日本の防衛スタートアップと政府の役割

日本の防衛スタートアップと政府の役割
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防衛スタートアップへの関心の高まり

日本の安全保障環境の変化はスタートアップ企業(SU)にも影響を与えている。従来、日本のSUの防衛産業への参入は想定しにくかったが、防衛装備庁の積極的なアプローチもあり、起業家やベンチャーキャピタル(VC)の防衛産業への関心が表明されている。

2026年4月の防衛装備庁による『スタートアップ活用に向けて』という資料では、「最先端科学技術の社会実装の担い手は、スタートアップ」とした上で、取り組みの方向性として、ファストパス調達、予見可能性の向上、プライム企業とのマッチング、民間資金の呼び水施策を挙げている。例えば「ファストパス調達」はSUの研究開発支援策として、複数企業と同時契約し装備品の早期装備化を実現する(防衛省版SBIR制度)ことや随意契約のプロセスの体系化が示されている。

安全保障関連三文書においても防衛産業基盤の維持・強化、先端技術の活用、研究開発の迅速化が重要課題と位置付けられている。現代の戦場ではドローンのような安価な消耗品が台頭し、機動的なソフトウエア実装が必要となり、既存防衛企業だけでなく防衛SUが必要とされている。日本でも防衛SUが勃興する時代が来るのだろうか。そしてその成長に政府はいかなる役割を担うことができるのだろうか。

政府需要に規定される防衛スタートアップの企業価値

それではそのようなSUを育成する上での政府の役割はいかなる役割となろうか。急速に進む防衛SU政策ではあるが、政府とSUは互いの論理を理解しておく必要がある。防衛市場は政府需要に依存し、日本では防衛省・防衛装備庁の需要、予算配分、技術評価、運用上の優先順位が企業の売上機会を規定する。民間市場ではSUは顧客を自由に探索し、価格設定を行い、顧客に合った製品仕様の変更を行うことができる。一方で防衛産業の顧客は政府に限定され、購入までの実証過程が長期化しやすく、高度な機密性が要求される。SUは政府調達の制約を認識した上で製品開発を行う必要がある。

SUはVC等からの資金調達において企業価値(バリュエーション)が算定される。SUの対象市場や成長可能性により将来のキャッシュフローを予測し企業価値が算定される。もしSUが防衛専業であれば、将来キャッシュフローは政府契約に依存する。海外市場での売上拡大は可能ではあるが、その場合でも各国政府の契約によって売上が規定される。

SUの企業価値算定は、防衛専業であれば政府契約の規模と継続性によって推定が容易となる。また単発の実証実験や小規模な研究委託では投資家が期待する成長企業とはなり得ず、量産や実運用への移行可能性を投資家は厳密に見極めることとなる。しばしばSUが対象とする未知の市場の成長可能性は投資家の期待値を形成する。一方で防衛事業は市場の推定が容易なため企業価値が限定的なように見え、数十倍以上の投資収益を狙うVCがそうした企業価値を受け入れるか否かが論点となる。

スタートアップにとってのデュアルユースの必要性

現実的には防衛専業で政府契約のみでSUが存続することは資金繰りと技術実証機会の面から難しく、民間需要を模索するSUは多いだろう。そのため、自ずとデュアルユース(軍民両用)の製品開発、または民間を主な市場とした上での防衛への技術転用がSUの経営としては考えられる。またSUは、防衛関連企業を忌避する顧客の取り扱いや、中国政府の輸出規制といった事業リスクを鑑み、防衛産業参入のリスク・リターンを検討することとなる。

VCは機関投資家や事業会社から集めた資金を投資するファンドであり、VCは投資家との契約を遵守する必要がある。その投資契約には軍事関連投資の制約が設けられているものもある。事業会社によるコーポレートベンチャーキャピタルも軍事関連投資ができず、通常ではVCはデュアルユースのみに投資可能となっている。

SU側は防衛産業だけでなく民間市場での成長可能性を示すことで将来の企業価値をVCに示すこととなり、自ずとデュアルユース志向が必要となる。VCも防衛専業や直接的な軍事技術開発を行うSU投資には制約があるため、SUの製品はデュアルユースであることを期待する。防衛SUの育成を行う政府側はこうしたSUとVCの論理を理解した上で、SUに具体的な需要を示すことが求められる。実際には技術領域、実証から調達への時間軸、性能・運用の要件、量産体制などである。

スタートアップに対する政府の役割

防衛分野において政府は単なる買い手ではない。政府は技術課題の提示を行う需要者であり、技術評価を行う初期顧客である。政府の初期的投資や購入によって、技術の安全保障上の意義と政府需要の存在が市場に発信され、民間へのシグナリング効果となる。

例えば米国CIAが設立したIn-Q-Telは民間技術を探索し、SUの技術を防衛用途に適合させるVCとして機能している。In-Q-Telによる投資は政府需要を可視化し、民間VCを呼び込むという機能を持つ。日本にも「呼び水効果」となる政府系投資機関が必要だろう。SUの多くは、それ単体で完結する最終製品のメーカーではなく、部品や技術のサプライヤーである。政府のシグナリング効果はSUの信用補完となり、SUと既存企業との連携に有効であり、既存企業によるSUの買収も想定されるだろう。

防衛の戦略的自律性を求める場合、SUを包含したエコシステムの形成には、オープンアーキテクチャと相互運用性が必要となる。防衛SUの技術が既存の装備品や指揮統制システムに接続される際に、レガシーシステムへの対応が必要となる。米国では国防総省がMOSA(モジュラー化による相互運用システム)を推進しており、システムをモジュール化し、オープンな標準やインターフェースの構築を行っている。これにより新規参入を促進し、特定の事業者に受注が固定されるベンダーロックインの回避を行っている。

SUが技術的に優れていたとしても接続仕様が不透明であれば実装できない。そのためインターフェースの整備、データ形式の標準化、セキュリティ要件の明示などが必要となる。SUの参入を既存ベンダーの領域に促すには透明化された技術検証プロセスが必要である。ルール整備は政府の役割であり、どの部分をモジュール化し、どのインターフェースを標準化するかの判断に実装の可否が影響する。SUの参入には、既存企業に有利な閉じたシステムを政府主導で改革することが必要だろう。

政府主導のエコシステムの必要性

それでは世界に目を向けた場合に、どのように政府がSUを育成しているのか。防衛技術のエコシステムとしてウクライナ政府のBrave1は示唆に富んでいる。Brave1は政府、軍、投資家、SUを接続する政府によるエコシステムであり、部隊レベルの戦場のニーズと技術開発との接続と中央での統合を企図している。Brave1は戦場でのニーズの提示を行い、企業に実証機会の提供を行っている。もちろん戦時下のウクライナと日本のエコシステムを同列に語ることはできない。ウクライナは戦場での技術実証の緊急性があり、戦場からの即時フィードバックがある。日本がBrave1から学ぶべきことは、戦時における体制ではなく、エコシステムの制度設計である。Brave1は製品の需要提示、技術評価、技術実証、資金調達、購買、運用時のフィードバックが統合されたプラットフォームとなっている。

防衛省・防衛装備庁はファストパス調達のために部隊とSUが一体となってフィードバックサイクルを回すアジャイル型調達を志向するなど、これまでにない施策に尽力している。こうした施策をより意義あるものにするために、SUやVCの論理を理解し民間資本を呼び込むシグナリング効果を発揮すべきである。SUも防衛専業ではなくデュアルユースとして成長戦略を描く必要がある。SUにとって防衛産業の仕様は未知のものである。一時的な関心に終わらせずにSUに防衛産業への参加を促すのであれば、政府側からの積極的なSUへのガイドが必要である。

(出典:AFP/アフロ)

地経学ブリーフィング

国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、地経学研究所の研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

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塩野 誠 経営主幹/新興技術グループ・グループ長
慶應義塾大学法学部政治学科卒、ワシントン大学(セントルイス)ロースクール法学修士 内閣府知的財産戦略本部 構想委員会委員 内閣府国家標準戦略部会 重要領域・戦略領域WG委員 経済産業省産業構造審議会グリーンイノベーションプロジェクト部会WG委員 人工知能学会倫理委員会にて倫理指針(2017)の起草に参加。 【兼職】 IGPIグループ 共同経営者CLO 経営共創基盤 取締役マネージングディレクター 国際協力銀行スタートアップ投資委員会委員 JBIC IG Partners 執行役員
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塩野 誠

経営主幹,
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慶應義塾大学法学部政治学科卒、ワシントン大学(セントルイス)ロースクール法学修士 内閣府知的財産戦略本部 構想委員会委員 内閣府国家標準戦略部会 重要領域・戦略領域WG委員 経済産業省産業構造審議会グリーンイノベーションプロジェクト部会WG委員 人工知能学会倫理委員会にて倫理指針(2017)の起草に参加。 【兼職】 IGPIグループ 共同経営者CLO 経営共創基盤 取締役マネージングディレクター 国際協力銀行スタートアップ投資委員会委員 JBIC IG Partners 執行役員

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