表し、ジーナ・レモンド商務長官は関税の引き上げが選択肢であると発言した。

民主党政権が継続したとしても、共和党政権となれば尚更、既にずれのある日米間の「経済安全保障」が一層乖離していくことが予想される。安全保障上の要である米国との関係か、自由貿易体制の維持・強化か、日本にとって難しい選択を迫られる局面は増えるだろう。

このような状況下において、日本の最大の課題は、自由貿易体制に立脚し、その例外となる経済安全保障の輪郭を、米国のみならずその他の国や地域と連携しながら、描いていくことである。日米間の経済安全保障協力において、経済合理性の違いのみならず、自由貿易への立場と安全保障概念の拡大という違いを踏まえ、経済安全保障政策上、米国と協力できるラインを冷静に見極めつつ、時には米国に歯止めをかける役割を担うことも必要だろう。各国が選挙を迎え不安定な一年にある中で、経済安全保障協力の深化に向けて、日本に求められる役割は大きい。

(Photo Credit: AFP / Aflo)

地経学ブリーフィング

地経学ブリーフィング

コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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富樫 真理子 客員研究員
2024年1月より現職。大学卒業後、ドイツ証券、メリルリンチ日本証券(現BofA証券)にて株式アナリストとして日本の機械セクターの分析業務に従事した後、米大学院留学。在学中、同大学ライシャワー東アジア研究所リサーチ・アシスタント(ケント・カルダー教授の研究助手)、米戦略国際問題研究所(CSIS)経済部インターンとして、日米中の経済安全保障分野の研究活動に従事。大学院修了後、松本佐俣フェローに就任。英国際問題戦略研究所(IISS)にて二年間、同フェロー/日本の安全保障政策担当リサーチフェローとして、日本の経済安全保障分野の分析・発信業務に従事。 2013年慶應義塾大学法学部法律学科卒、2021年ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院修了。
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富樫 真理子

客員研究員

2024年1月より現職。大学卒業後、ドイツ証券、メリルリンチ日本証券(現BofA証券)にて株式アナリストとして日本の機械セクターの分析業務に従事した後、米大学院留学。在学中、同大学ライシャワー東アジア研究所リサーチ・アシスタント(ケント・カルダー教授の研究助手)、米戦略国際問題研究所(CSIS)経済部インターンとして、日米中の経済安全保障分野の研究活動に従事。大学院修了後、松本佐俣フェローに就任。英国際問題戦略研究所(IISS)にて二年間、同フェロー/日本の安全保障政策担当リサーチフェローとして、日本の経済安全保障分野の分析・発信業務に従事。 2013年慶應義塾大学法学部法律学科卒、2021年ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院修了。

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