「英中黄金時代」は再来するか

だが、日英協力を論じる際に、もう一つの重要な二国間関係に言及する必要がある。それは、英中関係である。スターマー首相の訪日は、訪中の帰路に経由地として日本に訪問した帰結であった。日本での滞在はわずか5時間程度であったのに対し、中国においては1月28日から3泊という長い時間の滞在となっていた。イギリス首相としての8年ぶりの訪中を実現させたスターマー首相は、「この代表団は歴史を作っている」と述べた。
2018年の保守党のテリーザ・メイ首相の訪中以後、ボリス・ジョンソン首相、リズ・トラス首相、そしてリシ・スナク首相の三人は、在任中に訪中しなかった。はたして、イギリス政府は労働党政権下で、従来の対中政策を大きく転換するのだろうか。本稿では、過去十年ほどの英中関係の巨大な振幅を概観してから、これからの両国関係を展望することにしたい。
短期間で幕を閉じた「黄金時代」
いまから11年前の2015年。10月に習近平主席はイギリスへの公式訪問において、バッキンガム宮殿での晩餐会に出席し、両国関係の緊密さが演出された。この時代には、「一帯一路」構想に象徴される中国の対外経済政策への期待が欧州諸国の中で顕著に高まっており、イギリスもそこからの利益を享受することが望まれていた。そのような政策を推進していたのは、当時のキャメロン首相の盟友であるジョージ・オズボーン財務相と、財務省であった。
また2015年に、イギリスはG7諸国ではじめて、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加を表明し、そこからの距離を取る日米とは異なるアプローチを示した。さらに巨大な論争となったのは、この10月の英中首脳会談で、安全保障上の懸念が指摘されるなかで、イギリスのヒンクリーポイントで中国製原発を導入する大規模プロジェクトが発表されたことである。これらの動きの中で、キャメロン首相は英中間の経済的連携の強化を前提に、「英中黄金時代」の始まりを高らかに唱えたのである。それは、人権や安全保障上の懸念よりも、イギリス自国の経済的利益を優先することにより、「黄金の時代」を目指すキャメロン政権の対中関係を象徴する言葉であった。
ところが、このようなキャメロン政権の方針はイギリス保守党内、さらにはイギリス世論から厳しい批判に晒された。キャメロン首相は、保守党内ではリベラルな中道左派を代表し、その特徴として親欧州的、そして親中的な姿勢が見られた。ところが、2016年6月の国民投票でイギリス国民がEU離脱を選択すると、その責任を取ってキャメロン首相は辞任して、後継にメイ首相が就任した。これを契機に、保守党内では右派の勢力が拡大していく。
その後、イギリス保守党内では着実に、対中強硬派の声が強まっていった。その理由となったのが、2020年1月以降に感染が拡大していく新型コロナウイルスをめぐる中国政府の不透明な対応や、2020年6月に香港で施行された国家安全維持法の強硬な導入、さらには、2017年以降、経済安全保障や中国の軍事力増強を背景とした米中対立の激化などであった。2020年には、イギリス保守党内に対中強硬派が結集する「中国研究グループ(China Research Group; CRG)」が結成した。この集団の圧力もあり、安全保障上の懸念から中国のHuawei製の5G高速通信機器のイギリス国内での販売禁止を、ジョンソン政権は閣議決定した。
イギリス保守党内で、右派の勢力拡大とともに対中強硬路線が強まる中で、2022年11月に、リシ・スナク首相は「英中関係のいわゆる『黄金時代』は終わった」と明言した。英中関係が対立を深める中で、スナク首相はその半年後に「広島アコード」を通じて日英協調を強めていったのである。
対中牽制の経済的コスト
そのような動きは、日英間の安全保障協力にも見られた。コロナ禍の影響がまだ残る中で、イギリスの空母クイーン・エリザベスを中核とする空母打撃群が地球を半周して日本の横須賀に寄港した。インド太平洋地域でのイギリスの軍事的プレゼンスの拡大は、2021年3月に発表された総合的な戦略文書の「統合レビュー(Integrated Review)」のなかで、「インド太平洋傾斜(Indo-Pacific tilt)」として描写された。またその文書の中では、中国は「体制上の競争相手(systemic competitor)」と位置づけられた。中国政府は、これらのイギリス政府の軍事的なプレゼンスに強い反発を示すようになる。
それまでは、中国からの反発を懸念して、イギリス政府は中国を刺激するような軍事行動には慎重な姿勢を示してきた。ところが、保守党政権下で党内右派の影響力が拡大することと並行して、対中強硬姿勢も顕著となっていく。そのような潮流の中で、ジョンソン首相、トラス首相、スナク首相の首相在任中、8年間にわたりイギリスの首相が中国に訪問することはなかった。他方でそれとは対照的に、これらの首相の在任中に日英防衛協力は飛躍的に前進する。2022年12月に、日英両国にイタリアを加えた三カ国で、「グローバル戦闘航空プログラム(GCAP)」と称する次期戦闘機開発計画を進めることに合意したのも、そのようなイギリス政治の動きを背景としていた。
ところが、2024年に保守党政権から労働党政権へと政権交代が行われると、そのようなイギリス政府の姿勢に対して、懐疑的な声も聞こえるようになっていた。第一に、2020年1月末に正式にイギリスがEUから離脱すると、イギリス経済は大きなダメージを受けることになった。さらには、2020年春以降の新型コロナ禍の感染拡大は、イギリスの経済と社会に深刻なダメージを与えた。そして、2022年2月から始まったロシアによるウクライナ侵攻に対して、イギリスは厳しい対露制裁、そして大規模なウクライナ支援を主導しており、そのことは少なからずイギリス経済にとっての負担となっている。それに加えて、2025年1月のアメリカにおける第二次トランプ政権の成立は、信頼できる同盟国としてのアメリカのイメージを大きく損なった。対照的に、労働党内で対中関係改善を求める声が高まった。加えて、トランプ大統領がそれまでの対中政策を修正し、中国との「ディール」を模索するようになると、欧州諸国政府もまた中国との交渉に前向きとなっていく。
そもそも2024年7月の総選挙ではキア・スターマー党首率いる労働党は、そのマニフェストで「経済成長の再始動」を最上位に掲げていた。労働党内では、経済的な利益を優先して、グローバルな安全保障上の関与を縮小し、同時に中国との関係を修復することを求める声も拡大していった。
未完の「英中黄金時代」
とはいえ、現在のスターマー政権下でもそれまでの外交政策からの継続性も見られ、良好な日英関係は維持されており、他方で中国に対しても厳しい声が聞こえている。たとえば、スターマー首相帰国後の2月2日の英下院での討議において、スターマー首相は習近平国家主席との首脳会談の際に、拘束されている香港の民主活動家のジミー・ライ氏の釈放を直接要求したと述べたが、これに対して保守党のケミ・ベイドノック党首らが経済的利益のために人権の価値を犠牲にしていると厳しく批判している。さらにはそれ以前にも、中道左派の野党の自由民主党のデイジー・クーパー副党首も、中国政府が依然として深刻な人権侵害を続けていることを指摘して、「そうしたなかで英首相は、うやうやしく中国に行き、中国政権が私たちに対するスパイ行為を続けるスーパー大使館を約束すると言って、貿易協定を求めている」と、厳しく労働党政権の姿勢を批判した。
イギリスは引き続き、対中政策をめぐり難しいかじ取りが求められる。イギリスが、民主主義や自由、法の支配、人権といった価値観を擁護する限り、しばらくは「英中黄金時代」が再現されることはないであろう。他方でそのような価値を重視する立場からは、日本との関係を優先してさらに強化するべきだと論じられている。すでに日英間では、経済安全保障問題など多岐にわたる協力関係が構築されており、そのことはスターマー政権の対中接近の制約となっている。
とはいいながらも、台湾有事に関連する高市早苗首相の国会での発言に対して中国政府が執拗に厳しい攻撃をしていた際に、スターマー首相は日本を擁護する発言をしなかったことにも留意する必要がある。おそらくはそれは、間近に控える訪中を意識してのことであったのだろう。イギリス経済の指標が悪化すれば、労働党内から、さらには国内世論から、自国の経済利益を求めて中国との経済関係を強める声が高まる可能性が高い。おそらく「英中黄金時代」が到来することはなく、それは未完に終わるであろう。日本はそのようななかで、カナダのカーニー首相が擁護したような有志国連携をさらに推進して、その中核にイギリスとの間での「強化されたグローバルな戦略的パートナー」を位置づけることが重要だ。
(出典: Carl Court / Getty Images)

地経学ブリーフィング
国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、地経学研究所の研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
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欧米グループ・グループ長
立教大学法学部卒業、英国バーミンガム大学大学院国際学研究科修了(MIS)、慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程および博士課程修了。博士(法学)。北海道大学法学部専任講師、敬愛大学国際学部専任講師、プリンストン大学客員研究員(フルブライト・フェロー)、パリ政治学院客員教授(ジャパン・チェア)などを経て現職。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員(2013年)、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員(2013年-14年)、国家安全保障局顧問会議顧問(2014年-16年)を歴任。自民党「歴史を学び、未来を考える本部」顧問(2015年-18)。 【兼職】 公益財団法人国際文化会館理事 アジア・パシフィック・イニシアティブ研究主幹 慶應義塾大学法学部教授
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