米国が進める新たな投資規制に日本はどう対応すべきか

【連載第2回目:経済安全保障概念の再検討】

近年、経済安全保障における投資規制強化は、対内投資強化の議論を中心に行なわれてきた。特に米国で2018年8月に成立した「外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」によるCFIUS強化の最終規則(2020年1月公表)は、その後の日本の対内投資規制強化への動きに大きな影響を与えた。一方、対外投資規制についても米国では2023年8月にバイデン大統領が対外投資規制の大統領令に署名し、安全保障上脅威のある分野に限定して厳しい規制措置をとるといういわゆる「Small Yard High Fence(小さな庭に高い柵を立てる)」の考えの下、米財務省を中心に官民対話を進めながら規則案の策定を進めている。このような中で、日本としても官民対話を通じた対外投資規制の必要性やあり方の議論に加えて、特に米国の規則案で影響を受ける可能性のある日本企業は規則が固まる前に積極的に意見を述べていく必要がある。以下これを論じていきたい。
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米国の対内投資規制

米国では、安全保障に脅威を与える可能性のある対内投資規制は「対米外国投資委員会(CFIUS)」と呼ばれる財務長官を議長とする省庁横断組織によって長年審査されてきた。近年、米国では台頭する中国を戦略的競争相手と見做す中、2015年から2016年にかけて中国から米国への投資額が急増し、加えて軍民両用のデュアルユース技術の重要性が高まる中で、CFIUS規則がアップデートされていないことが問題視されていた。そこで米連邦議会では2017年から2018年にかけて対米投資規制を改革する為の「外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」の法案審議を行ない、上下両院での可決を経て、2018年8月にトランプ大統領(当時)が署名することで法案が成立した。その後FIRRMAに基づき、2020年1月に米財務省がCFIUS強化の為の最終規則を公表した(2020年2月施行)。最終規則では、主に「重要技術」、「重要インフラ」、「機微な個人データ」を持つ米国企業の買収などの審査が強化された。

バイデン政権下でもこの流れは引き継がれ、2022年9月にバイデン大統領は大統領令にてCFIUS審査で特に重視する項目を示した。例えば「重要技術」ではマイクロエレクトロニクス、人工知能(AI)、バイオテクノロジーとバイオ製造、量子コンピューティング、先進クリーンエネルギーなどの審査を重視するとした。

このような中で、現在日本製鉄のUSスチール買収発表に対して、米連邦議会の一部の議員などからCFIUS審査を通じてバイデン政権に買収差し止めの判断を求める声がある。米国大統領選挙および連邦議会選挙を11月に控える中、トランプ前大統領も買収阻止の姿勢を示しており政治問題化している。本件については安全保障上の脅威と雇用の問題を分けた上で、政治に左右されることなく、純粋に安全保障上の観点から‘Small Yard High Fence’の考えの下で、判断がなされるべきであろう。

米国の対外投資規制

2023年8月9日にバイデン大統領は、中国を対象とした対外投資規制の大統領令に署名した。「半導体・マイクロエレクトロニクス」、「量子情報技術」、「人工知能(AI)」の3つの技術領域を対象に、規制対象となる取引には届出を義務付け、更に深刻な脅威がある場合は取引を禁止する案である。同日バイデン政権高官は、メディアへの説明の中で、「我々が防ごうとしているのは、中国全体への資金流入ではない。なぜなら中国には十分な資金があるからだ。中国にないのはノウハウだ」と述べ、‘Small Yard High Fence’の考えの下で、従来の輸出管理ではカバーできない先端技術等の流出を防ぐ意図を強調した。
規制の背景を理解するには、バイデン政権に幹部人材を輩出しているジョージタウン大学の安全保障・新興技術センター(CSET)が2023年2月にまとめた報告書「中国のAI企業に対する米国の対外投資(US Outbound Investment to Chinese AI Companies)」が参考になる。同報告書によると、米国の主要な大手半導体企業が所有するベンチャーキャピタル(VC)などが中国のAI産業に対して、投資以外にも様々な支援を行なってきた事例が載っている。そしてこれら米VCの投資先企業の中に、その後、商務省の輸出禁止対象リストである「エンティティリスト(Entity List)」に掲載された企業があることも述べられている。今回の規制ではこうした事例などに対して包括的に規制の網をかけていくと見られる。
大統領令を受けて米財務省は8月14日に、規則案策定にあたり、基本的な考えを83の質問とともに示す形で意見公募を官報上で公表した。官報では‘Small Yard High Fence’の考えのもと、上記3つの技術領域のうち、特定技術を取引禁止、それ以外を届出制とする案を示している。例えば「半導体・マイクロエレクトロニクス」では、「先端集積回路」や「スーパーコンピューター」のうち、特定の技術や条件に該当するものを取引禁止、それ以外の「集積回路の設計・製造・パッケージング」を届出制とする案を検討していることを明かしている。米財務省は届出制を設ける理由として、対外投資の実態を把握し将来の政策に役立てるためとしている。
意見公募では、9月28日の締切日までに、米国を中心に業界団体などから61の意見書が提出されたが(日本からの意見書はなし)、その多くは、規制は限定的に行ない既存ビジネスに影響が出ないように米財務省に求めるものであった。例えば米商工会議所や米半導体工業会などは規制対象を明確にして絞り込む必要があること、加えて米国企業だけが不利益を被ることがないよう国際協調を行なう必要性などについて述べた。米財務省の83の質問に対して、投資や技術に関する専門的な視点から詳細かつ具体的に回答している意見書も多く、米財務省が意見を集約し、規則案を策定することに時間を要しており、対外投資規制の規則を策定する難しさを感じさせる。
一方で、米連邦議会でも2022年5月に下院で「2023年度・国家重要能力防衛法案」が提出され、その規制対象は前述の大統領令よりも広範囲な規制であったが、連邦議員間でその規制範囲や方法論に意見の相違があり可決に至っていない。そのため今後、米財務省が策定する規則案が米連邦議会での議論にも影響を与えるものと考えられる。更に、日本を含めた同志国にも影響を与える規則案となる可能性が高い。

日本の対内投資規制と対外投資規制

日本の対内投資規制については、2019年11月に「外国為替及び外国貿易法(外為法)」の改正が国会で可決され、成立した。それまで外国投資家による「10%以上」の出資を事前届出の対象としていたがこれを「1%以上」に下げるとともに、役員選任の提案や事業譲渡の内容なども事前届出の対象とした。一方で、外国投資家が経営に関与しないことや、非公開の技術情報にアクセスしないことなど、一定の条件をもとに事前届出の免除制度も設けられた。この免除制度は、外国企業が株式等の取得時に自身が免除基準に該当するかどうかを自主判断するもので、免除基準に該当すると判断した場合、事後の報告で足りるとする制度である。
このように日本政府は改正外為法において規制対象を大幅に拡大する一方で免除基準も広範に設けたことから、今後、対象となる外国投資家が法律を順守しているかどうかを監督する、モニタリング力が問われることとなる。日本政府は2022年末の対日直接投資残高46.2兆円を2030年までに100兆円に増やすことを目指す中、免除制度を使った外国投資家が「経営に関与していない」ことや「非公開の技術情報に接していない」ことをモニタリングする為に十分な専門人材が確保されているかなど、絶えず検証していく必要がある。
一方、日本の対外投資規制への動きであるが、2023年5月のG7広島サミットの「経済的強靭性および経済安全保障に関するG7首脳声明」において、「対外投資リスクに対処するための適切な措置が重要となり得る」と明記されたにもかかわらず、現時点、日本において対外投資規制が表立って議論された形跡は見られていない。EUにおいても2024年1月に欧州委員会が経済安全保障の政策パッケージ案を公開し対外投資規制の検討を進める方針を示しているが、欧州委員会は、制度設計に必要なデータがないことなどを理由に慎重な姿勢を示しており、加盟国に対して1年間のモニタリング実施を求め、更に意見公募などを経て、2025年秋に評価結果を出すとしている。このように対外投資規制に関しては、その複雑性や経済的な影響の大きさに比べて、G7においても規制のためのデータがまだ十分ではなく、議論も尽したとは言えない状況にある。日本政府もまずは対外投資の実態を把握するため、日本の産業界と対話をしながらデータを収集していくことが必要であろう。
その上で、日本としての対外投資規制の必要性やあり方の議論に加えて、今後、米財務省が公表する規則案に対して積極的に意見を述べていく必要がある。日系米国法人を含む日本企業への影響も大きく、具体的な規則が決定してから意見を述べても遅いことは言うまでもない。影響を受ける可能性のある日本企業は早めに備えることが必要である。
経済安全保障100社アンケート

地経学ブリーフィング

コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

出典:Aflo
山田 哲司 主任客員研究員
2022年10月より現職。その前は日本企業に長年勤務(1996年入社)。直近では2018年から2022年6月にかけて、ワシントンDC駐在員として政策渉外チームの立ち上げに従事。産業界の立場から米業界団体や米シンクタンクなどともに、米政府(トランプ政権、バイデン政権)や議会向けに各種の政策提言を実施。 2018年以前は各国政府向けの社会インフラ事業に従事。新興国向け事業にも長年携わり、国際開発金融機関、援助機関などとも協働。 マサチューセッツ工科大学・スローン経営大学院修了(MBA)。 タフツ大学フレッチャー法外交大学院留学。
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山田 哲司

主任客員研究員

2022年10月より現職。その前は日本企業に長年勤務(1996年入社)。直近では2018年から2022年6月にかけて、ワシントンDC駐在員として政策渉外チームの立ち上げに従事。産業界の立場から米業界団体や米シンクタンクなどともに、米政府(トランプ政権、バイデン政権)や議会向けに各種の政策提言を実施。 2018年以前は各国政府向けの社会インフラ事業に従事。新興国向け事業にも長年携わり、国際開発金融機関、援助機関などとも協働。 マサチューセッツ工科大学・スローン経営大学院修了(MBA)。 タフツ大学フレッチャー法外交大学院留学。

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