揺らぐ米欧関係のなかのドイツ: 停滞していた「時代の転換」はいま動き始めているのか?

揺らぐ米欧関係のなかのドイツ: 停滞していた「時代の転換」はいま動き始めているのか?
第二次トランプ政権の発足から6月3日で500日が経ち、関税交渉やグリーンランド領有を仄めかす発言、ベネズエラ軍事作戦やイラン攻撃など、世界はその国際秩序を揺るがす動きに翻弄されてきた。とりわけ厳しい課題に直面しているのは、NATO(北大西洋条約機構)加盟国として安全保障分野におけるより大きな負担分担を求められている欧州諸国である。

本稿が注目するのは、欧州最大の経済大国であるとともにNATOのなかでも重要な位置を占め、欧州の安全保障のみならず米欧関係に大きな影響を及ぼしうるドイツである。厳しさを増す安全保障環境とトランプ政権による圧力のなかで昨年5月に政権に就いたメルツ首相は、所信表明演説で独連邦軍を欧州最強の通常軍にすると述べ、就任以来、積極的な防衛力強化の方針を打ち出してきた。戦後、防衛力の増強に慎重な姿勢を取りつつ、基本的には親米路線として知られる「西側結合」を模索してきたドイツは、どのようにトランプ政権に向き合い、安全保障政策を変化させているのだろうか。
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ウクライナ戦争で起こらなかった「時代の転換」?

2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻が世界を震撼させたとき、ドイツで政権を執っていたのは社会民主党(SPD)のショルツ前首相であった。ショルツ首相が侵攻から3日後の連邦議会で宣言した「時代の転換(Zeitenwende)」は、ドイツのそれまでの慎重な防衛政策や宥和的ともいえる対ロ政策の変化を示すものと受け止められ、国内外で話題を呼んだ。さらに、Zeitenwendeというドイツ語の単語をタイトルに冠して『フォーリン・アフェアーズ』誌に発表されたショルツ首相による論文は、ドイツの安全保障認識の転換とともに、米国のみに頼らない同盟国による負担の必要性を国際社会に発信するものとなった。

しかし、その姿勢が広く評価され、Zeitenwendeという言葉が人口に膾炙(かいしゃ)したものの、実際の安全保障政策に大きな転換がみられたとは言い難い。重火器をはじめとするウクライナへの武器供与は遅れ、GDP比2%の防衛支出目標が未達成に終わったことに加え、2月の演説以来、煮え切らない発言の続くショルツ首相のリーダーシップに疑問符が付されるようになったのである。

ショルツ首相は国内でも3党から成る連立政権を抱えて困難な舵取りを迫られ、2023年には国家安全保障戦略を発表したものの、連立協定で謳われていた国家安全保障会議の設立は見送らざるを得なかった。また、3党は防衛費の増額に制約を課していた財政規律についても改定合意に至ることができず、財務相を擁していた自由民主党(FDP)の離脱によって2024年11月に政権が崩壊し、翌年2月には異例の前倒し総選挙が行われることとなった。

ここで注目すべきは、困難な政権運営や重火器の供与について二分されていた世論の動向に加え、米国では「民主主義を守る戦い」としてウクライナ支援の継続を掲げるバイデン大統領が継続して政権運営にあたっていた点である。西側同盟を堅持する米国の存在によってNATOの結束が促されたことにより、ショルツ政権下の「転換」は、安全保障における米国への依存という規定路線の枠内で構想され、実践された。ロシアによるウクライナ侵攻だけではドイツの安全保障政策を「転換」させきれなかった、といえるかもしれない。

メルツとトランプ

2025年2月、第二次トランプ政権の発足から1か月が経った頃に連邦議会選挙が行われ、20年ほど政界を離れていたメルツ・キリスト教民主同盟(CDU)党首が首相候補となった。メルケル元首相の政敵であったこの政治家は、米資産運用会社ブラックロックのドイツ部門幹部や欧米協力を推進する「アトランティック・ブリュッケ(大西洋の橋)」の会長を務めた過去があり、個人的にも米国と関係が深いことで知られる。

選挙後の3月、メルツ党首はすでに新政権発足前の旧議会においてイニシアチブを発揮した。国債発行の上限を定めた基本法の「債務ブレーキ」条項改正案が採択され、GDP比1%を超える防衛費が債務ブレーキの対象外とされることとなったのである。これにより、それまで特別基金という例外的な形をとってきた防衛費の増額を継続的に可能とする構造が整備された。5月6日に正式に就任したメルツ首相は、6月のNATO首脳会議でGDP比5%の防衛支出目標を積極的に支持し、英仏伊首脳とともにウクライナのゼレンスキー大統領の訪米に同行したほか、EU(欧州連合)による900億ユーロの対ウクライナ融資やロシア凍結資産の活用についても明確な立場を取り、存在感を示した。また、二国間でもフランスとの間で欧州における核抑止力についての協議を開始し、ウクライナとはドローンの共同生産などの防衛協力を進めるとしている。

ショルツ前首相にとって足枷となった連立政権の運営は、社会保障政策をめぐる不一致が目立つものの、外交・安全保障政策においては比較的安定しているように見える。前政権の途中で就任し、続投となったSPD所属のピストリウス国防相との間で連邦軍の改革をはじめとする連携が図られていることに加え、昨年8月にはより包括的な安全保障政策の調整を可能とする国家安全保障会議が設立され、今年4月に戦後初の軍事戦略も策定された。また、債務ブレーキ条項の改正を受け、厳しい経済状況が続く中でも中期財政計画には多額の防衛支出が盛り込まれた。2029年までの安全保障関連支出は2023年の3倍にあたる1,520億ユーロに上ると見込まれており、ドイツの軍事費支出はいまや世界第4位である。

では、何がロシアによるウクライナ侵攻ですら十分な動機とならなかったドイツの安全保障政策に転換をもたらしたのだろうか。連立政権内の状況や世論の影響も一定程度考えられるものの、何よりトランプ政権による米国の路線転換が大きな影響を与えていることは間違いないだろう。欧州の指導者たちの間では、第一次政権時から欧州の同盟国に対してより多くの負担を求めてきたトランプ政権に向き合うなかで、特に安全保障面において従来の米国依存から脱却し、より「自律した欧州」を目指さなければならないという意識が芽生えてきているようだ。今ようやく、ドイツ自身も他の欧州諸国も、戦後防衛力の増強に慎重であり続けたドイツの転換を受け入れつつあるのかもしれない。

「頼れるドイツ」になれるのか?

しかし、「自律した欧州」といっても、米国抜きで欧州の安全保障を考えることはできず、トランプ政権に変化を期待することもできないだろう。また、安全保障認識の転換が防衛力の強化に直結するわけではなく、GDP比からみたドイツの防衛支出はロシアの脅威に直面する東欧・バルト諸国にいまだ遠く及ばず、連邦軍の人員不足も深刻である。このような状況にドイツはどう向き合うべきだろうか。

安全保障環境が厳しさを増し、国際秩序が揺らぐなかでメルツ政権に求められるのは、トランプ大統領との表立った対立や応酬ではなく、他の欧州諸国や同志国との協力のうえで対米依存の防衛戦略から脱却し、自国にとってもNATO同盟国にとっても利益となる防衛力強化のための努力を継続しつつ、同盟への貢献を積極的に発信していくことではないだろうか。その際、国際秩序の擁護者としての立場を強調し、大戦の記憶からドイツの「大国化」を懸念してきた近隣諸国や国内世論への説得も試みるべきであろう。

第一次トランプ政権時、リベラルな国際秩序の提唱者であるジョン・アイケンベリー・米プリンストン大教授は、米国が自らの責任を放棄するなか、リベラルな国際秩序の存続は日独の指導者にかかっていると論じた。トランプ政権下の米国との関係を可能な限り良好に保ちながら自国の防衛力を増強し、国際法に基づくリベラルな秩序を擁護していくため、ドイツが担うべき責任は重い。

(出典: NurPhoto / Getty Images)

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田口 季京 リサーチ・アシスタント
在ドイツ日本国大使館専門調査員(政務)、コンラート・アデナウアー財団日本事務所 日本プログラム プロジェクト・マネージャーを経て2025年7月より現職。慶應義塾大学法学部政治学科卒業、慶應義塾大学大学院法学研究科前期博士課程(政治学)およびイェーナ大学修士課程(歴史学・政治学)修了。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程在籍。 専門は現代ドイツ外交史、現代ドイツ政治。
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田口 季京

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在ドイツ日本国大使館専門調査員(政務)、コンラート・アデナウアー財団日本事務所 日本プログラム プロジェクト・マネージャーを経て2025年7月より現職。慶應義塾大学法学部政治学科卒業、慶應義塾大学大学院法学研究科前期博士課程(政治学)およびイェーナ大学修士課程(歴史学・政治学)修了。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程在籍。 専門は現代ドイツ外交史、現代ドイツ政治。

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