日本成長戦略成功の鍵は「攻め」の経済安全保障

日本成長戦略成功の鍵は「攻め」の経済安全保障
7月に閣議決定された日本成長戦略の17の戦略分野は、その多くが奇しくも日本の国家安全保障に直結するものである。防衛分野は勿論、情報通信、航空・宇宙、海洋、造船、国土強靭化などのインフラ分野…(以下、本文に続きます)
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二兎を追う日本成長戦略の本質

7月に閣議決定された日本成長戦略の17の戦略分野は、その多くが奇しくも日本の国家安全保障に直結するものである。防衛分野は勿論、情報通信、航空・宇宙、海洋、造船、国土強靭化などのインフラ分野、量子やフュージョン(核融合)など将来の戦略的不可欠性の創出、また、食料、医療、エネルギーなど各分野の安全保障に繋がるものが並ぶ。数が多いのではとの意見がある一方で、日本の安全保障に必要なラインナップを網羅したと言えば十分に理解のできるリストである(但し、戦略の中では、安全保障ではなく、防災なども含め危機管理投資と謳われている)。そしてこれは同時に、成長投資の戦略とも謳われているものである。当然のことながら、経済面での成長も達成しなければならない。実はここに今回の成長戦略が悩ましく、しかしながら優れた点がある。

日本成長戦略は、敢えて危機管理と成長という性質の異なる二つの目標を同時に追う戦略である。片方の達成がもう片方の達成には直結しない。現在想定されている危機管理の具体的内容が所謂経済安全保障を中心とした事項だとすれば、寧ろ、平時の経済合理性では対応できない、有事に備えた調達の複線化や中長期目線での機微技術管理などが必要となり、追加コストを要する場面も多いのではないか。経済成長と、その逆の方向にも見える経済安全保障や危機管理とを同時に目指す今回の戦略は構造的な難しさを内包している可能性がある。ただ、あることに留意して取り組むのであれば、日本としての新たな経済好循環を生む非常に重要な戦略と考える。ここでは、危機管理投資の本質が経済安全保障であるとの仮定に立ち、日本企業の為すべきことを考えてみる。

「攻め」の経済安全保障

留意すべきこととは「攻め」の経済安全保障である。経済安全保障の対応については、追加コストと考え躊躇する経営判断もあろう。確かに受け身で考えれば、コストにしか見えないかもしれない。経済安全保障をコストでなく投資だと再定義する説明もあるが、その時に欠けてはならないのが、どの様なリターンが期待できるのかという観点である。元来投資には対応するリターンが必要であり、漠然と「経済安全保障のためだから」という説明で投資の判断ができる経営者は多くないだろう。もし、企業が経済安全保障をコストでなく投資として進める余地があるとすれば、そこには「攻め」の経済安全保障の文脈が不可欠である。今まで無かったビジネスを創出し、安定的に一定水準の売上を上げるという明確なリターンに対応する投資という文脈である。

ところが、日本の企業経営の現場では、一部で経済安全保障推進法の補助金活用事例等はあっても、経済安全保障でビジネスの新機軸を打ち立てたといった話はあまり聞かれない。日本は、安全保障における「専守防衛」を経済安全保障にまで適用してしまっているのではないかと思われるほど、リスク回避視点での守りの議論が多く、攻めの議論が少ないのが実状である。日本企業としては、外部環境の変化を先取りし、優位性のある商材で継続的に収益が上がるようなビジネス構造を創り出すことが重要である。より具体的には、自身の強みの核心部分をブラックボックス化すると共に、製品を売り切りにするのではなく、制御ソフト、保守、データ活用などを組み合わせ、継続的な安定収益源を作る発想が重要だ。そして、その強みを各国の産業や社会システムに深く組み込み、日本の特定商材やサービスがなければ成り立たない状態を結果として創り出すことである。企業が創り出すこの強みを、政府は、研究開発補助、標準化の推進、政府による調達、二国間外交や国際連携などにより、社会システム化、構造化することが重要だ。ここで創り出す海外諸国の日本への依存構造は、平時には日本企業の収益基盤となり、有事には国家レベルでの経済的威圧への抑止力となるのである。勿論、企業が不可欠性の強みを持つことと、それを政府が対外政策のカードとして使えることとは別であり、そうした政策ツールが無ければ日本政府としての強みにはなり得ない。とは言え、政府としても、企業がそもそも不可欠性を創っていないなら、それを利用するための政策ツールを考える余地もなく、まずは経済、ビジネスの現場で、企業レベルでの不可欠性、強みを形成することが重要になる。これは、企業自身の生き残り、成長にも不可欠なことであり、企業として当然目指すべきことと言える。

フィジカルAIのミッシングリンクを押さえる

ここからは、具体的にいくつかの分野について「攻め」の経済安全保障の在り方を探っていきたい。AI分野では、米国のAmazon、Microsoftなどのハイパースケーラーが莫大な計算資源と資金を投入し、中国も急速に開発を進める中、日本が第三の覇権を確立することは容易ではない。しかしながら、ソフトウェアだけではロボットや機械は動かない。AIがフィジカルAIとして社会実装される中で重要になるのがロボティクス、即ちメカニカルな部品である。フィジカルAIには様々な態様があるが、筆者はフィジカルAIの究極形は人型にあると考えている。理由はシンプルだ。人間が生活するこの世界は、人間の体型や動作を前提に最適化されているため、人型がロボットの一つの最適解となるのは自然である(勿論、専用領域のロボットはそれぞれ独自の進化を遂げていく)。但し、人間並みの精細な動作ができるようにするためには、指先の関節に至るまで、極限の精度で動作し、持久性のある高性能モーター、精密減速機、アクチュエータ(駆動装置)、精密センサー等の高性能部品が数多く必要になる。これらは、日本が長年の製造現場で蓄積してきた技術の結晶であり、ソフトウェア開発とは異なり短期間で同等の性能、品質、信頼性を獲得するのは容易ではない。

フィジカルAIのフィジカル部分を日本がブラックボックス化、モジュール化する形で、世界のロボット製造現場に輸出し、そうした製品群からデータのフィードバックを受け、さらに製品の機能を向上させるようなビジネスモデルを実現できれば、日本ブランド品が無くてはならない状況を作り出すこともできるかもしれない。これは、単なる国内産業振興ではない。日本がフィジカルAI時代の不可欠なパーツ供給者となることで、経済安全保障上の抑止力を持つ戦略でもある。尤も、ロボティクスの分野でも既に他国の方が優勢であるという議論もある。ただ、最初から諦めるという発想では日本成長戦略を進めることは難しいのではないか。官民投資ロードマップにもある「フィジカル・インテリジェント・システム」は、まさにこの領域を伸ばそうという戦略である。

日本発の最先端半導体搭載製品群で攻勢をかける

半導体分野では、先端チップの国内製造能力確保が進んでいる。国内製造化により技術・人材・関連産業集積も進み地域経済への貢献も期待できる。しかしながら、攻めの経済安全保障の観点に立つならば、世界市場で勝てる最先端チップや、それを搭載した日本発の製品を広く輸出することが重要だ。ここにRapidus(ラピダス)の意義がある。まさに経済安全保障と経済成長とを同時に実現し得る戦略である。今後、日本として、世界中で必要とされるような日本発の製品群を生み出し輸出を拡大していくことで、半導体産業においても、平時の収入、有事の抑止力という二兎を追うことが可能になる。

マテリアル・インフォマティクスとビジネスモデル化で材料ビジネスを高度化する

日本は、シリコンウェハ、フォトレジスト(感光剤)、高純度薬液などをはじめ、多くの半導体材料で強みを持つ。現状、日本企業は材料組成、添加剤、製造条件などをブラックボックス化し商材の優位性を維持しているが、完成した商材を販売し続けるだけでは、他社が分析と試行錯誤を重ね、いずれ代替品を開発する可能性がある。ここで鍵となるのがマテリアル・インフォマティクス(データ・AIを活用した素材開発)である。材料技術の競争力は、過去の膨大な試験、製造上の歩留まりデータなどに基づく最適解の保持にある。マテリアル・インフォマティクスによりAIで最適解を探索することは他国でもできるが、日本企業は長年の研究開発や製造を通じて蓄積した材料特性、品質要件、製造条件などに関するデータを持つ。これに顧客側の利用条件や歩留まりのデータを合わせれば、次世代材料開発におけるAI探索の速度と精度とを高められる可能性がある。ここに、更に検査や品質予測モデル、省エネ推奨などを組み込み、歩留まり向上のための材料とデータサービスとを一体で提供する様な高度なビジネスモデルへの転換ができないものか。材料を売り切るのではなく、性能や品質を継続的に保障し、その対価を得るサブスクリプション型のビジネスに近づけるということである。顧客は価格だけで容易に他社品へ切り替えられず、マテリアル分野で他国から日本への依存を深めさせることが、日本としての安定収益源を生み、経済的威圧への抑止力にも繋がるのである。

おわりに

日本成長戦略により、経済安全保障を中心とする危機管理と経済面での成長とを共に実現するためには、企業自身が「攻め」の経済安全保障を念頭に、持てる強みを模倣困難な形にし、他国が常に日本を必要とするビジネス構造を創り込む必要がある。これが、日本経済の成長にもなり、外国からの経済的威圧への対抗カード、抑止力にも繋がるのである。ビジネスにおいては、自社の競争優位を築くことは最も有効な攻めであり、且つ最大の守りでもある。リスク回避は重要だが、今、日本企業が考えるべきは、まさしく「攻め」の経済安全保障である。

(写真:NanoStockk / iStock)

経済安全保障100社アンケート

地経学ブリーフィング

国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、地経学研究所の研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

田上 英樹 主任客員研究員
2024年5月より地経学研究所にて現職  早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、1992年に総合商社入社。事業投資審査、与信取引審査、不動産事業審査、カントリーリスク分析、取引先格付、業界分析、産業メガトレンド分析、国内事業戦略、海外拠点戦略等を担当し、2021年より経済安全保障担当(経済安全保障コーディネーター第1期 修了)。2006年~2017年の11年間、総合商社シンクタンクにて、全事業分野に亘る業界分析業務に従事し、特にValue-Chain分析を専門とする。 2015年、東京大学Executive Management Program 第12期修了 2015年~2017年、科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター事業評価委員 2017年、文部科学省ナノテクノロジー・材料分野の研究開発戦略検討作業部会(第3回)にて「2050年に向けた産業メガトレンド」提言。  2025年、経済産業省経済安全保障ガイドライン研究会委員 2026年6月 参議院内閣委員会に参考人として出席、意見陳述 2025年11月単著『地経学リスクからみた経済安全保障20の新常識:日本企業のための基礎知識と部署別対応』を中央経済社より出版
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研究者プロフィール
田上 英樹

主任客員研究員

2024年5月より地経学研究所にて現職  早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、1992年に総合商社入社。事業投資審査、与信取引審査、不動産事業審査、カントリーリスク分析、取引先格付、業界分析、産業メガトレンド分析、国内事業戦略、海外拠点戦略等を担当し、2021年より経済安全保障担当(経済安全保障コーディネーター第1期 修了)。2006年~2017年の11年間、総合商社シンクタンクにて、全事業分野に亘る業界分析業務に従事し、特にValue-Chain分析を専門とする。 2015年、東京大学Executive Management Program 第12期修了 2015年~2017年、科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター事業評価委員 2017年、文部科学省ナノテクノロジー・材料分野の研究開発戦略検討作業部会(第3回)にて「2050年に向けた産業メガトレンド」提言。  2025年、経済産業省経済安全保障ガイドライン研究会委員 2026年6月 参議院内閣委員会に参考人として出席、意見陳述 2025年11月単著『地経学リスクからみた経済安全保障20の新常識:日本企業のための基礎知識と部署別対応』を中央経済社より出版

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