リスクを軽減し、福祉を断念? ―経済安全保障概念の変化がグローバル秩序にもたらす意味―

【連載第4回:経済安全保障概念の再検討】

重要な物資や技術の供給を守り、経済的威圧を阻止し、世界経済の混乱に対する強靭性を構築するという経済安全保障の考え方は、米国の外交・経済政策においてますます中心的なものとなりつつある。他の多くの国々と同様、米国の意思決定者も、世界最大の経済大国であり、製造、金融、技術革新などにおける重要な拠点としての役割を反映する形で、新型コロナによるパンデミックや、経済規模をテコに譲歩を引き出そうとする中国の姿勢などの課題に対応している。しかし、経済安全保障が注目されるようになったとはいえ、米国にとって経済安全保障は新しい問題ではない。
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かつては相互依存が安全保障を意味していた

リベラルなルールに基づく秩序が、経済的相互依存が高まったために多くの脆弱性を生み出しているのではないか、という現在の議論で見逃されているのは、もともとこの秩序が安全保障戦略として設計されたものだったという事実である。第一次世界大戦と世界恐慌後の経済ナショナリズムは、ヨーロッパ全土の共産主義やファシストの動きを直接的に助長するという信念があった。この時代における経済安全保障の意味は相互依存であり、各国の経済的利益を調和させることで、経済的な協調が安全保障問題での協調につながることを意味していた。フランクリン・デラノ・ルーズベルト政権の国務長官であるコーデル・ハルは、早くも1938年にこの点を指摘し、次のように述べた。「公正な取引と万人に対する平等な待遇に基づく国際貿易の拡大なしには、国内でも国家間でも安定と安全はありえない。私は、国家が世界各国との秩序ある貿易関係から撤退することが、戦争の準備や他国に対する挑発的な態度につながることがあまりにも多いことを知っている」。

第二次世界大戦後、貿易政策がもはや商業的関心だけでなく、より大きな外交政策目標に資するツールとなった時代が始まった。互恵主義、経済障壁の撤廃、経済的相互依存の原則は、国際平和の基礎的要素であるとみなされ、関税貿易一般協定(GATT、後の世界貿易機関)や国際通貨基金(IMF)の形で制度化された。これらの基本原則は後に、モノと資本の自由な移動を求める「ワシントン・コンセンサス」に反映された。政府は民間部門と市場に従った政策を行い、技術革新によって財と金融はかつてないほど迅速かつ手頃な価格で移動できるようになった。冷戦が終わった際、米国の意思決定者の間でも、旧ソ連圏でも、経済自由化が「平和を勝ち取る」ための最善の方法と見なされた。

今や相互依存は脆弱性となった

国内的には、冷戦の終結とそれに伴う共産主義の脅威の喪失により、開放貿易に対する外交政策的な根拠は薄れていった。相互依存はルールに基づく自由主義秩序を強固にし、その秩序を制度化する方法のひとつであったが、以下の三つの理由から、米国はそのアプローチを再調整するようになった。一つは、相互依存のリスクに対する認識の高まり、二つ目に習近平政権下で中国経済の安全保障化が進んだこと、そして三つ目に国内の政治情勢が再編され、党派性が強まったことで、米国政権が利用できる数少ない政策手段として経済的強制が残ったことである。その結果、経済安全保障の概念は、利害の調和を中心とするものから国家安全保障を優先するものへと進化した。

第二次世界大戦後の現実的な最大の変化は、相互依存が実現したことであり、その結果、経済的な結びつきが経済的強制やサプライチェーンの途絶による経済的ショックの基盤となりうることが明らかになった。この関係については、ジェイク・サリバン米国家安全保障顧問が2023年4月、バイデン政権の国際経済戦略に関する演説の中で、「数十年にわたる自由化の過程で蓄積された経済的依存関係を無視することは、実に危険なものとなっていた……こうした依存関係は、経済的あるいは地政学的な影響力のために悪用される可能性があった」と明確に言及している。この視点から明らかになるのは、相互依存の課題が、新型コロナのパンデミック後のサプライチェーンの途絶や中国からの経済的威圧といった個別の問題よりも、いかに大きなものであるかということである。

こうした懸念の中で中国が頻繁に言及されるのは偶然ではない。中国という国は、自由貿易体制が成功するかどうかを賭ける最大の存在だったのかもしれない。実際、中国もそのように考えていると語っている。旧共産圏全域で経済自由化が進展しているように見えたことで、世界最大の国に自由貿易を拡大することは理にかなっていたし、中国の指導部は熱心に自由化を進めた。中国に自由貿易の将来をかけたのは間違いだ、とまでは言わないが、自由貿易に期待しすぎたことは確かであり、結果は望んだものではなかった。中国のせいで自由貿易に対する国民の信頼が損なわれ、中国は自由主義的というよりはむしろ権威主義的な方向に向かっている。中国自身は、2019年に初めて採用され、現在は現行の5カ年計画の一部となっている「発展と安全保障の統合」を通じて、経済と安全保障を結びつけることに早くから取り組んできた。中国が経済と安全保障の結びつきを維持する限り、ワシントンにも同じことを主張する大勢が存在するだろう。

最後に、経済安全保障に焦点が当てられる理由として、はっきり言い切ることはできないが、もしかしたら最も重大かもしれないのは、米国の政治状況である。新たな貿易自由化協定は民主党にとって政治的にリスクが高すぎるため、ほとんど議論の対象にすらならないが、トランプがそのような協定を重視する場合は民主党も関心を持つ。貿易に依存する選挙区の民主党議員が、トランプ大統領が支持する協定をサポートすることは考えられるが、共和党がどのような状況でもバイデン政権や民主党大統領に政策的勝利を与えるかどうかは大いに疑問である。多国間レベルでは、世界貿易機関(WTO)は停滞しており、米国の新たなイニシアチブだけで多国間貿易体制に新たな息吹が吹き込まれると考える理由はほとんどない(その一方で、米国はいまだにWTOの上級委員の充足に協力しない)。

二国間協定の可能性は低く、少数国による協定は実現不可能で、多国間協定は非現実的であるため、経済安全保障は米政権が国際経済政策をとるための唯一の方法のひとつである。輸出規制からCFIUS審査、投資審査など、この分野における大統領の権限は、議会からの承認を必要としないため、行政府は好きなように行動できる。議会にとっても、経済安全保障の問題について発言することはできるが、法案の作成や投票に伴う現実的なリスクは回避できるため、行政府に広い権限があるのは良い状況である。言い換えれば、経済安全保障は基本的に、分断されたワシントンDCが行動できる唯一の分野である。したがって、経済政策への注目は、この分野での政策強化の必要性を真正面から反映したものであるだけでなく、それ以外には何もできないという事実を反映したものでもある。

相互依存に居場所はあるのか?

今後の課題は、経済安全保障と、開放性を前提に設計された政策体系を両立させることである。第二次世界大戦後の経済秩序については、注目に値する多くの重要な批判があるが、それでもなお世界史上最大の貧困削減を主導し、何十億もの人々の福祉向上に貢献してきた。相互依存のリスクが認識され、それを軽減する努力は不可欠だが、相互依存がもたらす利益を拡大できるのかどうかを問うことも重要なことである。確かに、経済安全保障の領域における米国の政策はより賢く洗練されたものであり、関連省庁にはこれらの問題をよく理解する専門家が配置されている。また、この領域における米国の活動が拡大し続ける中で、経験から学習し、改善しており、米国の政策の効率を良くしているように思われる。

同時に、経済的威圧と言う手段に過度に依存し、威圧する対象が米国の発するシグナルを理解することを期待することは、大きなリスクを伴う賭けである。こうした問題に対する米国のアプローチは、日本やASEAN、その他のインド太平洋地域のパートナーのやり方とは異なる。彼らは、グローバルな市場統合による経済的利益を維持しつつ、混乱から自国を守るというバランスを追求しようとしている。安全保障と成長のバランスを保とうとしながら、冷戦時代のデカプリングのような手法を使うことは、どちらも達成できない危険性をはらんでいる。バイデン政権が対中投資を制限し、北京への先端技術売却を制限するために依拠したこの行政的手法は、米国のパワーに対する主要な挑戦者について国際的・国内的コンセンサスがより強固であり、グローバル・ガバナンスにおける民間部門の役割が今日よりもはるかに少なかった時代のために設計されたものである。フレッチャースクールのダン・ドレズナーは、政権高官と話す際に「『我々は皆、リアルタイムでこの問題を解決しようとしている』『我々は飛行機を飛ばしながら飛行機を造っている』というようなフレーズがあふれている」と書いている。

例えば、(米国に限らず)政府はサプライチェーンがどのように機能し、どのように構築されているのかほとんど知らない。欧州連合の新しいサプライチェーン法は、サプライチェーンに何が入ってくるのかをよりよく理解することを企業に義務付けるのに役立っているし、CHIPS法、インフレ削減法などの米国の法律は、企業がサプライヤーをより安全な方法で変更するインセンティブを提供するのに役立っている。しかし、結局のところ、サプライチェーンは民間の優先事項によって動かされる民間の戦略であり、政府の優先事項とは必ずしも同じではない。同じ意味で、友好的な経済圏にサプライヤーを移転させることでサプライチェーンに強靭性を持たせる戦略である「フレンドショアリング」だが、企業が事業を移転したり、対象国がビジネス環境を改善したりするためのさらなるインセンティブを提供するのに役立つような自由貿易協定が不十分であるため、その戦略を実行することが難しくなっている。

この点で、米国の経済安全保障戦略は、経済的福祉を確保することでグローバルな安全保障を構築し、各国にそれを支持する実質的なインセンティブを与えるという、ルールに基づく秩序の背景にある考え方とは相反するものである。米国の経済規模、技術革新のリーダーとしての役割、国際金融のハブとしての地位は、今後も経済安全保障のルールを形成する上で決定的な存在であり続けるだろう。米国の意思決定者が相互依存のリスクを軽減したいのであれば、相互依存のメリットを維持する方法についても考える必要がある。

(Photo Credit: Reuters / Aflo)

地経学ブリーフィング

地経学ブリーフィング

コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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ポール・ネドー 客員研究員
テンプル大学ジャパンキャンパス客員助教授、Tokyo Review共同創業者・編集者、米国CSIS(戦略国際問題研究所)客員研究員。米国上院議員外交・貿易スタッフなどを経て現職。ジョージワシントン大学学士、タフツ大学フレッチャースクール修士、東京大学公共政策大学院博士。専門は、政治的党派性や国際貿易政策に関する国内政治と国際政治の交差。BBCニュース、ニューヨークタイムズ、日経アジアンレビュー、ジャパンタイムズなどへの寄稿も行っている。
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ポール・ネドー

客員研究員

テンプル大学ジャパンキャンパス客員助教授、Tokyo Review共同創業者・編集者、米国CSIS(戦略国際問題研究所)客員研究員。米国上院議員外交・貿易スタッフなどを経て現職。ジョージワシントン大学学士、タフツ大学フレッチャースクール修士、東京大学公共政策大学院博士。専門は、政治的党派性や国際貿易政策に関する国内政治と国際政治の交差。BBCニュース、ニューヨークタイムズ、日経アジアンレビュー、ジャパンタイムズなどへの寄稿も行っている。

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