偽情報と民主主義:連動する危機と罠(エグゼクティブサマリー)
この問題の緊急性に鑑み、地経学研究所(IOG)では欧米グループ3人の若手研究者が、民主主義の後退と偽情報の関係に関する研究プロジェクトを2024年1月から6月にかけて実施した。その成果として、本報告書はハンガリー、米国、英国の3か国における偽情報の現状、政策的対応、そして偽情報が与える影響について分析する。最後に、日本における偽情報の現状を概説すると共に、事例研究に基づき、日本へ対する5つの政策提言をおこなう。
第1章 ハンガリー:メディアへの影響力強化と偽情報
オルバーン政権での民主主義の後退とメディアへの制約強化の歴史を振り返ることで、ハンガリー政府がいかに段階的にメディアへの統制を強めていったかを振り返る。また、ロシア発の偽情報とハンガリー発の偽情報および陰謀論と指摘されるものが、政権幹部および政府の支配下に置かれたメディアから発信・拡散されるという、ハンガリーに特有の偽情報の「輸入」と「輸出」双方の現象を、経緯をまとめつつ定量分析も用いながら紹介する。
第2章 米国:不信が事実よりも勝る時
米国における偽情報の流布は長い歴史を持ち、18世紀にまで遡ることができる。現在に至るまで国内外から様々な偽情報の流入・拡散があった。米国ではメディアや政府に対する国民の不信感も根強く、国民が抱く不信感は年々強まっている。こうした懐疑的な国民は偽情報のキャンペーンにとって理想的なターゲットとなっている。また、米国における偽情報は、メディアや政府への信頼をさらに低下させ、偽情報に対抗しようとする政府や団体の努力自体が信頼に値しないと国民に思わせている。
第3章 英国:『エンゲージメントの罠』と偽情報
英国は政治的分極化の度合いが低く、公共メディアの独立性や中立性も高いことから、偽情報への強靭性は比較的高い。しかし、EU離脱やスコットランド独立をめぐる国民投票は、そうした国においても、事実を歪曲するとともに感情に訴え、受け手のエンゲージメントを最大限に引き出すことで、偽情報を拡散しようとする者にとって有益なナラティブを構築するという戦略、つまり「エンゲージメントの罠」戦略を通じて、かえって偽情報が拡散しかねない状況に陥ったことを示している。
終章 日本:地方選挙と災害に見る偽情報の流布と対策
日本ではメディアへの信頼が比較的高く、政党間の政策の差も小さいため、偽情報の影響力は比較的弱い。しかし、選挙や災害時、福島第一原発の処理水放出の際に国内外から偽情報が確認されており、偽情報のリスクに備える必要がある。
政策提言
偽情報の対策に取り組む政府やメディアがそれぞれ何に留意し、どのような具体策をとるべきなのか。調査対象国が抱える事情は異なるものの、3か国の比較およびそれぞれの対象国の取り組みは、日本の政府やメディアの偽情報との向き合い方を考える上で示唆に富むものである。下記において、日本が偽情報に対抗するための潜在的な政策提言として、3か国の比較を通じた総論としての政策提言と各関係機関の取り組みについての分析を通じた個別の政策提言を行った。(括弧内には関連する章を記載した)
総論:選挙イヤーにおける偽情報
選挙期間や政治的な危機は、悪意を持った国内外のアクターが偽情報を発信・拡散する格好の局面となる。こうした偽情報は民主主義の制度や規範を揺るがし得るものであることを認識する必要がある(第1章-第3章)。
総論:エンゲージメントの罠
「エンゲージメントの罠」に陥らないために、ファクトチェックを通じた真偽の検証だけではなく、ミームや冗談、別の話題の提供をはじめとする、「エンゲージメントの罠」を逆手に取った偽情報への対抗策も検討し、より多面的な視点から偽情報の拡散に備えることが重要である(第3章)。
政府:偽情報対策の体制と範囲
外国メディアの報道を鵜呑みにせず、当該メディアの政治的・経済的背景、そして独立の度合いを踏まえた情報の真偽を評価すべきである(第1章)。
政府:災害・有事における偽情報対策
偽情報に関する政府の規制においては、諸外国の偽情報政策の動向を広く把握したうえで、その実効性と表現の自由の保障を前提としつつ、身体・生命への危険性や民主主義への影響などの幅広い観点からも調整を行うべきである(第2章、第3章)。
政府・新聞社・ファクトチェック団体:偽情報に対応するための体制構築
情報の信頼性向上のために、ビッグテック企業やファクトチェック団体に加えて、大手の報道機関や新聞社、そしてリソースが限られている地方の新聞社やメディアとも協力体制を構築するべきである。また、真偽の確認を容易にするために、各団体のファクトチェックをまとめたデータベースを整備・普及させるとともに、メディア報道においては引用元のURL添付を徹底すべきである(第2章、第3章)。
(Photo Credit: Shutterstock)
偽情報と民主主義 連動する危機と罠:目次
執筆者
石川 雄介(欧米グループ研究員)
明治大学政治経済学部卒業、英国・サセックス大学大学院修士課程修了(汚職とガバナンス専攻)、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学大学院政治学研究科修士課程修了。国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナル本部(ドイツ)にて外部寄稿者も務める。API/地経学研究所にて、インターン、リサーチ・アシスタント、欧米グループ研究員補を経た後、2024年8月より現職。APIでは、福島10年検証、CPTPP、検証安倍政権プロジェクトに携わった。財団ウェブサイトや SNS の活用にかかる企画立案・運営に関わる業務も担当。
ディクソン 藤田 茉里奈(欧米グループ研究員補)
米国ベイツ大学政治学部卒、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院(SAIS)修了。ベイツ大学卒業後、米国のコンサルティング会社でシニアコンサルタントとして勤務した後、ジョンズ・ホプキンス大学ライシャワー東アジア研究所にて政策研究員として日米関係、アジア地域協力の研究活動に従事。SAIS修了後、韓米経済研究所(Korea Economic Institute of America)でインターンとして、日韓関係、米韓関係、韓国政治を研究。2021年10月よりAPI勤務。
貝塚 沙良(武蔵野大学グローバル学部非常勤講師/神奈川大学外国語学部非常勤助手/欧米グループインターン)
早稲田大学国際教養学部国際教養学科卒業、英国リーズ大学社会学部国際政治学科で修士及び博士(政治学)を取得。同大学で国際政治、比較政治、と英国政治のゼミを担当。Fellowship of Higher Education Academy (FHEA)を取得。現在、武蔵野大学グローバル学部グローバルビジネス学科で非常勤講師、神奈川大学外国語学部英語英米文学科で非常勤助手を務める。
おことわり:報告書に記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことを御留意ください。記事の無断転載・複製はお断りいたします。
研究員,
デジタル・コミュニケーション・オフィサー
専門はハンガリーを中心とした欧州比較政治、民主主義の後退、反汚職対策。明治大学政治経済学部卒業、英国・サセックス大学大学院修士課程修了(汚職とガバナンス専攻)、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学大学院政治学研究科修士課程修了。トランスペアレンシー・インターナショナル本部にて外部寄稿者も務める。 トランスペアレンシー・インターナショナル ハンガリー支部でのリサーチインターンなどを経て、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)に参画。API/地経学研究所にて、インターン、リサーチ・アシスタント、欧米グループ研究員補(リサーチ・アソシエイト)を経た後、2024年8月より現職。APIでは、福島10年検証、CPTPP、検証安倍政権プロジェクトに携わった。シンクタンクのデジタルアウトリーチ推進担当として、財団ウェブサイトや SNSの活用にかかる企画立案・運営に関わる業務も担当。
プロフィールを見る研究員補
米国ベイツ大学政治学部卒、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院(SAIS)修了。ベイツ大学卒業後、米国のコンサルティング会社でシニアコンサルタントとして勤務した後、ジョンズ・ホプキンス大学ライシャワー東アジア研究所にて政策研究員として日米関係、アジア地域協力の研究活動に従事。SAIS修了後、韓米経済研究所(Korea Economic Institute of America)でインターンとして、日韓関係、米韓関係、韓国政治を研究。2021年10月よりAPI勤務。
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