米中におけるチョークポイント「最先端半導体」と日本の挑戦

米国の半導体政策
技術・安全保障分野における米国の対中政策は「技術ギャップ戦略」と言われる。中国に最先端の機微技術が渡るのを防ぐ一方、自国内での技術開発、生産能力を最大化し、両国間の技術ギャップを一定以上に維持しようとするものである。2022年10月以降、先端半導体やそれを製造するための高度な製造装置を禁輸する一方で、Chips法により米国における技術開発や国内生産拡大の支援を行ってきた。第二次トランプ政権でも、バイデン政権のChips法の枠組みを残しつつ、相互関税とのパッケージで対米巨額投資の約束を引き出すなど、引き続き米国内での技術開発、生産回帰、加えて雇用拡大を目指す政策を採って来ている。日本が約80兆円の対米投資を約束し、半導体関連でも、ダイシングソー(ウェハ切断)や砥粒、将来的にはダイヤモンド半導体としてパワー系、高周波系半導体にも使われる人工ダイヤモンドの生産事業に投資することも発表されている。
一方、先端半導体の対中輸出については、AIやスーパーコンピューターなどに使われるNVIDIAの先端半導体チップ輸出について、政策面での紆余曲折が見られた。大雑把な言い方をすれば、当時H20と呼ばれる半導体チップが中国で多用されていたが、上位品のH200は先端用途での活用可能性が高く輸出禁止とされていた。ところが、中国側が4月に導入したレアアースの輸出管理を10月に更に強化した後、この流れが変わることとなる。米国政府がH200の輸出を条件付きながら認め、一方で中国はレアアースの輸出管理強化を2026年11月迄1年間停止するとなった。中国が一度宣言したレアアース輸出管理強化を棚上げにしたのも驚きなら、米国が頑なに輸出を禁止していた先端チップを解禁したのも驚きであった。これを機に世界は、まさに中国にとっての先端半導体チップ、米国にとってのレアアースが極めて重要なチョークポイントであることを再認識したのである。
NVIDIA先端半導体を巡る攻防
中国にとり先端半導体チップはどれほどのチョークポイントであるのか。用途がAI、安全保障だと言えば、それらを米国に全面的に依存していることが課題であることは論を待たない。そもそも、既に2015年の「中国製造2025」政策の中で半導体の極端な対外依存を問題とし、その解消を明確に謳っていた事実もある。その後、中国が国家を挙げてキャッチアップに取り組んだ結果、今度は米国側が「技術ギャップ戦略」を採らざるを得ないところまで追い上げが進んだと考えることもできる。2023年には7ナノ相当と見られる先端半導体チップを、必ずしも最先端とは言えない露光装置を使用して量産に成功したとされ、また、2025年12月にはEUV(極端紫外線露光装置)の試作に成功したと一部で報道されるなど、足下でもその成果が継続的に報告されている。
しかしながら、中国の先端半導体チップ(ファーウェイ製、カンブリコン製)は、依然として米国のNVIDIA/TSMCが造るH200の性能には及ばない。米国は、H200を条件付きで輸出解禁したが、その背景にはNVIDIAの上位品ブラックウェル300(B300)がH200の2倍以上の性能を持ち、且つ2026年1月に量産見通しが発表されたルービンはB300の更に3.5~5倍といった性能を持つとされることがあると考えられる。一方、中国側もH200に近づこうとする自国産チップの利用促進を優先する為か、折角米国が解禁したH200の国内利用を事実上制限し、政府管理下での利用に留めている模様だ。今、NVIDIA品を使えば、短期的にはその計算能力を享受することができるが、中長期では戦略的自律性の確立が遅れると捉えているのだろう。先端半導体を巡る両国のやり取りがこの様に曲折を経て進んでいるのも、それが両国にとって微妙な安全保障判断そのものである証左と言えよう。
日本の半導体戦略
翻って日本は、米中がチョークポイントとして攻防を繰り広げる最先端半導体に関し、どの様な戦略を推進しているのだろうか。日本の半導体戦略は、①先端・最先端半導体製造能力の内製化(TSMC、Rapidus、Micron)、②半導体製造サプライチェーンの途絶回避(レアメタル、クリティカルミネラル)が主軸となる。前者は、多少の遅れなどもありながら着実に進展しており、熊本のJASMは第一工場の12~28ナノのチップ製造に加え、第二工場では3ナノの最先端に近いチップの生産が計画されるなどの進展を見せている(但し時期が遅れる可能性あり)。Rapidusも昨年7月の試作品の成功の後、現在、PDK(Process Design Kit)のユーザー企業とのやり取りが進行しており、1.4ナノレベルでの第二工場のロードマップも既に報道されている。また、2022年施行の経済安全保障推進法により、材料サプライチェーンの強靭化を進め、更には戦略的不可欠性を見据えた技術開発も同推進法の重要技術の枠組みで進められている。
順調に見える日本の半導体政策であるが、課題が無い訳ではない。第一には、最先端半導体製造における高歩留まりの達成である。最先端領域での歩留まり向上は極めて難易度の高い目標であるが、商業的な成功の為にはこれを達成する必要がある。また、熊本、広島での最先端半導体製造は前工程のみであり、後工程のため製造途上のウェハを一旦海外に輸出しなければならない。そもそも日本が先端半導体チップの製造能力を国内に取り戻すのが目的なら、依然として後工程製造というミッシングリンクが残っていることになる。
最先端半導体による戦略的不可欠性の獲得に向けて
前述の製造面の課題が解決した場合でも、更に日本にとって最後の課題が待ち受けている。それはユースケースの創出である。現状、日本には2ナノレベルの最先端半導体チップを直接搭載する製品群が無い。折角最先端品の製造能力が備わっても、製造する製品が無ければ工場は稼働しない。Rapidusは、自社で設計、前工程、後工程まで全て実施する小回りの効く業態であり、そこで製造した最先端チップを日本発の製品に組み込んでこそ、日本の半導体産業の再興が確かなものになる。
そもそもRapidusは大量生産のTSMCとは異なるビジネスモデルである。半導体の開発には設計知財を含め相当な投資が必要であるため、量産されるチップの使用数が多いほど、開発における採算はとり易くなる(単純化すれば、台数の多い自動車向け開発は採算がとり易く、少ない航空機向けは開発の採算確保が難しいということ)。Rapidusが少量多品種のビジネスモデルを志向する限り、開発コストの割に販売するチップの枚数が少ない可能性があり、採算確保には一段の工夫が必要となる。NVIDIA/OpenAIの様な大量のチップ需要を持つ強力なユーザーと組んだTSMCとは最初からビジネスの在り方が異なるということだ。果たしてRapidusのビジネスモデルに勝算はあるのか。Rapidusが独自の強みをもって新規参入プレーヤーとしての存在を確立するためには、TSMCが採算性で見合わないと考える規模の案件をも積極的に採り上げ、まず実績を積み上げることが重要になる。
鍵はRapidusの立地する北海道という地域にあるかもしれない。多品種少量生産向けのユースケースはAIや自動運転向けのみではなく、通信、医療、宇宙、ヒューマノイドロボット等、現在まだ考案されていない様々な活用方法がある筈だ。特に北海道においては、農業、林業、牧畜業、水産業などの「フィールドサイエンス」に強い北海道大学との連携が重要な視点となろう。そうしたユースケースを多数発掘し、次々に試行して社会実装し、広く世界に販売していく。こうした日本発のユースケースの社会実装化がRapidus中心に進んでいくことが期待される。勿論、既に同社として最大限の努力をしている筈である。しかしながら、現状既に、同社1社が責任を負う局面ではないと考える。日本の産業界、アカデミアが総力を結集し日本発の最先端半導体の入った製品を世界中に販売していくことが重要だ。それこそが、現在日本が国家を挙げて推進する半導体政策の明確なゴールである。日本の半導体産業の再興、戦略的不可欠性獲得のため、為すべきことは既に明確である。
(出典: Anadolu / Getty Images)

地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
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主任客員研究員
2024年5月より地経学研究所にて現職 早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、1992年に総合商社入社。事業投資審査、与信取引審査、不動産事業審査、カントリーリスク分析、取引先格付、業界分析、産業メガトレンド分析、国内事業戦略、海外拠点戦略等を担当し、2021年より経済安全保障担当(経済安全保障コーディネーター第1期 修了)。2006年~2017年の11年間、総合商社シンクタンクにて、全事業分野に亘る業界分析業務に従事し、特にValue-Chain分析を専門とする。 2015年、東京大学Executive Management Program 第12期修了
2015年~2017年、科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター事業評価委員
2017年、文部科学省ナノテクノロジー・材料分野の研究開発戦略検討作業部会(第3回)にて「2050年に向けた産業メガトレンド」提言。
2025年、経済産業省経済安全保障ガイドライン研究会委員
2025年11月単著『地経学リスクからみた経済安全保障20の新常識:日本企業のための基礎知識と部署別対応』を中央経済社より出版 











