リベラルな価値の後の同盟:第二次トランプ政権の宗教外交と日米関係

リベラルな価値の後の同盟:第二次トランプ政権の宗教外交と日米関係
戦後の国際秩序において、日本と米国の同盟は単なる軍事同盟ではなかった。冷戦期には共産主義に対抗する「自由世界」の一員として、冷戦後には民主主義、人権、市場経済といったリベラルな価値を共有する国家として、両国は自らを位置づけてきた。もちろん安全保障上の必要性や経済的な利益が同盟の基盤であったことはいうまでもない。だが同時に、日米同盟は価値を共有する国家同士の結びつきとして正当化されてきたのである。

しかし近年、その前提が揺らぎ始めている。とりわけ第二次トランプ政権は、従来のアメリカが国内外で掲げてきたリベラルな価値をむしろ自ら踏み躙り、キリスト教をアメリカ国家の中心的な価値として再定義しようとしているようにみえる。

この変化は単なる国内政治上の現象ではない。もしアメリカがリベラルな価値を外交の中心的な理念として掲げることをやめ、キリスト教を中心とする独自の国家理念を前面に押し出すのであれば、それは同盟国との関係にも少なからぬ影響を及ぼすことになるだろう。戦後を通じて、アメリカ主導のリベラルな国際秩序のもとに位置づけられてきた日本にとって、その意味は決して小さくない。

そこで本稿では、まず第二次トランプ政権下における宗教政策の変化を整理し、キリスト教を国家の中心的な価値として位置づけようとする動向を確認する。次に、中国との関係を事例として、宗教の自由という理念が外交においてどのように選択的に用いられているのかを検討する。最後に、日本における統一教会問題を手がかりとして、リベラルな価値の共有という日米関係の前提が変容した場合に生じうる外交的な緊張について考察したい。
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国家理念としてのキリスト教

2026年5月17日、ワシントンDCのナショナル・モールで「再び捧げよ、250」(Rededicate 250)と題する大規模な集会が開催された。この会合は、建国250周年を祝う「アメリカ250」関連事業の最初の主要イベントであり、約7時間半にわたって音楽と演説が続いた。会場には著名な福音派の指導者に加え、保守派カトリックの聖職者やユダヤ教のラビも登壇した。さらにマイク・ジョンソン下院議長、ピート・ヘグセス国防長官、マルコ・ルビオ国務長官、J・D・ヴァンス副大統領、そしてトランプ大統領自身も姿を見せた。

この会合は単なる宗教イベントではない。アメリカを再び神へ捧げることで国家を再生するという明確な政治的なメッセージが込められていたからだ。会場で流れた現代的な礼拝音楽や繰り返し語られた演説からうかがえるのは、リベラルな価値観によって世俗化したと彼らが考えるアメリカを、再び宗教的な基盤の上に築き直そうとする試みである。

25年1月に第二次政権が発足して以降、こうした傾向は明らかだった。連邦政府を横断する形で組織された「反キリスト教的な偏見を根絶するタスクフォース」、福音派のポーラ・ホワイト牧師を上級顧問とする「信仰局」などは、保守的なキリスト教の価値を擁護するために組織されており、バイデン政権で加速したDEI(多様性、公平性、包摂性)政策を政府や公共圏から排除することを目的とする。とくに信仰局は、250周年記念イベントにも深く関与しており、各種イベントを通して保守的なキリスト教の価値を国民へ浸透させることを試みている。

外交において重要なのは、25年5月に発足した宗教自由委員会である。宗教の自由を名乗りつつも、保護されるのは少数者の権利一般ではない。保護されるのは、むしろリベラルな社会で周縁化されてきたと彼らが考える保守的なキリスト教だ。また、海外のキリスト教徒たちを保護する目的もあり、26年2月の国家朝餐祈祷会で、政権は中国をはじめとして各地で迫害を受けているキリスト教徒たち6名をホワイトハウスに招くなどした。

このように、現政権の特徴は、キリスト教を制度として定着させようとしている点にある。信仰局など各部局は、それぞれ異なる役割を担いながらも、保守的なキリスト教を国家理念の中心へ再配置しようとする共通の方向性を持っていると言えるだろう。

対中外交におけるキリスト教的な価値観

こうした変化は外交においてどのように現れているのだろうか。その試金石となるのが中国だ。中国共産党による地下教会への弾圧は、長年にわたり米国の宗教保守層や人権団体が批判してきた問題であり、第二次トランプ政権の宗教外交を検証する上でも重要な事例である。実際、政権は中国における地下教会への弾圧についても国務省を中心に問題視してきた。

しかし、その姿勢は、従来のアメリカの価値外交が持っていたような普遍性はない。26年5月に行われた米中首脳会談において、トランプ大統領は宗教の自由の問題を大きな外交課題として取り上げることはなかった。報道によれば、地下教会指導者である金 明日(Jin Mingri)牧師の釈放については、習近平国家主席に提起したものの、新疆ウイグル自治区、チベット、法輪功、香港、地下教会全般といった広範な宗教・人権問題を包括的に論じた形跡はみられない。

この点は、宗教保守層に支援された過去の共和党政権と比較しても消極的だと言わざるを得ない。例えば2005年の訪中時、ジョージ・W・ブッシュ大統領は、中国人は自由に礼拝する権利を持つべきだと発言し、地下教会やカトリック教会、さらにはチベット仏教の問題にも言及した。そこには民主主義、人権、宗教の自由といった普遍的価値を中国に促そうとする意図があった。

ここから見えてくるのは、宗教の自由が普遍的な価値として一貫して追求されているというよりも、国家間交渉の文脈の中で選択的に用いられているという姿である。

もちろん、だからといって宗教的価値が外交から消えたわけではない。金牧師の問題を習主席との会談で取り上げたこと自体、米国内の宗教保守層に対する重要なメッセージとなっているからだ。さらに注目すべきなのは、その位置づけの変化だ。かつてそれはアメリカが国際秩序に求める普遍的価値の一部であった。しかし現在では、状況に応じて用いられる外交資源の一つとしての性格を強めている。

変容する価値外交と日米関係

戦後の日米関係はリベラルな価値の共有によって正当化されてきた。しかし第二次トランプ政権が重視する価値は、民主主義や人権よりも宗教保守層の関心に近づきつつある。宗教の自由が外交資源として選択的に用いられるようになったとすれば、その影響は中国との関係だけにとどまらない。同盟国である日本もまた、その対象となりうる。

その一例が日本の統一教会問題だ。安倍晋三元首相銃撃事件以降、日本政府は解散命令請求など宗教法人への規制を強化してきた。他方、米国の宗教保守層の一部はこれを宗教自由の問題として捉えており、マイク・ポンペオ元国務長官らも日本政府の対応に懸念を示している。

もちろん、これによって日米同盟そのものが揺らぐわけではない。しかし、リベラルな価値を共有する国家という従来の理解は再検討を迫られることになるだろう。安全保障上の同盟関係が維持される一方で、価値における基盤は変容しつつあるからだ。

この変化は、単なる宗教政策の問題ではない。その背後には、リベラルな国際秩序そのものの動揺が存在する。大国が台頭し、国際秩序が機能不全に陥っているのは否定できない。その中で、限られたレアアースなどの資源やAIなどの最新技術をめぐり各国が存亡をかけた競い合いに入ったいま、宗教的な言説やシンボルが利用されるのは、国家への求心力を高めるという観点から理解可能だ。むしろ第二次トランプ政権や宗教保守層の立場からすれば、過度な多文化主義は国家への求心力を弱める要因として映っている。

こうした米国の変化に対して、日本が同様の価値転換を遂げるのは難しい。大国に囲まれ、資源に乏しい日本にとって、他国に開かれ続けることは繁栄の条件だ。安全保障や経済の点から言っても、日米同盟を容易に手放すことも難しい。とはいえ、米国の変化を無視し、従来通りリベラルな価値が外交の中核を担うと想定することも無謀だ。むしろ日本には、米国における価値の変化を直視しつつ、外交関係の多元化を進めるとともに、自らの価値の基盤を改めて問い直すことが求められているのではないだろうか。

本稿で見てきたように、第二次トランプ政権は保守的なキリスト教を国家理念の中心へと再配置しようとしている。その影響は国内政治にとどまらず、外交政策にも及んでいる。しかし注目すべきなのは、宗教の自由が外交から消えたことではない。むしろその位置づけが変化しているのである。

本稿の議論が示しているのは、日米同盟の終焉ではない。むしろ、戦後の日米関係を支えてきた「価値の共有」という前提が変容しつつあるという事実である。リベラルな価値が共有されえない時代の日米同盟とは何か。その問いは、第二次トランプ政権の登場によって、これまで以上に切実なものとなっている。

(出典: Andrew Harnik / Getty Images North America)

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加藤 喜之 主任客員研究員
1979年、愛知生まれ。プリンストン神学大学院博士課程修了(Ph.D取得)。東京基督教大学准教授、ケンブリッジ大学クレア・ホールやロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでの客員フェローなどを経て、立教大学文学部教授。 【兼職】 立教大学文学部教授
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加藤 喜之

主任客員研究員

1979年、愛知生まれ。プリンストン神学大学院博士課程修了(Ph.D取得)。東京基督教大学准教授、ケンブリッジ大学クレア・ホールやロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでの客員フェローなどを経て、立教大学文学部教授。 【兼職】 立教大学文学部教授

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