科学研究・イノベーション・安全保障をどう接続するか

2026年3月、第7期科学技術・イノベーション基本計画(以下、「第7期」)が閣議決定された。
科学技術・イノベーション基本計画とは、日本の科学技術政策の5年間のマスタープランである。何に重点的に投資するのか、大学や企業による研究開発をどう支えるのか、研究成果を社会にどう生かすのか、といった政府の基本方針を示す。1996年の第1期から5年ごとに策定され、「第6期」からは…(以下、本文に続きます)
第7期で何が変わったのか
2026年3月、第7期科学技術・イノベーション基本計画(以下、「第7期」)が閣議決定された。
科学技術・イノベーション基本計画とは、日本の科学技術政策の5年間のマスタープランである。何に重点的に投資するのか、大学や企業による研究開発をどう支えるのか、研究成果を社会にどう生かすのか、といった政府の基本方針を示す。1996年の第1期から5年ごとに策定され、「第6期」からは「イノベーション」が計画の名称にも加わった。政策全体の司令塔の役割を担うのが、内閣府に置かれた総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)である。内閣総理大臣を議長とし、関係閣僚や有識者が参加して、科学技術・イノベーション政策の基本方針や重点分野について政府全体を調整する。
「第7期」でとりわけ注目されるのは、「科学技術と国家安全保障との有機的連携」が主要な政策課題として明示されたことである。もっとも、科学技術政策と安全保障との接続が、ここで突然始まったわけではない。「第6期」(2021年閣議決定)にも、国家間の技術競争や技術流出への警戒、研究活動の透明性と公正性を確保する研究インテグリティなど、安全保障を意識した問題認識はすでに現れていた。さらに「第6期」の期間中には、2022年の経済安全保障推進法の成立、経済安全保障重要技術育成プログラム(K Program)の立ち上げなど、重要技術を安全保障と結びつける政策が相次いで進められた。
こうした重要技術をめぐる政策展開を背景に、「第7期」では「技術領域の戦略的重点化」が進められている。ここでは17の「新興・基盤技術領域」が設定され、そのうちAI・先端ロボット、量子、半導体・通信、バイオ・ヘルスケア、フュージョン(核融合)エネルギー、宇宙の6分野を「国家戦略技術領域」として重点的に支援することが謳われている。
注目したいのは、そこで重視される技術領域である。AI、量子、半導体、宇宙、バイオなどは、「第7期」だけでなく、経済安全保障、防衛、成長戦略でも重要技術として繰り返し現れる。科学的な有望性や社会課題への対応、産業競争力、経済安全保障上の自律性・不可欠性、そして防衛力への寄与など、重視される理由はそれぞれ異なりつつも、政策の対象となる技術群は収斂しつつある。
「第7期」を特徴づけるのは、こうした動きを単に追認したことではない。科学技術・イノベーション政策と国家安全保障政策の「それぞれの目的」を認識しつつも、両者の連動性を高め、「有機的な連携」を強化するとした点にある。すでに別々の政策領域で進んでいた重要技術への重点化を、科学技術政策の側から受け止めつつ、国家安全保障との接続そのものを基本計画の政策目標に据えた。その意味において、「第7期」は、複数の政策の流れが科学技術政策の中で合流する結節点とみることができる。
科学研究の振興、イノベーションを通じた経済的・社会的価値の実現、そして安全保障上の要請という、性格の異なる政策課題が一つの計画に収められたとき、それぞれの論理はどのように接続され、その重なりはどう統治されるのであろうか。
デュアルユース技術がつなぐもの
ドローン、人工知能、衛星通信、半導体など、民生分野で発展した技術が安全保障上も重要な役割を果たす例は増えている。開発主体や当初の用途だけを見て、民生技術と防衛技術を区分することは難しい。大学や研究機関で行われる基礎的な研究も、この状況の外にあるわけではない。「第7期」が、民生用の技術と安全保障用の技術を実際に区別することは「極めて困難」であるとの認識を示すのは、こうした現実を踏まえたものである。
そのうえで「第7期」は、デュアルユース(軍民両用)技術(DUT)への投資が科学技術の発展や産業競争力の強化、長期的な経済成長に資するとし、その優位性の維持・向上を国家安全保障の観点からも重視する。この記述からは、DUTが単なる技術の分類というより、科学技術、産業、経済安全保障、国家安全保障をつなぐ媒介と読むことができる。具体的には、既存の防衛産業だけでなく、幅広い企業やスタートアップ、大学、国立研究開発法人(国研)が参画する「安全保障分野におけるエコシステム」の構築を掲げている。さらに、そのエコシステムにおいて、民生と安全保障の間で技術が行き来する「双方向の流れ」を促進するとしている。
ここで大学や研究者に期待される役割も広がる。「第7期」はDUTについて「基礎的段階を含め」研究開発を進め、大学や国研における新たな研究拠点の形成や基礎研究支援の強化を検討するとしている。防衛省の基礎研究等についても、研究者が「躊躇なく参画」できるよう対話と理解増進を進めるとされる。大学と安全保障との接点自体は新しくないが、従来からの研究インテグリティや研究セキュリティを通じた「守る」という役割に加えて、安全保障に資する技術を「育てる」主体としての役割がより明確になったのである。
しかも、育成と保護は別々に進められるわけではない。DUTの戦略的研究開発と並んで、経済安全保障上の重要技術について「プロモーション(育成)」と「プロテクション(保護)」を進め、研究セキュリティの強化も求めている。DUTを媒介として、同一の技術と研究開発主体に、研究開発、社会実装、安全保障分野での利用、保護という複数の政策的要請が重なるようになっている。
重なる政策の論理――なぜ統治が問われるのか
問題は、性格の異なる政策が、同じ技術や研究開発の現場に及ぶとき、それぞれが拠って立つ論理の重心の違いが表面化することである。科学研究が重んじるのは研究者の自律性や研究の多様性、長期的な知の蓄積であり、イノベーション政策は事業化と社会実装による価値の創出を求める。安全保障政策では、国家的な優先順位、技術的優位、保全とリスク管理が前に出る。
しかも、これらは単に複数の観点が並立しているだけではない。安全保障上の管理を強めすぎれば、国際共同研究や自由な探索の余地を狭め、研究力を損ないかねない。逆に開放性を優先しすぎれば、重要技術の流出や技術的優位の喪失を招きうる。一つの価値を守ることが、別の価値にコストを及ぼすのである。
費用と責任の配分も、同じ問題の一部である。安全保障分野に参画する大学や研究者には、共同研究相手や資金源の確認、研究データの管理など、研究セキュリティ上の実務も伴う。これらは、従来の研究上の判断に加えて、安全保障上の考慮も求められることを意味する。その負担を政府、大学、研究者、企業の間でどう分かち合うのかは、科学技術と安全保障の連携を持続させるうえで避けて通れない課題である。
だからこそ統治が問われる。ここでいう統治とは、異なる政策目的が衝突したとき、誰が、何を基準に優先順位を決め、その費用と責任をどう分担するかを定めることである。しかも統治は、すでに始まっている。重要技術への選択的な資金配分は研究開発の方向を左右し、研究セキュリティや輸出管理は共同研究の相手や成果の扱いに及んでいる。問われているのは統治の要否ではなく、異なる論理の間でどこに線を引くかである。
異なる政策の論理をどう接続するか
「第7期」は統治の問題にも踏み込んでいる。科学技術・イノベーション推進システムを刷新するため、「縦割り」「自前主義」に陥ったマネジメント構造を、組織単位でなく機能単位で捉え直す「レイヤー構造」へ転換するとともに、総合科学技術・イノベーション会議の司令塔機能を強化し、政府一体で政策を推進する体制を掲げた。また、安全保障分野では、内閣官房国家安全保障局を中心に関係府省が連携する体制も示されている。
しかし、体制や手続を整えることと、異なる政策の論理を調整することは同じではない。科学研究、イノベーション、経済安全保障、国家安全保障の論理がぶつかったとき、何を優先し、どこに線を引くのか。「第7期」はそれぞれの判断材料を示しているが、それらが競合したときに何を優先するかまでは明確に示していない。異なる政策が同じ研究開発の現場に及ぶ以上、「縦割り」を越えた先では、政策領域同士をどう接続し、その間の論理の違いをどう調整するかが問われる。
科学技術力が産業競争力と国家安全保障の双方を左右するようになる中、こうした課題は日本に固有のものではない。自由民主主義諸国には、科学や大学の自律性、研究の開放性を維持しながら、科学技術力を安全保障上必要な能力へどう結びつけるかという共通の課題がある。問われているのは、異なる政策や主体を一つの論理に統合することではなく、それぞれの目的と自律性を残しつつ接続する統治のあり方である。
(写真:毎日新聞社/アフロ)

松村 博行
駒澤大学教授
1998年立命館大学国際関係学部卒、2000年立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、2003年同博士課程単位取得満期退学。学位は博士(国際関係学)。
国際日本文化研究センター機関研究員、岡山理科大学総合情報学部講師、同経営学部准教授、教授等を経て2025年度より現職。
専門は国際政治経済、アメリカ経済、経済安全保障。
主な著書
「経済安全保障とその概念の変遷-「供給効果」と「影響力効果」に注目して」土屋貴裕・齊藤孝祐編『経済安全保障論―理論・制度・実践をつなぐ』法律文化社、2026年。
『米中対立と経済安全保障-相互依存・分断・供給網の政治経済学』(共編著)晃洋書房、2026年。
『米中経済摩擦の政治経済学―大国間の対立と国際秩序』(共編著)晃洋書房、2022年。

地経学ブリーフィング
国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、地経学研究所の研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
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