第二次トランプ政権とビッグテックの共存は可能か?

トランプ政策とビッグテック
第二次トランプ政権では相互関税の世界経済への影響が想定される。相互関税は米国消費者へのコスト転嫁により物価高を招くと考えられるが、政権は製造業の生産拠点を米国内に戻すという狙いから相互関税を推し進めている。米国企業であっても、材料や部品が米国内外を行き来するサプライチェーン(供給網)を持つメーカーは、コスト増につながるだろう。ビッグテックもデジタルサービスの収益は維持できるが、iPhoneのようなハードウェア事業を持つアップルと小売業であるアマゾンはコストの増加が想定される。
「米国に工場を戻して雇用を生み出す」という関税の目的達成にはいくつもの障壁がある。第一に経営者が関税政策をトランプ大統領在任中の短期的なトレンドとみなせば、大きな投資となる生産拠点の移転を行わない。第二に生産拠点の移転には数年を要するために即座に雇用を生むことはない。第三に新規の工場は機械化により省人化が進んでおり雇用につながらない。第四に製造業の空洞化が進んだ米国では熟練した労働力の確保が難しく、工場の稼働が難しい。このようにトランプ大統領の任期中に米国に製造業と雇用を取り戻すことは容易ではない。
次にオンラインプラットフォーマーへのトランプ政策の影響を見てみたい。第一次トランプ政権は反トラスト法(日本では独占禁止法)によりビッグテックに圧力をかけてきた。代表的な例では、2020年10月、米司法省は検索市場で90%のシェアを持つグーグルを反トラスト法違反として提訴している。2020年12月、米連邦取引委員会(FTC)はフェイスブックを持つメタが競合企業の買収等で競争を阻害しているとして提訴した。この訴訟の結果によっては、メタはメッセージアプリ「ワッツアップ」と写真投稿アプリ「インスタグラム」との買収解消や分離が行われる可能性がある。この訴訟は2025年からの第二次トランプ政権でも審議が続いている。メタのCEOであるマーク・ザッカーバーグ氏は第二次トランプ政権に入ってから、この訴訟の和解を目指し、トランプ大統領の元を訪れていると米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが報じている。
プラットフォーマーの検閲を巡る争い
第一次トランプ政権ではSNSでの言論の自由と検閲についてもトランプ大統領とビッグテックは激しく対立していた。この対立はプラットフォーマーが利用者の投稿内容に責任を負わなくて良いとする通信品位法230条を巡るものであり、伝統的に裁判所は言論の自由を重んじる立場からプラットフォーマーに広範な免責を認めてきた。一方でトランプ大統領と共和党は、プラットフォーマーは政治的に偏向しており、政治的な内容を検閲しているという認識を示している。政府が表現の自由を守ると称して、プラットフォーマーがSNSのユーザ投稿を制限・削除等することを大統領令により制限しようと試みた。この対立に先駆けて、ミネソタ州では白人警官によって黒人男性が拘束された際に死亡した事件があり、米国では抗議デモが拡がっていた。このデモに対し、トランプ大統領が当時のツイッターに投稿した内容が暴力を美化していると批判を受けていた。メタはトランプ大統領の通信品位法230条の制限は言論の自由の促進よりも制限につながるという趣旨の批判を行った。その後2021年1月、大統領選挙の結果を不服とする連邦議会襲撃事件の際にはフェイスブックはトランプ大統領のアカウントを24時間投稿禁止とした。
このように第一次トランプ政権とビッグテックは反トラスト法やSNSでの検閲をめぐって対立していたと言えよう。しかしながら第二次トランプ政権の前のバイデン政権時代にビッグテック側にも変化が起きていた。2022年10月、ツイッター(現X)がイーロン・マスク氏によって買収された。当時のCEOはただちに解雇され、マスク氏は同社の改革を進めた。マスク氏は自身を「言論の自由の絶対主義者」と標榜し、ツイッターがユーザの投稿を管理することに批判的だった。その結果、ツイッターの経営権を握ったマスク氏は投稿の管理組織の人員削減を行った。これにより不適切な投稿が増加した可能性がある。またフェイスブックを運営するメタは、トランプ大統領再誕生の直前、2025年1月に第三者によるファクトチェックプログラムを廃止し、ユーザのボランティアによる仕組みに変更すると発表した。CEOであるザッカーバーグ氏は、ファクトチェッカーは政治的に偏向しているとの発言をしており、SNS情報の真偽の判定者になることを回避しようとする様子が見られる。また同氏はこれまで対立していたトランプ氏への態度を変えている。その象徴的なものが2024年7月大統領選挙中に起きたトランプ氏への狙撃事件で、耳を撃たれながらも拳を振り上げる姿をザッカーバーグ氏は「格好いい」と発言している。その後、トランプ氏が再選した2025年にはビッグテックとトランプ大統領の融和が進んでいるように見える。その融和にはビッグテック各社が繰り広げる熾烈な競争が要因となっている。
AI技術競争とイデオロギー
ビッグテックの競争の主戦場となっているのが生成AI(人工知能)領域である。ビッグテックは米国や中国の競合に対し優位に立つために、高性能の先端半導体を入手し、自由な開発環境で最高の人材によって開発ができることを望んでいる。そのためビッグテックはトランプ政権から事業環境に有利な政策を引き出す必要がある。トランプ大統領は再就任後すぐにバイデン政権によるAIの安全やプライバシー保護を重視する規制強化策(EO14110)を撤廃し、AI開発の自由度を向上させる大統領令である「AI分野におけるアメリカのリーダーシップへの障壁の除去」(EO14179)を発令した。これはビッグテックにとっては朗報だった。そして2025年7月23日、先述の大統領令(EO14179)に基づいて、トランプ政権は「AI競争に勝つ:AI行動計画」を発表した。主な内容は、米国のAIの輸出、データセンターの迅速な構築の促進、フロンティアモデルにおける言論の自由の擁護となっている。これに伴い「フルスタックの米国製AI技術の輸出を促進するための大統領令」が発令された。この大統領令は、米国がAIイノベーションの世界におけるリーダーであることを目指し、米国のフルスタックAI 輸出パッケージの開発と展開を支援するために、米国 AI 輸出プログラムを設立し実施するよう商務長官に指示を行うものである。米国のAIを輸出することで米国の標準、ガバナンスを推進し、技術的優位を維持することを企図しており、中国とのAI覇権競争を意識した内容となっている。
また「連邦政府におけるWOKE AIの阻止」という大統領令も発表された。「WOKE」はリベラルな価値観を軽蔑的に形容する際に用いられる言葉である。この大統領令は「多様性、公平性、包摂性」(DEI)によってAIの中立性が阻害されているとして、LLM(大規模言語モデル)が、DEIなどリベラルなイデオロギーに有利な回答をしないことを求めるものとなっている。ChatGPTに代表されるLLMは何らかのイデオロギーが内包される可能性がある。このイデオロギーとは政治思想や価値観を指す。LLMが公開された当初、その回答はリベラルで民主党寄りだとされていた。最近ではLLMがAIエージェントの頭脳として言語による推論を支える中核技術となっている。このようにLLMのイデオロギーの制限に大統領令によって言及したことは注目に値する。トランプ政権はSNS同様にLLMのイデオロギーへの介入も行うと表明したのである。米国の同志国らは米中を比較してリベラルな米国LLMに価値を感じており、この大統領令は将来的にその価値を毀損する可能性がある。
米国社会と経済に大きな影響力を持つビッグテックとトランプ大統領は、第一次トランプ政権の対立的関係から第二次トランプ政権初期には互恵的関係に変化しているように見える。トランプ大統領とビッグテックCEOは極めて個性的なリーダーという共通点があり、個人的な思想や関係性によって行動が既定されると考えられる。トランプ大統領とビッグテックCEO達の個性が、AIの言論や思想をめぐる価値観にどのように影響を与えていくのか今後とも見ていきたい。これはAIの持つ価値観を誰がどのように統治・管理するかという、リベラルな民主主義にとって重要な問いとなる。米中にせよ、AIの技術覇権の勝者が自国のAIを世界に浸透させ、そのAIに内包されたイデオロギーを浸透させることができる。米国のAIを使用する同盟国、同志国はイデオロギーという視点でも自国の利用するAIについて検討する必要に迫られることだろう。
(Photo Credit: Getty Images)


経営主幹,
新興技術グループ・グループ長
慶應義塾大学法学部政治学科卒、ワシントン大学(セントルイス)ロースクール法学修士 内閣府知的財産戦略本部 構想委員会委員 内閣府国家標準戦略部会 重要領域・戦略領域WG委員 経済産業省産業構造審議会グリーンイノベーションプロジェクト部会WG委員 人工知能学会倫理委員会にて倫理指針(2017)の起草に参加。 【兼職】 IGPIグループ 共同経営者CLO 経営共創基盤 取締役マネージングディレクター 国際協力銀行スタートアップ投資委員会委員 JBIC IG Partners 執行役員
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