宇宙空間の安全保障をめぐる攻防-バイデン政権の取組みを振り返って

2024年2月、米下院の情報特別委員会のターナー議員は、米国への「深刻な国家安全保障上の脅威」に関する情報があるとの声明を発表した。報道によれば、その脅威とは、ロシアが核兵器を搭載する人工衛星を開発していることとされ、仮にそれが事実であれば、宇宙のみならず、地上のあらゆる活動も脅かされるとして、米国の安全保障コミュニティでは大きな注目を集めた。この事態に象徴されるように、宇宙空間を巡る安全保障環境は、今や大きな転換点を迎えつつある。

宇宙空間における活動でこれまで優越的な地位にあった米国においては、バイデン政権が宇宙空間の持続性の確保や国際協調を前面に出す宇宙政策を掲げてきたが、近年の米中対立の熾烈化やウクライナ戦争に起因するロシアと西側諸国との対立など、地上での新たな対立の構図が宇宙空間の安全保障にも大きな影響を与えている。

そこで本稿においては、バイデン政権が宇宙空間をめぐる安全保障環境の変化にどのように対応したのを振り返ることで、今後の米国の宇宙安全保障にかかわる取組みの展望を考えたい。

なお、ここでは「宇宙空間」とは主に人工衛星が運用されている地球周回軌道を指し、また「宇宙空間の持続性」とは、人類が宇宙空間を継続的に利用できる環境が維持されていることを指す。
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バイデン政権の多面的アプローチ

2000年代以降、中国やロシアなどの一部の国は、宇宙システムを攻撃するための様々な種類の兵器の開発を進めてきた。この傾向は、米国と中国・ロシアとの地政学的な対立構造の高まりに伴い、近年一層顕著になってきている。特にロシアは、2021年11月に地球低軌道上の自国の衛星を地上発射型のミサイルで破壊する実験を行い、大量のデブリを発生させたほか、翌年2月のウクライナ侵攻直前には、米国ViaSat社の通信衛星システムへのサイバー攻撃を実施した(これによりウクライナ政府は通信能力を一部喪失した)。また中ロ両国の衛星は欧米各国の静止衛星への接近を繰り返し行っていると報じられている。

宇宙空間での脅威の高まりを受けて、米国政府は2018年の国家防衛戦略において、宇宙を「戦闘領域」と位置付けた。さらに翌年8月には戦力の運用を担う「統合軍」としての統合宇宙軍(U.S. Space Command)を、同年12月には戦力の整備を担う「軍種」としての宇宙軍(U.S. Space Force)を設置することで、宇宙空間の戦闘領域化に対応する体制整備が進められた。

2021年1月に誕生したバイデン政権は、トランプ時代の宇宙政策の多くを踏襲したが、それに加えて宇宙空間の持続性確保と国際協調をより強調するアプローチを採用した。例えば、国防総省は、デブリの発生抑制などをはじめとする宇宙空間の安全性を高めるための「宇宙における責任ある行動の5つの原則」を公表し、同省はこれに従うと宣言した。

また、2022年4月には、ハリス副大統領が直接上昇式対衛星兵器(DA-ASAT)の実験を米国は今後実施しないと宣言した。これは宇宙空間での責任ある行動への規範形成を意図したものであり、米国は、各国にも倣うように呼び掛けるとともに(日本も同年9月に賛同を表明)、同年の国連総会にて、全ての加盟国に同様の宣言を呼びかける決議案を提出した。同決議案は155か国の賛成を得て採択されている(反対は中国やロシアなどの9か国)。

多国間外交に加えて、バイデン政権はフランス、ドイツ、イタリア、シンガポール、フィリピンとの2国間の宇宙対話を立ち上げ、省庁横断的な政策対話を始めた(日本及びEUとは以前から実施)。また、2023年1月の日米外務・防衛閣僚会合「2+2」では、一定の場合には、宇宙領域にも日米安保条約第5条の適用がなされることが初めて確認された。

また、脅威により実効的に対応する措置も進められている。第一に、米宇宙軍は、少数の大型衛星を運用するシステムから、小型衛星を大量に運用する分散型アーキテクチャへの移行を図っており、宇宙システム全体としての攻撃への耐性を高めようとしている(拙稿「『衛星コンステレーション』がもたらす新たな価値」を参照)。第二に、同盟国との協力を強化し、その能力の活用を図っている。例えば、米軍の宇宙状況把握(SSA)のためのセンサが、日本の準天頂衛星(=日本版GPS)に搭載されて打ち上げられる準備がなされている。米国にとっては、自国の軍事ペイロードを外国の衛星に搭載し、外国のロケットで打ち上げるのは初めての試みとなる。

最後に、米国自身も攻撃的な能力、すなわち他国の宇宙システムを無力化する能力を開発していると考えられている。現在公表されているのは、地上配備型の対衛星ジャミング装置のみであるが、例えば統合宇宙軍は2027会計年度の優先事項リストを作成し、そのトップに“Space Fires”と呼ばれる能力-相手の宇宙システムを攻撃する能力であると報じられている-を置いたことを明らかにしている。ただし、現在の米宇宙軍のドクトリンでは、敵国の宇宙システムへの攻撃に際しても「責任ある対宇宙能力」を掲げ、デブリを発生させない方針が採用されている。

米国が直面する3つの課題

これまで見てきたように、宇宙空間での脅威の高まりに対して、バイデン政権は外交と軍事的対応を組み合わせたアプローチを用いてきた。しかし、宇宙空間を巡る安全保障環境はさらに大きな変化しようとしており、それに伴って米国はこれまで以上に困難な課題に直面している。

1つには、中国が宇宙活動能力、特に軍事宇宙能力を急速に向上させている点である。米国はこれまで自国の宇宙システムを防護することに注力してきたが、中国の軍事力全般が急速に高まっている状況において、同国が地上での軍事作戦の遂行にあたって、軍事宇宙システムを活用することを無視できなくなっている。すなわち、米国は、中国の軍事衛星を妨害・無力化する能力を開発・配備する必要性に迫られていると言えるが、(宇宙環境の保全のため)衛星の破壊を伴わずに、いかにそれを実行できるかという課題が生じている。

第二に、ウクライナ戦争で示されたように、各国の軍事面においても商業衛星画像や商業衛星通信サービスが大きな役割を果たしているが、その有用性ゆえに、これらの商業衛星が軍事目標とされてしまうリスクが高まっている。商業宇宙サービスは、米軍の運用を支えているのみならず、今や米国民の日々の生活に不可欠なインフラとなっており、敵国からの脅威に対して、これらをどこまで政府の責任として保護を図るべきなのかを整理する必要がある。

3点目として、ロシアの宇宙活動が縮小の一途をたどっており、能力が低下したロシアとどう向き合うかという問題がある。例えば、軌道上へのロケットの打上げ回数を見ると、2023年では米国107回、中国63回、ロシア19回となっており、米中が打上げ回数を毎年増やしているのに対して、ロシアは年々回数を減少させている。また、欧米とのビジネスを失ったことでのロシアの宇宙産業の衰退も著しいと指摘されている。宇宙活動への依存度が低下している(=失うものが少ない)ロシアにとっては、米国への対抗のため、宇宙空間の利用全体を脅かすような極端な手段での脅迫に頼る誘因が高まっている。ロシアが核兵器搭載型の衛星を開発しているという報道は、その真偽は不明とはいえ、このような文脈で考える必要があるだろう。

これらの課題は、いずれも地政学上の国家間のパワーバランスや新興技術の担い手の構造的な変化によって生じているものであり、米国が単独で対処することがますます困難になってきている。

今後の展望と日本の対応

これまでバイデン政権の宇宙にかかわる取組み及び課題を論じてきたが、米国内に目を転ずると、宇宙政策のとりまとめはホワイトハウスに設置されている国家宇宙会議であり、副大統領がその議長を務める。ハリス副大統領下での同会議は、会議自体の開催状況や大統領令の発出頻度などを見ると、必ずしも目立った活動を行ってはいなかった。その背景には、バイデン政権が前政権の宇宙政策の多くを踏襲していることや、ハリス副大統領自身の中での宇宙の位置づけなどが影響していると思われるが、これを成果不十分と捉えるのか、あるいは本稿でも述べたような取組みを地道に進めてきたと考えるかは、評価の分かれるところであろう。

いずれにせよ、次期政権の副大統領が国家宇宙会議を通じてどのようなリーダーシップを発揮し、米国の宇宙政策をどう方向付けるのかは、日本としても注目すべきポイントとであるとともに、改めて日米の政策のすり合わせが必要となる。

それでは、宇宙空間を巡る安全保障環境が大きく転換しつつある中で、日本はどのように対応すればよいのだろうか。日米の能力差や宇宙システムへの依存度の違いなどを鑑みれば、必ずしも日本は米国と同一の課題を抱えているわけではない。したがって、宇宙空間における脅威に対しては、日米協力の強化を念頭に置いた上で、日本はまずは基本的な対応に注力すべきであろう。例えば、①宇宙空間での意図的なデブリの発生や大量破壊兵器の配備を禁ずるなどの規範の維持・形成のための外交努力継続、②その規範の遵守を検証する手段として、日本の宇宙状況把握(SSA)能力の向上と日米SSA情報共有の強化、③商業宇宙サービスも含めた日米の宇宙システムへの攻撃が、どのような場合に日米安保条約第5条の発動要件を満たすのかの整理、などを挙げることができる。

その上で、さらに言えば、複雑さを増す地球上の国際政治の様相が宇宙にも反映される中で、宇宙空間における脅威や問題をそれ自体切り離されたものとして位置付けるのではなく、日本の安全保障政策全体の観点から捉えることで、個別の問題に対してとりうる選択肢の幅を広げていく必要があるだろう。

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出典:Reuters/Aflo

梅田 耕太 客員研究員
関西学院大学総合政策学部卒業、京都大学大学院法学研究科修了。 2010年に防衛省に入省し、主に海外の軍事動向調査に従事するとともに、軍備管理・軍縮にかかわる政策の省内とりまとめ担当等も経験。 2015年に防衛省を退職した後、宇宙業界にて、米国をはじめとする海外の宇宙政策及び技術開発動向の調査・分析や、それを基にした戦略立案を担う。また、駐在員としてワシントンDCでの勤務時には、米国の行政機関や民間企業等との関係構築を通じて日米宇宙協力の推進を担った経験もあり。
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梅田 耕太

客員研究員

関西学院大学総合政策学部卒業、京都大学大学院法学研究科修了。 2010年に防衛省に入省し、主に海外の軍事動向調査に従事するとともに、軍備管理・軍縮にかかわる政策の省内とりまとめ担当等も経験。 2015年に防衛省を退職した後、宇宙業界にて、米国をはじめとする海外の宇宙政策及び技術開発動向の調査・分析や、それを基にした戦略立案を担う。また、駐在員としてワシントンDCでの勤務時には、米国の行政機関や民間企業等との関係構築を通じて日米宇宙協力の推進を担った経験もあり。

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