「政経分離」から「政経バランス」へ ~経済安全保障時代の日中関係~

トランプ大統領の中国訪問が終わり、米中双方は「建設的な戦略的安定関係」をそれぞれの言葉で語り始めた。本シリーズでも見てきたとおり、米国を含めた各国が中国との間でハイレベル往来を行い、中国との関係を再調整してきているが、日中関係は停滞したままである。中国は、強気な発信とは裏腹に、更なる経済発展のために安定的な国際環境を必要としており、欧米や周辺国との間で「微笑外交」を行い、リスクを減らそうとしている。日本との関係も例外ではないはずだが、中国は日本への批判を繰り返してやまない。日本は中国とどのように向き合えばいいのか。これまでの日中関係を振り返りつつ、両国関係を考えたい。
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「政経分離」の対中政策

戦後日本の対中政策は、政治と経済を切り離そうとする「政経分離」だった。1972年の国交正常化前の日本は、台湾をめぐる政治問題を棚上げして、中国大陸との経済関係を持とうとした。国交正常化後も、いわゆる1972年体制の下、歴史認識をめぐる問題等が沸き起こるなか、政治課題を曖昧にしたまま、政府開発援助(ODA)を提供し、中国からの経済的利益を追求した。日本は、中国を北朝鮮のような「内向きで貧しい国」ではなく「開かれた安定した国」にすべく、中国を国際社会に関与させ、経済成長させることを優先した。

「政経分離」は、戦後の日本にとって便利だった。日本は、日米同盟を基軸とし、政治的には中国との対立が避けられない一方で、経済成長のために中国市場を利用する必要があった。2006年に日中両国は「戦略的互恵関係」の構築に合意し、個別の問題があっても戦略的見地から関係を安定化させることで一致した。これも、二国間関係が悪くても経済を含む協力関係には影響させないという、形を変えた「政経分離」だった。

そして、経済面から見れば、「政経分離」は一定の成功を収めてきた。日中関係の頻繁なアップダウンとは対照的に、中国は2007年以降一貫して日本にとっての最大の貿易相手であり、現在でも日本の全貿易額の2割を占めている。また、日本企業の対中直接投資収益率は一貫して主要投資先の中でトップであり、多くの日本企業が中国市場を使って成長してきた。日本がバブル崩壊やリーマンショックといった危機を経験しながらも、現在の経済水準を維持してきたのは中国を利用したところが大きいだろう。

柔軟さを失う中国

だが、経済安全保障の時代には、二国間関係の悪化と切り離して経済を進めることは難しくなる。そもそも中国では、以前から政治と経済は不可分であり、経済は政治に制約される。実際、これまでの中国も、日中関係が悪くなれば経済面に影響を及ぼしてきたし、「政冷経熱」や「以民促官」として経済を通じて政治を動かそうとした。同時に、これまでの中国は、中国自身の発展のために、日中関係の悪化を経済面に全面的に影響させない柔軟さがあった。

だが、経済発展に自信をつけた中国は、経済を政治のために使用すること、経済的威圧を行って自らの主張を通すことに躊躇しなくなっている。また、中国は国家安全や社会的安定への意識を強め、経済成長を犠牲にしても安全を優先し始めており、柔軟さを失っている。さらに、中国は経済の「自立自強」を求め、政治的リスクのある国との経済関係に慎重になっている。

日本が経済安全保障の観点から、一定の分野で特定国への依存を減らそうとしているのと同様に、中国も一定の分野で政治的に難しい国との経済関係を見直し始めている。最近の厳しい対日姿勢も、中国政府による国内向けのメッセージという側面があるのだろう。中国政府は、日本に軍国主義のレッテルを貼り、また、日本向け両用品規制を強化することで、日本との取引に政治的リスクがあると中国国内に見直しを迫っている。

ヤヌスのすすめ

これまでのような「政経分離」はもはや使えない。だが、隣国であり、世界第二の経済大国である中国を使わずして日本の更なる成長も望めない。さらに、日本は安全保障を日米同盟に依存せざるを得ないが、中国が国際的な影響力を強める中で米国との関係の重要性が増し、中国との政治問題はより難しくなっている。日本としては、日中関係が悪化しても耐えられるような耐性をつけて中国経済と付き合うしかない。

まず、既に日本が進めているとおり、サプライチェーンを多元化するなどして中国への依存を減らし、戦略的自律性を高め耐性をつける必要がある。同志国と連携した戦略物資の調達先分散なども進んでいる。日本に同時に求められるのは、競争力のある産業を増やして戦略的不可欠性を高め、経済的威圧への耐性をつけることだ。そのためには、逆説的だが、いまや製造大国となった中国であり、競争の激しい中国市場を利用することが不可欠だ。先日のトランプ大統領の訪中にも、多くの米国大企業関係者が同行した。米国も中国市場を利用して更なる競争力を磨こうとしている。

企業にとって難しいのは、戦略的自律性の観点からは中国への依存を減らす必要があるが、戦略的不可欠性の観点からは中国の積極的な活用が必要になり、中国とどこでどう関与するのかという切り分けである。日本政府には、米国や同志国との意思疎通を通じて、どの分野で中国と競争し、どの分野では中国を利用するのかという「ルール作り」を進めることが求められる。

また、日本企業は、米中という2つの巨大市場を使いこなし、競争力を磨いていかねばならない。中国への過度な依存を減らしつつ、使える分野で中国を利用していき、国際市場で競争していく必要がある。そのためには、古代ローマ神話に出てくる「ヤヌス」(双面神)のように米中双方に違う顔を使い分け、米中双方でインサイダーとなるしかない。日本企業は、米国市場では戦略物資を提供し、中国市場で競争力を磨くといったヤヌスのような顔の使い分けを堂々とすればいい。同時に、米中それぞれとの政治とも、つかず離れずのバランスが求められる。

日本政府にとっても、日本企業が中国との結びつきを維持することは、中国への「抑止力」にもなる。中国側統計では、中国は米国や欧州との間では多額の貿易黒字だが、日本との貿易は収支均衡に近く、時に中国の貿易赤字となっており、日本への依存度は高い。最近の中国が激しい言葉をぶつけつつ、日本に踏み込んだ経済的措置を取らない背景の一つはここにある。

政治面をどうするか

経済安全保障の時代になり、中国は、政治関係を悪化させたまま経済のいいとこ取りはさせない、という姿勢を明確にしている。日本が政治と切り離して経済を進めようとしても、中国とはかみ合わないだろう。そして、中国は政治大国、経済大国となり、日中間の政治問題はより難しくなっている。経済面での耐性だけでなく、政治面の取り組みも考える必要がある。米国も、中国と厳しく対立しながらも、トランプ大統領がリスクを取って訪中し、習近平国家主席の訪米を招待するなどして、意思疎通を続けようとしている。欧州も、安全保障リスクや輸出攻勢に警戒を強めつつ、経済的利益のために一定の妥協をして中国とのハイレベル往来は続けている。

以前にも指摘したとおり、日本との問題は扱いを間違えると体制に関わりかねず、中国にとってリスクが高い。今回のトランプ大統領の訪中を前に、中国側は、「台湾、民主と人権、政治体制、発展の権利の4つは中国のレッドラインだ」とする発信を強化し、米国側を牽制した。訪問を通じて、米国側はこれらの分野に関する積極的な発信はしなかった。これらの政治問題は、日本が二国間で中国と対峙するのではなく、多数国間の枠組みなどで問題提起していくのも一案である。台湾をめぐる問題についても工夫が必要になるだろう。

「政経分離」の下、戦後の日本は中国との政治問題に深入りせず、経済関係という実利を優先しようとし、それが可能だった。政治と経済が切り離せなくなる中で、日本にも日本企業にも、自らの発展のため、政治を大きく犠牲にすることなく、経済的利益と両立させるような、新しいバランスが求められている。

(出典: 新華社/アフロ)

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国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、地経学研究所の研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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町田 穂高 主任客員研究員
東京大学法学部卒業後、2001年4月に外務省入省。中国・南京大学及び米国・ハーバード大学(修士号取得)を経て、在中国大使館において勤務。その後、中国・モンゴル課において、4年間に10回の首脳会談、12回の外相会談などのハイレベル会談の準備に従事した他、「日中高級事務レベル海洋協議」の立上げや「日中海上捜索・救助(SAR)協定」の原則合意に関する交渉を担当・主導した。また、日米地位協定室首席事務官として、「軍属補足協定」の締結や沖縄の負担軽減政策に関する日米交渉を総括した。在外勤務では、国連代表部において、安保理改革に関する各国との調整や世界的な働きかけを担当した他、在中国大使館において、中国経済や米中経済対立に関する情報収集・分析に従事。その他、二度の人事課勤務において、組織マネージメントも経験。2022年4月に外務省を退職。
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町田 穂高

主任客員研究員

東京大学法学部卒業後、2001年4月に外務省入省。中国・南京大学及び米国・ハーバード大学(修士号取得)を経て、在中国大使館において勤務。その後、中国・モンゴル課において、4年間に10回の首脳会談、12回の外相会談などのハイレベル会談の準備に従事した他、「日中高級事務レベル海洋協議」の立上げや「日中海上捜索・救助(SAR)協定」の原則合意に関する交渉を担当・主導した。また、日米地位協定室首席事務官として、「軍属補足協定」の締結や沖縄の負担軽減政策に関する日米交渉を総括した。在外勤務では、国連代表部において、安保理改革に関する各国との調整や世界的な働きかけを担当した他、在中国大使館において、中国経済や米中経済対立に関する情報収集・分析に従事。その他、二度の人事課勤務において、組織マネージメントも経験。2022年4月に外務省を退職。

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