北京モーターショー2026に見る中国の地経学パワーの現在地: AI自動車時代における「自律性」の追求と現実

中国の自動車産業は、世界市場で急速に存在感を高めている。その影響は、従来型の産業競争にとどまらない。EV化の進展はエネルギーや資源供給網の問題を伴い、さらにAI、自動運転、車載半導体を軸としたインテリジェント化は、データや先端半導体を含む新たな地経学課題とも結びつく。近年では、中国車をどこまで受け入れるか自体が、中国との関係に対する各国のスタンスを映し出す側面も強まっており、特に欧米では、中国製EVへの高関税や規制の強化が、対中デリスキング方針の象徴になっている。自動車産業は今や、先端技術と地経学が交錯する戦略領域となっている。本稿では、北京モーターショー2026の視察を通じ、中国の自動車産業が示す地経学的パワーと、「自律性」を巡る現実を考察する。
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「AI自動車」時代を印象づけるモーターショー

2026年5月、筆者は北京モーターショー2026の最終2日間を視察した。今年のテーマは「Leading the Era, Intelligence for the Future(領時代、智未来)」であり、約38万平方メートルの会場に、1451台の車両と181の世界初公開モデルが展示された。今回の展示で際立っていたのは、中国メーカー各社が、EVそのものよりも、AI、自動運転、車載ソフトウェア、半導体を含む「インテリジェント化」を競争軸として前面に押し出していた点である。

こうした背景には、中国自動車産業を取り巻く環境変化がある。2026年1〜3月、中国の自動車輸出台数は222万6000台と前年同期比56.7%増となり、新エネルギー車輸出も大幅に拡大した。一方、国内市場では販売減速が目立ち、価格競争も激化している。つまり現在の中国メーカーは、国内の過当競争を前提としながら、海外市場へ活路を広げようとしている。その意味で、北京モーターショーは単なる新車発表の場ではなく、中国メーカーが「世界市場でどう戦うか」を示す場としての性格を強めていた。

実際、今回の展示では、EVそのものよりも、「EVの次」が競争軸として強調されていた。BYDは寒冷地での充電性能を前面に打ち出し、価格競争以外の差別化を図った。スマートフォン大手のシャオミも、高性能EVコンセプトカーを披露し、ソフトウェアやユーザー体験を含めた競争へ軸足を移していることを印象づけた。中国メーカー各社の展示では、AI運転支援、スマートコックピット、車載ソフトウェアが大きな比重を占め、従来の「電動化」中心から、「知能化」を前面に押し出す展示へ明確に変化していた。

さらに注目すべきは、中国企業が、ワールドモデル(周辺環境をAIが総合的に理解・予測する世界の内部地図のようなモデル)、VLA(Vision-Language-Action。カメラ映像・音声指示・運転操作を一体で学習し、「見て・聞いて・動く」をまとめて扱うモデル)、End-to-End運転(大量の実走行データから、センサー入力からステアリング・ブレーキまでを一気通貫で学習する運転モデル)、フィジカルAI(ロボットや車など、現実の物理世界の中で実際に行動するAI)といった概念を、研究論文レベルの議論に留めず、量産計画や技術説明の中で積極的に前面化していた点である。ByteDance系「豆包」、アリババ「通義千問」、百度系AIなどのIT企業の大規模モデルに加え、自動車メーカー各社も車載AIモデル開発を進めており、こうしたAIモデルがスマートコックピットや運転支援システムに次々と組み込まれている。今回の北京モーターショーは、中国がEV大国であるだけでなく、「AI自動車」時代の主導権争いを強く意識し始めていることを象徴する場だったと言える。

中国の競争力の源泉

なぜ中国メーカーはここまで急速に「AI自動車」化を進められているのか。その背景には、中国特有の「新型挙国体制」とも言われる産業構造がある。中国では、国家戦略、地方政府、研究機関、企業、VC、巨大市場が比較的強く結びついており、新技術の研究から実装、市場投入までの速度が速い。特にAI、自動運転、車載ソフトウェアの分野では、研究開発、実証、量産、OTA更新までが短期間で循環しており、この「実装速度」は日本や欧州と比較した際の中国の大きな強みとなっている。

加えて、中国国内市場の激しい競争そのものが、企業の進化を促している面も大きい。中国の新車販売は、2026年に入るとそれまでの購入補助の反動減が顕在化し、価格競争も一段と激化してきた。中国で言う「内巻(内向きの過当競争)」状態の中で、各社は単なる価格競争では生き残れなくなっている。そのため、電池、AI運転支援、車載ソフトウェア、スマートコックピットなどを組み合わせ、競争軸そのものを変えようとしている。BYDや吉利等の中国勢が、性能やAI機能を含めた総合的な「インテリジェント化」を前面に押し出しているのは、その象徴と言える。

今回の展示では、中国企業と外資系企業の「見せ方」の違いも印象的だった。中国国産メーカーのブースでは、AI、自動運転、ワールドモデル、車載半導体などについて、大規模な技術解説パネルが並び、来場者も熱心に見入っていた。一方、外資系ブランドでは、歴代モデルやブランド演出、過去の人気車種などが目立った。もちろん、安全性や品質、ブランド信頼性では依然として外資優位の部分も大きい。しかし少なくとも、「未来技術を最も速く産業化している主体」としての勢いは、中国企業側の方が強く感じられた。

さらに重要なのは、中国が巨大な製造業基盤とデジタル産業を同時に持っている点である。会場ではLenovoのようなPC・IT系企業も強い存在感を示していたが、これは自動車が単なる輸送機械ではなく、AI、クラウド、IoT、半導体、通信を統合した巨大な計算空間へ変わりつつあることを示している。ある米国帰りのメーカー経営者は、「中国は部品調達が非常に便利で、米国よりも早く必要部材を入手できる」と語っていた。フィジカルAI時代には、こうしたサプライチェーンの密度と速度そのものが競争力になる。北京モーターショー2026は、中国が「製造大国」から「AI統合型産業国家」へ変質を目指していることを印象づける場でもあった。

「ボトルネック」としての半導体

もっとも、今回の北京モーターショーで浮かび上がったのは、中国の「AI自動車」化の勢いだけではない。その一方で、中国自身が、自らの最大のボトルネックを半導体に見出している現実も強く印象づけられた。会場では、地平线(Horizon Robotics)、Huawei、黒芝麻智能などの国産半導体関連企業が大きな存在感を示し、「国産化」「自主研究開発」といった言葉も各所で強調されていた。中国政府が、AI、自動運転、ロボット産業の基盤として、車載半導体の国産化を国家戦略レベルで位置づけていることがうかがえる。

しかし現時点では、中国のAI自動車産業は、なお米国系半導体技術への依存を色濃く残している。実際、吉利のGeely Afari Smart Driving補助運転システムやQCRAFTなどの展示では、自主研究による高度なAI運転支援や統合制御能力が強調されていたが、ブースでの聞き取りによれば、その基盤にはNVIDIA系半導体や米国系アーキテクチャが組み込まれているとのことであった。特にNVIDIAのOrinは、中国のスマートEV市場で広く採用されている。また、QualcommのSnapdragonも、スマートコックピット分野で依然として強い存在感を持っている。

つまり、中国のAI自動車革命は、中国単独で完結しているわけではない。AI運転支援や車載インテリジェンスの急速な進化は、米国の高性能半導体、EDA、ソフトウェア生態系の上に成立している側面が大きい。その意味で、現在の中国は、「AI自動車」を最も速く商業化しつつある国の一つである一方、その根幹部分では依然として米国技術の「不可欠性」に依存している。

もちろん、中国側もこの脆弱性を強く認識している。小鵬NIOなどは自社AI半導体開発を進めており、政府も巨額の補助金や税制優遇を通じて国産化を後押ししている。ただし、高性能GPU、先端露光装置、EDAなどを含む半導体産業は、広範なグローバル・サプライチェーンの上に成立しており、短期間での完全自立は容易ではない。北京モーターショー2026は、中国が「自律性」を追求しながらも、その実現にはなお大きな壁が残っている現実を、同時に映し出していた。

中国での協力と地経学リスク

こうした中、中国はもはや単なる「巨大市場」ではなく、AI自動車時代における重要な開発・生産拠点としての意味を強めている。実際、日産は中国で開発・生産したEVであるN7をASEAN等、中国外向けにも輸出する方針を示し、ホンダも中国生産EVの日本導入に乗り出している。フォルクスワーゲンも、中国を単なる販売市場ではなく、ソフトウェアや開発スピードを取り込む拠点として位置づけ始めている。このように、中国メーカーだけでなく、日本や欧州メーカーにも、中国のサプライチェーン、開発速度、AI統合力の活用の決断を迫られる局面が出てきた。

もっとも、その構造は同時に大きな地経学リスクも抱える。今回の北京モーターショーで繰り返し確認されたように、中国のAI自動車産業は、高性能車載半導体という根幹部分では依然として米国技術への依存を残している。仮に今後、米国による車載AI半導体も標的にする形で輸出規制がさらに強化されれば、中国での自動車開発・生産にも大きな影響が及ぶ可能性がある。つまり、中国は製造力、データ量、EV、AI統合速度を通じて巨大な地経学パワーを形成しつつある一方、その基盤部分ではなお米国の「不可欠性」に縛られている。

その意味で、2026年北京モーターショーは、「AI時代の産業構造」を映し出す場だったと言える。中国は先端半導体の国産化を急ぎ、一定の進展も見せているが、半導体は材料、製造装置、設計、生態系まで含めた巨大なグローバル・サプライチェーンの上に成立している。インテリジェント・カー時代における「自律性」の追求は、中国にとってもなお途上にあり、その行方は今後の国際産業秩序を左右する重要論点となり続けるだろう。

(出典:新華社/アフロ)

土居 健市 主任研究員
地経学研究所中国グループ主任研究員。北京大学公共政策学博士。専門は、中国と世界(開発金融、新興技術等の地経学分野)、教育・保健等、社会開発分野でのグローバル・ガバナンス。北九州市立大学国際関係学科(現代中国研究)卒業、東京大学公共政策大学院専門職修士課程修了。NGO・シェア=国際保健市民の会で、国内保健事業アシスタントを務める。2008年国際協力機構(JICA)に入構。JICAでは、中国事務所にて中国政府・シンクタンクとの日中協力事業の実施業務や、アフリカ部等にて経済社会インフラ投融資業務、ソブリン信用リスク審査や中国の対途上国協力の研究に従事。2018年より、北京大学教育経済学専攻に博士留学、2022年に博士号を取得。その後、中国ベースの国際開発コンサルタント企業Diinsider Co., Ltdシニア・リサーチャー兼アドバイザー、早稲田大学国際教育協力研究所招聘研究員を経て、2024年8月より現職。 【兼職】 早稲田大学国際教育協力研究所招聘研究員 (2023年~) 神奈川大学国際経営学科非常勤講師 (2025年~2026年)
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研究者プロフィール
土居 健市

主任研究員

地経学研究所中国グループ主任研究員。北京大学公共政策学博士。専門は、中国と世界(開発金融、新興技術等の地経学分野)、教育・保健等、社会開発分野でのグローバル・ガバナンス。北九州市立大学国際関係学科(現代中国研究)卒業、東京大学公共政策大学院専門職修士課程修了。NGO・シェア=国際保健市民の会で、国内保健事業アシスタントを務める。2008年国際協力機構(JICA)に入構。JICAでは、中国事務所にて中国政府・シンクタンクとの日中協力事業の実施業務や、アフリカ部等にて経済社会インフラ投融資業務、ソブリン信用リスク審査や中国の対途上国協力の研究に従事。2018年より、北京大学教育経済学専攻に博士留学、2022年に博士号を取得。その後、中国ベースの国際開発コンサルタント企業Diinsider Co., Ltdシニア・リサーチャー兼アドバイザー、早稲田大学国際教育協力研究所招聘研究員を経て、2024年8月より現職。 【兼職】 早稲田大学国際教育協力研究所招聘研究員 (2023年~) 神奈川大学国際経営学科非常勤講師 (2025年~2026年)

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