デジタル通貨の台頭と広がり —デジタル通貨と通貨覇権(第2部)—

第2部(本稿)では、「デジタル通貨の台頭と広がり」というタイトルで、デジタル通貨の発展・進化を詳細に見ていく。第1節の「デジタル通貨の台頭」では、様々なデジタル通貨について説明する。ビットコイン等の暗号資産については、分散型台帳を活用した画期的な資産でありつつも、価格変動が激しく通常の決済手段としては欠点が大きいことを指摘する。次いで、中央銀行デジタル通貨(CBDC)について、基本的なコンセプトと主要国の取り組み状況を解説する。その後、ステーブルコインについて、その概要と主要国における規制動向につき詳述する。
3.デジタル通貨の台頭
3.1 デジタル通貨
デジタル通貨とは、広義には、紙幣や硬貨といった「現金」ではなく、電子的でデジタルな通貨の総称である。SuicaやPayPayなどの電子マネーや、ビットコインやイーサリアムなどの暗号資産、また、中央銀行デジタル通貨(CBDC)やステーブルコインなどが含まれる。電子マネーは現金の代替として現在広く使われている。本稿では、基軸通貨との関連での重要性からCBDCとステーブコインに重点を置きつつ議論を進めるが、以下、暗号資産も含めて説明する[1]。
3.2 暗号資産
暗号資産は、最も代表的な暗号資産であるビットコインを通して説明するのが分かりやすい。ビットコインは、2008年にサトシ・ナカモトが書いたホワイトペーパーで提案された分散型のデジタル通貨である。ブロックチェーンという分散型台帳を使っていて、中央集権的な管理者はいない。中央集権的な管理者のいないビットコイン取引は、相互の承認によってはじめて取引が成立する。未承認の取引は、およそ10分毎にブロックを形成し、それが一括で承認される。承認された取引は、これまでビットコインが誕生して以降の全ての取引を記録している一本のチェーンの最後に追加される。このようにブロックが一本のチェーンで繋がっていることから「ブロックチェーン」と呼ばれる。
ビットコインの取引の承認は、他の参加者によって行われる。具体的には、複雑な計算を一番最初に解いた参加者が、取引を承認することになる。複雑な計算を一番最初に解くためには、専用のマシンを大量に用意し、計算を行うことが必要となる。こうした計算をマイニングと呼ぶ。マイニングには、マシンの購入や、運転時に必要となる電力(計算をするサーバーの冷却にも電力が必要)など、莫大な費用がかかる。それにもかかわらずマイニングを行うのは、マイニングレースで勝利して承認を行うと、報酬としてビットコインが付与されるからである。マイニングの結果として勝者に付与される報酬としてのビットコインは、4年毎に半分とすることが決められている。これは「ビットコインの半減期」と呼ばれていて、次の半減期は2028年である。なお、ビットコインの総供給量は21,000,000BTCと規定されており、この総量規制により希少性/価値が生ずると説明されている。2014年には、当時ビットコインの最大の取引所であったマウントゴックスが、ハッキングにより大量のビットコインを失うという事件が発生した。なお、2021年9月にはエルサルバドルがビットコインを法定通貨と指定したが、国民はこれをあまり活発に利用していないようだ。
暗号資産は価格変動が極めて大きい。上昇を続けてきたビットコインは、2025年10月6日に12万6000ドルを超えて最高値を記録したが、その後下落。執筆時点(2026年4月7日)には7万ドルを割り込んでいる[2]。ビットコインは、もともとは(他の暗号資産であるイーサリアムなどの比較においても)送金・決済の用途が期待されていたが、価格変動の激しさは、そうした用途での利用に際して障害となるであろう。現在は、大きな値上がりを期待する者が投資するリスクの高い投資資産となっている印象が強い。
3.3 CBDC
中央銀行デジタル通貨(CBDC)は、中央銀行の債務である。円CBDCの場合、それは日本銀行が負う円建ての債務であり、保有者から見ればリスクのない電子的な日銀券と言える。CBDCは、金融機関の間の大口決済への利用等を主な目的に一部の取引先に提供される「ホールセール型CBDC」と、個人や一般企業など幅広い主体の利用を想定した「一般利用型CBDC」(リテール型CBDC)の二種類がある。前者の「ホールセール型CBDC」に関しては、現在も、銀行は日本銀行に当座預金口座を保有しており、電子的な日銀債務を使った決済が行われていて、機能的にはそれと共通する。しかしながら、分散型台帳技術(DLT)を用いた「ホールセール型CBDC」を使うことで、証券取引やデリバティブ取引の決済の効率向上を図れるとの意見もある[3][4]。
CBDCに関する主要国の検討状況を眺めてみよう。まず日本だが、2020年に日本銀行が「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」を公表し、以降、技術的な検証を進めている[5]。2023年からはパイロット実験に移行、民間の知見を活用するための「CBDCフォーラム」も設置。また、財務省が設置した「CBDCに関する関係府省庁・日本銀行連絡会議」では、制度面の検討が行われている。政府・日銀は、CBDCの発行を決めた訳ではなく、発行する場合には国民的議論を経た上で決定する必要があると強調した上で、準備は進めて置くというスタンスだ。今後さらなる検討がなされていくが、①日銀と一般利用者の間に仲介機関を入れる二層構造を取る、②CBDCに利息を付さない、といった点が方向性として示されている。上記②の付利はしないという点は、既存の民間銀行預金からCBDCに資金がシフトすることに伴う金融システムへの悪影響を避けるためと考えられる。政策文書には現れないが、日本におけるCBDCの準備は、中国がCBDCの準備を率先して進める中で、遅れを取ることへの警戒感が推進力の一つとなっていたと思われる。後述のとおり、EUはデジタルユーロの検討に力を入れるものの、中国のCBDCに向けた計画が今年に入り大きな変化を見せ、また米国もトランプ第2次政権がCBDCを禁じた。このような国際情勢が日本のCBDC検討にどう影響するのか注目される。
中国は、CBDCの検討を率先して進めていた。2014年に、中国人民銀行内にデジタル人民元の研究チームを結成。2017年には深圳に「デジタル通貨研究所」を設立。2020年4月から8月に、深圳、蘇州等の4地域でパイロットを行い、10月以降、実証試験を深圳、蘇州、北京、西安等の主要都市で実施。2022年2月からの北京・冬季オリンピックの際にも実証試験を実施した。指定金融機関を間に置く二層構造を前提としていた。どの程度の匿名性を与えるかについては、「管理された匿名性」に基づくとし、実際には、金額に応じた情報の把握がなされると考えられていた。上記のとおり、中国はCBDCの検討を早期に精力的に展開していた。その背景としては、(まずは国内の一般利用型CBDCと言いつつも)ドル基軸通貨体制が及ぼすリスクに鑑み、第一歩として周辺国との貿易取引等におけるデジタル人民元の活用なども視野にあったと思われる。また、失敗はしたが2019年にリブラ構想(その後ディエム構想)が公表された際には、米国の民間プラットフォーマーが世界のデジタル通貨を支配するのではないかと恐怖を感じたことであろう。こうした状況は、中国のデジタル人民元の開発・普及への努力を後押しした。しかし、中国にとっての最大のハードルは、すでにアリペイ、ウイチャット・ペイという便利な民間デジタル通貨が広範に使われていたことだ。市民にとっては、パイロットフェーズとして無料でデジタル人民元が配布されるならまだしも、通常時においてあえてデジタル人民元を購入して使用する誘因に乏しかった。
こうした中、中国人民銀行は、2025年12月にデジタル人民元を「デジタル現金」から「デジタル預金」に変更すると宣言する。2026年1月に、同宣言に沿う形で「デジタル人民元管理サービス体系および関連金融インフラ整備の一層の強化 に関するアクションプラン」を施行した。同アクションプランにおいては、①デジタル人民元を中銀負債から商銀負債に転換する、②預金保険の対象とし準備金制度の枠組みに組み入れる、③利息を付与する(2026年1月1日から0.05%の利息を付与)、といったことが規定された[6]。①の商銀負債への転換、というのは衝撃的だ。基準策定やインフラ構築は引き続き中国人民銀行が担うということだが、この変更によりデジタル人民元は中銀負債ではなくなるので、CBDCとは呼べないものとなる。上記③の付利に関しては、CBDCの場合には民間銀行預金からリスクのないCBDCへのシフトによる悪影響を避けるべく付利しないことが国際的に一般的だが、もはやCBDCでないデジタル人民元についてはそうした配慮は不要と考えたのであろう。加えて、アリペイ、ウイチャット・ペイから利用者を引き付けるためにも一定の付利が必要と言う現実的要請もあったと思われる。
米国では、バイデン政権下で2022年3月に「デジタル資産の責任ある開発に関する大統領令」を発出、投資家保護や金融リスクにも対応しつつ金融イノベーションを図るという見地から、CBDCの研究を進め国際連携にも参画するという方針が示された。バイデン政権は、発行を決めないながらも上記のとおりCBDCの研究に前向きであったが、他方で、暗号資産については慎重で、特に、バイデン政権で証券取引委員会(SEC)委員長であったゲイリー・ゲンスラー氏は暗号資産に厳しいスタンスを取った。例えば、SECは2023年6月にはビットコインETF(上場投資信託)の上場申請を却下する行政処分を下した。SECのこの判断は、その後2023年8月のワシントンの連邦高裁の判断で覆され[7]、2024年1月にビットコインETF、2024年7月にイーサリアムETFが解禁される。この事例は、暗号資産に否定的だが連邦議会で明確な禁止法案を通せない中で、SECが行政処分として禁じた対応が司法の場でひっくり返されたケースである。デジタル通貨を巡る党派的な対立の萌芽はバイデン政権時代に既に宿っていたと言えよう。
トランプ第2次政権は、発足直後の2025年1月に「デジタル金融テクノロジーにおける米国のリーダーシップ強化」に向けた大統領令 (“Strengthening American Leadership in Digital Financial Technology”)を発出[8]。また、ゲンスラーSEC委員長の後任に、暗号資産に肯定的なポール・アトキンス氏を指名する。同大統領令では、ドル建てステーブルコインの促進とならび、反CBDCスタンスを明確にすることも謳われていた。2025年3月には「暗号資産の国家備蓄検討に関する大統領令」(“Establishment of the Strategic Bitcoin Reserve and United States Digital Asset Stockpile”)を発出[9]。訴訟等を通じて連邦政府が手に入れた暗号資産を国の資産として保有することを検討することなどが表明された。ビットコインについては「戦略的ビットコイン備蓄(Strategic Bitcoin Reserve)」 として、その他の暗号資産については、「米国デジタル資産備蓄(United States Digital Asset Stockpile)」として保有するという方向性が示されている。
2024年11月の議会選挙で上下両院を押さえた共和党は、デジタル通貨関連の法整備に臨む。米下院において2025年7月14日~18日を「Crypto-Week」とし、①後述するステーブルコインに関する「ジーニアス 法(GENIUS Act)」、②暗号資産に関する「クラリティ法(CLARITY Act)」、そして③反 CBDC 監視国家法(Anti-CBDC Surveillance State Act)」の3つの法案の審議を行い、下院では全てが可決された。その後、ジーニアス法は上院でも可決され、法律として成立した。(ジーニアス法は、ステーブルコインを推進するための法律である。詳細は<後編>の3.6「ステーブルコインを巡る米国の規制・動向」で詳述する。)他の二つの法案は、上院の可決を待つ状況である。上記②のクラリティ法は、文字通り暗号資産に関する法的枠組みを明確にすることを目的とする法案で、ビットコインを含む暗号資産については「デジタル商品」と位置づけ、商品先物取引委員会(CFTC)の管轄とし、証券系のトークンは「デジタル資産」としてSECの管轄とすることとした[10]。
上記③の「反CBDC監視国家法」は、CBDCの推進を禁ずる法律だが、具体的にはFRBによる以下の行為を禁止した[11]。(i)個人に対する直接的な金融サービスおよび口座の提供ならびにCBDC発行、(ii)金融機関その他の仲介機関を通じた間接的なCBDCの発行、(iii)CBDCに関する試験、研究、開発、作成、実装、(iv)CBDCを用いた金融政策の実施。CBDCの発行を禁じるだけではなく、その研究・開発も禁じ、さらにはFRBによる個人への口座開設も禁ずるなど、禁止対象は広範であり、かつ中央銀行が前面に出ることは経済の在り方として良くない、監視社会につながる、という経済思想が強く顕れる内容となっている。
欧州については、欧州委員会が2023年6月にデジタルユーロに関するEU規則案を公表。同規則案の修正提案が、2025年11月に欧州議会に提出され、欧州議会と欧州理事会の間で最終合意に向けた調整が行われており、2026年中の法制化を目指している。同時に、欧州中央銀行(ECB)は、2025年10月30日に、デジタルユーロ準備フェーズを完了、次のフェーズに移行すると宣言した。2026年中に欧州議会でデジタルユーロの法案が成立することを前提に、2027年下半期にパイロットプロジェクトを実施、2029年中にデジタルユーロを発行することを目指すとしている。
英国では、イングランド銀行が2023年2月、財務省と共にデジタルポンド導入に関する市中協議を開始。2024年1月に、市中からのコメントも踏まえたデジタルポンドの設計方針や今後の進め方を纏めて報告書として公表した。また2025年1月には、「設計フェーズ」のプログレスレポートおよびデジタルポンドの「ブループリントに関する枠組み」を公表。2025年10月には、デジタルポンドの取り組みに関するアップデートを公表した[12]。
3.4 ステーブルコインの概要
これまで、デジタル通貨に関して、ビットコイン等の暗号資産、次いで中央銀行デジタル通貨(CBDC)につきその動向を眺めてきた。暗号資産は価格変動が激しく、ハイリスクの投機の対象とはなり得るが、送金や決済の手段としては安定感に欠ける。他方で、CBDCについては送金や決済を行う通貨としての役割を十分果たし得ると考えられるが、リスクのない中央銀行の負債を活用することに伴う民間金融システムへの負の影響をどのように考えるか、また、国家が個人の取引情報を入手可能な状況(あるいは入手可能と感じさせてしまう状況)をどう考えるか、といった様々な課題がある。
こうした中、民間が主体となりつつも、法定通貨等との間で安定的な価値を維持し得るデジタル通貨として、ステーブルコインが注目されている。ステーブルコインは、法定通貨等の裏付けの下で発行することで価値の安定を保つ点が最大の特徴だが、この裏付けの方法として以下の4つが考えられる[13]。
- 法定通貨担保型:ドルや円といった法定通貨、または国債等の安全資産を裏付けとする方式。
- 仮想通貨担保型:仮想通貨を裏付けとする方式。仮想通貨の価値が変動すると、ステーブルコインの価値の安定を保てなくなる可能性あり。
- 商品担保型:金などの商品を担保に発行。商品価格が変動するとステーブルコインの価値を保てなくなる可能性あり。
- アルゴリズム型:アルゴリズムを用いて需給を調節して価値の安定を図る方式。需給の変化が許容範囲内であればよいが、大きな変化が発生した場合にはステーブルコインの価値を維持できない可能性あり。
上記②の仮想通貨担保型のステーブルコインに関しては、価値安定が保てなかった事例がある。ルナと呼ばれる暗号資産を裏付け資産としていたテラUSDと名乗るステーブルコインは、2022年5月、ルナの暴落に伴い価値が大幅に下落して破綻した。ステーブルコインが真にステーブルか否かは、購入時によく確認を行う必要があるが、同時に、しっかりした法規制が必要だという声も本事件を機に高まった。
3.5 ステーブルコインを巡る日本の規制・動向
我が国では、狭義のステーブルコインを暗号資産と分ける形で法整備が進められた。具体的には、「法定通貨の価値と連動した価格で発行され、発行価格と同額で償還することを約すもの及びこれに準ずるもの」を「電子決済手段」とし、資金決済法の規制に服すことを2022年改正資金決済法において明確にした。アルゴリズム型など暗号資産型のステーブルコインは「暗号資産」として金融商品取引法により規制される[14]。資金決済法で「電子決済手段」と定義されるステーブルコインは、基本的には円建てなど通貨建てであること、また、ブロックチェーンなど「電子情報処理組織」を用いて移転することが想定されている[15]。なおステーブルコインに対して利息を付すことは認められていない。ステーブルコイン発行者は、資産を分別管理する共に、四半期毎に情報開示を行うことが求められる。
日本では2025年8月18日に、スタートアップであるJPYC株式会社[16] がはじめて資金移動業者の登録認可を取得、10月27日に円建てステーブルコインであるJPYC[17] が発行された。JPYC株式会社は、自らが発行するステーブルコインJPYCが資金決済法第2条第5項に基づく「電子決済手段」であると説明した上で、以下の特徴を有すると解説している[18]。
・日本円と1:1で交換可能(発行および償還)
・円建て価値を維持したまま、即時に送付・受領が可能
・ブロックチェーンを利用した低コスト・高速なオンチェーン送金
・発行価値の裏付け資産は、日本円(預貯金および国債)によって発行残高の100%以上を保全
また、JPYC株式会社は、「オープンな金融インフラ」として、新たなユースケースの創出と拡大を支援し、金融・決済分野におけるイノベーションを後押ししていくとの決意を述べている。「実店舗・EC決済、企業間精算、Web3ウォレット、法人会計・SaaS、クリエーター支援など」幅広い領域で連携をすすめ、こうしたパートナーシップを礎に「今後3年で10兆円規模の発行残高を実現することを目指す」としている[19]。JPYC株式会社は第2種資金移動業者であり1回の送金上限は100万円までだが、低コストを武器に、送金・決済ニーズを地道に拾っていくことが想定される。ステーブルコインには付利しないので、裏付資産である預貯金・国債の運用益がJPYC株式会社の粗利となる。金利環境にもよるが何より規模が重要であり、3年で10兆円という残高目標にいかに効果的に到達できるかが、JPYC株式会社のビジネス戦略において極めて重要となろう。
以上のとおり先行したのはスタートアップのJPYC株式会社だが、3メガバンクもステーブルコインの発行に向けて検討を進めている。三菱UFJ銀行、みずほ銀行、三井住友銀行、三菱UFJ信託銀行、Progmatは、金融庁の「FinTech実証実験ハブ」に応募し、2025年11月に採択された[20]。信託受益権型のステーブルコインを用いて、三菱商事の日本拠点と海外拠点の間のクロスボーダー決済に活用できるかを検証するとしている。三菱商事の内外拠点は基本的には別法人になっていると思われ、相互の送金には相当の手数料が発生していると考えられるが、これをステーブルコインでの送金とすることでコスト低減・迅速化が図れないかを実証するものであろう。3メガの視点で考えれば、こうした動きは従来扱っていた伝統的送金に伴う手数料収益の機会を奪うものではあるが、金融のデジタル化が進展する中で、自らが変革しなければ、こうした送金ビジネスは他のデジタル送金事業者に取られてしまう。また三菱UFJ信託銀行や、同行が最大出資者であるProgmatにとっては、信託受益権型のステーブルコインの活用においてパイオニアとなることで、ビジネス機会の拡大を狙っていると考えられる。
3.6 ステーブルコインを巡る米国の規制・動向
米国の規制環境は、前述のとおり、トランプ第2次政権の誕生により180度転換した。CBDCの禁止の方針が示されると共に、ステーブルコインを後押しする「ジーニアス 法(GENIUS Act)」は上下両院で可決、2025年7月に成立した。トランプ大統領は、当選前から、「米国を暗号資産の首都にする」と繰り返し述べていた。トランプ第一次政権時に暗号資産に否定的な発言を行っていたトランプ大統領のこうしたスタンスの変化は、トランプ候補に対する暗号資産業界からの多額の献金が影響したという解説が生まれる素地を作った。さらに、トランプコイン、メラニアコイン、ファミリー企業によるステーブルコイン「USD1」の発行など、トランプ大統領にとって暗号資産やステーブルコインの振興は自らの(あるいは家族の)懐を潤すことになるので、それがトランプ大統領の「変化」の理由との声も聞かれるところだ。
こうした「献金」や「自己利益」が影響したとの疑念は一定の説得力があるが、これらを離れた、別の理由も考えられる。まず、CBDCは中央銀行による経済のコントロール、国民の監視というイメージがついてまわり、リバタリアンや一部MAGAの思想とは相性が悪い。民間のイニシアチブとして展開される暗号資産やステーブルコインの方が、中央集権的なCBDCよりも共和党の政策及び支持基盤の受けが良いのである。もう一つの要素は、ドル覇権の強化だ。ドルは今でも基軸通貨として他を寄せ付けない地位を維持しているが、例えば準備資産としてのドルの比率は過去70%超であったのが、直近では60%を切っている。中国が経済的・軍事的・技術的に力をつけてきた中で、基軸通貨としてのドルの地位を強化するという主張は支持を得やすく、ジーニアス法を推進するにあたっては、そうした説明が繰り返しなされた。元駐日大使でテネシー州選出のビル・ハガティ上院議員は、ジーニアス法の提案者であったが、その意義について、「この法案は、米国のドル覇権を不変のものとし、顧客を保護し、米国債への需要を増やし、デジタル資産におけるイノベーションが我々の敵ではなく米国の手中にあることを確実にするものである」と説明[21]。ドル覇権の維持を説明の冒頭に置いている。また、トランプ大統領自身、2025年7月18日にホワイトハウスでジーニアス法案に署名する際に、「ジーニアス法はドルに裏付けられたステーブルコインの膨大な可能性を確立・開放するための、明確でシンプルな規制の枠組みを整えるものだ」と述べると共に、同法は「基軸通貨としてのドルの地位を守る」とし、その地位を失えば「世界大戦に敗れるのと同じだ」とコメントしたという[22]。
以上、ジーニアス法成立の背景につき検討したが、ジーニアス法はどのような内容なのか。ジーニアス法は、支払い決済手段としてのステーブルコイン(Payment Stablecoin)を対象とする。預金トークンや電子マネーは対象外である。またジーニアス法が対象とするPayment Stablecoinとその発行者は連邦通貨監督庁(OCC)又は州の管轄であることが規定されている(発行額が100億ドル以上の場合は連邦のOCCの管轄、それ未満であれば州の管轄となる)。ステーブルコインの発行者は、保有者の償還請求にいつでも応じられるよう、発行残高と同額以上の準備資産を保有する義務があり、当該準備資産は、米国通貨、保険の付された預金、短期米国債(3か月以内)、MMFで構成される必要がある。また、発行者は、準備資産の内訳をウェブサイトで月次で開示することが求められている。発行者が保有者に利息を払うことは禁止されている。
ジーニアス法上、外国決済ステーブルコイン発行者(FPSI)が、米国で発行・流通する余地も残されているが、そのためには以下の条件を満たすことが必要となっている。①当該FPSIが、米国と同等の規制・監督を行う外国監督当局に規制・監督されていること、②FPSIがジーニアス法の求める登録を行うこと、③十分な準備資産を米国金融機関に保有すること(別段の相互承認があればこの限りではない)、④当該外国が米国の包括的経済制裁の対象ではなくマネロン懸念国でもないこと[23]。逆に言えば、これらの条件を満たす場合には外国決済ステーブルコインの米国での発行・流通が認めらえるということである。
米国市場とプレイヤーに目を転じよう。米国のステーブルコインの市場規模は2500億ドル程度と見込まれている。テザー(Tether)社の発行するUSDTとサークル社が発行するUSDCの二つで市場をほぼ支配している。テザー社は香港で設立されたが、2025年に本拠をエルサルバドルに移している。USDCを発行するサークル社はしっかりした法令順守体制を取り、またUSDC発行額に相当する米国債等の準備資産を保有しており、ジーニアス法における発行者として認められる可能性が高い。他方で、最大手のテザー社については、USDTの準備資産にはビットコインやローンなどの資産も含まれているようであり、ジーニアス法に基づく認可が受けられないのではないか、との見方がある。テザー社は、既存のUSDTとは別にジーニアス法準拠の新たな「USA Tether」を発行すると表明している模様だ[24]。
今後の米国市場を展望すると、リテールでは、小売事業者がステーブルコインを選好するか否かが重要となる。クレジットカードでの決済は2~3%という多額の手数料が発生するが、ステーブルコインではそうしたコストは僅かと考えられており、小売業者がステーブルコインを積極的に導入すれば、ステーブルコインのユースケースは大きく広がる。実際に、アマゾンやウォルマートは独自のステーブルコインの発行を検討していると言われる。他方で、ビザやマスターカードも、自らステーブルコインに対応するための検討を開始している。本執筆時点では、ビザ、マスターカードの過去一年の株価を振り返るに、特段、マイナスの動きは示していないが、今後、こうした大手の小売事業者によるステーブルコインへの取り組みが及ぼす影響が注目される。
なお、紙幅の都合で詳述は避けるが、日米以外では、欧州では2024年にMarkets in Crypto-Assets Regulation (MiCA) が施行[25]。香港は2025年8月に規制が公表されている[26]。
3.7 デジタル通貨の台頭がもつ地経学的意味
これまで見てきたとおり、暗号資産、CBDC、ステーブルコインといった新たなデジタル通貨の登場は、これまでの通貨のありようにインパクトを与えつつある。通貨(貨幣)は、 一般に、①価値の尺度、②交換手段、③価値の保存、という3つの機能を果たすことが期待されていると言われている。暗号資産は、価格変動が激しく、③の価値の保存の機能を十分果たしえないとの評価がある。CBDCについては、中央銀行債務を構成する法定通貨であり、通貨の3要件を満たすように思われるが、まさに中央銀行債務であるがゆえに、民間銀行預金を通じた信用創造により形成されている現在の通貨システムに悪影響を与えないかと懸念や、また中央銀行・関係当局が企業や個人のあらゆる経済活動を把握でき、これが監視国家への一里塚となるとの批判の声も存在する。ステーブルコインについても、第3部で詳細に述べるが、全てのステーブルコインが額面通りの価値を有しないのではないかという単一性への疑念や、ステーブルコインへの信用への不安が生じた場合に裏付け資産である国債が投げ売られて国債暴落を招来するのではないか、などの懸念の声がある。
このように、いずれのデジタル通貨も、現時点でその成功が確約されている訳ではない。しかし、それにもかかわらずその検討が様々なレベルで進められているのは、より効率的でコストの低い送金・決済システムへの期待や、ブロックチェーン等の分散台帳技術を活用することで、プログラマブル(一定の条件が満たされた場合に自動的に送金・決済を行うなど事前に決めたプログラムに従うこと)な通貨としての利用が可能となり、効率や生産性の向上を期待できることなどが理由として挙げられる。そして、そのような便利な通貨が、他国通貨で実現した場合に、基軸通貨である自国通貨の国際的な利用が縮小し、通貨覇権を奪われるのではないかとの漠然とした不安が存在することは否定できないだろう。
第1部で取り上げたように、基軸通貨国であることに伴い為替が割高となり製造業の競争力がそがれるのであれば、基軸通貨からの脱落は朗報ではある。しかし、基軸通貨国の負担を強調する論者も、基軸通貨であることで海外から低利での借入が可能であること(法外な特権)や、通貨・金融を武器化して地経学的手段として他国に自らの意思を強要できる力を放棄したいとは考えてはいない。デジタル通貨を巡る競争が、各国通貨のポジションに与える影響は、経済的視点のみならず、地経学的な視点からも極めて重要な論点なのである。
(画像出典:Shutterstock)
脚注
- [1] ビットコイン等の暗号資産は後述するとおり価格変動が大きく、厳密に「通貨」として取り扱うことが妥当かは疑問無しとしないが、ここでは説明の便宜上、広義のデジタル通貨の一つと位置付けて解説した。
- [2] ビットコインの価格の低下の一因として、シカゴ連銀の研究者二人が昨年9月に公表したレポートにおいて、量子コンピュータの開発が進めば、ブロックチェーン(分散型台帳)のセキュリティが破られる可能性がある点を指摘したことも影響しているとの報道がある。(ビットコイン「解読可能」波紋 – 日本経済新聞 2026年2月12日日経新聞。)量子コンピュータによるセキュリティ・ブリーチは生じるとしても当分先との研究者の見方もあり、これのみが原因とは考えにくいが、相場が上がり過ぎたと人々が思い始めた中で、相場を下げる一つの材料となった可能性はあろう。
- [3] 中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針 : 日本銀行 Bank of Japan 2020年10月9日 日本銀行
- [4] 中央銀行デジタル通貨 : 日本銀行 Bank of Japan 日本銀行
- [5] 【講演】内田副総裁「業務からみた日本銀行」(日本金融学会) : 日本銀行 Bank of Japan 2025年6月7日 日本銀行
- [6] dig260203b.pdf 「中央銀行デジタル通貨に関する 日本銀行の取り組み」2026年2月2日 日本銀行決済機構局
- [7] SECによるビットコインETF却下は不当、米高裁が判決 | ロイター
- [8] Strengthening American Leadership in Digital Financial Technology – The White House 2023年8月30日 ロイター
- [9] Establishment of the Strategic Bitcoin Reserve and United States Digital Asset Stockpile – The White House 2025年3月6日 ホワイトハウス
- [10] トランプ政権における暗号資産政策 日本総研 谷口栄治 2025年9月11日
- [11] dig260203b.pdf 「中央銀行デジタル通貨に関する 日本銀行の取り組み」2026年2月2日 日本銀行決済機構局
- [12] Ibid
- [13] 国際通貨研レポート 「中央銀行デジタル通貨とステーブルコイン 競合か共栄か」2025年11月28日ウェビナー 国際通貨研究所
- [14] 金融ニューズレター_2023年8月7日号 2023年8月7日 西村あさひ
- [15] ただし、ブロックチェーン技術のみに限定するのではなく、それ以外の技術が実用化した場合にそうした新たな技術についても「電子情報処理組織」という用語でカバーすることが考えられている。
- [16] 会社情報 JPYC会社情報
- [17] JPYC EX JPYC HP
- [18] 【国内初】日本円ステーブルコイン「JPYC」および発行・償還プラットフォーム「JPYC EX」を正式リリース 2025年10月24日 JPYCプレスリリース
- [19] Ibid.
- [20] 複数の銀行による共同でのステーブルコイン発行とクロスボーダー決済の高度化に係る実証実験が金融庁「FinTech 実証実験ハブ」の支援案件に採択 2025年11月7日付け3メガ等の共同プレスリリース
- [21] Hagerty, Gillibrand Statement on GENIUS Act – Senator Bill Hagerty 2025年5月16日付のハガティ上院議員ステイトメント
- [22] ステーブルコイン法が成立、トランプ氏署名-「ドルの地位守る」 – Bloomberg 2025年7月19日ブルームバーグ
- [23] 渥美坂井法律事務所・外国法共同事業ニューズレター|ファイナンスプラクティスチーム 2025年8月25日 渥美坂井法律事務所・外国法共同事業ニューズレター
- [24] 国際通貨研レポート 前掲 国際通貨研レポート
- [25] Markets in Crypto-Assets Regulation (MiCA) European Securities and Markets Authorityのウェブサイト
- [26] Hong Kong Monetary Authority – Regulatory Regime for Stablecoin Issuers 香港金融管理局のウェブサイト


主任客員研究員
2024年11月より現職。その前は国際協力銀行(JBIC)にてインフラや資源プロジェクトのファイナンス、排出権ファンドの立ち上げ等に従事すると共に、JBICニューデリー事務所長、欧州復興開発銀行(EBRD)東京事務所長など歴任。2024年8月より双日総合研究所チーフアナリスト。 ボストン大学法学修士 ジョージワシントン大学金融修士
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