国賓訪米・首脳外交と中国の思惑:同床異夢の「安定」

象徴性が際立つ訪問
習近平国家主席が9月23日から25日まで、国賓として11年ぶりに米国を訪問した。5月のトランプ大統領の訪中から、わずか4か月余りである。トランプ夫妻は空港で習近平夫妻を出迎え、翌日にはホワイトハウスで歓迎式を開催した。メラニア夫人は晩さん会の準備を主導した。いずれも、米国が今回の訪問に与えた重みを示す演出だった。
会談前、米戦略国際問題研究所(CSIS)のスコット・ケネディは、「Too Big and Too Small to Fail」と題する論考で、今回の首脳会談を「失敗できないほど重要であり、期待値が低いため失敗にもなりにくい」と評した。両国とも関係悪化を避けたい一方、困難な問題を大きく解決する準備はない、という見立てである。訪問後に公表された成果を見る限り、その予想はおおむね当たった。対話の窓口は増え、貿易では選択的な実務成果が示されたものの、経済・安全保障上の主要な対立の根本解決からはなお遠い。
米ホワイトハウスは現地時間25日に成果を記したファクトシートを発表し、中国外交部は26日に「8項目の成果・共通認識」とする文書を公表した。双方は、「建設的戦略安定関係」の構築で合意し、貿易協議、AI対話、麻薬取締り、イラン問題などを取り上げている。ただし、発表の記載ぶりや強調点は異なる。その後28日には、商務部が貿易・投資理事会、関税優遇の品目表、貿易休戦の延長期日を詳述した。「安定」は共通の目標でも、何を得て、何を譲るかについては同床異夢である。
その違いは、歴史の扱いにも表れた。両文書は、米国と中国が第二次世界大戦で同盟国として共に戦ったと記す。習近平は晩さん会で、両国が「日本軍国主義の侵略者」に共に対抗したとも述べた。米側ファクトシートは戦時中の協力に触れた直後、戦後の米軍の前方展開が「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を維持し、米国の繁栄に貢献してきたと記している。米中の戦時協力を認めながら、現在の地域における米国の役割も示す構成だ。第二次世界大戦の経験を共有する演出の中でも、戦後の地域に米国が軍事的に関与し続けてきたことを、米側は自らの言葉で明示している。
実務の隔たり
歓迎の演出から経済・技術分野の協議に目を移すと、合意の範囲と両国の発表の差が見えてくる。米側は、5月に構想した貿易理事会と投資理事会を稼働させたと発表した。貿易理事会では、双方それぞれ300億ドル相当の非機微品について、より有利な関税待遇を勧告することで意見が一致したという。農業分野の市場参入を扱う作業部会、2027年と28年の米国産石炭の輸入、レアアースなど重要鉱物の供給不足にも言及している。投資理事会は、投資機会や障害を協議し、商業上重要な問題を扱う経路と説明された。中国側は、商務部と米通商代表部が共同で主導する農業作業部会の年内初会合と、金融サービスでの原則的共通認識も示した。石炭では、米側は、中国が2027年と28年にそれぞれ米国産石炭を1000万トン以上輸入すると記す一方、中国側は関税引下げ対象に含めたが、数量は示していない。
中国側の8項目文書は、貿易理事会などの仕組み・推進と、双方それぞれ約300億ドル分の輸入品を対象とする関税の相互引下げ(中国側発表では、漢字で「対等降税」の語を用いる)を挙げるが、対象品目や投資理事会には触れていなかった。その後、同じ26日に公表された王毅外相の訪米総括では、投資理事会と農業作業部会の設立も明記された。28日の商務部発表も投資理事会の設立と定例対話を明記した。米側の発表は、関税優遇の「勧告に関する意見の一致」という段階を示す。一方、中国側の8項目文書は「関税引下げの取り決め」と表現する。金額と方向性は共通していても、実施段階の伝え方には差がある。商務部はさらに、双方各約300億ドルの品目表と、対象品目の90%超について相互追加関税を撤廃し、最恵国税率を適用する枠組みを公表した。減税の実施には両国の国内手続きが残る。投資理事会について、米側は商業上重要な投資問題を扱うと説明し、中国側は双方の法律・規制に従うとする。個別案件の安全保障審査の緩和は示されていない。
「貿易休戦」については、延長期間の両国共通理解を示す文書発表はまだない。ベッセント財務長官は、2025年10月にクアラルンプール経済貿易協議で取りまとめられ、続く釜山の首脳会談で確認された「貿易休戦」を11月10日から来年1月10日まで、2か月延長すると説明した。中国側の8項目文書では延長期間を示さなかったが、28日の商務部発表は2027年1月10日までの延長を基礎に協議を続け、年内にさらなる延長を探ると説明した。米側ファクトシートには休戦延長の記載自体がない。会談前には、中国はより長期の延長を求め、米側は履行状況を見極めるため短い期間を望むとの見方があった。少なくとも現段階では、長期にわたって貿易摩擦を抑える枠組みは示されていない。両国が関係の安定を演出しつつ、経済面では短い期限を区切って互いを牽制する状態が続く。
この「貿易休戦」の影響は、米中間の取引に留まらない。対米関税への対抗を背景に強化された中国のレアアース等の輸出管理は、米国向けに限らず、日本を含む各国への輸出も対象とする設計になっている。さらに、中国には年初から日本を対象とした輸出管理措置もある。米中間の報復の応酬が再燃すれば、その影響は第三国の生産や供給網にも広がる。したがって、「休戦」の延長が2か月にとどまれば、その先の不確実性を日本の産業界も織り込まざるを得ない。
今回、AIは首脳会談の主要議題の1つとなった。習近平は、米中には競争がある一方で協力もできると述べ、AIの利益とリスクを話し合い、悪用を防ぎ、人間による管理を維持するよう訴えた。両国はAI対話を設け、11月に次回会合を開き、AIに関する事案の連絡経路を設けると発表した。事故や深刻な誤作動が起きた際に連絡できる仕組みには意味がある。もっとも、連絡の対象や手順は示されておらず、危機時に機能を確保する体制構築は今後の協議にかかっていよう。
しかし、開発速度を抑える取り決めはない。中国にとってAIは、安全に管理すべき技術であると同時に、産業と安全保障の競争力を高める手段でもある。対話を進めながら、電力供給やデータセンター網を含むAIインフラの開発と、技術の社会実装は続くだろう。AIのリスクをめぐる協議と、能力をめぐる競争は並行して進む。
首脳外交による「安定」を利用したい中国
中国側は今回の訪問を、首脳間の関係が米中関係を導くという「首脳外交」の成果として強調する。習近平は、今後5年間で米国の青少年10万人を中国に招くと表明した。アトランタの動物園へのパンダ2頭の貸与も発表された。こうした交流は具体的な取り組みであると同時に、中国国内に向けては、米国の歓待を受け、関係改善を主導する習近平の姿を示す。
もっとも、中国指導部は、トランプ大統領との良好な関係だけで米国の長期的な対中政策が変わるとは考えていないだろう。王毅外相は訪米総括で、貿易委員会・投資委員会の設立等の成果を挙げるくだりにおいて、両国の経済貿易関係を安定させ、市場の信頼を下支えし、両国の産業界、一般市民、さらには世界経済にとっても好材料だと述べた。その上で、米国内の「一部勢力」が安全保障の概念を拡大解釈し、中国企業への圧力や対米投資の制限を進めていると批判した。首脳外交を前面に出すのは、議会をはじめ、米国に超党派的に存在する対中強硬論を意識しながら、経済協力の利益を訴え、そうした強硬論を牽制する狙いもあると考えられる。中国側には、米現政権期を、トランプ大統領の商業主知を利用して対中投資規制の緩和を働きかける好機とも映っているだろう。
今回「合意」された「建設的戦略安定関係」の原則は、中国語では「尊重、公平、対等」、英語は respect, fairness, and reciprocity である。「対等」と reciprocity は訳語として対応する(例えば、いわゆる「相互関税(reciprocal tariff)」の中国語は「対等関税」)が、中国側による今回の漢訳には、大国同士が対等に扱われるべきだという主張が強く表れているように読める。米国側が念頭に置く reciprocity には、相互に何を提供するかという交渉上の響きがある。この差は言葉だけの問題ではない。中国は米国から大国としての対等な関係と尊重を得たい。対して、米国は目に見える取引の成果を求める。共通の原則に重ねるこうした期待の違いに、「安定」をめぐる同床異夢が表れている。
台湾は両国の成果文書に盛り込まれていない。それでも習近平は会談で、米国に「台湾独立」への反対を維持し、台湾問題を慎重に扱うよう釘を刺した。約140億ドルの対台湾武器売却案件は、なお米政権の判断を待っている。今回、米国の政策変更が合意されたわけではない。承認が先送りされ続ければ、文言上の譲歩がなくても、中国にとって望ましい状態が続くことになる。今後、APECとG20の場でも両首脳の接触が予想されるが、中国側からは台湾をめぐる同様の牽制が繰り返されるだろう。
来年の中国共産党大会に向け、習近平指導部にとって米国との安定した関係は国内政治上、重要になる。米中関係が大きく揺らげば、貿易や技術への打撃だけでなく、安全保障上の緊張も高まり、国内経済や政治の動揺につながり得る。ただし、中国が求める安定は、対米競争を終えるためのものではない。
この「安定」の先に何があるのか。友好ムードの裏には、米国が重要技術の供給を左右し得ることへの根深い不信がある。米国がNVIDIAの半導体「H200」の一部対中輸出を認めた後も、中国側は購入を制限してきた。NVIDIA自身、輸出許可を得た製品のすべてを販売できていないと開示している。この対応には、米国に握られた技術上のチョークポイントを減らす「自立自強」への強い意志が表れている。
中国は米国との関係を安定させながら、科学技術の開発を進め、経済力・軍事力を高め、国際的な影響力を広げようとしている。米国もまた、危機を避けつつ、中国に具体的な見返りを求める。首脳同士の関係が良好でも、両国の競争は続く。中国にとって今回の訪米は、限定的な実務成果を確保しつつ、対立の根本解決を先送りし、米国との競争を続けるための時間と余地を確保する首脳外交だったと考えられる。その意味では、中国は、トランプ大統領が好む華美な外交舞台を利用し、相互尊重と大国としての対等を強調し、事前の低い期待値にも応えながら、当面の時間稼ぎに成功したと評価できるのだろう。
(Photo Credit: WhiteHouse.gov)
おことわり:IOGコメンタリーに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。


主任研究員
地経学研究所中国グループ主任研究員。北京大学公共政策学博士。専門は、中国と世界(開発金融、新興技術等の地経学分野)、教育・保健等、社会開発分野でのグローバル・ガバナンス。北九州市立大学国際関係学科(現代中国研究)卒業、東京大学公共政策大学院専門職修士課程修了。NGO・シェア=国際保健市民の会で、国内保健事業アシスタントを務める。2008年国際協力機構(JICA)に入構。JICAでは、中国事務所にて中国政府・シンクタンクとの日中協力事業の実施業務や、アフリカ部等にて経済社会インフラ投融資業務、ソブリン信用リスク審査や中国の対途上国協力の研究に従事。2018年より、北京大学教育経済学専攻に博士留学、2022年に博士号を取得。その後、中国ベースの国際開発コンサルタント企業Diinsider Co., Ltdシニア・リサーチャー兼アドバイザー、早稲田大学国際教育協力研究所招聘研究員を経て、2024年8月より現職。 【兼職】 早稲田大学国際教育協力研究所招聘研究員 (2023年~) 神奈川大学国際経営学科非常勤講師 (2025年~2026年)
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