金融・通貨の武器化と基軸通貨国の負担 ―デジタル通貨と通貨覇権(第1部)—

デジタル通貨の導入・広がりは、支払い手段の多様化、低コストで迅速な国際送金の実現などを通じて我々の生活をより便利にし、また企業活動をより効率的にする可能性を持つ。同時にそれは、現在のドル基軸通貨体制に影響を与えることで、地経学的なインプリケーションを持ちうることも指摘されている。金融・通貨はこれまで一般的に経済的な事象であると考えられてきた。それは今でも正しいが、経済が武器として地政学的目的の達成のための手段として使われる「地経学の時代」においては、金融・通貨の地経学的な側面についても十分な注意を払っておく必要がある。

以上の問題意識から、「デジタル通貨と通貨覇権」という切り口で現在の状況と将来のインプリケーションを考えていきたい。新たな通貨であるデジタル通貨が進展を見せる中で、それがいかなる地経学的な意味を持つのか、通貨覇権にどのような影響を与えるのか、について考えることとなる。大きく3部構成とし、第1部(本稿)は「金融・通貨の武器化と基軸通貨国の負担」を扱う。今後、第2部は「デジタル通貨の台頭と広がり」を考え、第3部で「ドル覇権とデジタル通貨」について現状を把握しつつ今後の行く末を考えてみたい。

第1部である本稿では、まず、第1節で、金融・通貨を武器化してきた歴史を振り返る。第2節では、基軸通貨がその提供国に大きな利益をもたらすという議論に対して、基軸通貨国は大きな負担も抱えるという議論を紹介する。
Index 目次

1.金融・通貨の武器化 ―歴史と現状―

1.1 金融による情報収集

2026年2月9日、ブルームバーグニュースは、中国の規制当局が米国債の保有を抑制するよう金融機関に勧告している、と報じた[3]。匿名を条件に話した関係者はその背景を、「米国債を大量に保有することで銀行が急激な価格変動にさらされかねないとの当局の警戒感の高まりを反映している」と説明したという。今回の中国による米国債保有抑制という動きをドル覇権に対する中国の攻撃と単純に決めつけることには慎重であるべきであろう。国債価格は、金利が上昇すれば下落することから、自国の金融機関が米国債を過剰に保有している場合に、金融セクターの健全性の観点からそうした過剰な米国債保有を抑制しようと考えることは、経済的な視点からは十分あり得ることである。他方で、今日の国際社会では、様々な経済的なつながりが「武器」として使用されることがますます頻繁となってきている。外交的、地政学的な目的を達成するためのレアアースの輸出の制限、技術移転の制限など、日々新聞紙上をにぎわせている。こうした経済的なつながりの「武器化」は、モノや技術のつながりに留まるものではなく、金融・通貨の世界でも生じ得るものだ。例えば、経済制裁という武器を使うに際して、当該国への融資の禁止や、金融資産の凍結はしばしば用いられている。米国債についても、制裁対象国に対して米当局が利払い・償還を控えるという理論的可能性は存在するし、また、米国債を保有する側も、そうしたリスクを減らすために米国債の保有を抑制すること、さらには積極的のドルの価値を毀損させるために米国債の売却を図ることも(劇薬ではあるが)考えられよう。従って、通常は狭義の経済的視点のみから語られることの多い金融・通貨についても「武器化」の可能性を認識した上でその地経学的な影響について、我々は十分な注意を払っておく必要がある。

 

金融・通貨の「武器化」は、現在関心が高まってはいるが、これは必ずしも最近急に始まった現象ではない。有名なのはSWIFT[4]の「武器化」だ。SWIFTはSociety for Worldwide Interbank Financial Telecommunicationの略であり、参加金融機関の間の国際金融取引に際してメッセージを伝送するネットワークシステムだ。(しばしば誤解されているが、SWIFTは支払いシステムではない。) 銀行間の国際通信は、1840年代のテレグラフに始まる。その後、テレックスが登場、1957年には利用者数でテレックスがテレグラフを凌駕した。しかし、テレックスは一般ネットワークを使うことでセキュリティ上の懸念があり、また、テストキーの計算を手動で行う必要があるなど多大な人的労力も必要だった。専用ネットワークを用いたより効率的なメッセージ・システムを作る動きが1960年代から欧米で始まり、1973年5月にベルギーを本部に設立されたのがSWIFTだ[5]。SWIFTは1977年にサービスを開始、その後、順調に参加銀行および通信量を拡大する。このSWIFTに転機を与えたのが2001年9月11日の米国同時多発テロだ。組織的なテロが行われる場合にはお金が動く。国家の威信をかけてテロの再発を防止したい米国は、SWIFTに情報提供を行うよう圧力をかけ、SWIFTはそれを受け入れる。以降米国は、SWIFTを通じた情報収集を継続する。

1.2 SWIFT排除と金融制裁

SWIFTの「武器化」は情報収集だけではない。米国は、イランの核開発を阻止する観点で、米国の制裁対象であるイランの銀行がSWIFTを利用していることを問題視した。米国の上院は、2012年2月に、SWIFT自身に制裁を科し得るという法案を可決する。EUも、2012年3月に制裁対象へのメッセージサービスを禁ずると決定。これを受けてSWIFTは、イランの制裁対象銀行をSWIFTから排除することを決定した。2022年2月のロシアによるウクライナ侵略に際しても、SWIFTは登場する。2022年2月24日の侵略直後、日本を含む西側諸国は、ロシアに対する制裁を表明、その一環として、ロシアの複数の銀行をSWIFTから排除することが表明された。ロシアに対しては、SWIFTからの排除にとどまらず、ロシアが海外の銀行に保有する金融資産の凍結も実施された。

SWIFTの「武器化」は象徴的で有名だが、金融・通貨の「武器化」はSWIFTに留まらない。クロスボーダーの金融取引は、現在、その大半が米ドル建で行われている。これらは米国内のコルレス銀行(中継銀行)を経由して決済が行われるため、米国は、ドル建ての取引に関して管轄権を有し、米国にとって有害な取引に対して干渉することができる。すなわち、ドルが基軸通貨であるという現在の国際金融体制の下で、米国は、金融の「武器化」を通じて非対称で圧倒的な力を発揮することができるのである。

2.基軸通貨国の負担

前節で記載のとおり、米国は基軸通貨国として、金融・通貨を武器として利用できる。これに加えて、基軸通貨国であることで低利の借入が可能になるといったメリットもある。他方で、基軸通貨国であることに伴い大きな負担が発生しているとの議論もある。本節では、こうした議論につき整理の上で説明する。

2.1 基軸通貨国の法外な特権

米国は基軸通貨国として、金融・通貨を武器として利用することが可能であり、実際に利用してきた。これは米国に安全保障、外交上の多大なメリットを与えてきた。しかし、基軸通貨国が享受するメリットはこれだけではない。多くの国や企業は、決済などのために基軸通貨である米ドルを保有しておく必要がある。しかし、米ドル札をキャッシュで手許に置いても金利がつかないので、多くの米ドル保有者は、米国債をはじめとする米国の資産に投融資する。米国資産に投融資したい主体が海外にたくさんいるということは、米国は、基軸通貨国であるが故に低い金利で海外から資金調達を行えることを意味する。海外からの資金の流入は資本収支の黒字であるが、これは、貿易赤字を含む経常収支の赤字をファイナンスする。平たく言えば、基軸通貨国である米国は、低利で海外から資本が流入するので、国内で貯蓄以上の消費を行い経常収支の赤字が続いても(それが一定の限度内であれば)持続可能ということになる。後にフランス大統領となるジスカールデスタンは、財務大臣だった1960年代に、こうした米国の有利な立場を「法外な特権」(exorbitant privilege)と批判した。基軸通貨国であるということは、他国がうらやむ特権であるというのが一般的な見方だったのである。現在でも、全体としてみた場合には基軸通貨国であることはメリットが大きいという見方が支配的である。トランプ大統領自身、米ドルが基軸通貨であり続けることの重要性を再三強調している。しかし、基軸通貨国であることに伴い、負担も生ずるという議論も存在する。そうした議論を次に紹介したい。

2.2 基軸通貨国の負担という議論

基軸通貨国の負担を強調する議論を提示したのが現在FRB理事のスティ―ブン・ミラン氏だ。ミラン氏は、2024年11月に執筆した“A Users Guide to Restructuring the Global Trading System” [6]というペーパーにおいて、まず、基軸通貨国であることで生じる米国の借り入れコストの低下は、言われているほど大きくないと主張する。その上で、基軸通貨国であるが故に米国が金融を武器として使えるメリットは認めつつも、より大きな問題点として、基軸通貨国であり海外から資金が流入するためにドルが割高となり、これが製造業をはじめとする米国の競争力に悪影響を与えていると主張する。ミラン氏は、対応として、米国が関税を引き上げることで貿易収支の赤字を減らす方法を述べると共に、1985年のプラザ合意の時のように、多国間が割高であるドルを減価させることに合意するマールアラーゴ合意を提唱する。そこでは、参加国はドル安誘導するために米国債などのドル建て資産を一定程度売却するが、結果としてドルの長期金利が跳ね上がることを避けるために、参加国が保有し続ける米国債の期間を短期から長期に(例えば100年債に)振り替えることが提案されている。

マールアラーゴ合意はその現実性には疑問があり、トランプ政権入りした後にミラン氏自身、これは現政権の方針ではないと説明している。しかしながら、少なくとも、基軸通貨国であることは利益よりも負担が大きい、そのために各国は米国に協力すべきだという姿勢は、トランプ政権の方向性とも平仄があっているように思われる。なお、トランプ大統領は、ドルの基軸通貨としての地位を守ると複数回発言しており、また、ミラン・ペーパーも、ドルが基軸通貨の立場を放棄することは主張していない。トリフィンのジレンマ(基軸通貨国は自国通貨を世界に供給するために経常収支赤字を甘受する必要があるが、経常収支赤字が巨額になり過ぎると通貨の信認を維持できなくなるというジレンマ)自体は以前より指摘されていたが、ミラン氏は、米国製造業に及ぼす悪影響を重視し、基軸通貨国のコストを強調しつつ、対応として基軸通貨の地位を捨てるのではなく各国がその負担を分担すべきと強調する点に特徴がある。

これまで、金融・通貨は国際政治の場で武器として利用され得ること、基軸通貨国は金融・通貨を武器化する点で有利な立場にあること、海外から低利の融資を受けられるという点で基軸通貨国は「法外な特権」を有すること、他方で、基軸通貨国であるが故に為替が割高となり製造業の国際競争力に悪影響を与えるという議論もあることを見てきた。この後、第2部では、デジタル通貨の登場・進化をデジタル通貨の種類毎に詳細に分析する。その上で第3部では、そうしたデジタル通貨の進展が及ぼす国際政治上の影響、特に基軸通貨としてのドルの地位に与える影響について考えていく。

(第1部、了)

(画像出典:Shutterstock)

脚注

  • [1] 本稿は、双日総合研究所「季報」17号(2026年2月)をベースに加筆修正したものである。
  • [2] 本執筆に際しては、財務省国際局地域協力課の津田夏樹課長、King Dollarの著者であるPaul Blustein氏と、それぞれ意見交換の機会を得た。各氏から大変貴重かつ有益なインプットをいただいたことに感謝申し上げたい。また、国際文化会館・地経学研究所の鈴木一人所長から、本稿につき大変貴重なコメントとアドバイスをいただいたことにも感謝申し上げたい。なお、本論考自体はあくまで大矢個人の考えでありいかなる組織の見解を示すものでもなく、文責は大矢のみにある。
  • [3] 中国が米国債の保有抑制を銀行に促す、市場リスクで-関係者 – Bloomberg ブルームバーグニュース 2026年2月9日
  • [4] SWIFTは正式なリブランドでは無いものの、親しみやすさ等の観点から近年Swiftという標記も増やしているようである。本稿ではとりあえず伝統的なSWIFTを使用している。
  • [5] SWIFTの本部はベルギーであり、組織としてのSWIFTへの管轄権はベルギーとEUが持っており、米国が当然に管轄権を有する訳ではない。しかし、米国は後述のとおりSWIFTへの圧力をかけ、さらにはイラン箇所で記載のとおり(長い手を伸ばして)米国の制裁を課すという脅しも使ってSWIFTに米国が望む行動を強いてきたという歴史がある。
  • [6] 638199_A_Users_Guide_to_Restructuring_the_Global_Trading_System.pdf “A Users Guide to Restructuring the Global Trading System”, Stephen Miran, November 2024, Hudson Bay Capital
大矢 伸 主任客員研究員
2024年11月より現職。その前は国際協力銀行(JBIC)にてインフラや資源プロジェクトのファイナンス、排出権ファンドの立ち上げ等に従事すると共に、JBICニューデリー事務所長、欧州復興開発銀行(EBRD)東京事務所長など歴任。2024年8月より双日総合研究所チーフアナリスト。 ボストン大学法学修士 ジョージワシントン大学金融修士
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大矢 伸

主任客員研究員

2024年11月より現職。その前は国際協力銀行(JBIC)にてインフラや資源プロジェクトのファイナンス、排出権ファンドの立ち上げ等に従事すると共に、JBICニューデリー事務所長、欧州復興開発銀行(EBRD)東京事務所長など歴任。2024年8月より双日総合研究所チーフアナリスト。 ボストン大学法学修士 ジョージワシントン大学金融修士

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