西側世界の終焉? ―トランプ政権に向き合うヨーロッパ

変容する西側世界
「われわれが知っていた西側世界はもはや存在しない」。今年4月のドイツ紙へのインタビューの中で、EU(欧州委員会)のウルズラ・フォンデアライエン委員長はそのように語った。いま、ヨーロッパとアメリカの関係が大きな転機にある。欧州諸国の中では、もはやこれまでと同様にアメリカとの同盟関係を維持することはできないという不安や懸念が広がっている。
1月20日の第二次トランプ政権の成立後、アメリカとヨーロッパの関係を考える上で大きな転機となったのは、2月14日にドイツで開かれていたミュンヘン安全保障会議における、J・D・ヴァンス米副大統領の演説であった。ヴァンス副大統領はそこで、「欧州の脅威は中ロなどの外部勢力ではない。アメリカと共有する基本的な価値観から離れていく内部(の問題)だ」と述べた。すなわち、ドイツやイギリスという国名をあげて、それらの諸国では「言論の自由」がなく、アメリカは価値を共有できないと批判した。例えばドイツでは、移民排斥を掲げる極右政党の「ドイツのための選択肢(AfD)」が政治において排除されていると指摘して、それらを支持する人々の声にも耳を傾けることが重要だと主張した。米欧の双方の側から、もはや両者の間では価値の共有が困難となったという認識が浸透する。
このようなトランプ政権の欧州批判の姿勢や、米欧間での亀裂の深まりは、国際政治における巨大な変化を印象づけている。欧州諸国の間でのアメリカへの信頼は大きく減退し、よりいっそうの「戦略的自律」の必要性が唱えられている。はたして、フォンデアライエン委員長が述べるように、「われわれが知っていた西側世界はもはや存在しない」のであろうか。アメリカの同盟国は、そのようなトランプ政権にどのように向き合うべきか。ここでは、第二次トランプ政権成立後の米欧関係の変化について検討することになる。
アメリカのリベラリズム批判
トランプ政権の、先に述べたような政治姿勢を理解する上での重要な一つのカギとなるのが、イデオロギー的なリベラリズム批判である。すなわち、それまでのリベラリズムの規範が、アメリカ政治における問題の根元となっているという批判である。そのような主張は、ヴァンス副大統領のブレーンとされるアメリカのノートルダム大学教授の政治学者であるパトリック・デニーンの『リベラリズムはなぜ失敗したのか』(角敦子訳、原書房)で示されている。デニーンは話題となったその著書のなかで、「リベラルな国家は生活のほとんどあらゆる面をコントロールするほどまでに拡大したが、国民は政府を遠くで制御不能な権力とみなしている」と指摘する。また、2023年に刊行した『レジーム・チェンジ』と題する著書の中で、「腐敗したリベラルな支配階級を平和的に転覆し『リベラル後』の秩序を創造することが必要だ」と論じた。そのような思想に、ヴァンス副大統領が強く影響を受け、共鳴していることが伝えられている。
トランプ大統領が、価値に拘泥せずにあらゆる相手との「取引」を好むように見える一方で、ヴァンス副大統領は、デニーンのような政治学者の影響を受けて、いわゆる「ポストリベラリズム」と呼ばれる強靱な思想的基盤を有している。そのように考えると、ヴァンス副大統領を筆頭に、トランプ政権がイデオロギー的に欧州諸国に対して敵対的な姿勢を示す理由が理解できる。トランプ大統領やヴァンス副大統領は、ロシアのプーチン大統領がこれまで行ってきた伝統を重んじる保守主義的な政治思想からのリベラリズム批判や、欧州諸国における極右政党が掲げる移民排斥やリベラリズム批判と部分的に価値を共有する。
他方で、欧州諸国の主流政党が擁護する「DEI(多様性・公平性・包括性)」推進に抵抗し、反対に欧州の各企業に対して反DEIに従うよう要請していることが報じられている。トランプ大統領は、1月20日の大統領就任のその日に、「過激で無駄の多い政府のDEIプログラムと優遇措置を終了させる大統領令」を発令しており、それまでのバイデン前政権の政策を急転換した。それを欧州諸国の政府や企業にも見習うことを求めているのだ。それに対して、欧州諸国が強い反発を示すことで、イデオロギー的な米欧間の対立が深まっている。
「欧州再軍備計画」は可能か
これらのトランプ政権から発せられる言葉によって、欧州諸国の中ではアメリカに対する信頼が大きく揺らいでいる。ウクライナのシンクタンク「新欧州センター」が4月29日に公表した世論調査によると、アメリカのトランプ大統領を「信頼しない」と答えた人が89%にも上った。アメリカの欧州関与の将来に悲観的な者も、あるいは大西洋同盟の維持を強く望む者も、いずれにせよ欧州諸国がよりいっそう軍事における自助努力が不可欠であるという認識は共有されている。
そのような世論の変化を背景として、欧州委員会は3月19日に8000億ユーロ規模の防衛投資策「欧州再軍備計画(ReArm Europe Plan)」を発表した。EUの欧州対外行動庁が3月21日に公表した「即応性2030(Readiness 2030)」では、より不安定となった欧州の安全保障に対して、防衛力の再構築と域内防衛産業の強化を強く要請し、より自律的な欧州の防衛政策を育成する不可欠性が論じられている。防衛技術面でも防衛産業面でも、ヨーロッパはアメリカから大きく後れをとっており、そのこと自体が懸念となっている。ロシアの軍事的脅威の増大、アメリカの欧州安全保障への関与の後退、さらにはヨーロッパを排除した米ロのみでのウクライナ和平をめぐる協議など、アメリカのリーダーシップに対するヨーロッパの信頼は大きく後退している。この時期にトランプ政権が、戦後一貫してアメリカ人が独占してきたNATO(北大西洋条約機構)の欧州連合軍最高司令官のポストを放棄して、欧州側に譲ることが報じられてから、そのような懸念はよりいっそう大きくなっている。
アメリカの共和党内では、真剣にNATOからの離脱を主張する声も聞こえる。たとえば、共和党のマリン上院議員は「NATOがアメリカの最善の利益にかなわなくなっているのであれば、私たちは物事を再検討すべきだ」と主張した(「米国離脱後の世界、欧州は準備し始めた-NATO元司令官」Bloomberg News、2025年3月6日)。また昨年6月には46人の共和党下院議員が、NATOの予算を削減する修正案に賛成票を投じた。そのような動きを受けて、ドイツのメルツ首相も就任前のドイツメディアへのインタビューのなかで、「トランプ氏がNATOの集団防衛義務を無条件で守らない可能性に備えなければならない。欧州が最大限の努力をし、少なくとも欧州大陸を自分たちだけで守れるようにすることが極めて重要だ」と語った。これらのことは、「欧州再軍備計画」を実現する上での背景となっている。
自立に向かうヨーロッパの意志と能力
短期的には、これらの懸念は払拭されて、大西洋同盟の強靱性が回復することも可能であろう。とはいえ、次の大統領選挙で仮に、ヴァンス副大統領が出馬して勝利した場合には、よりラディカルな変化が到来し、アメリカがNATO離脱に向かう可能性も否定できない。防衛技術のイノベーションや防衛産業の育成、そしてそれらを基礎とした防衛力の整備には長い時間が必要だ。だとすれば、アメリカ政治がどのような様相を示すにせよ、ヨーロッパがよりいっそう自立に向かうのは確かである。
だが、ヨーロッパが自立に向かう上での疑念が残る。第一には、過去数年間で真摯な努力が見られるものの、欧州諸国の軍事能力や防衛費支出が依然として低い水準にあるという現実だ。冷戦終結後、欧州諸国や日本は本来進めるべきより自律的な防衛力強化を怠って、同盟国であるアメリカの善意にあまりにも依存してきたことは否定できない。過度なアメリカへの防衛依存を是正することは、いずれにせよ急務であろう。
第二に、アメリカの長い歴史の中では、第二次世界大戦以降のグローバルな安全保障への関与の時代はむしろ例外的であって、モンロー主義に象徴される孤立主義的な対外政策が多くの時代を占めていたことだ。ジョージタウン大学教授の国際政治学者チャールズ・カプチャンは、2020年に刊行した『孤立主義(Isolationism: A History of America’s Efforts to Shield Itself from the World)』と題する著書の中で、アメリカ外交においては孤立主義がその時代の大半を占めてきた伝統であって、真珠湾攻撃の1941年からトランプ政権成立までの70年程度の期間がむしろ例外であり、現在その例外の時代が終わりつつあると論じている。
トランプ政権が今後、同盟政策でどのような意志を示すか分からない。分かることは広がりつつある米欧間の軍事能力の格差という現実に対して、欧州諸国がよりいっそうの防衛能力の強化を進めねばならないということであろう。現在のように、欧州各国が異なる方向を向いて、相互に矛盾する方針を示し、また主要国の一部でも極右政党が台頭してナショナリズムが強まるなかで、ヨーロッパの自立的な防衛能力の構築は容易ではない。そのような努力を十分に示し、米欧の双方の側でよりいっそうの価値の共有が示されたときに、大西洋同盟はその強靱性を回復することができるであろう。だが、グローバルサウス諸国が台頭し、その価値が世界で共有されることが自明ではなくなる中で、「西側世界」は世界でのアイデンティティと役割を再構築せねばならない。
(Photo Credit: Eyevine/Aflo)

地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
おことわり:地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。


欧米グループ・グループ長
立教大学法学部卒業、英国バーミンガム大学大学院国際学研究科修了(MIS)、慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程および博士課程修了。博士(法学)。北海道大学法学部専任講師、敬愛大学国際学部専任講師、プリンストン大学客員研究員(フルブライト・フェロー)、パリ政治学院客員教授(ジャパン・チェア)などを経て現職。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員(2013年)、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員(2013年-14年)、国家安全保障局顧問会議顧問(2014年-16年)を歴任。自民党「歴史を学び、未来を考える本部」顧問(2015年-18)。 【兼職】 公益財団法人国際文化会館理事 アジア・パシフィック・イニシアティブ研究主幹 慶應義塾大学法学部教授
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