バイデン政権の重要・新興技術政策と「国際協調」 ―政権交代は変化をもたらすのか―

米国の政権交代は重要・新興技術をめぐる国家間関係をいかにして変化させるのか。この問題設定は、今日の米国外交をめぐる諸課題が各政権の性質に由来するという前提に基づいている。実際、第一期トランプ政権が明示的に米国第一主義を掲げたのに比べれば、バイデン政権は国際協調路線を重視してきたというのが一般的な理解である。しかし、トランプ政権が完全に単独主義的であったわけではないし、逆にバイデン政権が非の打ちどころのない同志国間協調を展開していたわけでもない。これらの政権に共通の課題、ないし政策の継続性に焦点を当てる場合には、政権の性質だけでなく、それを取り巻く問題の構造に注目することも重要になってくる。

重要・新興技術をめぐる今日の大国間関係は、複数の競争・協調の入れ子構造として描写することができる。米中間では、AIや量子、半導体といった技術領域での競争が加速しているが、米国はこの問題に同志国間協調による研究開発や規制形成を通じて対応を進めている。しかし、米国とその他の同志国との間に生じる技術格差や規制をめぐる立場の相違は利益配分の問題にも反映され、同志国間協調は同時に同志国間競争の問題を内在することになる。本稿ではこのような観点からバイデン政権の政策を振り返り、政権交代が重要・新興技術をめぐる「国際協調」のあり方にいかなる影響を与えるのか(与えないのか)を考えてみたい。
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トランプ・バイデン政権間で引き継がれたもの

新興技術をめぐってトランプ、バイデン政権間で引き継がれた政策は数多くあるが、その背景には中国に対する米国の技術的優位が縮小してきたという両政権の共通認識がある。オバマ政権期に打ち出されたサードオフセット戦略は、AIや宇宙領域をはじめとして米国に優位性のある技術分野を梃子に中ロに対する戦略的優位性を維持することを打ち出すものであったが、トランプ政権期の対中技術戦略はむしろ中国の技術的キャッチアップを警戒した対称的な競争を意識したものへと舵が切られていった。

米中の技術競争が対称化したのは、米国の国内製造業やイノベーション基盤自体が縮小したことにも理由がある。2020年に発出された『重要・新興技術戦略』は、米国がすべての技術分野においてリードし続けることが不可能であることを認めたうえで技術の優先順位を明確にし、重要技術の涵養と保護を目指すものであった。ここで、トランプ政権の新興技術戦略も一応は同志国との協調を見据えたものとなっていたことは重要なポイントである。しかし、トランプ政権の外交が同志国との軋轢を数多く引き起こしたこともあり、協調が具体化していくのはバイデン政権に移行してからのこととなった。

協調の中の摩擦

バイデン政権が2022年に発出した『国家安全保障戦略』では、トランプ政権と異なる外交方針として国際協調的なアプローチが示され、実際にその多くが実行に移された。たとえば、AI、次世代通信、量子情報科学、半導体分野では国内的な投資強化による技術力の向上が試みられた。なかでも、AIや量子といった新興技術分野では、二国間協力協定の締結や、QUAD、米EU技術貿易評議会(TTC)、AUKUS、NATOといったさまざまな多国間枠組みを通じた連携に基づく研究開発・技術保護の取り組みが進められた。トランプ政権末期からの問題意識をバイデン政権が引き継ぐかたちで進められたリサーチインテグリティ/リサーチセキュリティの問題についても、米国は国内での政策形成と同時に、OECDやG7といった先進国間協調の枠組みにおけるアジェンダ設定に成功したことが見て取れる。

とはいえ、米国の国際協調的なアプローチは中国への圧力を高める一方、相対的にパワーで劣る同志国に損失を与える状況も生じた。半導体やEV、クリーンテクノロジーへの投資が中国のみならず同志国に対しても競争的な「産業政策」として作用し、各国の補助金競争を招くことにもなったのである。

同志国間摩擦をもたらしたのは意図か構造か

ここで考えるべき問題のひとつは、この同志国への悪影響が政権の性質に由来する、いわば意図的なものなのか、それとも構造的なものなのかという点である。意図的なものであれば次期政権の姿勢によって変わることもありうるが、構造的なものであれば政権にかかわらず、問題は発生し続けることになる。たとえば、インフレ抑制法をめぐる各国との摩擦は政権の意図によって緩和される余地があったのかもしれない。北米産のEVに限って補助金を支出するというルールは、国内調整の結果という側面はあるにせよ、行政府の決定次第で変更可能な内容を含むものであったと考えられよう。つまり、政治的な意図次第で補助金の適用範囲を拡大し、同志国の産業に対する悪影響を緩和するという筋道もあったはずである(もっとも、そのような決断に至らないのは分極化が進む「国内構造」が行政府と立法府の関係に反映された結果であるという見方もありうる)。

他方、CHIPS法のような特定産業の強化がもたらす同志国間の摩擦は、他国との相対的な能力差によって発生しうるという点で、国際構造に由来する側面が大きい。先端半導体をはじめとする戦略産業への投資は米国の生産能力を国内回帰させ、対中依存を緩和することを目指す重要な取り組みではあったが、それによって向上した戦略産業の競争力は同種の産業を重視する同志国に対しても作用するものであった。欧州は独自の半導体法を制定することで投資拡大を企図しているが、米欧の投資規模には不均衡が生じる。しかしだからといって、中国が同様に技術振興を加速させている状況においては、米国がこうした技術分野への投資を鈍化させることは直ちに競争に後れをとることにつながりかねず、政治的な選択の余地は相対的に小さい。

同志国間の力の差に由来するこのような問題は、国際的な規制協調の領域にも摩擦をもたらしうる。投資規制やリサーチセキュリティの強化をめぐる取り組みについても、同志国間の規制協調を進めることによって抜け穴をふさぐ必要があるが、同レベルの規制を実施した場合に被る損失をどこまで自国内でカバーできるかという点は米国とその他の国々で大きく異なってくる。

政権交代が変えるもの、変えないもの

このように、バイデン政権の重要・新興技術政策は確かにトランプ政権以上に同志国間協調的な側面を備えていたが、それは同時に、同志国間の力関係に由来する構造的な副作用を伴うものでもあった。日本をはじめとする多くの国にとっての問題は、政権交代によってこのような同志国間関係にいかなる変化がもたらされるのかという点であろう。

トランプ政権が発足すれば、大統領の意図によって負担や利益の分配問題は先鋭化するかもしれないし、政策の表現が同志国にとってより受け入れにくいかたちに変わることもありうる。だが、仮にハリスが次期大統領となり、バイデン政権の政策が引き継がれた場合でも、技術投資や産業政策によって同志国間に生じる問題が構造的なものであるならば、政権が変わっても解決は難しい。

かといって、米国が自身の科学技術に膨大な投資を行い、強い規制をかけること自体からは、多くの同志国が長期的な対中戦略上の恩恵を受け続けることになることも確かである。日本や欧州諸国はこのようなジレンマの中で、2025年以降も米国との協力を通じた対中競争のかじ取りと同時に、米国との競争の問題に頭を悩ませることになろう。

同志国は次期政権に対していかなる対応を取りうるのか

米中対立が新興技術の優位性をめぐる競争を軸として展開する限り、米国が自国の利益を実現するために同志国を巻き込まなければならない状況に変わりはなく、技術をめぐる国際協調路線は大きく変化しないかもしれない。しかし、米国を中心とするミニラテラルな技術協力枠組みの拡大は、米国を中心とする技術集約をもたらす一方、それは技術アクセスの非対称性を生む。つまり、米国は多くの同志国が持つ技術にアクセス可能だが、同志国側は限られた枠組みに基づいた技術アクセスしか持たないという状況が生じうる。それでも多くの同志国にとって、「強い米国」との技術協力は不可欠のものである。米国が対中競争で勝利することが多くの同志国にとって長期的には利益になるからこそ、こうした構造的に生じる短期的不利益を受け入れなければならない側面もあろう。

もっとも、日本をはじめとする同志国は、こうした協調の副作用を一方的に受け入れるばかりではない。米国の次期政権にかかわらず利害調整や信頼構築が不可欠であることは論をまたないが、重要・新興技術政策においてはこのほかにもいくつか検討すべき点がある。ひとつは、米国以外の同志国との間でさらなる技術連携を模索することによって技術アクセスの非対称性を緩和し、米国に対する構造的な力の差の問題に対処するための選択肢を増やすことである。もうひとつは日本が追求すべき科学技術分野を、懸念国のみならず同志国にとっての「不可欠性」という観点から定義し、同志国間連携による利益の最大化を目指すことである。新興技術をめぐる入れ子の競争構造において、こうした取り組みは先ずもって対中リスクを念頭に置いて展開されることになるが、それは場合によっては「対米リスク」を管理することにもつながるのである。

(Photo Credit: AFP/ Aflo)

地経学ブリーフィング

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コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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齊藤 孝祐 主任客員研究員
上智大学総合グローバル学部教授。専門は国際政治学、安全保障論。筑波大学大学院人文社会科学研究科国際政治経済学専攻修了、博士(国際政治経済学)。横浜国立大学研究推進機構特任准教授等を経て、現職。 [兼職] 上智大学総合グローバル学部教授
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齊藤 孝祐

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上智大学総合グローバル学部教授。専門は国際政治学、安全保障論。筑波大学大学院人文社会科学研究科国際政治経済学専攻修了、博士(国際政治経済学)。横浜国立大学研究推進機構特任准教授等を経て、現職。 [兼職] 上智大学総合グローバル学部教授

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