崩壊するリベラルな国際秩序 ―民主主義の後退がもたらす不安な時代―

崩壊するリベラルな国際秩序 ―民主主義の後退がもたらす不安な時代―
地経学研究所の欧米グループはこのたび、地経学研究レポートNo.8『崩壊するリベラルな国際秩序―民主主義の後退がもたらす不安な時代―』を公開しました。LIO(リベラルな国際秩序、Liberal International Order)プロジェクト第3期として、本報告書では、国内社会におけるリベラルな規範の後退について、日本語情報空間における中露の影響工作、ドイツにおける極右政党の台頭、北欧・中東欧における偽情報への対抗などを取り上げるとともに、国際社会におけるリベラルな規範の後退と武器化について、人権デュー・ディリジェンスや多国間主義の危機といった観点から考察しています。

序論および各章のサマリーは以下の通りです(全文PDFはこちらから)。
Index 目次

序論:民主主義の侵食と世界の混迷

リベラルな国際秩序の危機

リベラルな国際秩序(Liberal International Order; LIO)が危機にあるということが、これまでの十年ほどの間に繰り返し指摘されてきた。それはさまざまな要因が複合的かつ複雑に結びついた帰結であろう。その直接的な理由はおそらく、2016 年 11 月のアメリカ大統領選挙でのドナルド・トランプ共和党候補の勝利にあるのだろう。その後、2017 年 1 月に新たに大統領に就任したトランプ氏は、それまでも繰り返しリベラルな価値を批判してきた。それだけではない。第二次世界大戦後のリベラルな国際秩序の基礎となってきた国際連合(UN)や世界貿易機関(WTO)、北大西洋条約機構(NATO)のような国際機構への批判を繰り返し、そこからのアメリカの脱退をほのめかしてきた。同時に、人権や民主主義、法の支配といったその根幹となる規範を侮蔑し、批判することも辞さなかった。それとともに、われわれが自明と考えていた世界の秩序もまた、大きく崩れ始める。

2018 年にリベラルな国際秩序な理論化の中心的な役割を担ってきたプリンストン大学のジョン・アイケンベリー教授は、「リベラルな国際秩序の終焉?(The End of the Liberal InternationalOrder?)」と題する論文を発表して、トランプ政権がこれからの国際秩序の将来にもたらすであろう危険に警鐘を鳴らした[1]。実際に、その後の世界はそれまでとは大きく異なる諸相を示すようになっていく。

その後、リベラルな国際秩序がはたして終焉を迎えるのか、あるいはそれが再生、強化されていくのかについて、さまざまな議論が多角的に展開されてきた[2]。たとえば、シンクタンクのアジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のプロジェクトとして、船橋洋一理事長(当時)はジョン・アイケンベリー教授とともに『自由主義の危機 ―国際秩序と日本(The Crisis of Liberal Internationalism: Japan and the World Order)』と題する共編著を刊行して、2016 年のイギリスの EU 離脱や、トランプ政権の成立が国際秩序にもたらす危機を多角的に検討した(リベラルな国際秩序プロジェクト第 1 期)[3]。そこでは、「現前で展開されている自由で開かれた国際秩序の崩壊は日本のこれまでのどの危機よりも日本にとって懸念すべきものである」と指摘されており、日本がとりわけ真伨にこの問題を検討する必要が説かれている[4]

API と国際文化会館との統合と前後し、新たに樹立した地経学研究所(IOG)のプロジェクトとしてスタートした、リベラルな国際秩序の第 2 期のプロジェクトでは、筆者と英国王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)上席研究員のハンス・クンドナニの共編著として、2024 年に『リベラルな国際秩序の変容 ―進化と限界(The Transformation of the Liberal International Order)』を刊行した[5]。ここでは、アジア諸国や欧州諸国の動向に焦点を当てて、旧来の西側諸国の価値や影響力のもとで成立したリベラルな国際秩序が、より普遍的に、より多文明的に受け入れられるためには、そのリベラルな国際秩序を改革し、変容させていくことが重要であることを強調した[6]。また、クンドナニも同様に、より具体的に次のように提言を行っている。「言い換えれば、リベラルな国際秩序をただ単に擁護するだけではなく、それを改革する必要があるのだ。とりわけ、冷戦後の時代にいっそう新自由主義的な性格を強めた国際経済秩序を改革する必要がある[7]」。

このように、リベラルな国際秩序の危機に対して、単純に旧い秩序を回復するだけでは十分ではない。新しい時代に相応しいかたちへと変容させていくことが重要となっているのだ。

新しい段階に進んだ危機

だが、近年、その危機は新たな段階に到達したと言える。2022 年 2 月 24 日のロシアによるウクライナ侵攻は、われわれが自明と考えてきた平和や安全がいとも簡単に崩壊する残酷な現実を示すことになった。また、その 4 年後となる 2026 年 2 月 28 日には、アメリカとイスラエルが主権国家であるイランに対して大規模な軍事攻撃を開始して、それによってイランの最高指導者ハメネイ師が死亡した。さらには、中国は南シナ海や東シナ海での力による現状変更を続けるとともに、経済の相互依存を「武器化」して、レアアースの輸出規制などを通じて威圧的行動を続けている。

これらはいずれも、ロシア、アメリカ、中国という、国際社会の平和と安全に特別な責任を有する国連安保理常任理事国によって行われていることは、危機の性質が従来とは異なる段階に到来していることを示している。また、これらは国際政治がパワー・ポリティクスとリアリズムに支配されている現実を冷徹に示している。必然的に、日本をはじめとする多くの諸国はこのような安全保障環境のさらなる悪化を直視し、防衛費を大幅に増額させる結果となっている。例えば、ドイツ政府は 2026 年 7 月 6 日に、2027 年の予算案と 30 年までの財政計画を公表し、これからの 4 年間で防衛費を倍増させること、そして NATO が目標とする国内総生産(GDP)比 3.5%に引き上げる方針を、改めて表明した。クリングバイル財務相は「ロシアの侵略で欧州の平和は脅かされている。防衛力に投資してこなかった過去 30 年の遅れを、最短で取り戻さなければならない」と述べている[8]

このようにして、ウクライナ戦争、そしてそれとともに進行するイラン戦争のような新しい危機は、それまでの国際的危機が新しい段階に進んだことを告げることになった。だが、現在われわれが直面する危機がどのような性質のものであるのか、必ずしもわれわれは認識を共有しているわけではない。同時に、ウクライナ戦争がどのように終結するのかによって、その後の国際秩序も大きく異なるはずだ。

何が問題か

それではこの十年間で、リベラルな国際秩序の危機を論じるうえで、その性質にどのような変化が見られたのであろうか。ここでは、それに関連して、次のような 4 つの重要な要素を指摘したい。

第 1 には、世界が地経学の時代に転換していったことによって、主要国がその対外政策の中核に経済安全保障を位置づけることとなり、従来のような自由貿易、そしてグローバルなサプライチェーンを前提とした国際経済秩序が大きく変質していることである[9]。それは、第一次トランプ政権、バイデン政権、そして第二次トランプ政権において、米中の分断、さらには米中間のデカップリングやデリスキングが進行していることに端的に示されている。同盟国である日本や韓国、オーストラリア、欧州諸国なども、それらの影響を被る結果となっている。他方で、おそらくは2010 年 9 月の中国の尖閣沖漁船衝突事故の際に、レアアースの輸出制限を用いて日本に経済的な威圧を行ったことで、日本は早い段階から中国による経済の「武器化」を経験している。われわれは、地経学時代のリベラルな国際秩序のあるべき姿を検討することが求められている。

第 2 には、グローバル・サウス諸国の台頭によって、国際秩序の構造が大きく変容していることに注目することが重要だ[10]。すでに指摘したように、クンドナニがリベラルな国際秩序の「復旧」ではなく「改革」を求めた大きな理由は、欧米などの西側諸国が優越的なリベラルな国際秩序がすでに過去のものとなり、より普遍的な秩序が求められているからであった[11]。従来のような欧米を中核とした西側諸国がリベラルな国際秩序における「リベラルな規範」を独善的に規定するのではなく、より大きな影響力を有するようになったグローバル・サウス諸国が受け入れられるような、普遍的な価値や規範を考慮することが重要である。

第 3 には、ミドルパワーの台頭と連携へと注目することの重要性である。現在の国際政治は、アメリカや中国、ロシアといった巨大な核戦力を有する大国が、パワー・ポリティクスの論理に基づいて従来の「法の支配」や多国間主義の理念を大きく損なっていることがしばしば指摘されている。いわば、大国政治の時代が復権しているともいえる[12]。それに対して、リベラルな価値を共有し、多国間主義や「法の支配」を擁護するミドルパワーが連携して、ルールに基づく国際秩序を支えていく必要が説かれている。

その代表的な例が、カナダのマーク・カーニー首相が 2026 年 1 月 20 日にスイスで行われたダボス会議で行った演説、いわゆるカーニー・ドクトリンであろう。そこでカーニー首相は、「ミドルパワー諸国は協力して行動しなければならない。なぜなら、私たちがテーブルにつかないなら、メニューに載せられてしまうからだ」と論じている[13]。さらに続けて、価値を共有するミドルパワー諸国の連携の重要性を、次のように説いている。

「旧い国際秩序が復活することはない。それを嘆いても意味はない。過去を懐かしむことは、戦略ではない。しかし、現在の断片化する世界の中で、より裾野が広く、より良く、より強靱で、より公正な秩序を築くことはできる。これこそがミドルパワー諸国の役割であり、要塞化する世界で最も多くを失い、他方で真の協力から最も多くを得られる諸国に課された使命である[14]。」

このカーニー・ドクトリンには、過度に米国批判が強いと多くの批判が集まった。他方で、そのような論争とは別に、ミドルパワー連携は堅実に進捗している。日英伊の 3ヵ国による次期戦闘機開発協力のプロジェクトの GCAP(Global Combat Air Programme)や、2026 年 5 月 4 日に高市早苗首相がオーストラリアを訪問した際に調印した、「経済安全保障協力に関する日豪共同宣言」などは、日本が主導的な役割を担うその一例であろう[15]

そして、最後の 4 つ目の動向として、ポピュリズムやナショナリズムのよりいっそうの深刻化を指摘したい。たとえば、2026 年 5 月の時点で、フランスの世論調査では国民連合(RN)が33%、ドイツでは「ドイツのための選択(AfD)」が 20%、英国では 28%と、いずれも最も大きな支持をそれぞれの国内で集めており、フランスの RN やドイツの AfD はその後も支持率を拡大している[16]。それぞれの国により状況は異なり、政党ごとに方針やイデオロギーに違いがあるものの、旧来の国際組織や、戦後幅広く受け入れられてきたリベラルな価値、伝統的なエリート層に攻撃的であり、批判的であるという共通項も見られる。主要国におけるリベラルな規範の後退は、必然的に国際レベルでのリベラルな国際秩序を支える国内的な基盤が侵食していることを意味する[17]

本報告書の目的

これらの問題意識を背景として、本報告書ではいくつかの新しい視点から、リベラルな国際秩序の行方を展望することにしたい。現在のリベラルな国際秩序の危機が新しい段階に達していることの理由として、内的要因と外的要因の双方に目を向けて、さらにその相互作用に留意することが重要だ。

第 1 には、その内的要因としては主要な民主主義諸国において、民主主義が後退していることが指摘できる。第 1 章で市原麻衣子教授が論じているように、過去 20 年連続で民主主義が後退しているという指標がある。また、第 2 章で板橋拓己教授が論じるように、リベラルな国際秩序を支えてきた EU 最大の大国であるドイツで、リベラルな価値を拒絶する急進右派政党の AfDが支持を拡大することは、EU の将来、さらには国際秩序の将来にも大きな影響を及ぼすであろう。これまでリベラルな国際秩序を形成、そして擁護してきたアメリカにおいて民主主義が後退し、リベラルな規範への衰弱が縮小することは、それだけ国内的資源を用いてリベラルな国際秩序を支える政策的なインセンティブが減退することを意味する。本報告書ではそのような問題意識からも、国内政治と国際政治の連関に留意して、日本、ドイツ、および北欧・バルト・中央における諸国における民主主義の危機を検討することになる。

それと関連して、健全な民主主義社会を侵食する深刻な問題として、偽情報の拡散や、外国からの影響力の浸透がより切実な政治問題となっている。第 3 章の石川雄介論文が論じるように、EU ではそれを「外国による情報操作と干渉(FIMI)」と位置づけて、とりわけその問題を重要視している。また 2025 年 6 月のカナダのシャルルボワ G7 サミットでもこの問題が採りあげられて、「外国の脅威からの民主主義擁護に関するシャルルボワ・コミットメント」が採択された[18]。SNS の普及や AI の浸透は、民主主義の将来、さらにはリベラルな国際秩序の行方にも巨大な影響を及ぼすであろう。

第 2 には、外的な要因として、リベラルな規範が揺らいだり、多国間主義の理念が後退していることが指摘できる。例えば、第 4 章では鈴木均論文において、地経学的対立が激しくなる中で、それまで擁護されてきた人権デュー・ディリジェンスが大きく動揺している様子が描かれている。国際社会において、民主主義諸国において人権規範を重視してビジネスを行うとすれば、各企業ともに付加的なコストを割く必要が生じるかもしれない。他方で、中国が示す権威主義体制の社会経済モデルは、国内で人権対応に関わる付加的コストを極小化することで、国際的な競争力を増す上で優位に立つかもしれない。地経学的対立の熾烈化と、権威主義体制の世界における拡大は、そのようなリベラルな国際秩序の根幹における人権規範を大きく揺るがしている。同時に、第 5 章で熊谷奈緒子論文が示すように、多国間主義が大きく後退しつつある中で、世界は多極化時代を迎えることになり、従来のような国際協調や普遍的な規範の共有が困難となっている。とりわけ、トランプ政権のアメリカが先頭に立って、そのような多国間的な国際組織、さらにはそれを支える規範を攻撃すれば、よりいっそうリベラルな国際秩序を支えてきた多国間主義は弱体化する。

以上のように、内的な要因と外的な要因の双方から、リベラルな国際秩序の崩壊が進行する中で、冒頭に述べたようにそれによって大きな不利益を被る日本はその擁護と変革、再生のために今まで以上に努力を続けないといけない。その上での一つの伴となるのが、すでに触れたように、価値を共有するミドルパワー諸国との連携を深めていくことだ。そのような観点からも、本報告書はリベラルな国際秩序の将来を展望する上で、日本とドイツという二つのミドルパワーに注目する。

リベラルな国際秩序への敵対姿勢を示すトランプ氏が大統領となった 2017 年に、アイケンベリー教授は、「リベラルな国際秩序が存続していくとすれば、それを支えていこうとする世界中の指導者たちや有権者たちはより大きな役割を担わないといけないだろう。その多くは、日本の安倍晋三首相と、ドイツのアンゲラ・メルケル首相という、いまでもそれを支えていこうとするたった二人の指導者の両肩にかかっているのだ」と論じていた[19]。そのような問題意識を継承して、本報告書でも日本とドイツの役割に注目し、同時に十年ほどの時間を経てその両国でも民主主義が危機に直面する現実を論じることになる。

換言すれば、日本を筆頭とするリベラルな価値を擁護するミドルパワー諸国が連携することによって、リベラルな国際秩序の崩壊を遅らせて、それを阻止することも可能であろう。本報告書はそのような問題意識に基づいて、混迷する世界の行方を展望したい。

(序論執筆:細谷雄一)

脚注

  • [1] G. John Ikenberry, “The End of Liberal International Order?,” International Affairs, Vol.94, No.1( 2018) pp. 7-23.
  • [2] 関連した研究は数多くあるが、日本語の主要なものに限定すると、下記のAPI のプロジェクト以外では、例えば、『アステイオン』第88 号(2018 年)の特集「リベラルな国際秩序の終わり?」や、納家政嗣・上智大学国際関係研究所編『自由主義的国際秩序は崩壊するのか ―危機の原因と再生の条件』(勁草書房、2021 年)、森聡「リベラル覇権秩序の正統性の劣化 ―規範構造からみた国際秩序の変容」森聡編『国際秩序が揺らぐとき ―歴史・理論・国際法からみる変容』(千倉書房、2023 年)、日本経済研究センター編『漂流するリベラル国際秩序』(日本経済新聞社、2024 年)、日本政治学会編『年報政治学』2026-I(2026 年)の特集「『リベラル国際秩序の揺らぎ』再考」などを参照。
  • [3] Yoichi Funabashi and G. John Ikenberry( eds.), The Crisis of Liberal Internationalism: Japan and the World Order( Washington, D.C.: Brookings Institutions Press, 2020). 日本語訳は、船橋洋一・G・ジョン・アイケンベリー『自由主義の危機 ―国際秩序と日本』東洋経済新報社、2020 年。
  • [4] 同上、ⅲ頁。
  • [5] Yuichi Hosoya and Hans Kundnani( eds.), The Transformation of the Liberal International Order: Evolutions and Limitations( Singapore: Springer, 2024).
  • [6] Yuichi Hosoya, “Japan and the Reform of the Liberal International Order,” in Hosoya and Kundnani( eds.), The Transformation of the Liberal International Order, pp. 4-5.
  • [7] Hans Kundnani, “The Future of the Liberal International Order,” in ibid., p. 131.
  • [8] 「ドイツの30 年国防予算、26 年の2 倍以上『遅れを取り戻す』」『日本経済新聞』2026 年7 月7 日。https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR069MJ0W6A700C2000000/
  • [9] リベラルな国際秩序の変容を経済安全保障の観点から検討した研究として、Kazuto Suzuki, “The Liberal International Order and Economic Security,” in Hosoya and Kundnani( eds.), The Transformation of the Liberal International Order, pp. 119-126 が主要なものである。同様の問題意識は、たとえば、ミレヤ・ソリス「追随からの脱却:自由貿易秩序の先導者」船橋・アイケンベリー編『自由主義の危機』72-97 頁、平見健太「『経済の安全保障化』は国際通商秩序をいかに変容させるか」森編『国際秩序が揺らぐとき』45-59頁、三浦秀之「国際経済秩序の断片化と規範競争 ―デジタル貿易における自由・信頼・主権の三極構造」日本政治学会編『年報政治学2026-I』45-69 頁などを参照。
  • [10] 石垣友明『グローバルサウスから見る世界 ―国際ルールの形成と外交の実際―』(東信堂、2026 年)を参照。
  • [11] Hans Kundnani, “What is the Liberal International Order?,” May 3, 2017, German Marshall Fund. https://www.gmfus.org/news/what-liberal-international-order
  • [12] 早い段階から、そのような国際政治の構造の本質を強調していたのが、アメリカの国際政治学者のジョン・ミアシャイマー・シカゴ大学教授であった。それを体系的に論じたのが、邦訳は、John J. Mearsheimer, The Tragedy of Great Power Politics( New York: Norton, 2014)、ジョン・J・ミアシャイマー『新装完全版・大国政治の悲劇』奥山真司訳、五月書房新社、2019 年である。また、そのような観点から、ミアシャイマーはリベラルな国際秩序の理論を一貫して批判してきた。邦訳は、John J. Mearsheimer, The Great Delusion: Liberal Dreams and International Realities( New Haven: Yale University Press, 2018)、邦訳はジョン・J・ミアシャイマー『リベラリズムという妄想 ―アメリカンエリートの妄想が世界を不幸にした』新田享子訳(経営科学出版、2024 年)を参照。他方で、近年の動向を受けて、ケンブリッジ大学の歴史家であるブレンダン・シムズは、アメリカ、中国、ロシア、イギリスの4ヵ国を「現在の大国」として位置づけて、「新しい大国の世界」が到来した現実を描写している。Brendan Simms, The Return of the Great Powers( London: Basic Books, 2026)を参照。
  • [13] “Davos 2026: Special address by Mark Carney, Prime Minister of Canada,” World Economic Forum, 20 January 2026. https://www.weforum.org/stories/forum-institutional/davos-2026-special-address-by-mark-carney-primeminister-of-canada/
  • [14] Ibid.
  • [15] 外務省「経済安全保障協力に関する日豪共同宣言」2026 年5 月4 日。https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/101023377.pdf
  • [16] “European Populism Wave: Where Does Reform UK Fit?,” BritPolls, May 2026. https://britpolls.co.uk/international/europe/?utm_source=copilot.com
  • [17] そのような問題意識からリベラルな国際秩序を論じたものとして、市原麻衣子「普遍性から多元性へ ―日本外交における価値」船橋・アイケンベリー編『自由主義の危機』120-147 頁、同「国際的な民主化支援とその激変」岩崎正洋・松尾秀哉編『世界政治I ―民主化と権威主義化』(筑摩書房、2026 年)239-256 頁、同「制度、価値、イデオロギーとしての民主主義 ―2010 年代日本の外交と内政を事例として」日本政治学会編『年報政治学2026-I』70-89 頁などを参照。
  • [18] 外務省「外国の脅威からの民主主義擁護に関するシャルルボワ・コミットメント」2025 年6 月9 日。https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000373845.pdf
  • [19] G. John Ikenberry, “The Plot against American Foreign Policy,” Foreign Affairs, May/June 2017, p. 3.

目次と各章の要約

第 1 章 日本 ―日本語情報空間における中露の影響工作(市原麻衣子)

第 1 章は、日本語のオンライン情報空間における中国・ロシアの影響工作を、2025 年参議院議員選挙を主な事例として分析する。中露はいずれも自国に有利な国際環境を形成し、民主主義社会の信頼や結束を弱めようとする点で共通するが、その目的や手法には差異がある。ロシア系アカウントは、外国人や中国人への不信を煽る投稿を拡散し、排外主義や政府批判を通じて日本社会の分断を促した。一方、中国系アカウントは排外主義批判を装いながら、多文化共生や特定政治勢力への冷笑を交え、中国人イメージを守ろうとする複雑なナラティブを展開した。章末では、偽情報だけでなく悪意ある情報操作全体を対象にし、社会的信頼、包摂、批判的思考、民間主体による持続的対策を強化する必要性を提言する。

第1章(全文PDF)はこちらから

第 2 章 ドイツ ―極右政党の台頭と定着(板橋拓己)

第 2 章は、ドイツにおける極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の台頭と定着を、戦後ドイツ政治の制度的・歴史的条件の中で論じる。かつて(西)ドイツでは、ナチの過去への反省、「闘う民主主義」、主要政党による「防火壁」、5%阻止条項などにより、極右政党は国政レベルで大きな影響力を持ちにくかった。しかし、ユーロ危機を契機に生まれた AfD は、難民危機、メルケル政権下の中道化、既成政党不信、SNS 活用、極右勢力の糾合を通じて勢力を拡大した。特に旧東ドイツ地域では、統一後の社会経済的格差、政治的疎外感、既成政党への不信が支持拡大の土壌となった。本章は、AfD 問題を単なる抗議票ではなく、民主主義の代表性と包摂の危機として捉え直す必要を示している。

第2章(全文PDF)はこちらから

第 3 章 北欧・バルト・中欧 ―偽情報への対抗と戦略的コミュニケーション(石川雄介)

第 3 章は、偽情報と情報操作への対抗を、北欧・バルト・中欧諸国の経験から検討する。生成AI の普及により、選挙や社会的対立を標的とした偽・誤情報の拡散は加速しており、民主主義国家にとって情報空間の健全性確保は喫緊の課題となっている。一方で、表現の自由や政治的中立性との関係から、政府主導の偽情報対策には限界や反発も伴う。本章は、偽情報を単に個別の虚偽情報として扱うだけでなく、敵対的なナラティブや社会分断を狙う情報操作として捉え、戦略的コミュニケーション、メディア・リテラシー、市民社会との連携、政府と民間の役割分担を重視する必要を示す。特に北欧・バルト諸国の事例は、社会的信頼と危機対応能力が情報レジリエンスの中核であることを示唆している。

第3章(全文PDF)はこちらから

第 4 章 人権デュー・ディリジェンス ―地経学的対立の中での武器化(鈴木均)

第 4 章は、人権デュー・ディリジェンスが、企業活動における人権尊重の契機として浸透する一方で、地経学的対立の中で政治的・戦略的に利用される可能性を論じる。強制労働、サプライチェーン管理、経済制裁、輸出入規制などをめぐる国際的議論は、リベラルな価値や企業責任を促進する役割を持つが、同時に国家間競争の手段として「武器化」される危険もある。企業は、人権デュー・ディリジェンスとともに、政治的圧力・市場アクセス・安全保障上の要請との間で複雑な判断を迫られる。本章は、人権規範を地経学的競争の道具に矮小化せず、透明性、説明責任、国際協調を通じて普遍的価値の正統性を維持することの重要性を強調する。

第4章(全文PDF)はこちらから

第 5 章 多国間主義 ―多極化時代のリベラルな国際秩序の行方(熊谷奈緒子)

第 5 章は、多極化が進む国際社会において、多国間主義とリベラルな国際秩序がどのような課題に直面しているかを考察する。国際機関やルールに基づく秩序は、戦後の安定と協調を支えてきたが、米国の相対的影響力低下、中国やロシアなど権威主義国家の台頭、グローバル・サウスの発言力拡大により、その普遍性と実効性が揺らいでいる。さらに、気候変動、感染症、経済安全保障、技術標準などの課題は、既存の制度だけでは十分に対応できない。本章は、多国間主義を単に維持するのではなく、参加主体や課題領域の多様化に対応して進化させる必要を示す。リベラルな規範を守るためには、価値を共有する国々の連携と、異なる立場の国々を巻き込む柔軟な制度設計の双方が求められる。

第5章(全文PDF)はこちらから

結論 リベラルな国際秩序の再生は可能か(細谷雄一)

リベラルな国際秩序は、民主主義の後退、権威主義国家の伸長、偽情報による社会の分断、普遍的価値の政治化、多国間制度の機能不全という複合的な圧力に直面している。国内における制度不信やポピュリズムの拡大は、民主主義諸国の結束と対外関与の基盤を弱めるため、内政と国際秩序の危機を切り離すことはできない。また、人権や法の支配を掲げるだけでは、グローバル・サウスを含む多様な国々の支持を得ることは困難である。日本やドイツをはじめとするミドルパワーは、価値を共有する国々との連携を深める一方、異なる歴史や立場にも寛容かつ謙虚に向き合い、より普遍的で強靱、公正な国際秩序への変革を主導すべきである。

結論(全文PDF)はこちらから

(画像出典:Getty Images / Emma Espejo)

細谷 雄一 欧米グループ・グループ長
立教大学法学部卒業、英国バーミンガム大学大学院国際学研究科修了(MIS)、慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程および博士課程修了。博士(法学)。北海道大学法学部専任講師、敬愛大学国際学部専任講師、プリンストン大学客員研究員(フルブライト・フェロー)、パリ政治学院客員教授(ジャパン・チェア)などを経て現職。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員(2013年)、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員(2013年-14年)、国家安全保障局顧問会議顧問(2014年-16年)を歴任。自民党「歴史を学び、未来を考える本部」顧問(2015年-18)。 【兼職】 公益財団法人国際文化会館理事 アジア・パシフィック・イニシアティブ研究主幹 慶應義塾大学法学部教授
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鈴木 均 主任研究員
慶應義塾大学大学院法学研究科修士、European University Institute歴史文明学博士。新潟県立大学国際地域学部および大学院国際地域学研究科准教授、モナシュ大学訪問研究員、LSE訪問研究員、外務省経済局経済連携課、日本経済団体連合会21世紀政策研究所欧州研究会研究委員を経て、2021年に合同会社未来モビリT研究を設立。現在、東京大学先端科学技術研究センター牧原研究室客員上級研究員、フェリス女学院大学非常勤講師。2021年12月にAPI客員研究員兼CPTPPプロジェクト・スタッフディレクター就任。 【兼職】 合同会社未来モビリT研究 代表
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石川 雄介 研究員/デジタル・コミュニケーション・オフィサー
専門はハンガリーを中心とした中・東欧比較政治、民主主義の後退、偽情報、反汚職対策。明治大学政治経済学部卒業、英国・サセックス大学大学院修士課程修了(汚職とガバナンス専攻)、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学大学院政治学研究科修士課程修了、明治大学政治経済学研究科博士後期課程在籍。 主な著作に『偽情報と民主主義:連動する危機と罠』(共著、地経学研究所、2024年)、『EU百科事典』(分担執筆、丸善出版、2024年)、Routledge Handbook of Anti-Corruption Research and Practice(分担執筆、Routledge、2025年)、主な論文に "How Opposition Strategies Interact under Electoral Autocracy: Evidence from Hungary’s TISZA Party"(Politics in Central Europe、2026年)などがある。 TIハンガリー支部でのリサーチインターンなどを経て、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)に参画。API/地経学研究所でのインターン、リサーチ・アシスタント、欧米グループ研究員補(リサーチ・アソシエイト)やEUROPEUMでの訪問研究員を経た後、現職。APIでは、福島10年検証、CPTPP、検証安倍政権プロジェクトに携わった。シンクタンクのデジタルアウトリーチ推進担当として、財団ウェブサイトや SNSの活用にかかる企画立案・運営に関わる業務も担当。 【兼職】 埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師(秋学期担当、欧米経済事情、2単位) Visiting Research Fellow, EUROPEUM Institute for European Policy External contributor, Anti-Corruption Helpdesk, Transparency International Secretariat (TI-S)
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研究者プロフィール
細谷 雄一

欧米グループ・グループ長

立教大学法学部卒業、英国バーミンガム大学大学院国際学研究科修了(MIS)、慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程および博士課程修了。博士(法学)。北海道大学法学部専任講師、敬愛大学国際学部専任講師、プリンストン大学客員研究員(フルブライト・フェロー)、パリ政治学院客員教授(ジャパン・チェア)などを経て現職。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員(2013年)、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員(2013年-14年)、国家安全保障局顧問会議顧問(2014年-16年)を歴任。自民党「歴史を学び、未来を考える本部」顧問(2015年-18)。 【兼職】 公益財団法人国際文化会館理事 アジア・パシフィック・イニシアティブ研究主幹 慶應義塾大学法学部教授

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研究者プロフィール
鈴木 均

主任研究員

慶應義塾大学大学院法学研究科修士、European University Institute歴史文明学博士。新潟県立大学国際地域学部および大学院国際地域学研究科准教授、モナシュ大学訪問研究員、LSE訪問研究員、外務省経済局経済連携課、日本経済団体連合会21世紀政策研究所欧州研究会研究委員を経て、2021年に合同会社未来モビリT研究を設立。現在、東京大学先端科学技術研究センター牧原研究室客員上級研究員、フェリス女学院大学非常勤講師。2021年12月にAPI客員研究員兼CPTPPプロジェクト・スタッフディレクター就任。 【兼職】 合同会社未来モビリT研究 代表

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研究者プロフィール
石川 雄介

研究員,
デジタル・コミュニケーション・オフィサー

専門はハンガリーを中心とした中・東欧比較政治、民主主義の後退、偽情報、反汚職対策。明治大学政治経済学部卒業、英国・サセックス大学大学院修士課程修了(汚職とガバナンス専攻)、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学大学院政治学研究科修士課程修了、明治大学政治経済学研究科博士後期課程在籍。 主な著作に『偽情報と民主主義:連動する危機と罠』(共著、地経学研究所、2024年)、『EU百科事典』(分担執筆、丸善出版、2024年)、Routledge Handbook of Anti-Corruption Research and Practice(分担執筆、Routledge、2025年)、主な論文に "How Opposition Strategies Interact under Electoral Autocracy: Evidence from Hungary’s TISZA Party"(Politics in Central Europe、2026年)などがある。 TIハンガリー支部でのリサーチインターンなどを経て、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)に参画。API/地経学研究所でのインターン、リサーチ・アシスタント、欧米グループ研究員補(リサーチ・アソシエイト)やEUROPEUMでの訪問研究員を経た後、現職。APIでは、福島10年検証、CPTPP、検証安倍政権プロジェクトに携わった。シンクタンクのデジタルアウトリーチ推進担当として、財団ウェブサイトや SNSの活用にかかる企画立案・運営に関わる業務も担当。 【兼職】 埼玉学園大学経済経営学部非常勤講師(秋学期担当、欧米経済事情、2単位) Visiting Research Fellow, EUROPEUM Institute for European Policy External contributor, Anti-Corruption Helpdesk, Transparency International Secretariat (TI-S)

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