割に合わなくなった「選択の戦争」 -イラン攻撃に見る軍事力の限界と同盟の意義

本稿は、この問いに対し、「選択の戦争(war of choice)」という戦争類型に着目しつつ、①戦略目標の達成度、②経済的コスト、③同盟関係への影響、④エスカレーション管理という四つの評価軸から分析を行う。その上で、前提認識を見誤った選択の戦争がなぜ費用対効果を悪化させるのかを明らかにするとともに、ホルムズ海峡をめぐる地経学的制約が、その過程をいかに加速させたのかを検討する。
戦術的成果と戦略的不全
米軍は統合ISR(情報収集・監視・偵察)、サイバー能力、長距離精密打撃を組み合わせ、短期間でイランの指揮統制機能や軍事インフラに大きな損害を与えた。この点において、高い作戦遂行能力を示したことは否定できない。他方で、その成果は必ずしも一方的・決定的なものではなかった。米海軍第5艦隊の後方退避や無人機攻撃への対処など、防御面には課題も残され、航空機等の損耗も報じられた。
より重要なのは、その成果が戦略的優位へ転化しなかったことである。イランは地下化・分散化したミサイル戦力を維持し、さらにホルムズ海峡を梃子として軍事的劣勢を経済的圧力へ転換した。戦場外の手段を通じて戦略的主導権の一部を取り戻したのである。
このように緒戦の戦術的成果が戦略的優位に結び付かなかったのは、戦争が相互作用として展開される中で優位性が相対化されるためである。その結果、期待された成果が実現しない一方でコストが累積し、費用対効果は悪化する。さらに長期化すれば国内支持も低下し、戦略目標の達成は困難となる。
結果として、体制転換や核問題の抜本的解決といった当初の戦略目標は達成されず、イランに一定の交渉余地を残した。この乖離は、前提認識を見誤った選択の戦争に共通する特徴であり、今回の場合、そのコストはホルムズ海峡をめぐる地経学的影響によってさらに増幅された。
なぜ「選択の戦争」は割に合わなくなるのか
トランプ政権は当初、短期決戦による問題解決を想定していたとみられる。しかし戦争は長期化し、世界経済への影響リスクも増大した。米国は事態の収拾を模索せざるを得なくなり、紛争の帰趨はなお不透明なままである。
この背景には、「選択の戦争(war of choice)」に特有の構造が存在する。選択の戦争とは、差し迫った存亡の危機への対応ではなく、政策的利益の獲得や体制転換への期待に基づいて開始される戦争である。もっとも、全ての選択の戦争が同じ帰結をたどるわけではない。本年1月の対ベネズエラ作戦のように、限定された政治目的と軍事目標を比較的短期間で達成した事例も存在する。しかし、こうした成功体験が、将来の軍事行動における過剰な期待や楽観的な前提認識を助長するとの指摘もある。問題は選択の戦争そのものではなく、作戦開始時の前提認識である。本稿が問題とするのは、政治指導者が期待利益を過大評価する一方で、コストや相手の反応を過小評価した場合である。
開戦前、米軍や情報機関は核能力除去の困難性や地域エスカレーションの危険性を認識していたとされる。それにもかかわらず、政治的意思決定は体制崩壊や短期的成功への期待に依拠した可能性が高い。こうした期待主導型の判断は、イラク戦争やロシアによるウクライナ侵攻にも見られた。
プロイセン王国の将校で軍事戦略家のカール・フォン・クラウゼヴィッツが著書『戦争論』で指摘したように、戦争は本質的に不確実な相互作用であり、エドワード・ルトワック米戦略国際問題研究所(CSIS)上級顧問のいう「逆説の論理」に従って、優位性は相手の適応によって相対化される。防御側は生存を賭して戦うため、攻撃側が期待する短期決着は容易には実現しない。その結果、期待された利益は実現しない一方で、戦争の長期化によるコストが増大し、費用対効果は急速に悪化していくのである。
地経学時代における同盟の戦略的価値
選択の戦争が割に合わなくなること自体は新しい現象ではない。しかし今回のイラン攻撃では、ホルムズ海峡という地経学的チョークポイントによって、そのコストが極めて短期間に顕在化した点に特徴がある。
本戦争の重要な教訓は、軍事的優位のみでは戦略的成果を確保できないことである。ホルムズ海峡は世界のエネルギー輸送の要衝であり、その不安定化は地域紛争を直ちにグローバル経済問題へ転化させる。イランはこの構造を利用して軍事的劣勢を補完した。これは経済的相互依存そのものが戦略資源となる地経学時代の戦争の特徴を示している。
さらに湾岸諸国への無人機攻撃への対処では、欧州諸国の支援やウクライナ戦争の知見も活用された。今回の戦争は、防衛能力の維持やアクセスの確保が同盟国やパートナーとの協力に依存していることを示し、地経学時代における同盟の戦略的価値を改めて浮き彫りにした。
ワインバーガー・ドクトリン再考
本戦争は、ベトナム戦争後に確立されたワインバーガー・ドクトリンの妥当性を改めて想起させる。ワインバーガー・ドクトリンは、重大な国益、達成可能な目標、国内支持といった条件を武力行使の前提とする考え方である。
今回の作戦では、核問題の解決、体制転換、抑止強化といった複数の政治目的が併存し、その優先順位が不明確であった。また、議会承認を経ない武力行使や、「差し迫った脅威」に関する説明不足も正統性を弱める要因となった。
政治目的が曖昧であれば、それに適合した軍事手段を選択することも難しい。本戦争は、政治目的・戦略目標・軍事手段の整合性の重要性を改めて示した。ワインバーガー・ドクトリンの価値は、軍事介入を制約することではなく、過大な期待と曖昧な目標による戦略的失敗を回避する点にある。
政策含意—「単独行動主義」の限界
本戦争から得られる政策的含意は三つある。第一に、対イラン政策においては、体制転換を含む過大な政治目標の設定を避ける必要がある。限定的脅威に対して過大な目標を掲げれば、戦略的不整合とコスト増大を招くからである。
第二に、同盟政策の再評価である。地経学的相互依存の時代においては、基地使用権、後方支援、情報共有といったアクセスの確保が軍事力と同等の重要性を持つ。今回の戦争は、同盟が単なる軍事協力ではなく、戦争遂行を支える戦略基盤であることを示した。
第三に、政治目的と軍事手段を整合させる意思決定原則の重要性である。重大な国益の有無、達成可能な目標、国内外の支持を事前に検証する枠組みは、今後も不可欠であろう。これらに共通する教訓は、軍事力のみでは戦略的成果を確保できず、同盟と国際協調が依然として不可欠な戦略資源であるという点である。
高い授業料は回収されるのか
本稿で論じたように、選択の戦争が割に合わなくなること自体は新しい現象ではない。戦争開始時に期待された利益と戦争遂行コストとの間に乖離が生じれば、どの時代でも費用対効果は悪化する。
さらに今回のイラン攻撃では、ホルムズ海峡という地経学的チョークポイントをめぐる相互依存構造によって、そのコストがエネルギー市場、保険市場、同盟アクセスを通じて急速に可視化された。
米国が今後実際に協調路線へ回帰するかはなお不透明である。しかし今回の経験は、軍事力のみではアクセスや継戦能力を維持できないことを示した。問われているのは個別の戦争の勝敗ではなく、「選択の戦争」に依拠する戦略そのものを見直せるかどうかである。軍事力による短期的成果を過信するのではなく、地経学的制約と同盟の価値を踏まえた戦略判断へ移行できるか。それこそが、イラン戦争が残した最も重要な教訓なのである。
(出典:Alex Wong / Staff, Gettyimages)
地経学ブリーフィング
国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、地経学研究所の研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
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国際安全保障秩序グループ・グループ長,
主任客員研究員
1964年生まれ。元空将。防衛大学校卒、筑波大学大学院地域研究研究科地域研究修士、米国防大学(National War College)国家安全保障戦略修士。米国ハーバード大学ケネディ・スクール上級幹部国家及び国際安全保障課程修了。外務省国際情報局分析第一課出向、財団法人世界平和研究所主任研究員、北部航空警戒管制団司令、航空総隊司令部幕僚長、航空自衛隊幹部学校長、航空開発実験集団司令官等を歴任。2024年に退官。著作に、『弾道ミサイル防衛入門』(金田秀昭著、執筆参加、かや書房)、「安定の鍵としての対中カウンター・バランス―柔軟抑止・同盟抑止の実効性向上に向けての一考察」(『アジア研究』Vol60(2014)NO.4)、「米国の戦略岐路と新相殺戦略」(『海外事情』2015年2月号)等。 【兼職】 富士通ディフェンス&ナショナルセキュリティ株式会社 安全保障研究所 プリンシパル・リサーチ・ディレクター
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